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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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ディアナリスの魔除けと別れ

 食後に俺は羊皮紙に書かれた奴隷の権利書に、奴隷商人が持っていた印章をして、奴隷たちに渡した。それと共に、お金が入った小さな皮袋を二つずつ与えると、彼女らの今後の行動について確認した。

「その皮袋にはそれぞれスフォラ硬貨とピラル硬貨が入っている。スフォラ硬貨はこの国を出る時に使い、ピラル硬貨は南に行った先で使うといい。ピラルは貨幣としての信頼が高いから、たいていの国で使える。

 地図によるとここから西に港町があるようだ。そこからベグレザに向かう船に乗るといい」


 荷物の入った背嚢はいのうに羊皮紙とピラル硬貨の入った皮袋をしまうと、革帯ベルトにもう一つの皮袋を結わえ付けた彼女ら。

 しばらくすると店に客が入り始め、外から正午を告げる鐘の音が聴こえてきた。

 俺は立ち上がると、店を出ようと声をかけ、料理屋をあとにした。


 店の外に出るとちょうど鐘の音が鳴り止み、通りを歩く市民の姿が目につくようになっていた。

 女奴隷たちは雨風をしのぐ外套も羽織り、粗末な防寒具などを着ていた頃よりも明らかに活動的な装いになっている。


 崖の方を見ると、白い壁の上に向かって吊り籠(ゴンドラ)が上がって行くのが見えた。

 その横には階段らしき物があり、右に左に延びている階段を上っている人の姿も確認できた。


「それではここでお別れだ。念の為にこの街で武器も買っておくといいだろう。それだけの金は持たせたはずだ」

 ナーヴィらに言うと、彼女らは一斉に頭を下げ、それぞれが感謝の言葉を口にする。


「お待ちください」と、ディアナリスが立ち去ろうとする俺を呼び止めた。

「あなたは迷いの森に行くと言っていました。その森で役に立つかどうか分かりませんが、私の故郷で使われていた魔除けを作って差し上げましょう」

 彼女はそう言うと、何も書かれていない羊皮紙や布切れはあるかと尋ねる。

 俺は背嚢から小さな羊皮紙を取り出すと、彼女にそれを渡した。

 するとディアナリスは自分の指先に爪を押しつけて傷を作った。指先から出た血を羊皮紙の上に押しつけ、羊皮紙に爪で傷を彫り込むようにして、なにやら図形や呪文を描いていく。

「これは私の故郷で使われていた魔除けで、悪霊や呪術による惑わしの力から持ち主を遠ざけてくれます」


 彼女の血で描かれたそれは、円陣の中にいくつかの線が交差し、円の外側と内側に文字が書かれていた。

 それは北方の──キオロス島の魔術形式にのっとった、呪術の類だと思われた。

 こうした図形や呪文を印せるという事は、彼女が魔術に関する技術を継承する者として育てられた事を意味していた。

 ディアナリスから感じられた独特の雰囲気は、彼女の知性が、魔術という深遠な思索を受け継ぐ者であった為だと、そこではっきりと理解した。


 おそらく魔術師や呪術師として、彼女の故郷でそれなりの地位を得ていたのだ。

 彼女の立ち振る舞いから感じられた違和感は、単に身分の高さに見合う所作を身につけていたからというものではなく、神秘的な領域に関する思索と、そこに参入する事で培われた理性と感情の調和にあったのだ。

 奴隷として人生を奪われながらも、彼女の瞳の奥には、すべてを見通したかのような強い信念が隠れ潜んでいる。いざとなれば彼女はその業を使って、自らの自由を取り戻そうと動き出したに違いない。


(もしかするとあの骸骨虚兵は……)


 俺はディアナリスから羊皮紙を受け取りながら、この異境の魔術師からの贈り物に感謝を口にした。

「ありがとう。君らも元気でな」

 ディアナリスとクーシャに視線を送ると、クーシャは侍女のように女魔術師の後ろで深々と頭を下げた。



 細い路地の前で俺たちは別れた。声がしたので振り返ると、後ろで七人の女たちが手を振っていた。二人の少女は大きく手を振りながら、何度も感謝の言葉を口にし、別れを心から惜しんでいるようだった。

 俺は彼女らの感謝に応え軽く手を振り返すと、その場を立ち去って北側にある岩壁へと近づいて行く。


 上の方で滑車が回転する音が聴こえ、吊り籠が崖の上に引っ張り上げられているのが見えた。

 俺はその下辺りに向かってみた。──するとそこには階段と壁に開けられた洞穴があり、どうやら洞穴の中から上の街へと繋がる階段があるようだが、それは市民には使えない物らしい。入り口に屈強な番兵が立っていて、立ち入りを許可されている者以外は通さないという雰囲気を漂わせている。


 商人らしい男も階段を上って行くところだったので、俺はその後ろからついて行く事にした。

 階段は花崗岩の崖を削って作られた物で、欄干らんかんも無く、危険な作りになっていた。階段の最初のところに「上り階段」を表しているらしい看板もあったので、たぶん別の場所には下り専用の階段もあるのだろう。

 折れ曲がりながら上へと向かう階段を上る途中、街の方を眺めて見ると、白い屋根や灰色の屋根。そして鐘楼しょうろうや教会らしい大きな建物が見えてきた。


 一番上まで上がって上って来ると、そこにだけ転落防止の欄干が取り付けられていた。崖の上から下にある街を見下ろす。街はかなり広く、そして建物が密集している。

 街を囲む壁よりも高い所にある上テスカルブトールにやって来た俺は、近くにあった滑車がごろごろと音を立て、吊り籠が下に降りて行くのを見届けた。


 崖の近くにもいくつか建物が建っているが、多くは少し離れた場所に建てられている。街の中心部に行ってみようと考え歩き出すと、かなり大きな通りに出て来た。

 その道には花崗岩の石板タイルが敷き詰められていて、どうやらその石板の下には地面があるようだ。街の中には樹木の姿もあり、白い壁に寄り添うようにして細い幹をした木が、頼りなげに枝を伸ばしている。


 街の奥に向かう感じで歩いていると、公園らしい場所が見えてきた。

 公園に植えられた木々はどれも背が低く、花崗岩の上にある土の地面が薄い為に、根が深くまで張らない為だと思われた。

 公園の横には円形の大きな建造物が建っており、それはどうやら闘技場であるらしい。屈強な戦士の姿をした大きな彫像が壁に彫られ、円形闘技場の外側を取り囲むようにして立っている。


 見上げるほどの大きさのある石像が剣や大斧を握った姿は迫力があったが、その表情や体型はかなり誇張され、どこかおかしみ(ユーモア)を感じさせる面もある。

 一体一体がそれぞれ特徴的な顔をしている中で、一つの像に目が止まった。それだけが女性戦士の立像だったからだ。

 長剣を地面に突き立て、柄を両手で握っているその姿は勇ましく、他のどの戦士の像と比べても引けを取らない風貌をしていた。


 もしかすると闘技場の壁に彫られたこれらの彫像は、実在する戦士の物ではなく、神話に登場する神々を心象イメージした物なのかもしれない。

 レファルタ教は法の神レスターを唯一の神としながらも、支配した国や民族の信仰を受ける神をも取り込み、従属する低級神という役割を与えているのだ。

 そうして神格を奪われた神々は、人々の中でひっそりと息づいているのかもしれない。

 闘技場を囲む彫像の中には、そうした神話的な物語が確かに感じられた。



 ぐるりと闘技場を一周したところで、闘技場の中から出て来た男女と目が合った。

 ここの闘技場は訓練施設も兼ねていたらしく、その三人の人物は戦闘訓練をしていたようだ。

 彼らが出て来た入り口の奥を覗くと、薄暗い通路の先に光が差し込み、そこから烈しい訓練の音が聴こえてくる。


「おっと、こんな事をしている場合じゃない」

 大通りを目指して路地裏を歩いていると、荷車の車輪が舗装路を転がる音が聴こえてきた。壁に反響する音を頼りにそちらに近づくと、小さな四つ足の動物に引かれた荷車が目の前を通り過ぎて行った。

 その動物は驢馬ろばだった。

 崖の上には馬は居ないのだろうか。大通りに出て左右を見回しても、驢馬や馴鹿となかいばかりが目につき、馬の姿は見当たらない。


 道行く市民たちは男が多かった。

 それも鉱山奴隷や、闘技場の闘士らしい屈強な男の姿が多かった。

 馴鹿に引かれた荷車の荷台に、数名の鉱山奴隷らしい者たちが座り、暗い顔つきで足下を見つめていた。


 大通りを歩きながらギルドや商店を探していると、上テスカルブトールにも戦士ギルドが存在していた。──だがここにあるのは小さな建物の中にある、支部のような役割を与えられた施設のようだった。

 建物の外にはギルドの看板と、小さな掲示板が壁に架けられており、そこを覗いていると「ビフス鉱山の魔獣討伐依頼」などと書かれていた。


 ギルドの中に入ると、外観どおりそこは狭い空間があり、受付の長台カウンターと待合い場が一つになった広間ロビーがあった。

 受付嬢が一人で受付のそばにある机で作業していたが、俺が近づくと「どんなご用ですか」と尋ねてくれた。


「この近辺についての情報が欲しい。地図を買ったんだが、崖の上の地域が『バアラム地方』としか載っていなくてね」

「崖の上の地形について知りたい、という事でしょうか。でしたら……」

 と、受付嬢は牛皮紙描かれた地図を見せてくれた。

「だいたいこのようになっていますが」

 上テスカルブトールは崖の中央部付近の下部にあり、その西に行った所にビフス鉱山。その北側にあるのが「迷いの森」となっていた。

 道の途中には兵士のとりでも描き込まれている。


「迷いの森はどんな所だ?」

「迷いの森ですか。そこはいくつかの話が残っていまして、森を越えた先に白い岩山が見えている事から、手つかずの鉱山があると考えたバアラム地方の領主によって、調査隊が送られたのですが──その多くが森で迷い、数名が森に入ったまま帰って来られなくなったとか」

「確かなのか」

「もちろんです。もう五十年以上も前の記録ですが、その後もあの森に入って行った冒険者が居まして、その度に『迷って森を抜けられなかった』と報告を受けたり、時には帰らぬ人も定期的に出ていますから」

 受付嬢の話を聞いていると、どうやら迷いの森にはなんらかの結界が張られているのだと思えた。


「まさか、あの森に入るおつもりですか」

 受付嬢は顔に「お止めになったほうが……」という表情を張りつけている。

「いや……、それより、この街の北東側にも山があるようだが」

「そこは花崗岩の切り出しをおこなっている場所ですね。バアラム地方は危険な魔獣や魔物が出没しますが、特に危険なのは迷いの森がある北西部です。くれぐれも近づかないように」

 北西部は危険な存在が出現しやすいのだと受付嬢は警告する。

「蛇竜獅子に牛頭闘鬼や猪豚いのぶたの闘鬼。邪鬼なども出現する為、テスカルブトールでは常に高位の自由戦士や冒険者を待機させています」

「分かった。ありがとう、注意するよ」

 バアラム地方の地図を頭の地図に描き加えると、戦士ギルドをあとにした。


 西門側にある馬車の停留所に向かいながら、横を通り過ぎた山羊の方を見ると、横に穴が空いたような奇妙な目でこちらを見ていた。

 停留所に着いても、驢馬と馴鹿と山羊しか見当たらず、馬が引く馬車はここには無いようだった。

 荷車が数台出発を待っていたが、それを引いているのは驢馬だった。


「迷いの森近くへ向かう荷車? 今日は出ないよ。森の南側に位置するビフス鉱山に物資を届ける荷車か、鉱山奴隷を運ぶ荷車以外、西には向かわないさ」

 話を聞くと、その荷車が向かうのは西に向かう道の途中にある砦に物資を運ぶ為だと言う。

 赤鉄階級印章を見せ、護衛もするので砦まで乗せてくれと頼むと、その御者は快諾してくれた。

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