幼馴染みからの贈り物
「ともかくゼアラ・ベラジェが尋ねて来た時は、大切な客として扱ってくれ」
「それは了解した。──って、なにを笑っているんだい?」
俺はクーゼの子供時代の姿と現在の違いに思いを巡らし、自然と口元に笑みを浮かべていたようだ。
「いや──子供の頃を思い出してな」
出会ったばかりのクーゼは強気で、商人の息子である事を自慢げに話すような子供だった。
まあそんな態度は最初の頃だけだったが。
「それで? そちらもなにか渡したい物があるとか言ってなかったか」
「ああ、そうそう──ちょっと待ってて」
そう言って立ち上がろうとした時に、アルマが青地の布に包まれた物を手にして現れた。
「これ、レギに渡すやつでしょ? ところで夕飯はどうする? こっちで食べていく?」
「今日は遠慮しよう」
そう返事をした俺に、手にしていた物を渡してくる。──それは結構重い物だった。
「なんだ? 変な形だな」
「開けてみて」
俺は布に包まれた物をテーブルに置き、結びを解いて中の物を確認する。
「胸当てと籠手か」
それは鋼を使った胸当てと籠手だった。表面を艶消しし、目立たないようにする工夫が施され、内側には革が張られ、板金と革の間にさらに薄皮が数枚重ねて張りつけられている。
「板金の裏にはユフレスク産のマブルカンの皮を三枚重ねたの。防寒にもなるし、なにより衝撃にも強く、簡単には傷つけられないらしいから」
「ルシュタールから流れて来た鍛冶職人に作らせたんだ。もちろん素材も奮発したよ。鋼の板金も一枚に見えて、間に軽くて柔らかい金属が入っているんだって。表面には『硬化灰』という物を使って加工もしてある。斬撃にも衝撃にも強い、かなり高価な防具になったはずだよ」
なるほど、表面の艶消しは硬化灰を使用した所為か。
着けてみてとアルマに言われ、上着の上から胸当てを取り付けた。肩から背中に革帯を回し、腰と背中でがっちりと押さえつける為に腰の革帯を金具で調整して止める。──一人でも簡単に身に着ける事ができた。
籠手も腕に取り付け、同じように二ヶ所の革帯でしっかりと固定した。
籠手の内側には短刀を隠せる隙間があり、俺が以前見せた籠手の構造を理解して作ったのだと分かる。
「うん。凄くいい感じだ。ありがたく使わせてもらおう」
「よかった」
「気をつけてね」
俺は素晴らしい贈り物を幼馴染みから受け取り、二人の肩を抱いてその日は別れた。
空が完全に暗くなる前に別邸に戻ると、簡素な食事が用意されていた。
他にもいるものがあれば作ると料理番が言ったが俺は断り、もう休んでいいと告げておく。
料理には手をつけずに部屋に戻り、革鎧と籠手を影の倉庫にしまい込み、新しい籠手の中に短刀と、植物の種を移し替えておく。
この種は「地気制操」の力で蔦を伸ばして使えると踏んでいたのだが、使わずに眠らせておく事になりそうだった。
あまり空腹は感じていなかったが食堂に戻ると、そこには義母が座っていた。
「お帰りなさい」
「ええ、ただいま戻りました」
その後は大した会話もなく黙々といくつかの皿を片づけていると、彼女はウイスウォルグに向かう馬車を手配したと告げた。──エーデンドレイク家の馬車はあるが、今はウイスウォルグの本邸に置かれているのだ。
義母は貴族として最低限の装飾をした馬車よりも、市民が利用するような質素な馬車で事足りると考えている人だった。もちろん護衛を数名付けての移動になるが。
本邸にも別邸にも少ないが兵を置き、建物を守らせている。父の時代から邸内には執事や侍女が居るし、そうした信頼できる者たちには最低限の教育の機会も与えられ、収入も約束されていた。
彼らがケルンヒルトが倒れたと聞いてどう思ったかは分からないが、まず真っ先に自分の身の振りを心配しただろう。兄が愚劣な男だというのはよく理解していたはずである。
「それで、ケルンヒルトもウイスウォルグに連れて行きたいと思うのですが……」
それは俺に、今の父の容態で馬車による移動は可能か、と聞いているらしい。
「おそらく大丈夫でしょう。──ただ、以前にも言ったように、父の状態が良くなる事はないので、覚悟だけはしておいてください」
その言葉に彼女は「わかりました」と小さな声で応えたのだった。
「そう言えばエンリエナさんはどちらに居を構えるつもりですか? ブラモンドかウイスウォルグか」
「え? こちらでの仕事が一区切りついたらウイスウォルグに戻るつもりですが」
「なら向こうの本邸を今まで通り、領主の屋敷として使用するという事ですね」
なら金貨はウイスウォルグで渡した方がいいだろう。
夕飯を終えると俺は部屋に戻り、いつもどおり部屋に結界を張って警戒と守りを固めておき、神霊領域に次元転移した。
集めた素材を使って神霊領域で活動する魔導人形を組み立てるのだ。
まだ核となる魔力結晶は無いが、応急処置的な代用品でも成り立つだろう。──簡易的なものに過ぎず、魔法などの行使は不向きになるだろうが。
今はまだ肉体に居ながら、神霊領域での活動をおこなえる体を用意できればそれでいい。
放っておいても神霊領域が荒れ果てる事はないが、こちらから物を──影の倉庫を通じて──送り込んだ時に、それを整理できる手段がないのだ。
神霊領域にある魔法陣の上に物が散乱したままでは、こちらから物を送れなくなってしまう。
以前に建てた小屋の中に棚を用意したり、簡単な台を設置して皮袋に入れた貨幣や、金属の延べ棒などを載せておく。
小屋の中には横になれる大きさの長椅子も用意してある。領地の取り仕切りをしている時に長椅子を別邸に運ばせ、それを影の倉庫からこちらに移しておいたのだ。
「ここで一休みしてもいいな」
あまり実用的とは言えないが。──なぜならこちらでは体力も魔力も、物質界よりも早く回復していくからだ。
少々の疲労ならすぐに回復してしまう。
次に魔導人形を作る為の魔法陣に近づき、置かれた素材を使って身体の一部を作っていく。
胴体の大きさを決め、腕や足から作っていく事にした。ブレラからから授かった知識を使い、人形の関節を組み立てる。
木材や生物の角や骨を削り、錬金術の力を使って繋ぎ合わせたり、ある程度の強度を持った身体を作り上げる。
かなりの時間を割いて胴体と腕、下半身と足を用意する事ができたが、まだ胴体に魔力結晶を入れていないので動かせない。
それに頭部も作ってないので、まだまだ不完全な状態だった。
「頭部は難しいな……ブレラの館に居た魔導人形を参考にするか」
なるべくなら人間の顔に見えるように作りたい。
……ブレラの研究によると、眼球を作るのは難しく、利便性も少ないらしい。
彼が設計した魔導人形が外部を認識する場合、魔力結晶と接触する肉体から照射される「視野」に関する魔法によって、周囲の事物を把握するのだ。
それを頭部の顔を中心に設定すれば、例え顔に布をかけられても、周囲の物を確認する事ができるのだ。
「ならいっそ、目は閉じたものにするか」
顔の形状を整えるのに錬金術の力を借りた。金属自体に錬金術の力を一時的に付与し、薄い金属板の性質を軟らかい物へと変え、その金属板をまるで粘土の様に指で女性の顔に成形していく。
目の周辺の窪みや頬の膨らみ、そうした曲線を思い描きながら丁寧に指先で金属を変形させる。
不思議とそうした作業は心落ち着くもので、時間を忘れて俺はその作業に没頭した。
女性の顔の仮面。────その目を閉じた仮面を見た時、それが誰なのかは分からなかった。なるべく特定の誰かではなく、色々な美しい部位を思い浮かべながら作っていたのだが。すっきりとした顔立ちはどちらかと言うと非人間的で、古代の立像の中にでもありそうな顔をしていた。
……あえて似ているとするなら冥界の双子や、魔神のティエルアネスだろうか。
どちらも元々は人間だったという共通点があるが、仮面に表された無機質な美は、そうした人ならざる部分を浮き彫りにしたように見えた。
「──いや、肌色が金属のままなのでそう思えるだけだな」
色を塗ってやるべきだろう。金属に塗る前にまず──錆防止加工を施し、さらに硬化灰を塗ってもいい。硬化灰の上に色を塗るのは金属に直接着色するよりも簡単だと聞いた。
「頭──髪とか首までの部分は、次の機会に取り組もう。特に首から上には複雑な術式を組み込む事になるからな。素材も考慮しなくては」
頭部に組み込む魔力結晶や魔術的な呪法は、霊的な干渉力を高めようとすればするほど、複雑なものを要求される。
術者の意識を一時的に移し替えるだけなら必要ないが、もし魔導人形を自立的に行動可能なものにするなら、内部に霊的な保存を可能にする呪具や呪法を編み込むのは必須だ。
「塗料の素材を買っておくか」
それに頭部に使う素材はもしかすると──本物の人間の頭骨、という選択肢もあり得る。そこら辺に落ちている物ではないが。
「生き物の骨を組み合わせて作ってもいいか」
あるいは大きな木の実ではどうだろう。蛮族大陸には人の頭ほどもある木の実が生る樹木があるらしい。
「まあ、粘土でも構わないか」
問題はその中に入れておく魔力結晶の質だ。
どこかで調達したいところだが、仮に売っている物を買うとしたら、大量の金貨が必要になるのを覚悟しなければならない。俺の懐は今のところ豊かだから問題はないが。
ブレラの魔導人形の一体は、生物の骨や灰などを混ぜて作った粘土が原料となっているみたいだ。
ともかく首から下の部分は作っておいたので、魔力結晶を二つ──最悪一つでも構わないが──用意できれば、あとは実際に人形を動かせるかを確かめるだけだ。
術式はブレラのものを土台にしたので問題はないはず。
肘や膝。指の可動部分がどうなるか。早く動かしてみたいところだが、この作業はここまでにし、神霊領域でいくつかの魔法について創作と実験を重ねた。
魔神ファギウベテスの力を取り込めないか確認もしたが、まだ危険かもしれない。こちらの魔力体に悪影響を与える可能性は零ではないと感じた。
(俺の実力がまだそこまでじゃないって事だな)
技術的に魔神の力に干渉し、その力を制御できないのだから。
時間をかけて解析し、自分の対応力を上げていくしかないだろう。
こうして神霊領域での作業を終えて、別邸の部屋に帰還する。それほど時間が経過した訳ではないが、すでに屋敷の中は静まり返り、侍女や義母たちも眠りについた様子だ。
魔法に関する取り組みをしていたので精神的には疲労しているが、すぐに眠気が襲ってくるようなものではない。
俺は寝台に横になると今度は魔術の門を開き、そちらでの作業に着手し、体の方は睡眠させる事にした。
目が覚めたら弟が眠る故郷に帰るんだ。
そう考えながら魔術の門を潜ると、しばらく魔神の力の制御や、獲得した魔法を使った新たな戦い方を研究した。
戦闘訓練では幽鬼兵のオルダーナを相手に素手での格闘戦を開始すると、彼女は俺の首を折ったり、腕を折るようないくつもの技を使ってきた。
今までも何度も彼女との訓練で格闘術を学んだが、こちらが彼女の繰り出す技を躱したり、反撃すると、さらに違った対応をして俺の予想を超えてくる。
(手強すぎる、暗殺者オルダーナ……!)
そうして何度も死を疑似体験しながら訓練を重ねた。
首を折られる回数は減ったが、腕を取られそうになる度にひやりとする。
俺はまた一段深い水準の格闘術を身につけ、それを巨漢の幽鬼兵ガゼルバローク相手に使ってみた。
相手の前に出る力を利用して投げたり、関節技を使って立った状態で相手の動きを拘束する事もできた。この技術を使えば体格差のある相手を押さえ込む事も容易になる。
そんな事をしているとふと気になって、もう一度オルダーナの過去について精神世界を調べ、暗殺者として彼女を育てたものについて知りたいと思った。
訓練を終えるとさっそくオルダーナについて探りを入れるべく、精神世界の暗闇に意識を潜入させる。
アルマが「こっちで食べていく?」と自然な感じで聞いてくるのは、レギの事も夫だと考えているから──かも。それくらい彼女にとってレギとクーゼの二人は身近な相手なのです。




