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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十三章 故郷の立て直しと交易路

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街への帰還。ベグレザからの手紙

 その巨大な影は熊に違いなかったが、頭部にある物はくちばしを持ったふくろうの物に似ていた。

 俺は一瞬──その姿形を見て、魔神アーブラゥムを思い出した。……だが、目の前に存在するその梟に似たものからは、の魔神とは決定的に違った気配を感じる。


 頭の片隅、記憶にあるその姿。

 魔神アーブラゥムは、自らが神々の膝元から堕ち、魔神となった事すらもどうでもいいといった感じでいた。

 それはまるで、彼の金属の足に犬が寄って来て小便をひっかけたとしても、彼にはどうでもいい事だと言わんばかりに、まったく興味のない素振りを見せていたのだ。

 そんな魔神からは敵意などまったく感じなかった。


 ところがいま対峙しているこいつからは、肌に突き刺さるほどの敵意を、殺意を感じている。

 張り付くような視線。青色に光る不気味な眼球がこちらを睨んでいる。


「ほぉ──ぅ、ゥウ、ぎギギッ」


 嘴から嫌な音が漏れ出す。

 そいつは翼を広げた──そう見えた。

 だがそれは翼ではなかった。巨大な二本の腕。

 熊に見えたその大きな影が数本踏み出して来ると、その全貌がはっきりと見えた。

 熊に見えた影は──梟だった。少なくとも部分的には。

 そいつには嘴があり、翼は無かったが。その頭部は梟に似ており、大きな目玉が特徴的だ。しかしそれはただの嘴ではなく、凶暴そうなわにを思わせる牙がびっしりと、嘴から覗いている。

 頭部の横から隆々とした筋肉が盛り上がり、灰色の皮膚をした太く長い腕が生えていた。

 それは梟と大猿を掛け合わせたような化け物だった。大猿、熊、梟。これらの合成獣みたいな奴だ。


 不格好なそいつは大きく口を広げると、早朝の冷気の中に響く、甲高い咆哮ほうこうを発した。


「ビョワアァアァ──ォオオゥゥ」


 異様な鳴き声。聞く者の耳を通って鼓膜を揺らし、腹の中を掻き乱すみたいな咆哮。

 けたたましい叫び声を上げたそれは、大股でずしん、ずしんと駆け寄る。

「どずんっ」

 広げた腕を地面に叩きつけ、手に付いた鋭い爪で俺を引き裂こうとした。

 そのまま前進し、俺に体当たりするように突進して来る。


 それを横にかわしつつ、剣の切っ先で奴の毛皮におおわれた腕から肩までを引き裂いた。

「ギュルルッ」

 苦痛の叫びを上げ、くるりと反転する──その動き。熊というよりは猿に近いだろうか。素早い身のこなしで、背面に回り込もうとする俺の動きに対応してきた。

 大きく腕を薙ぎ払い、長い爪が空気を引き裂く。

 かなりの速さ──だが、こんな攻撃は恐れるに足らない。

 空振りしたあとの隙を突いて首筋に魔剣を叩き込み、動脈を断ち斬るように切り払う。

 その獣──魔獣の首から真っ赤な鮮血が噴き出す。


「バァォオオォッ!」

 魔獣が咆哮する。

 苦しまぎれに振るってきた腕を躱し、腰を落として剣を薙ぎ払った。

 硬い毛皮に覆われた腹部を断ち斬り、深々と内臓を切り裂く一撃。

 梟熊の魔獣が前のめりに倒れ込んだが、まだ動いて立ち向かおうとする。


 俺は奴が立ち上がろうと四肢ししを踏ん張った瞬間、その首辺りを狙って魔剣を振り下ろした。

 鈍い手応えを感じ、筋肉に守られた太い首筋を骨まで切断する。

 地面に叩きつけられるようにして、梟熊が地面にし──そのまま動かなくなった。




「なんなんだ、こいつは」

 こんな猛獣は見た事がない。

 魔獣に違いないが、いったいどこから現れた?

 森に生息していた所為せいで、今まで発見されなかったのだろうか。

 全身を覆う筋肉。硬い毛皮。鋭い爪。

 それらは単に強力な獣のそれだが、並の冒険者や市民には、十分に危険なものだろう。

 あれだけの速さで襲って来たのだ。追われる立場になれば逃げる事はまず不可能だ。


 ならば戦うしかない。

 そうすれば、並の戦士などでは歯が立たない。

 剛腕に強靭な脚力。硬い表皮。生物としてかなり強大な力を持った相手だ。

 物体調査などで詳しく調べてみると、やはり魔獣に類する存在であると判明した。しかし──このような姿の魔獣など聞いた事がない。

 ピアネスに生息する魔物はおろか、多くの土地に出没する猛獣や魔獣、亜人から魔物に至るまで、多くの危険な存在の情報を集めたはずだが……


「やれやれだ」

 俺は梟熊の死骸を調べ、口の中を見ると、嘴の内側には爬虫類に似た別の口があった。奇怪な構造はいかにも魔物じみており、俺はその魔獣の爪を剥ぎ取って持ち帰る事にして、村へ向かう道を歩いて行く。


 馬は半狂乱になって駆け出して行ってしまった。おそらく勝手に村まで戻っているか、どこか道なき道を進んで迷子になっているだろう。

 俺はあきらめてとぼとぼと、わずかに残るわだちを進む。──狩人の使う荷車の車輪の跡だろう──



 どれほど歩いただろうか。

 遠くの空から日が昇り、広野を暖かい日差しが照らし出す頃に、遠くからこちらに向かって来る馬の姿が見えた。

 怯えて逃げ出した馬がとぼとぼと、まるで俺の姿を真似しているみたいに歩いている。

 こちらの姿を確認すると馬は立ち止まり、首を上下に動かしながら駆け寄って来た。

「なんだ、一匹になった途端とたんビビって戻る事にしたのか」

 俺は馬の後ろ足を撫でながら声をかける。

 馬は鼻を鳴らして応えた。だいぶ俺に懐いているらしい。


 再び馬上の人となると、俺は日の光を浴びながら村までの道を戻って行く。




 ちょうど村人たちが朝の仕事を始めた頃に村まで戻って来た俺は、交易路を作る予定の場所を確認した事を告げ、あとは資材や人材などを集めたら、作業に取りかかるよう指示する。

 もちろん大雪で身動きが取れなくなったら来年まで休む事になるが。

「その間は村に建てる建造物や壁を整備するように」

 職人たちの監督者に告げ、俺が遭遇した謎の魔獣について尋ねてみた。


「梟に似た頭を持つ熊……? なんです? そりゃ」

「ついさっき、森の近くで襲われたんだ。できれば死骸を──頭部だけでも戦士ギルドに届けてやってくれ。毛皮などは村の預かりにしても問題ないだろう」

「そんな大きな魔獣が出ただなんて、武器も調達しておかないといけませんな」

 足の速さについても説明してやったが、監督者は半信半疑といった様子で聞いていた。──というか、そんな化け物が居るなんて信じたくない、といった感じか。

「ひとまず、今後の予定を確かめておこうか」


 朝食を食べながら俺と監督者は交易路と、そこへ繋がる道の整備およびとりでの建設などについて具体的な話を進める。

 資材などはある程度集められているが、まだまだ足りない。

 村の中にある作業員宿舎や倉庫も確認し、新たに必要になるであろう物資などについて検討し合う。

 交易路を通す山間部へ続く斜面。その下に資材置き場を造り、作業員が泊まり込む宿舎も建てる予定だ。

 そうした事も確認し、いつでも資材を投入できる形にしておく。



 そんなこんなで俺は二日間を、このボアキルソの村で過ごす事になった。

 聖域については黙っておいたが、土石流で運ばれてきた精霊獣の石像を、交易路の坂道の始まりに設置するよう取り計らった。聖域の力の一端でも授かり、道を建設する者たちを守ってくれるように。



 二日後にブラモンドの街へ戻って来た。

 ブラモンドから資材などを運ぶ荷車が頻繁に街路を行き来する。

 館に帰ると、アルマがほっとした様子で俺を迎えてくれた。

「無事だったのね」

「ああ、見てのとおりだ」

 アルマは夫のクーゼと共にエンリエナを補佐し、今では館と、街にあるいくつかの店舗を行ったり来たりしながら仕事をしている。


「クーゼは?」

「ドレクァ、バドフ、ミンゼール。各町に交易路の話をして、作業員をボアキルソなどに送るよう手配しているわ」

「そうか」

 他の町や村にもつかいを送り、商家や貴族には融資をつのっているそうだ。──交易路が作られれば、将来的には自分の利益になるのである。


「それよりも今日、ベグレザの方から手紙が届いたそうよ。エンリエナさんのところへ行って、話を聞いてきて」

 そう言われ、俺は他にも予定があったが、まずは義母エンリエナの元へ向かう。

 彼女も懸命に領主としての職務に励んでいるとの事で、褒めてやってくれと言われてしまったが、そんな言葉をかけるほど親しい関係とは言えないのだ。


「どうぞ」

 ドアを叩くと義母の声がした。その声はどこか、以前の意気消沈した様子とは違って、張りのある、力のこもった声に聞こえた。

「戻りました。──ベグレザの方から手紙が届いたそうですね?」

 俺はさっそく核心に話題を振った。

「ボアキルソの方はどうでしたか?」

 ところが義母は、話を俺が活動してきた方へとかじを切る。


「別にどうという事はありません。危険な化け物とちょっとした立ち回りがあったくらいで」

 すると彼女は「それのどこが『ちょっとした』なのか」、という表情をする。

「怪我はしていませんね?」

「問題なく」

 母としての心配、という事だろうか。

 まあ、ボアキルソで起きた事を逐一報告したところで、誰がそれを信じるだろう。


 精霊をまつる古代の聖所で魔神の力を持った蜘蛛妖女と戦い、その最中に精霊界に侵入してしまい、精霊の騎士と剣を交え、精霊の王と対話した。──などと。……まるでおとぎ話だ。

 黙っておくのが一番。


「ともかくボアキルソ村には多くの職人や作業員が集まりつつあり、いつでも交易路の建設にかかれます。──それで、ベグレザから手紙が届けられたと聞きましたが」

 そう言うとエンリエナは机の引き出しから一通の書状を取り出し、こちらに差し出した。




 手紙には交易路の建設にベグレザ国も協力する、という返答が書かれていた。向こうの国でも今回の提案には価値がある、と考える者が多かったようだ。

 ベグレザの辺境地に繋がる交易路を建設するので、その領地の領主から手紙が届けられた。

「バクシルム領」の領主から届けられた手紙は丁寧に「申し出を受け入れる」むねが書かれ、もし良ければベグレザの中央都市「アベレート」で会合しないか、といった事が書かれていた。

 首都のザンブロアージェは、ベグレザの中央より若干じゃっかん北寄りの為、南に位置するアベレートの方が、エブラハ領から来るには近いと判断したのだろう。


 互いの官僚を顔合わせし、両国に良好な関係を築くいしずえになれば、そのような内容。──この手紙をしたためた者は、かなりの良識を有した人物なのだと思われた。

 手紙の最後に記された名前を見て、俺はその名に見覚えがあったが、すぐに記憶の中から特定の人物を思い出す事ができずにいた。


 ケディン・ベウル・ソルディウス。


 そこにはそう署名されていたのである。

ケディンの名前を覚えていれば、なんとなく展開が分かるかも(笑)

ベグレザへの旅はあまり長くならないように、そう思いつつ書いたつもりでしたが、結構な話数になったかも……



『蛇は卵を呑む』というアーヴィスベルの街で起きる出来事を書いたお話を投稿します。

悪名轟くブラウギール国にある「犯罪都市」など数々の異名を持つ街に来てしまった少年の話。

この『魔導の探索者レギの冒険譚』と直接の関係はありませんが、関係者やアーヴィスベルでの事件については語られる事になります。

三人称書きですが、よければ目を通していただきたいです。(ハッピーエンドではありません)

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― 新着の感想 ―
[一言] 馬も本能的に「レギの傍が安全」と悟るのでしょうかね?。
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