危機と援護
巨人の声は「声」というよりも「機械音」のようなイメージです。
立ち上がった黒い巨人は片腕を失い、無くした部分を見ていたが、切断された断面が青紫色に光を放ち、傷口を焼く炎が揺らめいているようだった。──その炎は光体の炎だろう──
光体波動の効果が働き、すぐには復元できないはずだ。奴の光体の調和が崩れ、力の発現を乱しているのだ。
青い炎の眼がぎょろりと動いて、こちらを睨んだ気がした。
すると巨人はぐるりと体を動かし、離れた位置に居る俺の方に手を伸ばす。
俺はすぐにその場を離れ、奴の側面に回り込むように岩の間を低い姿勢で駆け抜け、巨人に接近した。
後方で氷の柱が出現したのを感じ、俺は即座に間合いを詰めた。
巨人の頭部めがけて炎の球を撃ち出し、その火炎球が爆発して炎と煙を撒き散らした。
巨体をぐらつかせるほどの衝撃で爆発した炎の球だが、あれは囮だ。
煙の陰に隠れる形で奴の足下に接近し、剣で足を斬りつけた。烈しい勢いで光刃を食い込ませ、一撃で足首の半分を切断すると、続けて横に移動しながら回転斬りで足を切断する事に成功した。
「ギュキュキュカァッ」
巨体はゆっくりと傾き、地面に横倒しになる。
これを好機とばかりに奴の背後に回り込み、背中側から攻魔斬を連続で撃ち出して斬りつけた。光体波動の力を帯びた光刃が幾重にも飛翔し、ずばずばと背中を切り裂いていく。
「ゴアアァァッ」
背中に大きな傷を作った巨人は、どずんと音を立てて反転し、四つん這いの体勢になって、ごろごろと雷鳴のような音を体内から響かせた。
「⁉」
危険を察知した俺は魔神から離れようとしたが、それよりも速く、奴の背中から青銀色の光の帯が広がった。
「くっ!」
ズバァァァッ────と乾いた音が鳴り響き、傷ついた巨人の背中から青い炎とも、水とも見える青銀色の光が放たれた。
それと同時に衝撃波が発生し、俺の体は吹き飛ばされたのだった。
「ぐわァッ⁉」
びりびりと体を突き抜ける衝撃。
骨が砕け、内臓が潰れるかと思ったほどだ。
吹き飛ばされた俺は地面を転がり、無数のすり傷を負ったがなんとか踏み止まって、岩陰に身を潜めた。
なにが起こったのかと魔神を見ると、奴は四つん這いの格好のまま、背中から青銀色の炎──または光の幕を展開していた。それは翼の様にも見える。
さらに背中から赤紫色の光の柱が噴き上がり、凄まじい魔力の放出を感じた。
「やばいッ!」
今度は衝撃波ではなく、魔神の巨体から怒濤の勢いであふれ出したのは、炎の塊だった。
魔神の体が岩漿となり、真っ赤に焼けつく炎の濁流へと変わったのだ。
岩漿を生む光の幕が宙に浮き、そこからどろどろとした灼熱の塊が流れ出ている。
俺は危険を感じて逃げようとしたが、吹き飛ばされた影響で足がまともに動かない。足を激しく地面に叩きつけられて、走る事が困難になっていた。
「くそ……がァ!」
思わず汚い言葉も出るというものだ。
俺は足を引きずりながら、なんとか岩漿と化した魔神から離れようと移動する。
どぶどぶと音を立てて迫っている岩漿の濁流の方が速いのは明らかで、足を引きずりながらなんとかこの窮地を脱する方策を考えつつ、頼りない効果の回復魔法で足を治療する。
岩の壁を造り出し、溶岩の流れを食い止めるか、高い壁の上に乗るかしなければ命はない。
後ろを振り向くと、溶岩の中心に青と赤紫の光の輪がゆらゆらと蠢き、その中心からごぼごぼと音を立てて溶岩があふれ出していた。
これはまずい。そう思い始めた時、どこかからか奇妙な音が聞こえてきた。
ビキビキ、ミシミシといった音。
それがしだいに大きな音となって、突然オグマギゲイアと俺の間に、茶色い土砂が横薙ぎに流れ込んできた。
大量の土砂が流れ込んできた方向を見ると、空間に亀裂が入り、そこから勢いよく土砂が流れ込み続けていた。
「いったいなにが」
その言葉に返答するように、亀裂の方から轟音に混じって、聞き覚えのある声が頭の中に響いてきた。
『惑わされるな。溶岩を吐き出しているそれはオグマギゲイアの影に過ぎぬ。本体は別にある。──奴の本体を討つのじゃ』
その声は魔神ベルニエゥロのものだった。
あの魔神がどういう訳か土砂をこの異空間に流し込み、溶岩の流れを食い止めたのだ。
「本体──だと?」
確かにあの巨人は魔神の力の顕現には違いないが、光体の一部を使って体を具現化させているだろう。しかし、その本体がこの場にあるとは限らない。
上位の領域から力の一部を具現化させていると考えられた。
『奴は大地の暗部の具現。そして星の力の一部を顕現しておる。オグマギゲイアは大地の化身であり、星の命と死を司るもの。その始まりと終わりを見届けるもの』
再びベルニエゥロの言葉が頭の中に響いた。
よく見ると、赤黒い光の輪から伸びた光の筋が空高くに伸びている。光の輪の中心部に向かって、まるで細い滝の様に光が降り注いでいる。その光の筋は、空に浮かぶ月に繋がっていた。
「あれか……!」
そうだ。巨人はあの月から零れ落ちて来たのだ。
大きな力を使い弱った巨人の投影体に、光体の力を注ぎ込んでいるらしいあの月。
宙に浮いた巨大な岩の塊が赤紫色に、薄暗い発光をして静かに極光気を迸らせていた。
遠くにあるように見えて、それほど離れた場所にある訳ではない様子だ。──しかしそれでも、手が届くような距離にはない。
俺が標的に選んだ事に気づいたのだろうか。空に浮かんだ月が赤く染まり、地上に向かって赤や青や紫の光の束を降り注ぎ始めた。
力を注ぎ込まれた黒い体の巨人が一気に巨大化し、青い炎の翼を大きく広げ、さらに長い両腕をゆっくりと持ち上げた。
黒い体表に赤紫色の迸りが渦巻くように足下から胴体に広がり、それが頭や腕にまで到達すると、周囲に広がっていた溶岩を、まるで三匹の大蛇の様に操りだす。
あんな物に襲われたら一溜まりもない。
俺は賭けに出るしかなかった。
光体の力を発現させ、正面からあの巨人と空に浮かぶ岩の塊を破壊する。それしかこの領域から生還する手立てはない。
真っ赤に燃え上がる溶岩の大蛇が鎌首をもたげて口を開き、ごうごうと炎の息吹を吐いてから口を閉じた。そして岩漿と炎が蠢く長い胴体を縮み込ませ、今にも飛びかかろうと蜷局を巻く。
ざわざわと腹の底から湧き出す死の危険を感じながらも、俺は光体の領域との接点を開放し、魔力体から肉体へ活動力を調整しつつ、光体を発現させた。
────うまくいった!
俺の体が光体に包まれ、さながら柘榴石のような輝きを放つ、極光気の鎧を身に纏ったようだ。
周囲の魔素を集積し、魔力へと変換して取り込むと、魔法の短剣にも光体を注ぎ込んで光り輝く大剣へと変貌させる。
力が漲る。
あふれ出る衝動。
光体を身に纏った瞬間、俺の中で二つの体が結びつくのを感じた。
目の前に迫ってきた三匹の燃え盛る大蛇が口を開けている様を、どこか遠くから認識しているように、時間の流れがゆっくりとした世界の中で、俺は反撃の構えを取った。
横薙ぎにした光体の刃が衝撃波を撃ち出した。
空気を薙ぎ払う乾いた音がして、三匹の溶岩の大蛇が吹き飛んだ。
巨大な口が砕け、胴体はちぎれて元の溶岩へと戻り、ぼとぼとと音を立てて地面に飛び散った。
圧倒的な破壊の波が熱波すら吹き飛ばし、俺はさらに無心で剣を前に構えると、巨人めがけて突進した。
一歩、二歩。
その一歩の跳躍で数メートルを跳び、二歩でその三倍の距離を移動した。
瞬く間に間合いを詰められた巨人は、反応する事もできない。
光り輝く鎧と武器を持つ俺は、暗い色をした巨人を数回斬りつけた。
「ギキキッ、カカッ────」
胴体を深々と引き裂かれた巨人が仰向けに倒れ込む。
斬られた傷口から青紫色の光が噴き出した。
暗い色を放つそれはすぐに気体に変じ、光の粒のようになって上空に消えていく。
「クォァォオォオオォ────ンン」
ぼろぼろと砕け散っていく巨人から断末魔の声が発せられ、異空間に鳴り響いた。
巨人の体から幾重もの光の筋が解き放たれ、それが上空に浮かぶ月に戻っていく。
空に浮かんだ岩の塊は今や正体を隠す気はないようで、赤紫色の光を煌々と放ちながら光体の力を発現させ、こちらを攻撃しようと光を収縮させ始めた。
「バスゥゥウゥッッ!」
遠くからかすれた音が聞こえ、月から光の筋が撃ち出された。
それは荒野を烈しく打ち据えて、溶岩も土砂も、なにもかもを吹き飛ばしてしまう。
直進する光の柱が月の下から前方に向けて薙ぎ払われ、大地を削っていった。
その光の柱を浴びた大地には深い谷ができていた。溶岩がその谷底に向かって流れ込んでゆく。俺はその光の柱を横に跳んで避けると、右腕に力を集中させる。
手にした魔法の短剣を光体の力を注いで槍の様に変形させ、さらに力を注ぎ込む。
上空の敵に向けて狙いを定めると、俺は光の槍を大きく振りかぶり、勢いよく数歩の助走を駆けて、手にした槍を投擲した。
「ゥゥ────ラァアァアアッ‼」
手から放たれた槍は一直線に宙を飛翔した。
並外れた力で放たれた槍は光の筋を残して飛び、巨大な岩の塊に吸い込まれていった。
赤紫色にぼんやりと光る月が歪んだ。
そんな風に見えた次の瞬間。
月は巨大な爆発を起こして砕け散った。
それは上空に橙色に輝く巨大な光の嵐を巻き起こし、光の爆発と乱流を周囲に解き放って、やがてぱちぱちと光を発して消えてゆく火の粉の様に消えていった。




