光体領域「星界虚空」での戦い
また相当にややこしい内容に……
(ここ数話の)上位世界や魔術に関する言葉は単純化するのが難しく、現在の筆者の筆力では「これだ」と自信を持って言えるような表現はできませんでした。
言葉にできないものを説明するような取り組みだったので、たぶん読んでも理解できない部分もあったり、分かりにくい部分もあると思います。気負わず斜め読みでお願いします(泣)。
人間の意識は日々途切れ、糸を紡ぐようにして自己の存在を、霊的上位世界と繋ぎ止めているのではないか。そんな風に思う時がある。
睡眠と覚醒。そこには生命が抱える神秘と苦難──命の秘密が隠れていると思わざるを得ない。生と死、覚醒と睡眠の狭間にある世界こそ、いくつもの霊的世界が交わる神秘の入り口なのだ。
意識の下に広がる無限の闇を、多くの人間は理解しない。
そして同時に人は、霊的に上位世界との繋がりを持っている事を知ろうともしない。
名も無き魔導師の残した言葉たち、その中にあった「叡智の汀」という表現には、この意識と無意識の間にある、なんらかの智の働きについて指し示しているのだと思われた。
「光の導き」──光は知性の象徴だ。光は認識であり、理性の力そのものを意味する。
上位世界における叡智の汀とは、闇と光の混沌ではないだろうか。
あの狭間にあるもの。
神々の領域へと至る道がそこにはあるかもしれない。
地上で起こるあらゆる反発と抵抗は、すべて上位世界の写しであるとも考えられる。
光と闇が交わる上位世界のありようが、下位世界に具現しているとすれば。
知性とは、理性とは。
意識と無意識の関係とは。
そこには生と死の神秘的結合と反発が潜んでいる。
本質的に対立し合うものの中にあり、そこから生まれるもの。
光と闇。零と無限。生と死。あらゆる対立構造の中には、神の陰影が反映されている。
物質界の質料的原理(四大属性や物質的構造)の中には、神の創造から始まるとされる、あらゆる上位世界の影が浸透しているのだ。
下位世界(物質界)のあらゆる構造的対立の発端には、神の手から生まれ、その神の影が入り込んでいるからこそ起こる訳だ。
始原から続く対立。それは神々の中にも対立的構造が存在するという証。
そうした対立に普遍的な解答を齎すもの。
そこにこそ神秘の鍵が隠されているのでは?
魂と肉体の結合に関する生命の神秘。そこから解る、真理へと通ずる扉。
上位存在となった錬金術師が最後に選んだ選択の先に、真理へと至る光の道があればよいのだが。
しかしその道は──どこにも存在しないのだ。
なぜならその道は自分で作り出さなければならないからだ。
魔術の大家によると、神秘の扉の向こう側に至るには、その魔術師個人の才覚によって生み出された"鍵"が必要なのだと説明する。
秘密を隠した扉の発見には、その扉に合う鍵を自らの意志で作る必要があるのだと。
神への接近などという大業を成し遂げるには、強靭な意志と覚悟がなければ、その階に触れる事も叶わないのだ。
レァミトゥスは下位世界で、傲慢な個人主義者として活動していた。
彼は錬金術師としての取り組みを優先し、周囲の人間の事など構う事なく、自らの霊的向上だけに邁進していた。
だがそれは、彼が下位世界(人間世界)に失望していた結果だとも言える。
彼が求めるものが現世には存在しないと理解した時、彼の意識は周囲の些末な物事から遊離し、別の世界へと旅立ってしまったかのように。
俺も彼のように周囲の人間への興味をなくしていたが、それを変えてくれる出会いに恵まれ、現世での営みもおこないつつ、自らの魔術(精神的、霊的探究)への研鑽を続けられた。
人として生き、魔術師としても生きる。
下位世界から上位世界を観想するだけでなく、下位世界の中で生き、そこで力を獲得し、魂(意思)を鍛える必要があるのだ。
彼が言っていた「自我を有する下位起源種」のままで、その本質的な魂を強化し、それを以て上位世界に入るべきだったのだ。
その認識の違い。それが俺とレァミトゥスが辿った道の違いだった。
俺はしばらく光体領域に留まった。
高次元の概念から生まれる、光体を持った存在──あるいは神の影たち。そうした危険なものを狩り、力を吸収するように光体に行動を設定しておく。
光体に疑似思考を与え、対応力を付けさせる為に、まずは俺が実戦をして見せる事にした。
──というのも、外敵となるものの接近を感じたからだ。
俺は光体の周囲に掛けていた、姿を隠蔽する障壁を解いた。
そうしておいて索敵範囲で反応があった方向に集中する。
それもたった今手に入れた力を自分の光体に組み込みながら。
そして魔神ネブロムやファギウベテスの魔神結晶を取り込んで光体を強化した。
レァミトゥスの残した情報を元にして、安全に魔神の力を組み込むと、俺の光体は瞬く間にその力を増し、姿形も変化させた。
赤黒い光や青紫色の光が光体を包む炎のように発生した。
青白い火花や電流に似たものが飛び散る。
まばゆい光が背中から放たれ、あふれ出た光が翼を広げ、大きく広がった。その光の束が光体を包み込むと、光体は新たな形を得た。
それは一回り大きくなった人型の骨格を形作った。
胸の周囲に革帯を巻き付けたり、あるいは肩当ての下や背中から革帯を垂らした姿は、先ほどのレァミトゥスの光体を思わせた。あそこまで大きな体ではなかったが。──それに、俺の光体には足もついている。
虹色の光沢を発する水晶の装甲を身に着けた、光と炎からなる骨格とでも言うべき姿。
頭部は面頬も無い潰れた兜とでもいった変形した物で、これが生物の物なら、かなり平べったい頭骨を持ったものであるだろう。まるで鼻先から角が伸びたような形をしており、中心が窪んだ形状は歪んだ深皿を思わせた。
前方から突き出た大きな角以外にも、数本の尖った短い角が後方へと伸び、目も口も無いそれは一見すると、これが頭部だとは思えない物だった。
人間なら内臓が収められている腹部には、暗い色の炎に包まれた、緋色に輝く結晶体が収められている。
それが自分の体(光体)だと思うと不思議な気分になるが、まずはこちらに向かって来る敵対的な存在に対処しなければならなかった。
闇の中から迫って来たものは、暗い光を放つ闇の塊だったが、近くまで来るとそれは大きな姿を現した。
それは光と闇からなる、異質な存在だった。
赤色や青色の巨大な宝石のごとき眼をした、蜻蛉に似た頭を持つ怪物。
きらきらとまばゆい輝きを放つそれは、体全体から黒い炎に似た極光気を放っている。黒い炎から宝石の光が解き放たれ、虚空に溶けて消えてゆくようだ。
胴体は闇に包まれて見えにくく、骨張った手足はねじれた金属の様で、金色や銀色に光っていた。
体の中心部から炎と闇が渦巻き、怪物の全体像は捉えられない。
生物の形をかろうじて模しているとでも言ったそれは、ときおり背中から雷光に似た光の筋を放つ翼を持ち、闇に明るい火花を散らしていた。
バチバチと光と衝撃を撃ち出し続ける怪物。
俺は光体の手から光の大剣を創り出し、それで怪物に斬りかかった。
虚空の世界を泳ぎながらの戦い。
上も下もなく、全方位に意識を向けながらの戦闘が始まった。
相手の防御障壁にこちらの攻撃が阻まれ、体の外側に弾かれていく。
光体の防御が攻撃をそらし、鋭い金属質の爪を持つ手から、銀色の炎に似た攻撃を繰り出してきた。
その火が俺の光体の防壁に当たり、バシバシと火花を散らす。
烈しい砲撃を近距離で受けたが、その攻撃を防御しつつ強引に反撃する。
光体の精力の差は明確だった。
それが簡単に把握できる程度の相手だ。
体から放たれる極光気からもそれが判る。この戦いの中で、俺はこの領域でもいくつかの力を振るう事ができるのも判断できた。
「フンッ」
鈎爪を振るってきた腕を躱して素早く接近すると、光剣を連続で薙ぎ払う。
防御障壁を断ち斬り、衝撃を放つ斬撃が敵の光体を打ち砕く。
闇色の炎の光体が切り裂かれ、そこからこぼれ落ちた精力が、闇夜に輝く星々の煌めきのような光を残す。
光体の怪物は悲鳴を上げたりする事なく、光の泡粒となって消え去った。
倒された怪物が残した光体の粒子を取り込むと、俺は創り出した光剣を戻した。
この領域では周囲の虚空から魔力や、光体の精力となる力を吸収する事で光体を維持したり、強化する事が可能だが、一番てっとり早いのが今したように、出現する上位存在を倒してその力を奪う事だろう。
危険はあるが、強敵にぶつからないよう慎重に索敵しながら一定の空域を回っていれば、たぶん大きな力を持つものに遭遇する確率は減るはずだ。
光体に疑似人格を与え、この領域での行動を設定した。自身の無意識と似たような、自己保存の為の活動を"索敵"や"攻撃"を積極的におこなうように変更し、危険な存在を避けて行動するようにした。
神の影とはレァミトゥスの情報から得た言葉だ。高次元の概念的存在。偽神格、偽神霊とも言える存在。
神の影とは不可思議な存在だ。
多くは自我を持たず、光体を発生させる原因力から様々な形を持って現出するらしい。
この光体の領域「星海虚空」──現代魔術語の発音に近づけるとこうなる──に渦巻く力は、光体の根源的な精力や魔力などの混合からなり、物質的な世界にも繋がるような領域でありながら、より高次の領域へと繋がる門も存在している可能性がある。
上位存在は下位世界に現界する時、この領域から下位世界に"影"を顕現させるのだ。
本体はこの領域にある、光や闇の総体の中にあるのだと考えられた。
それは神的概念の集合体のようなものであろう。
俺はまず慎重にこの領域で力をつけ、より強大な光体を持つ存在になるよう時間をかける事にした。
忍耐と挑戦という、人間を成長させるのに必要不可欠なものを、ここでも発揮しなければならない。
光体との結び付きを深めた俺は、物質界でもその力を顕現させるまでになるだろう。より強力な力を下界でも振るえるように、さらに光体を成長させなければならない。
その為には、この領域で神の影と戦って勝利し、力を吸収していくのが一番だ。
上手くいけば敵から新たな力を獲得する事もできるはずだ。
俺は念入りに光体を確認したあと、意識を肉体へと戻した──
* * * * *
肉体に戻った俺は寝台の上で目覚めた。
ブラモンドの街にあるエーデンドレイク家の別邸のその一室。
ひんやりとした室内の空気が頭を締めつける。
──頭の違和感の正体が気温だけでない事に気づいたのは、自分の肉体や霊体を確認していた時だった。
光体を接続した部分が霊体に影響し、その中でも脳に影響したのは、レァミトゥスから引き継いだ情報だった。錬金術に関する複雑な図形や計算。儀式や錬成などの膨大な情報が脳に刻みつけられたのだ。
「ぅぐっ……っつ……」
頭を押さえて頭痛を和らげるよう回復魔法を使用するが、魔法の効力では痛みが引かず、時間経過による苦痛の減退を待つしかなかった。
幸い長い時間はかからず、新たに手に入れた知識を確認し、図形などを確認しながら認識の幅を広げていると、痛みは自然と治まっていた。
上半身を起こし窓の方を見たが、まだ外は暗いままのようだ。
木戸を開けて外の様子を確認したが早朝も早朝。まだ朝日が昇る前の時間だった。
冷たい空気が流れ込んできた瞬間に木戸を下ろし、窓を閉めた。
外は暗くて見えなかったが、雪は降っていないようだった。だがそれでも積もっている雪が解けてなくなる事もないので、昼間でも気温は冷え込み、日当たりの悪い場所にある水溜まりは凍りついてしまう。
晴天が続けば雪が解け、少しずつ春への準備を世界が調え始めるだろう。まだ半月以上はかかるだろうが。
部屋の温度が低くなっているのは、一階にある居間の暖炉の火が弱まってきた所為だった。建物の一画を暖める大暖炉の熱が壁の中の空間を通り、各部屋を暖めているのだ。
俺は居間に行くと暖炉の様子を確認する。
暖炉の火は小さな種火だけになっていた。暖炉の横にある容器の中から木っ端を大匙ですくい取り、暖炉の中に入れて火力を増すと、同じく暖炉の横に置かれた薪を投じた。
ぱちっぱちっと爆ぜる音を耳にしながら、暖炉の前に置かれた長椅子に腰かけ、暖を取りながら自分の精神世界に意識を向ける。
魔術の庭に向かうと光体領域との接点を開き、高次元と繋ぐ魔法の接点である水晶玉を設置した。
これを配置した事で、魔術の門を開かずともすぐに光体に意識を繋げる事が可能になった。
光体の様子を見るだけなら物質界からでもすぐにでき、光体が危険なものと遭遇しそうな時には、その合図が送られてくる。
そのような時は、物質界の肉体を疑似意識に対応させ、俺は光体に意識を飛ばせるのだ。
こうして光体との接点を拡張した俺は、霊獣の楽園に意識を飛ばし、霊的肉体を纏って魔術異界の探索を始めたのだった。




