鉄蓋城
次元転移魔法を使い、魔神アウスバージスの領域へと侵入した。彼の魔神からもらった宝珠の力を利用すれば、招かれるようにすんなりと入る事ができた。
この領域に踏み入る前に入念に準備をし、鋼の剣を腰に下げ、魔剣は背負って持ち運ぶ。
敵と見なされていきなり攻撃される事も考えられる。……以前に来た時は熊に似た姿のバレゥガルという魔神に、斧槍で真っ二つにされそうになったのだ。注意しながら進むべきだろう。
そこは以前のように溶岩の上にある灼熱の場所ではなくなっていたが、相変わらず暑かった。
足場の地面は宙に浮くような感じで、細い道が先にある大きな建造物まで続いていた。
周辺を見回すと小さな陸地が宙に浮いていたり、そうした岩の上にも塔や、砦が建っているのが見えた。
細い道を歩きながら下を見ると、そこには闇が広がり、その闇の上を渦巻く炎がまるで蛇の様に蠢いていた。
浮遊する大きな岩の下から火を噴いている物もあり、岩の上にある城壁が燃えているような所もあるのが見える。
さすがに火と鉄に関連する魔神が治める領域だ。よく見ると、浮かんだ大地の下に水晶に似た大きな結晶体が突き刺さっていて、その水晶の中には天使の物と思われる巨大な影が見えていた。
現実離れした光景を見ながら俺は、道の先に見える大きな城に向かって歩き続けた。
高い灰色の城壁は、切り出された巨大な岩から造られていて、切り出した岩の一つ一つが俺の身長よりも高く、横幅に至っては俺が手を広げても四人分以上の大きさはあるほど巨大だ。
「どうやってこんな物を作り出すのか」
その巨大な長方形の岩を積み上げ、高い壁を組んでいるのだ。明らかに並の力で成し得る業ではない。
魔神の居城の周辺にはいくつもの建物があり、高い壁の上から俺を見下ろしている毛むくじゃらの怪物と目が合った。
そいつは水牛の様な見た目をしたやつで、二足歩行をし、手には大きな矛を持っている。黒い眼球がこちらをじろりと睨んでいたが、俺が黙って見上げていると、そいつは砦らしい建物の屋上をのっしのっしと歩いて行く。
「前に会った熊よりも大きくないか」
かなり離れた場所の屋上に見えた、水牛の衛兵らしいもの。あんなものが普通に存在している場所なのだ──この領域は。
改めて危険な場所に身を置いているのだと知り、気を引き締めて先へ進む事にした。
以前に来た時は土の剥き出した壁や、階段などがあるだけだったが、あの火山島の岩漿に浮いたような状況から宙空へと飛翔した城塞は、今や防衛機能を持った堅牢な巨大砦の様相を呈している。
城から延びた石の通路は壁に囲まれた路地であったり、場所によっては壁もなく、空中に浮いている石床の通路が上下に運動し、歩くのも困難な所が存在していた。
不明瞭な原理によって浮かんでいる魔城の外にまでやって来ると、中に入る為の門を探した。
壁沿いに歩いて行くと、円形の塔が壁と壁の間にあり、半円状の塔からいくつかの窓穴が開いており、そこから金属の兜をかぶった騎士がこちらを監視していた。
それは人のように見えたが、面頬から覗く光は、それがただの騎士ではない事を意味していた。
窓からこちらを見ていた騎士らしいものが手を上げて、胸元で籠手の指を使って「あっちへ」と言う感じで指差すのが見えた。
まるで人間味のない動きだったが、俺はその指示に従って壁沿いに進み、城壁の角にある円塔を曲がった先に城門があるのを発見した。
城門から大きな通路が延び、その先に無人の巨大な石橋がどこまでも続いている。橋の先は闇の中に消え、それがどこに続いているかを想像するのは止めておく。
ともかく門前まで来ると、そこで俺は甲冑を身に纏った騎士に囲まれた。巨大な城門の左右からわらわらと姿を現したのは、甲冑を身に着けた人間のように見えた。
「まってくれ、俺は魔神アウスバージスに会いに来たんだ」
銀や青銀色に輝く鎧兜を身に着けた騎士たちは武器を構えたりはしなかったが、なぜここに人間が居るんだという風に互いの顔を見合い、なにやらその様子は、無言で会話しているかのようだ。
しばらくすると城門の奥から一人の騎士がやって来てその場を収めると、身振りでついて来るよう指示し、歩き出した。
その後ろを追って行きながら、これらの金属鎧を着た騎士たちは、魔法の力によって動いているのだと推測できた。彼らは魔導人形に似た存在で、警備や戦闘を目的に配備された虚兵なのだろう。
「あんたらは、この城を守る騎士なのか?」
そう問いかけても騎士は立ち止まる事はなかった。そして問いに答える事もなかった。耳が聞こえないのか、もしくは初めから返事をする意志がないのか。
金属の足音を重々しく響かせながら城の中へと入って行き、石の柱や壁に囲まれた広い通路を進んで行った。
通路の途中にある大扉の前には、甲冑を身に着けた動物の頭部を持つ兵士が守りを固めている。
どれも二本の足で立ち、勇ましい出で立ちで、いつ戦いが始まってもいいように常に臨戦態勢にあるようだ。
犬、猫、鳥、蝙蝠、蜥蜴、鰐、獅子や熊。中には亀に似た姿の者や、魚類の頭部らしいものを持った者も居た。
様々な姿形の魔神の配下を見たが、魔術師らしい法衣を着た者も居て、変わった形状をした杖を手にする者が、複数の騎士を引き連れて通路を巡回していた。
犬に似ているが鼻先が細長く、艶のある黒い毛をした猛獣が衣服を纏い、二本の足で歩いている。
この城の中ではそこかしこで奇妙な光景を目にする事ができた。
銀色の鎧を纏う騎士に連れられ、大きな扉の前までやって来た。
扉の左右には大柄な黒銀色の全身鎧が直立し、廊下を通る者に睨みを利かせていた。
銀色の騎士が大扉の前に立つと、扉はゆっくりと開き、天井の高い広間に通された。
黒い石の壁と、巨大な黒い石の柱が立ち並ぶ広間。その先には十数段の階段になった場所がある。どうやらここは謁見の間らしい。
床も壁も天井もすべて黒い石で造られていて、それらは艶がなく、ごつごつとした厳めしい建材そのままの姿をしていた。飾りもほとんど見当たらず、壁や天井から吊された灯火が広間を照らし出している。
目をこらすと段差の上には玉座があり、そこに一人の男が腰かけていた。
この領域で初めて見る、人間の顔形をした存在だった。
ある程度近づいて行くと、案内をした騎士が横にそれ、柱の横で立ち止まると俺の方を向き、さっさと先へ進め、とでも言いそうな無言を貫く。
銀色の騎士の横を過ぎ、台座の方へ向かうと、玉座に座っているのが黒い肩当てや鎧に籠手などを身に着けた、戦士らしい風貌の男だと分かった。
台座の周囲には黒い金属の鎧を身に着けた狼の頭部を持つ近衛や、赤い装甲を付けた鰐頭の兵士など、様々な威容を誇る魔神の姿があった。
「おまえがレギスヴァーティか?」
段差の上部から声をかけられ、俺は立ち止まった。声の主は玉座に座る大男で、離れた場所から見上げた感じだと、二メートルを超えそうな大男だった。
近づいて初めて分かったが、男は鼻から上の部分だけの白い仮面を付けていた。
「ええ。魔神アウスバージスにお願いしたい事があって来たんですが。魔神はどこに?」
「アウスバージスはここには居ない」
男は冷たい声で言う。その声からは俺に対する興味も、それどころかアウスバージスに対する興味もなさそうな、そんな無気力な印象を受けた。
「しかしアウスバージスから、おまえからなにか頼まれる事があれば協力するようにと言われている。──なにが望みだ?」
「魔剣の修復をお願いしたく、頼って来ました」
「見せてみろ」
そう言うので段差の方に近づくと、階段の隅から灰色の小柄な影がすうっと近づいて来た。
それはぼろ布を纏ったような姿の、鼠の頭部をした影のような連中で、二体の用心棒らしい奴の片方が俺のそばまで来ると、魔剣を渡すよう手を差し出す。
俺が警戒しつつ魔剣を鞘ごと渡すと、小柄な鼠は足音を一切立てずに段差を上り、玉座に座る男に魔剣を差し出した。
「これは──珍しい物を持っているな」
剣を引き抜いた男は言い、初めてこちらに興味を抱いたみたいに玉座から見下ろしてきた。
「この剣の力の根源は、死導者のものだ」
「なに?」
俺も知らない魔剣の力の核心を一瞬で見抜いたのかと驚き、そしてもう一つ、男が古代語の呼び名を使った事で二度驚かされた。
男は「そんな事も知らずに使っていたのか」とでも言いそうな口をし、なにかしゃべろうとして口を開いたが、まるで今言おうとしていた事がなんだったか忘れてしまったみたいに無言の時間が流れた。
「……そうだ、この剣は──ぅう……」
記憶を辿ろうとしたのだろうか、なにか言いかけると男は苦しそうな声を出し、頭を押さえた。
「遥か昔の魔導師が造り出した魔剣の一振り──。そうだ、死の使いに勝利した王の──」
男は苦しそうだった。
魔剣を手にしてどのような変化が起きたのかは分からない。しかし、この魔神の居城に居る存在が、ただの人間であるはずがない。
男は夢遊病者が譫言を口にするような感じで、ときおり記憶が途切れては、それを取り戻そうとするみたいに頭を押さえていた。
(こいつ……大丈夫か?)
俺は男の様子を観察し、男がなんらかの話をしてくるまで待つ間に、この男が魔神のなんなのかを考えてみた。
もちろん正しい答えなど出ないが、こいつが元々は人間であったのは間違いないだろう。少なくともこの領域の中に存在するただ一人の人間の肉体を持つ者であったはずだ。
しかしただの人間であるはずはない。この男も魔神の一柱であると考えていいだろう。あるいは魔人と呼ばれるような存在のはずだ。
ティエルアネスのように魔神の配下となったと考えられるが、どうも様子を見ていると気になる部分が出てくる。
男は魔剣に関する事柄を説明しようとしていたが、記憶が混濁した状態なのか、ときおり宙を見たり、視線を虚ろに彷徨わせていた。
まるで記憶と、それを使用する意識が分断されてでもいるように。
「……ともかく、この剣の力は死導者のもの──のはずだ」
ついには説明するのを諦め、しかも「はずだ」などという曖昧な言い方をしたのだった。
「それで、それは直せるのですか」
俺はなるべく下手に出るよう注意した。相手の挙動の不自然さは、危険な精神状態にあるのだと思われたからだ。
男は鼠の護衛に指示を出すと、影のごとき用心棒の一体は、どこかへ行ってしまう。
玉座に座る男は魔剣をまじまじと見つめていたが、もう一体の鼠の用心棒を呼び、魔剣を手渡された鼠は俺のところへ近づいて来た。
鼠の護衛は二振りの短剣で武装しており、ぼろ布の下には革の鎧や籠手を身に着けているようだった。
魔剣を俺の手に返すと護衛は階段の横へと移動し、その場に立ち尽くした。俺にはまるで興味を示さず、こちらをちらりと窺うような事もない。
しばらくすると鼠の護衛に連れられて、兎の耳を持つ、黒い大柄な獣人が現れた。長い耳は背中に垂れてしまっている。獣人を思わせる姿だが、魔神の眷属であるのは間違いない。──なによりこいつは腕が四本もついていた。
鼬に似た、どこか凶暴そうな顔つきの齧歯類の頭部を持ち、筋肉で膨れ上がった四本の腕は外側の黒い毛と内側の茶色い皮膚に分かれ、大きな手には皮の手袋をしている。
「なんだ人間。わしになにか用か」
それは言葉をしゃべった。
俺は驚きつつも、鞘から抜いた魔剣を差し出した。
「これを直せますか」
「ふん?」
二本の手で魔剣を手にすると、黒兎の眷属はそれをまじまじと見つめた。
「霊的な力を秘める魔剣か……。死導者の霊核の一部を使って鍛造された物のようだな。人間の手によって作られた物にしては悪くない」
黒兎は欠けた刃を注意深く調べながら何度も頷く。
「ふむ、ふむ……。そうだな、直せるだろう。──しかし素材が足らん。取って来てくれるか」
と、俺の目を見て言う黒兎。その黄色い眼光には冷たい光が宿っている。
「どこへ、なにを探しに行けと言うのでしょうか」
「なに、場所はこの『鉄蓋城』から行ける境界……、魔術師ならば幽世、と言った方がとおりが良いか? そういった領域にある、果実を取ってきてほしいのだ」
太い腕を組み、黒兎は目を泳がせた。たぶん隠している情報がある。俺はそう読み取ったが、黒兎の態度からは「行けば分かる」という雰囲気を感じた為、それ以上尋ねるのは止めた。
それに鉄蓋城とは、なにに対する「蓋」なのかと気になったが、たぶんまともな回答など得られないだろう。
魔神の言葉が古代魔術言語と共通する言葉を駆使し、さらに古代魔術言語の影響が霊的な存在の在りようにすら変化を与えるのを考えると、神々が人間から多くのものを取り上げているのだと思わせるものがある。
「果実と言っても、それは金属のような色と質をしている物で、霊的な金属とでも言うべき物だ」
「聞いた事もないような物のようです」
そうだろうと黒兎は頷き、ついて来るように言う。
俺たちは玉座に座る男を残して謁見の間を出ると、なにやら迷路じみた通路と階段を使って、物々しい扉の前までやって来た。
鉄蓋はマンホールを表す言葉のようですが、ここに出てくる城がマンホールの蓋という事ではもちろんありません。なにかを封じる蓋の役割をしていた、という意味の鉄蓋です。




