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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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巫女ゼアラ・ベラジェ

ややこしいピアネスの宗教観についての過去話。

大陸中央にある巨大な山まつわる伝説は結構ある。

 アゼルゼストとルディナスとの会話はそのあとも続いた。

 昼食を食べながら俺たちは学生時代の思い出話から、今後の国同士のあり方について語ったりもした。

 なにしろ二人はそれぞれの国にとって重要な地位にある貴族の出なのだ。俺はその話に加わる事は極力避け、ルディナスが持って来たという甘い白葡萄酒(ワイン)を口にしながら二人の対話に耳を傾けていた。

 もちろん意見を求められたらそれなりに反応したが。俺は国家にも、宗教の問題にも傍観者の視点からしか話さないよう努め、なるべく世事に関わらない態度を貫く。


 ──それには俺の中にある後ろめたさ、みたいなものが隠れているからだ。というよりも、隠さなければならない事柄があるからだ。

 魔神との関係など、誰に対しても吹聴すべきではない。その隠し事が二人との関係に隔絶した壁のようなものを生む。



 ルディナスはしばらくすると、すっかり女性的な表情を見せるようになっていた。

 学生時代について語る時も淑女然として優雅に微笑し、俺は一瞬この美人は誰だったかな? などと思い始めていた。──会話の間にちょっと魔術領域での作業をしたりしていた所為せいかもしれない。


「どうしました? レギ。さっきから黙り込んで……」

 ルディナスにそう声をかけられ、俺はかぶりを振る。

「いや、なんでもない」

 ついに白葡萄酒も底を尽き、代わりの品を求めてアゼルを見たが、友人は無情にもこう告げた。「酒は止めてお茶にしよう」と。


 時間はすでに昼を大きく過ぎ、窓の外が朱く色付き始めていた。この応接室の窓には硝子ガラス戸がはめられ、庭の様子が見えるのだ。

「そろそろ冷えてくる。戸を閉めよう」

 アゼルはそう言いながら立ち上がり、硝子戸を開けて厚い木製の戸を下ろす



「そういえばレギ。あなたは学校を卒業してからゼアラ・ベラジェと会いましたか?」

「いいや、会っていない」

 なぜだ? そう問うと彼女は少しばかり複雑な顔をして考え込んだ。


「実は彼女は少し前から、ブルボルヒナ山を囲むようにして存在する、宗教関連の施設を回っているようなのです」

「ほう?」

「ブルボルヒナ山の周囲にある国はピアネスとシンの二つが主ですが、その山裾にかかるシャルディムにも彼女はやって来たそうで、我が国の自然信仰について調べて行きましたわ」

「……なるほど。それと俺になにか関係が?」

 そう言うと彼女はさらに複雑そうな顔をして──というかはっきりと、いぶかしんだ様子を見せた。


「やはり覚えていないのですね」

 その声色には少し怒ったような響きがある。

「な、なんの事だ」

「あなたは学生の時にゼアラと話し、彼女がピアネスの古い宗教の巫女だと知ると、ピアネスの宗教について『曖昧あいまいな信仰の中心』だとか言って、彼女に明確な信仰の形態についていくつもの質問を浴びせ、彼女を困らせていたではないですか」

「そ、そんな事もあったかな……?」


 ルディナスに言われ、朧気おぼろげながら思い出してきた事がある。そう言われれば「ミルグム(ミルガン)の巫女」というものについて尋ね、彼女が答えられないでいると、俺は追及するみたいに彼女が仕える神について根掘り葉掘り尋ねたのだ。

 なまじ俺がその頃ベグレザの識者が発表した「宗教の研究」という書物を読み、ピアネスの信仰について調べ始めた時期だったのが災いした。巫女だというゼアラからなんらかの情報が得られると期待し、それが裏切られると、若気の至りでつい彼女の無知を責めるように迫ってしまったのだ。


「あ──、あの事か。それはまあ、そういう時もあったよな。……みたいな?」

「彼女はそれを気にしていたらしく、学校を卒業して帰郷した時には再び寺院に戻り、そこにある書物や碑文に目をとおし、寺院を守る僧侶から話を聞いたりしたそうです。

 それでミルグムという信仰対象について調べていると、それがブルボルヒナ山を中心とした地に広まっている名前だと突き止め、山を囲むように各地に寺院があるのを知ると、彼女はそこを中心に各地を回って、人々に根付く自然信仰について調べているそうですよ?」

「まさかそんな事になっているとは」

 確かに学生の頃にそんな話をし、俺は彼女に「ピアネスの信仰形態は他国のそれとは違い、東側と西側で分断されたように違い、まとまりのないもの」だと言った覚えがある。そしてさらに「そうした信仰について纏められた考えも持たない、未熟な国家なのではないか」といった事も口にした記憶がある。


 ──だがまさか、彼女ゼアラにそれを調べて来い、と言ったつもりはない。俺はそうルディナスに弁明した。


「それは彼女も理解しています。ですが、あなたの言葉が彼女の心に残り、今も恐らくは各地を旅して回っているはずです。数ヶ月前の事ですが、うちの領に立ち寄ってそう聞かされたのですから」

 どうやら彼女は大きな山の周辺を回って、ピアネスからシャルディムに入り、続いてシン国に旅する予定だったそうだ。


「……だが考えようによっては、彼女の行動でピアネスの、あるいは大陸中央の巨大な山にまつわる自然信仰の母胎が判明するかもしれないな」

 俺はそれはそれで結構な事だ、という態度を取り、ルディナスの叱責を受けてしまう。

「あなたはいつも他人の苦労を軽んじます。それはよくない事です。彼女は冒険者として活動しながらそうして得たお金を使って、あなたに言われた言葉から、各地の寺院を探し回って各地に点在する宗教を調べているのですよ」

「……分かった。今度会ったら食事を与え、彼女の働きをねぎらうとするよ。彼女が得た知識を書物として残す事にも協力するよう、領地の方で信頼できる者に話しておくよ」

 あまりに投げやりな感じで言ったと思われたのだろうか、彼女ルディナスの中には怒りに似たものが沸き出してきそうだった。


 だがそれが俺の中にある、唯一の前向きな回答と言えた。

 誰が誰の言葉を受け、それに反抗するか。それともその言葉に影響され、自らの意志で行動に移すかは、その人の考え方しだいなのだから。

 俺にとってその大きな影響とは、異端の魔導師ブレラだと言えた。

 俺は彼の記した書物をとおして世界への探求心を深め、そして自己の魔導への渇望を理解したのだ。

 俺の中にある潜在的な想いに気づかせてくれたブレラの書物。

 その影響は自らが引き寄せたものでもある。

 まったく影響しないところに波は立たないものだ。


 精神の構造を理解していれば、自ずから動き出す意思も無ければ──また、あらゆる影響を受けずにいる意思が、ただの死んだ魂に過ぎない事は理解できるはずだ。

 力にしろ言葉にしろ、どの影響が一番響くかは、その本人の受け取る精神の自立性と理解力にある。なにもかもをないがしろにしてきた者にとって感情が動くものと言えば、快楽以外に見当たらないとでもいうようなもので。

 自己を理解し得ない者は、やはり自己を上手く制御できないものなのだ。


 だから誤った意思──無意識の欲動(性衝動)──にのみ振り回されてしまい、ただ悪意をき散らすような人格になるのである。欲動の多くは自らの思うとおりに事が進まないと、すぐに怒りや憎しみに駆られるものだ。

 そうした欲動の多くはやがて、肉体と精神との間にある均衡きんこうに乱れを生む。

 精神から霊的本質への傾倒のみが、唯一自らの本質へと近づき、自身の生と死に向き合う力となる。

 それを多くの人間は、宗教というものに頼る事でうやむやにしているだけなのだ。


 そういう意味ではゼアラは、自らの意志でその信仰の根源を突き止めようとし、己の生きる道について考えるだけの思慮を持っていると言えた。


「……ルディナス。おまえは思い違いをしている。

 例え俺の言葉になんらかの力があったとしても、それを受け入れて行動に移すというのは、その行動を起こす者の責任が重い意味を持つものだ。でなければ、その人物はただの操り人形だったという事になる。

 俺はゼアラの行動を尊重するし、彼女が各地にある信仰形態について知見を深め、それを収集したいというのなら。ぜひその知識を残す取り組みをしてほしいと思っているだけだ」

 俺の言葉に反論しようとするルディナスを制止するアゼルゼスト。

 手を伸ばした彼は首を横に振った。


「レギの言う事ももっともだ。

 ゼアラは別に強制された訳でもなく、ただ学友に言われた言葉を胸に行動しただけだろう。おそらく彼女の中には巫女になった時にすでに、そうした自然信仰に関する知的好奇心も持っていたはず。

 それで故郷に帰り、自身の巫女としての役割を再認識する過程で、各地を旅して回るという行動に出たのだろう。私としても彼女が持ち帰る各地の信仰についての背景を知りたいと思う。もし彼女と連絡が取れたなら、ぜひヴェンティル領に来るよう伝えてほしい」

 信頼する友人からそう言われ、ルディナスは俺への反論を引っ込めたようだ。


「……そうですね。いささか納得のいかない部分もありますが。確かにレギの言う事も、アゼルの言う事ももっともです」と、一応の理解を示したのだった。




 しかしルディナスが語った内容は俺にとって興味深いものだった。ピアネスの根っこにある宗教観には、大陸中央にある巨大な山──ブルボルヒナ山に関係する信仰だったのだろうか。

 ……そう考えると、エブラハ領など西側にある自然信仰と、中央から東側にある宗教観に微妙な違いがあるのも自然な事だと考えられた。

 確かにエブラハ領の自然信仰も山脈や森に大きく関係してはいるが、ブルボルヒナ山に関するような信仰は見当たらない。

 それは単純に、南から東へ広がる山脈がブルボルヒナ山を見えなくしているからだ。

 北も西も南も山脈に閉ざされた盆地にあるエブラハ領にとって、自然とはそうした山々の連なりにあるからであろう。


 精霊信仰という未開的な自然信仰に近い西側の信仰に対し、中央から東側の信仰にはミルガンとかミルグムとか呼ばれる神──、あるいは神々の名が存在しているのは間違いなさそうだ。

 かつて目をとおした論文にも、「あくまで一体の神の名であるように思われるが、明確に存在を匂わせる神ではなく。まるで自然の中にある恵みと災害を一途に引き受けたような、両側面を表す神の力を表現する名称のようでもある」と書かれていた。

 しかしそれが、大陸のへそとも言われるあの巨大な山に関わるものだとするなら、どこかにその信仰の中心となった物(ほこらや寺院)か、あるいは信仰を生み出すきっかけとなった物事(事件などの歴史的な事象)があったと推測されるが……


「ともかく私が言いたいのはゼアラのような内気だった子が、大胆にも各地を旅して調べ物をするような原因を作ったのはレギなのですから、少しは気にかけるように、という事です」

「覚えておこう」

 そう言いつつ、俺は二人に言葉を投げかけた。

「ルディナス。そしてアゼル。もしゼアラと連絡がついたら、彼女の調べたものを紙にまとめるよう伝えてくれ。そしてできればそれを論文の形にして世に出してほしいと俺が言っていたと伝えてほしい。

 もし彼女がエブラハ領まで来る事があるなら、それなりの対応をしたいと思う」

 俺はそう口にした。


 エブラハ領に戻ったらクーゼやエンリエナに話をとおしておこうと考えていた。

 できれば直接ゼアラから話を聞いてみたいところだが、俺はエブラハ領を去り、冒険に出ているはずだ。

 彼女が巡礼の旅からピアネスに戻って来る頃には、きっと冬が終わっているだろう。

 そして俺の方は……

 そう考えると、未来という目には見えないものが、まるで闇におおわれているみたいに感じられた。

 危険な何者かの追跡と、あらゆる魔の手が俺を捕らえようとしている感覚。

 そんな不安感が俺の肺を握り締め、突如として呼吸が重くなる。

 なにかが──確実に俺をつけ狙っているのを感じていた。

なにかに見られているような感覚。

これは複数の勢力が絡んでいるけど、まったくレギの予想していないものからの視線もあったりします。

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