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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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断崖の街テスカルブトール

 朝早くに移動を始めた荷車は、森の間を埋める氷霧の中を進んで行った。冷たい白いもやが視界を奪い、さらにその霧を抜ける頃には、馬の体につけた防寒具や手綱、さらには荷車の一部も凍りついていた。

 踏み固められた街道の先が平野になったその地域には草が生えていた。冷たい環境でも成長する雑草があるらしい。

 ちらほらと見える灌木かんぼくにも緑色の息吹が宿り、力強い生命の躍動が始まりつつあるのを感じる。


 しばらく街道を進んでいると前方から一台の荷車がやって来て、横を通過して行った。

 荷台に木箱を載せ、護衛の冒険者も荷台に乗せていた。三人の冒険者は防具を身に着け、厚手の外套マントを羽織っていた。

 その後も乗り合い馬車とすれ違ったり、街道を巡回する兵士の一団を見かける事もあった。

 徒歩で移動する冒険者と商人らしい連中も居たりして、テスカルブトールにはかなりの人間の出入りがあるのだと思われた。


 なだらかな直線が続く街道を進み続けると、半時(約一時間)ほどで道の先に白い壁が見えてきた。それは崖だろう。

 街道の所々に小さな石積みの壁があり、街道と田畑を分けている。その石積みは白い花崗岩でできていた。

 白い壁のごとき崖も花崗岩でできているのだろう。

 街に近づくごとに左右に広がる田畑と、それを管理する民家。周囲を警戒する物見(やぐら)を備えた兵舎などの建物の横を通り過ぎて行った。それらの建築物にも花崗岩が使われており、茶色い大地と白い壁の対照コントラストが目を引く。


 離れた場所に水車小屋があったが、今はその動きを停止していた。

 花崗岩で造られた灌漑かんがい用水の上に架けられた石橋を通過した時にその理由がはっきりした。水路には水が流れておらず、代わりに雪が詰め込まれていたのだ。

 街道には雪が見当たらないが、水路に捨てたり、そこが埋まれば別の場所に持って行っているのだろう。

 畑の向こう側に見える白っぽい丘は、そうして集められた雪捨て場だと考えられた。


 そうこうしているうちに荷車は、テスカルブトールに近づいていた。街の壁も白い石の壁で囲まれ、さらに崖の上に見えている物も、花崗岩かこうがんで建てられた建築物だろうと思われる。

 話に聞いていたとおりテスカルブトールの街は、崖の下と上に街が作られている、変わった形状の街なのだった。



 断崖という天然の壁を背負った街は、三方を囲壁いへきに囲まれており、威圧的な黒い大扉を門に構えていた。

 厳つい門扉もんぴは木材に黒い塗料を塗り、一部に鉄板を張り付けた重厚な扉で、それは現在開放されていたが、その門を守る番兵たちもまた、黒く塗った金属鎧を身にまとい、門前に並ぶ入街希望者を待ち構えていた。

 並んでいる人々の多くは商人や市民であり、身分証を提示するだけで入れているようだが、俺と荷台に乗っている者たちにはそうした恩恵は得られない。


「何人乗せている?」

 俺の番が回って来ると、一人の番兵がそう尋ね、もう一人が荷車の後ろに回り込み、中を検分しているようだった。

「七人。うち二人は子供です」

「おまえは……冒険者か」

 赤鉄印章を見せると番兵はうなずき、「三百六十スフォラだ」と告げる。

 番兵に貨幣を差し出すと「通れ」とだけ言われて、俺は門を通過した。


 商業ギルドの商人ではなく、戦士ギルドの冒険者が荷車で街に乗りつけても、普段から彼らは怪しまないのだろうか。

 心の中で安堵しながら、俺は大通りを進んで行った。本来なら門の所で馬や荷車を買い取ってくれる場所はないかと尋ねたいところだが、番兵に怪しまれたくなかったので、そこで尋ねるのは止めたのだ。


 街の中も白い壁の建物が目についた。それらは純白ではなく灰色に近い色をしていたが、花崗岩の壁にあえて色を付けている建物もあった。

 白い壁に黒っぽい塗料で描かれた、三つ葉や四つ葉の紋章らしい物。それに二本の斜線が並んだ升目ますめが描かれていた。


 道を歩いている人の多くは市民のようだが、彼らの防寒具も白い毛皮の物が多かった。茶色や灰色の防寒具を着ている人も居るが、どうやら裕福な者は白系統の衣服を身に纏う慣習があるらしい。


 大通りを進んでいると、やはりこの街にも戦士ギルドが存在していた。

 ギルドの建物は目立つように白い花崗岩と黒い火山岩──玄武岩に似た物──を組み合わせて建てられ、門構えの意匠デザインもかなりのこだわりを見せていた。

 その建物の裏手に大きく回り込むと、そこには厩舎きゅうしゃ付きの停留所があった。そこに馬を入れると、俺は厩舎に顔を出し、馬や荷車を買い取ってくれる所について尋ねた。


「馬や荷車を売りに? それなら崖側にあるうまやに行ってみろ」

 ギルド付き厩舎の管理人はそう言って、さっさと出て行け、とでもいった態度をする。

 俺は速やかにその場をあとにすると、崖側にあるという牧場に向かった。

 裏通りを進んで北に向かうと、白い断崖の様子が見えてきた。

 ごつごつとした白い岩肌は正に壁の様に切り立つ崖であり、見上げる高さがある崖の上に建物の屋根がちらりと見えていた。


 崖際にまで来ると、そこは広い空間が取られ、幅の広い道となっていた。

 白い崖を見ていると、そこにはいくつかの穴が空けられており、どうやら氷室として使用されている洞穴のようだ。

 道の左右を見回すと、崖の近くにある木造の厩と、柵で囲まれた広場があった。そこが牧場だろう。

 厩の横に人の住む住居があり、その前に荷車を止めると、俺は呼び鈴らしい鐘が吊り下がった紐を掴み、カンカンカンと強めに鳴らした。


 しばらくすると住居の中から男が出て来た。痩せた体の初老の男で、長い髪の毛と髭を蓄え、それらは白くなっていた。

 灰色の外套がいとうや毛皮の腰巻きをした姿は老人と言っても差し支えがない感じだ。

「なんか用かい」

「馬と荷車を買い取ってもらいたい」

 そう言うと老人は馬を見、ついで荷車を見た。

「馬は荷馬としては現役だが、荷車の方は()()()ね。車輪も車軸も、新しい物に替えなきゃならんだろう」

 一見するとよぼよぼの男だが、目利きはしっかりしているようだ。

「馬は全部で五千。荷車は──千三百なら」

「分かった。それで構わない」


 俺は値を吊り上げようとは思わなかった。どうせただで手に入れた物だし、それに奴隷商人が持っていた財布に大金が入っていたのだ。欲を出すべきところではない。

 男が家の中に入ったのを見て、俺は奴隷たちに荷車から降りるように言った。

 ぞろぞろと荷車の後部から降りて来る女たち。二人の少女は手を借りながら路面に降り立った。


「これからどこに」

 北方人の奴隷がそう尋ねてきた。

「そうだな……まずは衣服を買いに行こうか。そのあとで公衆浴場に行って旅の汚れを落とそう」

 そんな話をしていると、皮袋に金を入れて老人が戻って来た。軒先に置かれた粗末な台の上に銀貨を重ねて枚数を確認している間に、老人は荷車を住居の横に置き、馬を厩に連れて行った。


「よし。世話になった」

 俺は厩の老人に別れを告げ、大通りの方に歩いて行く。

 そのあとを奴隷たちがぞろぞろとついて来るので、なにやら怪しげな集団に見えそうだ。


 大通りに繋がる一本の脇道の上に「生地通り」と書かれた布の看板がかけられ、俺はその道に入って行った。

 薄暗い通りには生地や糸を売る店から、作ってある衣服を販売する仕立て屋も何軒か建ち並んでいた。

 日常使いする服屋を選んで店の中に入ろうとしたが、奴隷全員を狭い店内に入れる訳にはいかないので、北方人の女二人と少女を連れて店内に入った。


「いらっしゃいませ」

 と言いながら、客が粗末な防寒具を着込んだ女たちなのを知ると、四十代くらいの女店員は露骨に嫌そうな顔をする。

「彼女らに合う肌着や下着を──大人五人、子供二人分用意してくれ。それと上着やズボン。靴なども一式そろえてくれ」

 そう要求しながら俺は女店員に五枚の小金貨を握らせた。

 すると店員は顔色を変え、すぐに用意致しますと答えて、奥に居る別の女に指示を出し始めた。


 女たちや少女の体型に合った服を選び、一人一人の着替えを、物入れ(ポケット)付きの背嚢はいのうに入れさせた。数枚の下着に靴下、綿織物タオルや革手袋に防寒具などを入れると、背嚢はぱんぱんになった。

 それを外で待っている女たちに渡し、全員の手に行き渡ると、俺は店を出て行った。

 女店員は上機嫌で俺を送り出し、頭を深々と下げて見送っていた。


「さて、次は公衆浴場に行こう」

 それは「生地通り」から奥に行った先にあると店員から聞いていた。

 大通りから離れた裏通りに何軒かの宿屋や食事処があり、その区画の近くに公衆浴場があった。

 艶のある花崗岩の壁や壁や柱で建てられた建物は清潔感にあふれ、入り口は頑丈な扉で外気を遮断している。


 建物内に入り、番台に荷物を預けると、荷物の番号と同じ木札を受け取り、それを手にして脱衣所に向かった。

 脱衣所は男女で別れていたが、浴場では男も女もいくつかある風呂場を共有する形式が取られていた。

 浴場は広く、昼前という時間帯の所為せいか人の姿はまばらだった。


 奴隷たちは石鹸を使って念入りに体を洗い、長い奴隷生活の中で付いた汚れも苦悩もそこで洗い流すみたいに、体に付いた泡をお湯で流していた。

 石組みの浴槽に浸かろうとすると、南方人たちが浴槽の前で躊躇ためらっていた。彼女らは石鹸で体を洗う時も躊躇ちゅうちょしているようだった。たぶん彼女らには馴染みのない文化なのだ。


 北方人の女も南方人の女も皆痩せていて、数人は鍛えられた体をしていたが、肋骨が浮き出るくらいに細い。これでは寒さに耐えられないだろう。

 唯一女らしい体型と言えるのは、例の身分の高そうな女くらいで、少女たちは言うに及ばずだった。


 全員が大きな浴槽に入ると、なにやら神妙な顔つきになった女たちが互いの顔を見合い、誰かが話を切り出すのを待っているように無言で押し通している。

 北方人の少女は南方人の少女に「お湯に入るのは初めてだ」といった話をし、お風呂に入るという文化のない少女を安心させていた。


「あの」と、ついに沈黙に耐えかねて、戦士らしい北方人の女が口を開いた。



「私たちはこのあと、どうなるのでしょうか」

中世の頃は馬を売買する市場が開かれたりしていたそうです。

ちなみに崖の下にある街には馬が居ますが、崖の上では馬の代わりに驢馬などの家畜が移動手段に使われています。

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