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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十六章 迫い縋る死の腕

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新たな旅立ち

新章「魔神の欠片、迫る死の腕」開幕です。

このタイトルは変更する可能性も……

 精神世界を放浪し、レファルタ教の教理について知る者の精神に接続した。三つの宗派があるので、それぞれの司教や一般的な信者から教会の教えについて学んだ。

 ざっくりと確認しただけだったが、以前にどこかの教会で聞いた内容と変わらないようだった。──といっても、そこで聞いたのは彼らの教理の一部に過ぎないものだろう。

 俺は別に信者になるつもりもないので、ジギンネイスでの一般的な教会の教えについて、簡単な理解をするだけにとどめた。



 要約してしまえば彼らの教義の中心は、「神の啓示を受けた"聴く者(ヌミス)"と呼ばれる者が使者となり、現世の苦難と苦境を拭う為に神の教えを説く」といったようなものだ。

 その"聴く者"というのは各時代に現れたようだ。"聴く者"は王様であったり、貴族であったり、時には戦士である事もあれば、意外な事に"大地を耕す者(つまり農民)"である事もあるらしい。

 まあそれは詰まるところあらゆる権威にも、そして大衆にも受け入れられるようにと、変遷へんせんしていった結果なのだろう。

 それぞれの立場にある"聴く者"から語られる神の教え。

 それは人間社会の中にある様々な問題に対する問題提起であり、時に回答が語られる。


 そうした挿話集のような箴言しんげんが教会で、司祭などによって話される訳だ。

「人にはそれぞれ神から与えられた役目がある」などとうたいながら。

 人が言われたい言葉、聞きたい言葉を混ぜ込つつ布教していったのだ。


 中には明らかに国家にとって危険な、「社会に奉仕する者よりも、神に奉仕する者のほうが幸福である」などという箴言も隠し持っている奴らの教義に、権力者たちはもっと敏感になるべきだろう。

 この言葉は明らかに人間社会を破壊するものだ。経世済民の理念に対する挑戦状だ。


「我々(宗教)はおまえ(国家)よりも民衆を幸福にできる」とでも言っているかのように。


 宗教は確かに民を導く一つの道であるが、その道は大抵間違いやすい道で、実際は幸福であるよりは、苦労すらも幸福と受け取るよう矯正された、間違った認識による支配に過ぎない。

 気づかなければ犯罪すらも善である、と説くようなものだ。

 教理の支配を受け入れた者にとって世俗的な悪は悪ではなく、神の教えに背く事が悪である。という洗脳状態におちいる訳だ。


 これが社会に対する脅威でなくてなんなのか。

 自らの家族集団の内側に居るはずの国民が、気がついた時には敵となっているようなものだ。

 なぜなら教会の権力者が自らの言葉を"神の言葉"として触れ回れば、国家の内部に居る信者を焚きつけ、国に反旗をひるがえさせる事も可能なのだから。


 彼らの唱える「善」とは、神に服し神に捧げよ、という考え方であり、それは現実的な社会秩序を無視する危険がある。

 国家の定めた法よりも、神の教えの方が大切だという考え方に染まるので、彼らは国家や家族よりも、神の言葉に従うのだ。


 これだけでもこのような集団が形成されれば、どれだけ危険なものになるか分かる。

 自分たちの正義を掲げ、神の名の下にどのような悪逆非道な真似を働いても、信者は自責の念を負わないのだ。


 彼らこそ邪神の信奉者ではなかろうか。そう思わせるような事を、多くの宗教は歴史的にもしてきたというのに、それでも信者を増やしているのである。


「狂っている」

 俺は確認するように呟く。



「私たちは多かれ少なかれ狂っている。でなければ他者の苦しみの上に成り立つこの世の中で、生き続ける事などできないだろう」



 ある思想家の残した言葉が頭をぎる。



「人間は構造的に不完全で弱く、それゆえにあらゆる重荷を他者に押しつけ、平然としているものだ。

 弱い者は持たざる者になり、

 醜い者は裕福になろうと他者を傷つける。

 私たちは完全に神から見放されているだろう」



 なんとも短絡的で辛辣しんらつな言葉を残したものだ。

 この思想家は社会的な罪でも、宗教的な罪でもなく、人間的な罪について語っているのだ。

 人間は本来そうあるべきかどうか。あるいは生来そのような性質を持っているからと、それに流されて生きる事が本当に人間的か。と彼は問う。


 結論を出そうと思えばなにかと対立し、結論を出さずに曖昧にすれば、やはり混乱は起こるとも警告する思想家。

 人間は本質的に不完全な生き物だとする彼の言葉は、その後の学徒に大きな影響を与えたが、一部の宗教からは「異端の考え」として、彼の書物は焚書にされたのだった。



 * * * * *



 目覚めると朝になっていた。

 ずいぶんと長い間、俺は精神世界を旅していたようだった。

 室内の空気はひんやりとしていて、寝台ベッドから起き上がると、椅子にかけておいた上着を羽織って部屋を出る。


 もう少し雪が解けるくらいになってから北に向かおうと考えていたが、昨日の夕方くらいから降り始めた雪は、さして積もらなかったようだ。

 旅の支度はすでにしてあり、保存食などは影の倉庫にいくつか仕込んである。なにしろ光体アウゴエイデスの影響もあって、倉庫としての容量も大幅に増加し、さらには影の魔術自体の技能向上も果たせたのだ。


 食堂に行くと朝食を侍女に用意してもらい、温めたパンや汁物スープを口にした。丸いパンに乾酪チーズを乗せて食べようとしている時、エンリエナがやって来た。

「おはようございます」

「おはよう。──もう旅に出るのですか?」

 俺が外出用の上着を着ていた為、義母はそう尋ねてきた。

「ええ。留守の間はクーゼ……、ドゥアマ夫妻に任せてありますので、彼らを頼ってください」

 彼女は「分かりました」とだけ言って席に着いた。


 黙々と朝食を食べ終えた俺は立ち上がり、侍女が皿を下げるのを見守っていると、義母は「気をつけて」とだけ口にした。

「はい」と俺は一言だけ返し、食堂をあとにする。



 自室に戻ると背嚢はいのうを確認し、防寒用の予備の衣服や手袋などを影の中に入れた。

 毛布なども影の倉庫に入れたが、まだまだ容量に余裕がある。

「今までとは桁違いの、大きな入れ物になったな」

 新調した服や靴なども入れてあるのを考えると、まるで引っ越しのようだった。


 別邸の侍女に旅に出る事を伝え「いってらっしゃいませ」という言葉を受け取ると、俺は館を出た。

 朝日が眩しい空にはすっきりと澄んだ青が広がり、くすんだ所は一つもない。

「旅を始めるにはいい条件だ」

 俺は背嚢を背負い直すと、街道に向かって歩き出す。

 東へ向かう馬車に乗るので、まずは馬車の停留所に向かう。北に向かうにはまず東に行き、そこから山の無い北に向かって進む必要があるのだ。エブラハ領の北側には山脈があり、馬車どころか歩きでも通れる道は無い。


 歩道を歩いていると、道の先に二人の男が立っていた。

 一人はクーゼで、もう一人は……知らない男だった。

 近づいて行くと二人はどうやら商業ギルドの建物の前で話していたらしい。見知らぬ男も商人だろうか。


「やあレギ。──なんだ、もう旅に出るのかい?」

「ああ、あとの事は頼んだぞ」

 そう言ってやると肩をすくめる相手。

 その前に立つ男はこちらをじっと見ている。

 俺やクーゼと同じくらいの歳の男だ。


「こちらは?」とクーゼに問うと、友人は一瞬躊躇(ためら)うような仕草をして、曖昧に手を振った。

「彼はドナン。ブラモンドとウイスウォルグを行き来する配達人の一人さ。まあそれ以外の仕事もいくつか任せているけどね」

 そう紹介された男はぺこりと頭を下げた。

「そうか、今のところはエンリエナはこちらに居るから、雪がなくなる頃には忙しくなるな」

 するとドナンはうなずき、なにか言おうと口を開きかけた。


「どうした? なにか言いたい事でも?」

 俺は相手の態度になにかもやもやするものを感じ、その正体を確かめたくなった。

「俺は──正直、あんたが気に入らなかった」と、初対面かと思われた男が唐突に言ってきた。

 それで俺は頭にきたかというと、ぜんぜんそんな事はなく、むしろ「そりゃそうだろうな」くらいにしか思わなかった。

 貴族の息子である俺が、多くの市民から毛嫌いされているのは分かり切っていたからだ。


「だがあんたは、あのスキアスの横暴から街の人々を救い、おれたちにも仕事が回るようにしてくれた。新しい道を作るという仕事のおかげで、誰も死なずにすむ」

 礼を言う、と男は頭を下げる。

「そうか、この街の同年代の男というと──」

 なんとなく記憶が蘇ってきた。

 その記憶の片隅にある、俺の事を羨ましそうに見つめる少年少女の顔が思い出された。

 その中に居る一人の少年──それがドナンだったのだ。


「あんた、家族は居るのか?」

「ああ、妻と子供が一人」

「ならその家族の為にも、より文明的な生活へ対応できるように、自分自身を変化させていくべきだな。

 エブラハ領はただでさえ中央からも、他の国々からも文化的に引き離されてきた。それはひとえに領主や領民が、学ぶ事、考える事を放棄してきたからだ。

 交易路が作られれば外国からの文化がエブラハ領にも入ってくる。ピアネスの中央とのやりとりも増えるだろう。そうなればエブラハ領の民衆は、嫌でも自分の未熟な認識に気づかされるだろう」


 俺はそういった厳しい見解を示し、「学びを放棄すれば、外国からも奴隷のように扱われるだろう」と、前領主の下でおこなわれてきた圧制を思い起こさせる言葉を吐いた。

 ドナンという男は重々しく頷いた。

 学びなど今までろくにしてこなかった顔つきだが、こちらの言わんとする事は理解したらしい。


「これからは領内に教育を受けられる場所が作られる。そこに子供を通わせるべきだ。字を読み書きできるというのは、考える為の力を持つという事に等しい。それがなければ、外国からやって来る者たちとは渡り合えないぞ」

 ドナンとクーゼに向けて言うと、二人はまた頷く。

「商業ギルドとも連携して、教育の場を設ける準備をしているよ。教師となるのは貴族や、彼らの下で教育を受けてきた人たちや、商人など。それぞれの得意分野を活かしてもらう」

「俺がエインシュナークで受けた教育についても、ある程度クーゼに教えたはずだ。領外の学校に入学したいという者には、援助金を出すといい」

「考えておくよ」

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