新米達の驕り
レギは魔法や魔術を扱う剣士、という感じの冒険者です。
それなりに実戦を積んでいるので結構強いのです。
レインスノークの宿屋に泊まって体を休めた俺は、セベナの町に向かう馬車や荷車を探した──馬車は無く、数名の護衛を付けた荷車に同乗させてもらう事になった。もちろん多少の金を払って乗せてもらうのだ──普通なら。
護衛だという連中はまだ見習いかと思われる若者たちで構成された──中には十五歳くらいの少年まで混じっていた──一団であり、身に着けている武器や防具を見ても、まだ駆け出し程度の経験しかない者たちであるようなので、俺は御者(行商人)にこう言った。
「俺も護衛として雇われよう。なに、荷車に乗せてもらえればそれでいい、金を取る気はない」
この提案に御者の方は乗り気なようだが、若者の一団は不満な様子だ。
「まあ確かに、君らが戦えるのなら俺が出る必要はない訳だが」
挑発のつもりはなく事実を述べただけだが、彼ら──四人組の冒険者たちはむすっとした顔をして荷車に乗り込む。
御者に話を聞くとどうやら彼はセベナに荷物──木樽と小さな木箱のみ──を届けに行き、セベナから布製品や毛皮などを仕入れに行くところであるらしい。
セベナまでの道は安全であるはずだが、途中で山脈と繋がる森の近くを通る為、そこで亜人種などに襲われる危険があるそうだ。
そしてその御者の不安は的中した、森の近くにある草地に身を潜めている亜人種を、俺はいち早く発見した。
「亜人種共が隠れているぞ、草むらの中だ。数は──五体……いや、七体か?」
そう言うと御者は「は、走り抜ければ何とかなりますか⁉」と慌てている。
「いや、無理だろう。ここは、少し進んだ先にある岩陰に荷車を止めて、こちらから打って出るべきだと思う──どうだろう?」
四人の若手冒険者たちに尋ねると、彼らは緊張の面持ちで「そ、そうだな……」と頷く。
「敵は豚悪鬼。武装にもよるが、それほど手強い敵でもないだろう……お前らは精々四体は仕留めてくれよ? 残りは俺が相手をする」
そう言って岩陰に止まった荷車から飛び降りると、岩陰から草むらの方に注意を向ける──どうやら豚悪鬼共も行動を開始したようだ。
「荷車に近づけさすなよ、行くぞ!」
岩陰から飛び出すと魔剣を抜いて、草むらから駆け出して来た豚悪鬼の胴体を斬りつける。
醜い豚の頭を持ち、二本の長い牙を口元から顎の外に向けて突き出した亜人──薄汚い灰色の皮膚のでっぷりと太った胴体に、直接頭が乗ったような奇怪な亜人は「グブピュイィ──」とでもいった鳴き声を上げて地面に倒れ込む。
その集団は、ボロボロの布を身に巻いただけの豚悪鬼の群れだった、手にしていたのは棍棒や薄汚れた青銅製の短剣などだ。弓などの武器を持った奴も居ない。
楽勝だな、俺はそう考えつつ二体目の首(あるのかどうか分からないが)を狙って魔剣を薙ぎ払う。
倒れた豚悪鬼の後方に居た二匹から恐れを抱いた様子を感じ取った俺は、一気に攻め立てる事にした。
真っ直ぐに駆け出して行くと豚悪鬼は焦って、手にした棍棒を振り上げる。その武器が届かない間合いで横に飛び退いて空振りを誘う──予想通り相手の棍棒は地面を叩いた。前屈みになっている豚悪鬼の首辺りを狙って、両手で振り上げた魔剣を突き刺すと、深々と食い込んだ刃に心臓を貫かれ、剣を引き抜くと地面に倒れ込んだ豚悪鬼の体からどす黒い血が溢れ出る。
目の前で仲間が殺された色黒の豚悪鬼は手にした石斧を振り回して攻撃してきた、こいつらは筋力も大した事はなさそうだ。斜めに振り下ろしてきた手首を斬り落とし、鳴き声を上げる前に顎の下に剣を叩き込んで絶命させた。
四人組の冒険者たちの方に三体の豚悪鬼が向かって行ったようだ、彼らは必死に戦っているが、まったく戦いの基本が分かっていない──そんな戦い振りだ。
目の前に武器を手にした敵が立って居る状況が怖くて、取り敢えず武器を振り回して敵に当たればいいな、くらいの気持ちでいるのではないかとすら疑いたくなる有様だ。はっきり言って見ていられない。
俺は戦闘に加わる事にした──もちろん豚悪鬼の背後に回り込んで、速やかに敵を一体一体確実に仕留めて行く。残りの一体を四人の内の誰かが倒してやっと戦闘が終了した、俺は魔剣に付いた血糊を落としてから鞘に巻いた布を使い、刃に付いた汚れを拭う。
「ど素人共、亜人種から取れる物を集めて来い」
俺はそう言い放って荷車に戻る──誰もその言葉に反論できる者は居なかった……
荷車に戻ると、岩陰に隠れてこちらの様子を窺っていた御者が一言言った。
「あいつらに払うよりも、あんたに金を払わないといかんな」
俺は「それはもっともな事だ」と思いつつ、金に困っていなかった事もあり「若い冒険者たちにやってくれ」と応えておいた。
薄布を使い念入りに血糊を落とすと、魔剣を鞘に戻す。
そうしているところへ四人の若者が荷車に戻って来た。そんな彼らに御者のおっさんはいくぶん憤慨した様子で「とっとと乗りな」と言うのであった。
すごすごと荷車に乗り込んだ四人の男たちは、律儀に豚悪鬼の死体から取って来た武器や皮袋を差し出して来たが、俺は首を横に振って「それらを売って得た金で、もう一度戦士ギルドの訓練を受け直して来い」と言ってやった。
今回は俺が居たから良かったものの、こいつらだけだったら今頃全滅していてもおかしくはなかった。こいつらは充分に自分たちの未熟さを痛感している様子だったので、それ以上は何も言わないでおく。
その後は外敵に襲われる事もなく、無事にセベナの町に辿り着いた。
その道の途中で武装した騎馬の兵士の姿を見かけた、彼らがプラヌス領の領主に雇われている兵士たちなのだろう。彼らが街道の安全を維持している為に、この辺りで護衛のみで稼ごうという連中は居ないのだと思われる。
それでこの雑魚護衛を雇ってしまった不運な御者が今、小言を口にしながら四人の若者に護衛代を支払っている訳だ。
「……あの人が受け取りを辞退したからあんたらに払ってやってるんであって、本来ならあんたらが受け取る額はこの十分の一になるところだぞ」
などと説教しているのを耳にしながら荷車から離れて行く──若い頃は色々な勘違いをしている者が多いからな。俺もまだ若い部類に入るが、俺の若い頃はそれなりにしっかりしていたものだ。
結局のところ、頼りになるものは自分自身だけだ。それをいち早く理解し、徹底する事ができたのは幸いだった。
内輪の仲間同士で傷を舐め合っている内に、自分らにできない事はないと勘違いするのだろうか? 俺には全く理解できないのだが。
自らを客観視できないと魔術の(魔法の、ではない)行使が巧く行かないのが一番の要因だろうが、こうした技術について触れているかいないかの違いが、その人間のその後の人生に直結する問題だというのは理解していた。
物心が付いた頃にはすでに魔術を介して魔導(魔術を含む神々などの力も含めた事柄に関するもの)の道を進み始めていたのだ、当時は自分が魔導という広範で曖昧な領域に足を踏み入れているなどとは微塵も思わなかったし、そういったものがある事すら知らなかったのだから当然だ。
だが、そうではないのだ。
魔導の入り口を──その門を潜る者にはある明確な特徴がある。
それは、自我が強いと同時に、客観的な視野も持とうとしている事だ。
多くの自我の強い人間というのは、自分の事しか見えていないし、他人の事を考えようともしない。そんな人間が多いが──魔導の道へと向かう者は、そういった視野の狭さについて理解(自覚)し始めると、その狭窄状態から抜け出そうとする。
それが第一歩、自らを覆う殻(意識に入り込んでくる様々な余計なもの)を破れるかどうか、そこで妥協しなかった者が、魔導の道へ進んだ者なのだ。その先が魔導と呼ばれる分野であると知っていようと知っていまいと、それには意味がない。
人間という存在が如何に小さなものであるかを知り、なおかつ自分の意識や無意識について探求し、これらの制御に取り組んだ者が魔術の、そして魔導への鍵を手に入れた者なのである。




