魔神龍との死闘
地上のどの獣よりも速く、俺は魔神龍に迫っていった。
岩陰から飛び出した俺を見つけると、巨大な竜は長い腕を持ち上げ、指先だけを動かしていた。まるで楽器を奏でるかのような指使い。──すると、渦巻く旋風が三本発生した。
それは尋常ならざる勢いで巻き上がる風の凶器。黒く焼け焦げた地面を削り、しだいに大きく成長しながら俺に迫ってきている。
旋風の間を抜けるようにして躱すと、巨竜は腕を振り上げ、まるで地を這う虫を叩き潰すかのように、容赦なく手を振り下ろしてきた。
「『轟雷』!」
手を伸ばし、巨大な手に向けて魔法を放つ。
駆け抜けながら発した青い雷光が迸る。ビリビリと大気を震わし、爆音を立てて巨竜の腕を打ち据える。
「ギュァアァァァアアアアァッ!」
振り下ろされた手は皮膚を引き裂かれ、黒い鱗がバラバラと地面に落ちてきていた。
やはりこの亜空間では、光体波動による魔法抵抗が使えないのだ。受肉した体に残る光体は、核となっている赤黒い魔力の塊の中にあって、かろうじて巨体を維持するだけの力しか発揮できないのだ。
竜の手は俺から離れた場所の地面を打った。
ずしいんと重い音が響き、足を取られるほどの振動が伝わってきて肝を冷やす。
あれを喰らっていたら俺は、「ヤッカ(細かくした乾酪を小麦粉に混ぜ込んで焼いた薄焼きパン)」の様に平べったくなっていただろう。
地面まで下がってきた腕を、光体の刃を纏わせた魔法の短剣で斬りつけ、腕から突き出ている突起を利用して巨大な腕に飛び乗った。
そのまま腕を駆け上がり、肘関節の辺りまで来た時に奴は上半身を起こし、腕を持ち上げ始めた。
「おっと」
ぐらりと揺れた足場でなんとか堪え、さらに駆け上がろうとする。
巨大な蛇の頭を近くで見ると、その不気味な姿に恐怖を覚えた。口の外に突き出した牙をこすり合わせ、ごりごりと嫌な音を響かせながら、腕を駆け上がっている俺を黄色く光る眼で追ってくる。
光体武装の足の鉤爪で巨竜の分厚い皮膚にしがみつき、持ち上げられた腕を足場にして、なんとか首元まで近づきたいところだ。
──それにしてもあり得ない大きさだ。
こんな巨大な化け物が地上に降り立った時代が、本当にあったのだろうか?
そんな事を考えていると、巨大な口がばっくりと開き、魔神が自身の腕ごと俺を食いちぎるのではと警戒した。いざとなったら飛び降りて、その攻撃を回避しなければならない。──落下し、地面に叩きつけられればそれまでだが。
……だが、そうはならなかった。
「ぶぉォおぉオオぉおオォォぉん」
開いた口の喉奥から籠もった音が響いてきて、振動で巨竜の鱗が何枚か剥がれ落ちていった。
耳障りな音というだけでなく、魔法障壁を越えてきたその音が、俺の内臓を震わせた。
すると俺の体から急に力が抜け、その場に膝を突いてしまう。異様な音の波が体を貫き、全身から気力を奪い去ったかのように。
(くっ──、なんだ!? これは!)
四つん這いになった俺は体に気を巡らせて、力を取り戻そうと集中した。呼吸を操り、気を操り、身体に起きた異常を取り除いて、体の制御を取り戻そうと全神経を集中した。
そうしている間に、巨竜は鼻から大きく息を吸い込んだ。
まさか、この近距離で炎の息吹を吐き出すつもりなのか!? そう警戒したが──違った。
体の制御を取り戻して立ち上がろうとした瞬間、巨竜は鼻から凄まじい鼻息を噴出した。強烈な突風が腕の上に居た俺を吹き飛ばし、俺の体は宙に投げ出されてしまった。
「ぅおわっ!」
このままではかなりの高さから地面に叩きつけられてしまう。
だがこうなる事は想定済みだ。
俺は籠手に仕込んでいた植物の種を、「地気制操」を使って即座に成長させた。
種から爆発的に成長させた蔦を伸ばし、竜の腕にある突起に絡みつかせると、吹き飛ばされた体を振り子のようにして、魔神龍に向かって突撃した。
巨竜の腕を支点に、下から上に向かって体が振り上げられた時、突起を掴んでいた蔦を戻すと、俺は勢いよく魔神の胸部に向かって宙を飛んでいった。
魔法の短剣に光体の刃を乗せ、魔神の胸元で鈍い光を放っている魔力の塊めがけて、俺は鋭い斬撃を放った。
光体の力を乗せた斬撃を二発、三発と撃ち出すと、強大な力を秘めた魔力の中心部がどくんと脈打つ。
すると赤黒い核の周囲に障壁が発生し、飛んできた斬撃を防ごうとしたが、さすがに三連続の攻撃を受け止めきれず、障壁は破られ、一発の斬撃が引き裂かれた障壁を越えて、魔力の核に命中した。
「ウゴォアァアァアアッ!」
バリン、という感じで赤黒い核に傷が入った。
斬撃を受けた箇所に亀裂が入り、砕かれた赤黒い破片が飛び散り、火花となって消え去った。
魔神龍の核は硝子に似た材質で、内部を血煙が巡るような感じで蠢いている。
「ゥグルゥォオオオォオオォ……!」
核を斬り裂かれた魔神龍は再び前屈みになり、大きな手で胸元を押さえていた。
俺は蔦を伸ばして腕の突起に絡ませ、今度は体の横に回り込むように滑空した。
そうしながら巨竜の腕や脇腹に対して斬撃を飛ばし、攻撃を続ける。
地面に膝を突いている巨大な竜の足の手前に着地すると、棘のある膝の横に業魔神斬りを喰らわせてやった。
「グァアゥゥッ」
膝関節を横から引き裂くつもりだったが、俺の攻撃でできたのは鱗を弾き飛ばし、硬い表皮をわずかにえぐっただけだった。痩せ細った足だが、尋常でない硬さを持つ肉体には、生半な攻撃は通用しない。しかも傷口は徐々に再生を始めていた。
全力の業魔神斬りを何発喰らわせたところで、この巨竜を倒す事は不可能だ。
「やはり核を狙うしかない」
見上げると、蛇の頭が下を向いて、俺を黄色く光る目で睨みつけていた。
「フシュゥウゥゥゥ────」
息を吐き出しながら、巨大な魔神は胸元を押さえていた手を放し、片手を持ち上げて俺を殴りつけてきた。
疾駆を使い胴体の下を駆け抜ける。
奴の巨大な拳が地面を打ち、地面が揺れた。
「『石礫』!」
本来は自身の周囲にある石を弾き飛ばす初歩的な魔法だが、魔眼で強化された俺の魔力で、巨竜の下にある地面から石を生み出しそれを上に向かって、百を超える飛礫として撃ち出した。
「ゴァアウッ、グゥァアアァアッ!」
大量の石の弾が撃ち出され、前屈みになっていた胴体を烈しく攻め立てた。
高速でぶつかる石の一つ一つの威力は大した事はないが、それが同じ箇所に何十回とぶつかれば、硬い鱗で守られた体も損壊を受けるのだった。
土煙を上げながら次々に撃ち出される石弾。
魔神龍の体から打ち砕かれた鱗が、破片となって散らばり落ちてくる。
「『深淵の音無き雷』!」
続けざまに手の先から放った魔法が、魔神龍に向かって飛んでいった。
それは黒い球体で、飛翔しながら大きくなり、周囲に黒色の放電を始めた。音がまったく無い訳ではなく、耳障りな「ヴィィィィィ」といった低音が聴こえ、球体から放出された黒い破壊の力が魔神龍の体を打つ。
「グガガァアァァッ!」
反撃を試みようとしていたところに異質な電流を打ち込まれた巨竜は、巨体を痙攣させてもがき苦しんだ。
それでもなお魔神龍は力を込め、体内の魔力を撃ち出してきた。
「ゴアアアッッ!」
「ウぐぅッ!?」
魔神は上体を起こして両腕を大きく広げ、突風を巻き起こした。
俺の体は風によって吹き飛ばされた。
まるで小石を弾き飛ばすように軽々と。
風の打撃に打ち据えられた俺は、地面に着地したものの、その場に膝を突いた。
ただの風ではない。強烈な打撃力を持った風による攻撃だった。
破滅の魔神などと呼ばれるだけはある。
あらゆる動きが周囲に破壊を齎す危険な存在だ。
「力を失っていてこれかよ」
巨竜の動きを見ると、片腕を持ち上げて振り下ろすところだった。距離が離れている為、爪で攻撃しようというのではない。
振り下ろした指先から空気を引き裂く音がした。
俺は巨竜の手が振り下ろされる前に、斜め前に向かって駆け出していたのだ。
音が聴こえてきた瞬間にはすでに、奴の手から放たれた風の刃が、俺の居た場所を斬り裂いているところだった。
あのままぼうっと立っていたら、見えざる刃に胴体を引き裂かれていた。
地面をえぐった音を耳にしたが、あの巨大な爪から放たれただけあって、相当大きなものだったようだ。
もはや痛みを気にしている状況でもない。
俺は気力を振り絞り、再び魔神龍へと迫った。
巨大な魔神の龍は崖の手前から動かずに、数々の魔法でこちらを攻撃してきた。その多くは風の攻撃魔法だったが、火炎や雷撃を放ってきたりもした。
ディス=タシュに取り込まれた上位存在の力が、この巨竜の中にも存在しているようだ。
絶望的な相手との戦いに思えたが、俺はなんとかこの敵の攻撃を回避し、反撃をおこなっていた。
幾度となく攻撃魔法を放ち、奴の腕や足の鱗のほとんどを剥がしていった。
(奴が息吹を吐こうとするまで我慢だ)
耐え忍ぶ時間が続いた。
こちらの狙いを読まれないようにする為、ときおり接近して、魔法の短剣に乗せた光体の刃で攻撃をする。
「『光の縛縄』!」
叩きつけてきた手を光の鎖で地面に繋ぎ止め、その隙に巨大な竜の手首を切断するつもりで攻撃を加えたが、硬い皮膚を引き裂くのが精一杯で、内部の骨を断ち切るまではいかなかった。
「グォアァアアッ!」
むりやり腕を持ち上げ、魔法の鎖を引きちぎる巨竜。圧倒的な力を押さえつける事もできず、奴から距離を取ろうとした時、地面が激しく揺れた。
「くっ……!」
ぐらりと揺れただけでなく、いきなり地面に亀裂が走った。
どんっ、という衝撃が足下から起こり、俺の体は一瞬で空中に飛ばされていた。
地面から突き出た岩の槍に突き上げられたのだ。
(こんな魔法も持っていやがったのかよ!)
無意識の防御反応が働き、魔晶盾を展開して岩槍の一撃は防いだが、俺の体は回転しながら上空に打ち上げられてしまった。
空中でなんとか体勢を立て直そうとしていたが、視界の端から黒い塊が迫ってきているのが判り、俺は身を守ろうとした。
「グゥッ!?」
巨大な拳に殴りつけられた俺は、その一撃を魔晶盾で防いだものの、地面に向かって吹き飛んでいった。
危険な一撃を喰らいながらも、地面への直撃も魔晶盾を使って防ぎ、なんとか死なずに済んだ。
骨にヒビくらいは入ったかもしれないが、すぐに魔法で修復し、離れてしまった巨竜の姿を捉える。
巨大な魔神龍は重い音を立てて四つん這いになり、こちらを黄色い眼光で睨みつけると、空気を震わす唸り声を響かせた。
次話は今年中に投稿できれば……という感じです。
もう今年も終わり、早いなぁ。




