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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十四章 魔術師の陰謀

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懐かしい者との再会

後半に宗教に関する小難しい話と、魔術に関わる精神の歪みを生む悪意についての話。

かなり難解ですので、読み飛ばしても……

 俺の足は自然とさびれた孤児院に向かっていた。

 歓楽街のある北西の区画に向かうつもりだったのだが。

 以前に食事を与え、ここの孤児院まで連れて来てやった少女イエナ。彼女は元気にやっているだろうか。


 レファルタ教教会の建物は相変わらずみすぼらしい物だったが、子供たちの元気な声が庭から聞こえてくる。

 その中にあの少女が居るかは分からなかったが、きっと元気にやっているのだろう。そう思う事にして、その場を去ろうとした。


 低い壁に仕切られた敷地を横切ろうとした時に、日の当たる裏庭で洗濯物を干そうとしている修道女と、数人の少女たちの姿を見かけた。

 その少女たちの中にイエナの姿があった。

 彼女は少し明るくなった感じがした。──遠目からなんとなく感じた印象に過ぎないが、身売りしなければならなかったあの頃よりは、ましな生き方をしているのは間違いない様子だ。

 俺は見つからないようにその場を離れ、当初の目的地に向かう事にする。




 大通りをまたいで歓楽街の入り口に足を運ぶと、やはりそこは賑わっていた。

 なんとも言えない──人間の、人間じみた活気に満ちあふれている。


 人間は一方で清貧を追い求める者も居れば──霊学の姐とも言われる錬金術師ラミテウス(レァミトゥス)が思い起こされる──、それとは正反対に自らの動物的欲望に従順に生き、それを至福と考える者も居る。

 まあ、後者の方が圧倒的に多いだろうが。


 魔術師はその両方を常に体感として理解し、学んでいなければならない。

 知識として理解するだけでなく、体験する事で理解を深め、そうした経験と知識によって自らの感情や欲望の有り様を理解し、それを制御する事を学ぶのである。

 自らを律するのに必要な罪悪も善行も、()()()()()()()()()()

 なにかに溺れるような精神では、魔術の道は危険な隘路あいろとなるからだ。


「自身の支配者(王)たれ」とは、ある古い魔術師が残した格言だ。


 たとえ世俗的な価値観がなにかを善行としても、魔術師はそうした世俗の意思には従わない。

 魔術師は善悪の外側に居なければならない。

 なにをおこなうにしても、そうした善や悪といった無意味な感情に縛られないのだ。


 自身を立脚させるものは自分自身のみなのである。

 とはいえ、家族や友を持たない訳ではない。


 魔術師の多くは既婚者であるし、中にはティエルアネスのように、王族などの権力者である場合すらある。

 そういった例外的な立場にある者も、自らの意志で魔術師になれるという事だが、多くの魔術師は基本的に社会から一歩引いた場所に居るものだ。


 魔術師は常に自らの目的の為に活動するので、多くの雑事に無関心であるか、関わり合いになる事をわずらわしいと感じるのである。

 俺はそういう意味では、他人に積極的に関わる方の魔術師と言えるだろう。

 他人との接触から学ぶ事は意外に多いものだ。

 たとえそれが小さな事であったとしても。


 このような歓楽街でもそれは同じだ。──通俗的な市民の活動から、裏通りで怪しげなやりとりをする者たちの活動すら、そこには新たな発見がある。

 薬物の売買など、非合法の取り引きが横行する理由や、あるいはその社会の状態など。個々人の活動から見えてくる実状には、当人たちが思う以上に、その社会の端的な崩壊の影が見えてくるものなのだ。


 魔術師はそういった人間の負の面を利用して活動する者も居る為。ある種の宗教や国家が、魔術師や魔女を排斥はいせきするのも分からなくはない。

 黒魔術師などと呼ばれる連中が暗躍していた時代に、レファルタ教のような宗教が台頭たいとうした、と言う歴史学者も居るのも無理からぬと言ったところか。




 そのような事を考えていると、歓楽街の中央通りに辿り着いた。

 目的地の青い壁の建物はすぐに見えてきた。玄関の扉は紅く塗られ、相変わらずいかがわしい感じをかもし出している。

 通りを挟んだ向こう側に渡ろうと左右を確認し、馬車が通過して行くのを見守っていると、歩道の方から誰かが自分を呼んだような気がした。


 ぱっかぱっか、ごろごろごろ……そんな馬蹄と車輪の音に隠れて聞こえなかったが、確かに名前を呼ばれたようだ。


「──レギか?」

 俺は振り返り、その声の相手を確認する。

「ぉや、あんたは……」

 見覚えのある顔。それはかつてシンの闘技場で剣の稽古をつけてくれた傭兵のシグンだった。

「シグン。久し振りだな」

 俺がそう言うと、相手はいぶかしむような顔をする。

「おまえ……本当にレギか? なんだか少し見ない間に──雰囲気が変わったな」

 勘の良いシグンは外見的な変化と言うよりも、魔神や死導者グジャビベムトの力を得て変化した、俺の霊的な感覚をとらえているようだった。


「まあ、あれ以来いくつもの危険を乗り越えてきたからな。たぶんその所為せいだろう」

 俺は適当な事を言ったが、彼は一応の納得を見せる。

「そうか──そうだな。体つきもだいぶ剣士らしい物になっているし、その所為だろうな」

 シグンはそう口にしながらも、なにやら腑に落ちないものを感じているのを隠そうともしない。あるいはそもそも、そうした感情を隠すという事をしてこなかったのだろう。

 剣闘士であり傭兵でもある彼は、戦い以外の感覚は無粋で、明け透けな冒険者の感覚そのものなのだ。



 思わぬ再会に驚き、俺は娼館に向かおうとしていた事も忘れて、手練れの戦士であるシグンがしばらく見ないうちにまた、一回り強力な戦士になったのを見て取った。


 彼はこれから冒険か護衛に出るような格好をしていた。

 金属の肩当てに胸当て、革の籠手を身に付けていたのだ。


「護衛の仕事でも受けたのか?」

「ああ、これか。──実はギルドの方から直々(じきじき)に依頼がきてな。なんでも南西部にある未踏の地の探索をするとかで、多くの冒険者や戦士を駆り出しているようだ。

 これから都市グァネイダに向かい、そこで集められた連中と合流し、いくつかの班に分かれて広範囲を探索、拠点の設置などをするらしい」

 俺はそれを聞いて戦士ギルドの受付嬢から聞いた話を思い出した。シグンはその依頼を受ける事にしたらしい。

 戦士ギルドの荷車を護衛しながらグァネイダに向かうと説明する。


「そうか。南西部にある禁足域は危険だと聞いている。調査隊に加わるなら、湿地帯と死霊に注意する事だ」

「ああ、それはギルドから聞いた。──なにか知っているのか?」

「いや、なにも」

 あの辺りの地形にそこそこ詳しいだけだと説明し、彼の無事を祈ってやる。

「まあ大丈夫だろう。かなりの数の調査隊が編成されるようだからな」

 俺たちは互いの拳をぶつけ合い、そこで別れた。




 大柄な背中を見送ると、俺の中のなにかが──そう、胸騒ぎのような感覚を覚えた。だが、それがなにを意味するか考えても、答えは見つからなかった。

 その感覚が、俺の中に影響し始めた光体アウゴエイデス(上位霊体)が反応を示したものだと理解したのは、かなりあとでの事だった……




 荷車などが通る大きな通りを渡って「煉獄の蒼い館」へ向かう。

 別に一晩のお遊びを目的に行くのではない。なんとなく──ライカという女の事が気になっただけだ。

 一夜の悦楽の相手として選んだ相手に過ぎなかったが、彼女との経験は──俺の幼さ、未熟さなどと向き合うきっかけを与えてくれたように思える。


 娼婦として様々な人間を観察──あるいは多くの人生を眺めてきた彼女にとって、自分はどのような男として見られていたのだろう? これから会おうという時になると、そんな事が気になりだした。我ながら弱気な事であるが、もしかして忘れられているかもしれない。そんな風にも考える。

 まあそれでも構わない。

 自分はいつか誰の記憶からも忘れ去られるような、そんな予感じみた思いも抱いている。


 それは俺が、魔神との関係を有し、天上の存在からもつけ狙われるような立場になったからなのだろう。

 異質な不安の感情は、無意識の奥底からあふれ出る、上位存在への本能的な忌避反応のようなものに思えた。

 それが自身の不信心からくるものなのか、それとも自分を敵として認識された事に対する単純な恐怖なのか。それすらも判然としないが。


 上位存在との駆け引きをするという、綱渡り的な感覚。

 力への渇望よりも、物事の真理への到達を夢見ていた若かりし頃の想いが蘇り、俺の足を踏み出させる。──危険な魔導の探求の道へと。

 そしてその多くの目的が達成されつつある。

 今やその一部に手がかかり、光体アウゴエイデスを持つまでに至ったのだ。


 魔術の修練に励みながら冒険者の道へと進み、実りの少ない冒険と探索の日々を過ごして──初めて訪れた幸運。それが魔神との接触だとは。



 この世に数多あまたの宗教があり、神の名をいくら信者の心に刻もうとも、彼らは決してその神と出会う事はない。

 人間に近い領域に存在する神など、魔術や魔法の力の根源となる古代の神々や、幽世かくりよひそうつろな神以外に存在しないのではないか。

 それらは多くの人間にとって危険で邪悪な存在か、人間などに興味のない、世界から隔絶した上位存在くらいなのだ。

 人間を守り導く、世界を創り出した創造神など、人の作り出した幻想に過ぎない。


 その事を多くの魔術師は理解している。

 いかなる神であっても、自らの知性や理性を軽んじる者の魂を、彼らの目が捉える事は決してありはしないのだと。

 ただ自然摂理に従う獣と変わらぬ生き方を選択する人間など、彼ら(上位存在)には──動物と区別がつかないのだ。


 上位の霊的総体に従う振りをして、ただ天上の神を敬おうとするだけでは、それは無意味な妄信に過ぎない。宗教教義ドグマの問題点はそこにある。

 それらは決して「神の言葉」などではないのである。


 地上に神の国を創造するだの。神の足下で人間の秩序を守護する神の意思だの。それらは宗教家が作り出した幻想に過ぎないのだから。


 中には上位世界を垣間見た魔導の先達によって書かれた文書を利用して、教義に取り込んだものもあるし、明らかに魔術儀式の意味を含んだ礼式などを勧める宗教もある。


 それらはある意味では、半端に魔術や魔導の奥義に迫ろうとする精神の表れのようなもので、それを受け取って真摯しんしに取り組んだ結果、上手い具合に()()()()()をする者も現れるだろう。


 だが表面的な信仰心に留まる者は、たいてい魔術の危険な領域に足を踏み込んだだけで、その精神的な傾向を無意識の危険な影によって汚染されてしまう。

 精神世界に渦巻く罠のような闇の存在は、神が用意したものか、はたまた邪悪な存在の手の者によるものかは知らないが、半端者の魂を精神の暗闇に引き込む事にかけては、一級の技術者なのだ。

 生半可なまはんかな知識で無意識の領域に踏み出せば、自らの影と対峙して、弱い精神は自らの中にある負の側面にぶち当たり、たちまちその場から逃げ出そうとしてしまう。

 そうなれば彼らは魔術師(くず)れがそうなるように、一昔前なら「黒魔術師」と呼ばれるか、「邪悪な霊にかれた者」などと呼ばれるようになる。


 世界にわざわいもたらす霊的な腐敗。

 人間の精神にある深淵しんえんは、明らかに動物的な魂とは異なり、人間的な精神にのみ存在する、危険な罠そのものなのだ。

 一度そこに落ちれば、真実の自己に触れる機会を消失し、とどのつまりは精神の薄暗い闇に取り巻かれて、自分の本質を見失ってしまうのだ。

 そうした連中にとって神を盲信する事だけが、失った自分の影を追うような動機付けを与えてくれるのだ。


 そこには確かに「救い」のような感覚があるのだろう。

 失った自己を取り戻せそうな、そんな希望がいつまでも蜃気楼のように遠くにあり続けるだけなのだが。──それはあくまで影を追い駆けるだけの作業であり、精神の本質に気づかなければ、永遠にその影(見失った自己の本質)には届かないのである。

簡単に言えば、精神の闇にある「自己との対決」から逃げた者は、現実世界で周囲の人間に悪意を振り撒くような精神状態になる。そんな感じの事です。


次話から更新が難しくなりそうです。

毎週投稿は無理かもしれませんのでご理解のほどお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] ご多忙お疲れ様です、更新は楽しみにお待ちしていますが、無理な更新は絶対にダメです。 最近インフルエンザが流行っていますので、ご注意ください。
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