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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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ある女生徒との邂逅

 酒場でありパン屋でもある店を出ると日が昇り、上空には青白い空が広がっていた。

 白い薄雲が流れている場所もあるが、街の上には雲は一つも浮いていない。

 まだ朝早いが他の店や民家でも、ぞくぞくと人々が動き出した気配がする。

 この街は民度の低い市民であふれていたが、今はだいぶ改善されているようだ。

 街の様子からは、生き生きと働く人々の活力が感じられる。

 優れた領主が街を統治しているのは間違いないだろう。

 あるいは領主を選定した王宮に優秀な人間が居るのに違いない。ベグレザは今後も発展していく可能性が大きい。俺はそう感じ、街のあちこちを見て回りながら戦士ギルドの厩舎きゅうしゃへと戻って行った。


 厩舎に戻ると、用意されていた馬の餌が入った桶を手に中へと入る。

 厩舎の中は暖かく、どうやら隣接したギルドの方にある暖炉の熱を、こちらにも伝わるようにしているようだ。


 葦毛あしげの馬は起きていた。回復魔法を掛けてやったので、すっかり調子を取り戻した様子で俺を迎える。

 餌を与えると馬は葉物野菜も人参もボリボリと食べ、水も飲んで鼻を鳴らす。今すぐにでも走り出したいといった様子だ。


 俺はすぐに街を出る決断をした。

 今日中にフィエジア国を通過して、ピアネスに帰る予定でいる。もし早めにピアネスに戻れたら少し遠回りになるが、アゼルゼストに会いに行くのもいいだろう。そんな予定を立てた。



 馬に乗って街を出ると朝日が街道を照らしていた。空気は冷たかったが、日差しは俺を暖めてくれる。

 かなり移動していると、街道の先にある関所が見えてきた。

 俺はそこで銅貨を支払い、フィエジア国内へ入った。


 街道には行商の馬車とその護衛の姿も見かけた。三叉路に差しかかると彼らは北に向かって移動し、俺はそのまま東に向かって直進する。

 そこでレファルタ教の連中を見かけた。

 白い外套マントを付けた特徴的な鎧姿……秩序団の聖騎士たちだ。

 幸い奴らはこちらには気づかずに、別の方角に向かって進んで行く。

 街道を移動する時ですら銀色に輝く鎧を身に着け、威風堂々と馬にまたがり移動して行った。

 連中のフィエジアでの活動も活発になっているようだ。


 いよいよ奴らはピアネスに近づきつつある。

 もう時間の問題だろう。中央にはすでに奴らに手懐てなずけられた貴族も居るとアゼルゼストも言っていた。

 宗教的には古くから自然信仰を主体としている国民性のピアネスだが、レファルタ教の信仰が広まっているのは感じていたところだ。

 まだ西の方までは広がっていない様子だが。

 俺は馬上で溜め息を吐く。

 その息が白くなった。

 冬はすぐそこにまで迫っているようだ。



 街道を進み、オフィアスの町まで来た。以前はここからさらに東へ向かい、ブレアノスの街にまで足を延ばしたが。今回はここから南下し、ピアネス領に戻るのだ。

 まだ昼にもならない時間だ。──馬も体力は有り余っているらしく、このまま歩き続けた方がよいと判断した。

 オフィアスの町には入らずにピアネスに向かう事に決めた俺は、町の壁沿いの道を進み、南へ向かう。


 ピアネスに向かう荷車や、冒険者たちの姿もあったが、分かれ道のところで俺は南東に向かう経路を取る事にした。──故郷のエブラハ領に帰るなら南西への道を取るべきだが、せっかく近くまで来たので、アゼルゼストの居るヴェンティル領に向かう道を進む。



 そうしながら馬上で魔術領域での作業に入った。無意識が馬を操り、街道を進んでアディゼートの街に向かって行く。

 森と背の低い岩山の横を通り、細々とした街道を進んでいたようだ。

 魔術領域での作業を一旦止め、道の先を見ていると──三叉路の近くで人が集まっていた。

 別に即売会バザーなどを開いている集まりではなく、冒険者たちが集まって昼食の支度をしているようだ。

 偶然にいくつかの一団が集まり、情報交換を兼ねた交流をおこなっているらしい。

 安全に食事を取れる機会を得ようと、そこに行商人たちの荷車も加わっている様子だ。


 にぎやかな連中の横を通り過ぎようとしたが、岩陰に居る一人の女と目が合った。

 なにやら不穏な気配をにじませる女。

 ────魔女か? 俺はその陰気な気配を出している女を見て、向こうもこちらに視線を送る。

「あ──、あらあらら……」

 女はこちらを指差して、なにか言おうとしていた。

「もしかして()()()()()()()()()……」

 陰気な女が呟く。

 俺は思わず手綱を引いて馬を止めた。


 そいつは確かにどこかで見たような顔をしていた。──陰気で、薄暗い表情の女。まるで魔女の様な……

「ああ、あの──、そういえば名前は聞いていなかった気がする」

「そ、そうだっけ?」

 女の方もこちらの名前を思い出そうとして、どうしても出なかったのだろう。

 思えばそれほど親しい間柄という訳でもない。

 ただアボッツとのあれこれに関わる問題で、少しこの女と口を利いたくらいだ。

「まあ、わたし。人の名前を覚えるのが苦手だから……」

 陰気な女は自虐的な笑みを浮かべる。


「アボッツに嫌われていた女性徒か」

 そう言うと女は露骨に嫌そうな顔をする。

「その名前は聞きたくない。──そうか、あの男の件であなたとは少し話したくらいだったね。名前なんて聞いた事もなかった」

 彼女はアボッツに呪いを掛けたと思われる女性徒。魔女と関係を持っていた生徒だった。


「そうだ。魔女についても少し話したな。──君は学校を中退したようだが、それはあれか。アボッツに呪いを掛けているのが教師にばれたからか」

 俺の言葉に彼女は肩をすくめるような動きをする。──どうやら認めたようだ。

「あいつを嫌っていたのはわたしだけじゃない。あの男を()()()()()()()と思っていた生徒は多かった」

 まるで言い訳のような言葉を口にする。

「まあそれはそうだろう」

「あいつに掛けていたのはそんなに強力な呪いじゃない。けれど、あいつが人から恨まれるような事をするたびにその恨みが蓄積され、奴が不幸になるよう仕掛けた呪い」

「ほう」

「あいつがどんな不幸な目にっているか楽しみよ。わたしは最近までフィエジアの方にいたから、ピアネスに帰って来たのは四年ぶりくらい」

「そうなのか」


 俺はアボッツの事を話すべきか考えた。──もちろん俺の手で殺したと言うつもりはない。

 奴の一家が反逆者として扱われ、貴族の地位を失ったのを教えようかと思ったのだ。

 だがまあそのうち分かる事だろう。

 彼女は自分の掛けた呪いが功を奏しているか興味を持っているし、貴族が没落した噂などはすぐに広まるものだ。そうした情報に触れるのは時間の問題だろう。


「その前はジギンネイスにもいたのだけれど」

「あの国にか。魔女や魔法使いに対し、かなり厳しい取り締まりをしているらしいが。大丈夫だったか?」

「ええ、それで三年くらい前にフィエジアに逃げたの。けど、ここ最近フィエジアにもあのレファルタ教の信徒が増えて、魔女の迫害をする気風が浸透してきて……」

 それでピアネスに帰る決断をしたらしい。

 魔女との関わりを持っている事がばれたら、さまざまな難癖をつけられて、捕らえられてしまったかもしれないと彼女は言う。

「せっかく向こうで冒険者の仲間とうまくやっていたのに。──ほんと最悪」

 陰気な顔をして呪いの言葉をつぶやくみたいに、レファルタ教への不満を口にする。

「落ち着けよ。そんなのを誰かに聞かれたら事だぞ」

 そんな話をして、俺は彼女と別れる事にした。


 特に話す事などない相手だ。──なにしろ名前すら知らないのだから。

 だが彼女はやはり、アボッツに呪いを掛けていたらしい。

 それが効いたのか、奴はすべてを失った訳だ。

 たった一人の、それも未熟な魔法使いでしかない女性徒の掛けた呪いがそこまで現実的な効力を持つとは思えないが。


 彼女が魔女から教わった呪術を使い、アボッツを呪ったのは間違いない。

 人から恨みを買うごとに呪いが蓄積され、不幸が訪れる、という呪術だと彼女は説明していた。

 学校を卒業したあとも、奴は人から恨まれるような行為をしていたのだろう。

 きっと家族や使用人からも恨まれたり、鬱陶うっとうしがられたり。そんな生活だったに違いない。

 愚か者は自身の愚かさに気づかないまま、死ぬまで愚かなままなのだ。そしてアボッツという男は、その愚か者の代表者のような奴だった。


 呪いの被術者はそれとは気づかずに沼地を歩いているか、あるいは歩いている場所がどんどん腐敗していくようなものだ。

 自分が原因となってあらゆる不和や不幸を撒き散らす。

 自分が落ちるところまで落ちた事にすら気づかずに。


 呪いを掛ける側も、そんな不幸の連鎖を気にも止めない点では、その呪われる者と同義になり果てる。だからこそ呪いとは危険なのだ。

(もちろん優れた呪術師は、そのようなけがれに対応する対抗魔術を駆使しているものだが)

 呪う者はその意図によって呪われ、呪術は相互に不条理な繋がりを生む。

 ある魔術師はそう言葉を残していた。



「もっとも簡単な方法で他者に害を為す者は、その単純さによって、もっとも危険な魂の剥離はくりを経験する。己の意思を精神の深淵しんえんに明け渡し、やがては自身の存在すら深淵にまれるであろう」



 精神の奥底に流れる潮流は、実際のところそこに浮かぶ人間の意思を、川を流れる木の葉と同程度にしか感じないのだと思われる。

 深く暗い水底みなそこには、やがて自らの元に沈み込んでくる者を、悠久のほとりでじっと待ち続けている()()()がある。

 そこにこそ、呪いの正体を明かす秘密が隠されているのかもしれない。


 我々の魂は、自身の姿形とよく似た何者かに監視され、常につけ狙われている。それは時に不幸を。そして時には幸運を我々に与えてくれる。

 それは偶然であり、必然であり、そして運命でもある。

 我々にはそれが理解できないだけで、不条理な秩序の選定者による謎の呼びかけを受け続けているのだ。


 その呼びかけに答えられない者は、自分の意志で活動していると思いたがるが、実のところ彼のような存在は、自身の事はなに一つ掌握しょうあくしていないのである。

「もっとも単純な~」要するに「人を呪わば穴二つ」というもの。

行為による代償は己の無意識の中に着実に刻まれ、呪った者も呪われた者も、その呪術の影響下に入る。──ただし、防衛魔術を理解する者を不用意に呪うとその呪詛を返され、術者は害だけを被る事になる。

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