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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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月無き夜の殺戮者

 この辺りは雪が積もっている場所は少なかった。道という物は見つけられないが、なんとなく草も生えていない剥き出しの地面を辿っていると、視線の遥か先に大岩や森の陰が見えてきた。

 隆起した地面の横を通ると、崖のように段差がある箇所を通り過ぎた。

 地層が見える土の壁から水が染み出し、北にある山脈から平地に向かって水が流れている水脈があるのだと考えられた。雪が解け地面に染み込んだ水が、こうしてあふれているのだろう。

 春を過ぎればきっとこの辺りの平野も、豊かな自然の息吹に包まれるのだ。


 ふと崖状の地面の上に目をやると、薄茶色の毛をしたうさぎがこちらを見下ろしていた。

 荷車が近づいて来るとさすがに逃げ出したが、兎も青々とした草木の芽吹く季節を待ち望み、雪の降り積もる北の山から出て来たのだと思われた。


 荷台で横になっている奴隷たちは、奴隷商人から解放された安堵からか、ぐっすりと眠っているようだ。

 道と呼べる物のない場所を進む度に、がたがたと荷車が揺れる。小さな崖の横を通り過ぎると、森がぐっとこちらに迫ってきたような錯覚を覚えた。

 北側の視界が開けると、遠くの山脈にかかった白い雪の帽子が緋色に色づき始め、背後から冷たい夜が忍び寄るのを肌に感じる。

 風が荷台を囲うほろを撫で、俺の顔に冷たい息吹を吹きつけていく。


 体の大きな輓馬ばんばたちが息を荒くして、緩やかな坂道を上り始めた。

 そこを越えると森を迂回して進む。

 大きな岩の横を通過すると、また荷台がぐらりと傾いた。

 地面に盛り上がった所があり、車輪が乗り上げたのだ。

 一瞬、前輪の車軸から「ミシッ」というような嫌な音がしたが、なんとかその場を乗り越え、森の先にあるわだちを見つけた。


 どうやら悪路の中道を抜け出て、まともな街道に辿り着いたようだ。その道は南から北に向かう道で、長い年月をかけて踏み固められた物だった。馬車がその街道に入ると、なだらかな地面の上を車輪がごろごろと転がり、馬たちのひづめの音と相まって、なにやら眠気を誘う一定の音律リズムが生まれた。




 順調に街道を進んでいた馬だったが、今夜中にテスカルブトールには辿り着けそうにない。

 すでに空は暗くなり、御者席に取り付けられた角灯ランタンに火を灯して、馬たちの行く先を照らしてやらなければならなかった。

 頭の中にある地図と比べると、街へはもう少しかかりそうだ。

 もしかすると遠くには、テスカルブトールがある崖が見えてくるのかもしれないが、こう暗くては見える物も見えない。

 夜になると一層冷え込んできて、御者席に座っているだけで、風に体力を奪われていく。馬たちにとっても、この寒さは耐えがたいものだろう。


「ん……?」

 暗視を使って周辺を調べていると、街道から外れた場所に灰色の壁らしい物が見えてきた。どうやら建物があるようだ。

「かなり大きな──邸宅の跡地かなにかか?」

 壁の範囲を見る限り、敷地を囲む壁と、その中にある建物の一部が残されているようだった。


 街道を外れてそちらに向かうと荷車が「がたん」と大きく揺れ、馬たちは踏ん張っていた。盛り上がっていた地面を車輪が越えると、一斉に馬たちが白い息を吐き、「ごふ──、ごふ──」といった荒い息を吐いていた。


 緩やかな斜面を上った先に見えてきたのは石積みの高い壁。

 なんとか馬を制御すると、荷車は扉もなにも無い門から敷地の中へと入って行く。

 壁の内側に荷車を完全に入れると、庭らしい地面のある場所に馬を歩かせた。

 荷車を止めると、荷台に乗っていた奴隷たちが顔を出す。


「ここは──?」

「さあ……廃墟らしいが。建物は朽ちていて、壁くらいしか残ってなさそうだ」

 俺は御者席から降りると、馬たちをくびきから一頭一頭解放して、木に縄でくくりつけた。木と壁と幌付きの荷車に囲まれ、風が彼らの体に吹きつける事はほぼない。


「ここで夜を明かそう」

 角灯を降りてきた奴隷に手渡し、食料の入った木箱などを降ろすよう指示を出すと、俺は敷地内の探索に入った。


 一目見て二階建ての廃墟は荒らされているのが分かった。庭の一部には花壇があったようだが、今は雑草が生えているだけだろう。

 建物と壁の間を通っていると、馬水槽が置かれていた。木を削っただけの粗雑な作りだが、まだ使えそうだ。

 建物の裏手に回ると外壁に裏口があり、そこから林の中へ出る事ができた。

 林の中に小川が流れていて、そこから水を汲めそうだ。


 俺は荷車の所に戻ると、全員が起きているのを確認し、裏手の林で水を汲むように言って、荷台にあった木桶を手渡した。

「手の空いている者は俺と一緒に馬水槽を馬の所まで運んでくれ」

 こうしてまずは馬に水を与えるところから、野営の支度が始められた。


 女奴隷の中には野営の経験がある者も居たらしく、玉石やたきぎになる枯れ枝などを集めてきた。

 その間に俺は廃墟の中を調べたが、部屋があるにはあるが、調度品や家具などはなにも残されていない。床板が張られただけの空虚な部屋があるだけだ。


「食事を食べたら、建物の中で横になろう。硬い床しかないが、雨風はしのげる」

 木箱から干し肉や果物、馬鈴薯や玉葱などを取り出して、料理の支度を始める一人の女。かなり手際が良いところを見ると、奴隷商人とその護衛たちの分まで食事を作っていたのだろう。

 麻袋の中から取り出したのは、凍って固くなった大きな丸パン。それを焚き火のそばにおいて、軟らかくなったのを人数分に切り分けていく。


 料理ができるのを待つ間、俺は建物の周囲をぐるりと回りながら結界を張る準備をした。

 獣除けくらいでいいかとも思ったが、空を見上げた時に月のまったくない新月だと気づき、俺はせっかくなので今まで使ってこなかったものを使う事にした。

 こんな月の無い夜は危険がつきものだ──、そんな予感がある。


 建物の周辺を一周して敷地内に入ると、ちょうど料理ができあがったらしかった。

「どうぞ」と差し出されたのは木の深皿に入った干し肉と野菜の汁物スープ。それに焼いたパンと乾酪チーズを添えた皿だった。

 奴隷たちもそれぞれ食事の載った皿を受け取ったが、食べようとしない。俺が先に食べるのを待っているようだ。


「冷める前に食べておけ」

 俺がそう告げると、彼女らもやっと食べ始めた。たぶん満足な食事を与えられていなかったのだろう。奴隷女たちは温かい汁物とパンを食べ、初めて和やかな雰囲気に包まれた。


 食事を食べ終えると、何人かが裏手の小川に食器類を持って行って洗い、眠い目をこすり始めた二人の少女を寝かしつける為に、女が建物の中に少女たちを連れて行った。



 ──俺はある事に気づき、立ち上がった。

 敷地の外から何者かが忍び寄っているのを感じたのだ。

 すると六人の男たちが堂々と門から姿を現し、俺や女たちの数を把握するように周囲を見回した。


「なんだ、男はあんちゃんだけか」

 見るからに野卑な男たち。野盗の類であるのは間違いない、そんな連中だった。

 奴らは腰からそれぞれ武器を下げていたが、どれも粗末な短剣や手斧で、まともな剣などは持っていない。

 そいつらはずかずかと無遠慮に敷地内に入って来て、女たちは恐れて一歩下がった。戦えそうな女は裏手に行ってしまっていた。

 料理をしていた女の手に短刀が握られているが、彼女は戦力にはならないだろう。


「なんの用だ、いきなり入ってくるとは」

 そう言うと先頭に立っていた男が不愉快そうに「ああ?」と凄んできた。

「おいおい、あんちゃん……どうやらおれたちがなんなのか、わかっちゃいねえようだな」

「分かっているさ。冒険者崩れの野盗だろ」

 俺はそう言いながら、腰から下げた魔剣の柄に手を乗せる。

 その言葉に男は明らかないらつきを表情に出した。


「へっへっへっ、まあなァ。──あんちゃんよォ、ずいぶんイキがっているが、こっちは六人いるんだぜぇ?」

 俺は奴らが殺意を持つのを待っていた。

 だが、ずいぶんと自分たちの優位性を疑っていないようで、いらつきを見せはしたものの、殺気までは出さなかった。

 どうやらもう一押しが必要らしい。


「イキがっているのはおまえらの方だと思うが? たかが六人の野盗など、剣を抜くまでもない」

 嘲笑あざわらうように言うと男たちは気色ばむ。

 後ろに立つ男の何人かは「やっちまいましょう」などと言って、怒りをあらわにしている。

 先頭に立っていた頭領リーダーらしい男は手を挙げて、いきり立つ仲間を制した。


「まあまあ……なぁ、あんちゃん。おれはこう見えても平和主義なんだ。有り金と女を置いて行けば、あんちゃんに危害は加えないぜ? な? いい取り引きだろぅ?」

 ぼろぼろの革帽子に隠れた額に青筋が見えるくらい、男は怒りを感じているようだが、口元には笑みを浮かべ、その目には殺意に似たものがにじみ始めていた。


 俺は鼻で笑ってみせた。

「取り引きだと? 獣以下のおまえらと取り引きする人間が居るなら、見てみたいものだ」

 そう言って魔剣の柄を逆手に握り、こちらから殺気を放つと、奴らはそれに応じた。


「やっちまえ!」

 頭領が声を上げる前に、後ろに居た男たちがそれぞれ短剣を抜いて前に飛び出そうとした。

 すると二人の男が、そのまま地面に前のめりに倒れ込んだ。

 ごろごろと地面をなにかが転がっていく。──それは倒れた男たちの頭部だった。

 切断された首から、勢いよく真っ赤な血が流れ出る。


「なっ、なっ、なッ、なんだァ⁉」

 恐怖に駆られた頭領らしい男も短剣を引き抜いた。

 そうしている間に左右に立っていた男たちも次々に首から血を噴き出し、一人の男は皮だけで胴体と繋がった首が背中側に回り、がくんとその場に膝を突いていた。


「てっ、てめェ! 魔術師か‼」

 短剣を手にした頭領はすっかり怯えて、こちらに向かって来る意志はなさそうだ。

 最後の一人も急にその場で飛び跳ねるように体を宙に浮かせると、背中から鳩尾みぞおちまで見えないなにかに貫かれ、鮮血を派手にぶちまけながら、どうっと音を立てて地面に崩れ落ちた。


「いったいなにが……?」

 仲間の男が飛び跳ねた方を見る野盗の頭領。

 その瞬間、至近距離に立っていた彼には見えたようだった。男の胸を貫いた物を持つ、何者かを。


「なっ、なッ! なンだぁ⁉」

 男が上を見上げようとした瞬間。

 彼の頭部は胴体から切り離された。

 ごろんと地面を転がった頭領の顔は、驚愕した表情のまま冷たい地面を見つめていた。

 彼の残していった胴体は、その場にがっくりと膝から崩れ落ち、血を撒き散らしながら地面に倒れ込んだ。

以前投稿した『赤く濡れた月の影に』の内容と文章を見直したものを改訂版として再投稿しました。

この『魔導の探索者レギの冒険譚』と同じ世界の、絶望のダークファンタジーです。

かなり暗い話ですのであまりおすすめはしませんが、過酷な世界であることは伝わると思います。

覚悟のある人は読んでみてください。

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