遺跡の痕跡
交易路を通す道の確認をし、山の中にあると思われる遺跡を探そうと冒険するレギ。
あくまで狙いは蜘蛛妖女だが……
馬の息が白くなりはじめた。
かなり長い間早足で街道を進んでいた所為で、体内の温度が上昇してしまったのだろう。
風は吹いていないが、外気は冷たく張り詰めており、思うように移動する事はできずにいた。あまり速度を出すと寒く、馬にも負担をかけてしまう。
休憩を挟みながら昼食を取り、たまにすれ違う荷車などに挨拶されながら、広大な草地の広がる土地を進んで行った。
分かれ道の近くに砦が建設されつつあった。
そうした手配をしたのも新領主のエンリエナと俺なのだ。
作業員はそれほど多くなく、ここに砦が建つのはまだまだ先になるだろう。
滑車や足場を組み立てて石造りの壁を構築している横を通り過ぎながら、暗い色に変わっていく空を見上げ、馬に急ぐよう腹を蹴る。
そうした作業員の中に、冒険者の姿もあった。
それを見た俺は思い出した。──スキアスの護衛として雇われていた傭兵たちの裁判の事だ。
領地の拡充を計画する作業の合間に連中の裁判をおこなった。……裁判といっても簡単な処罰の勧告をするだけのもので、市民の中でもある程度の地位にある者たちだけでおこなった。
彼らに恨みを抱いている市民も居るらしかったが、彼らから話を聞いていた者たちが間接的に彼らの悪行について説明し、それをいく人かで罪科を決めた。
もちろん傭兵たちの言い分も聞いた上で量刑を決定するのだが、ただ罰を与えるよりも、彼らの技や力を、今度はエブラハ領の為に使うよう考えた。
「君らはエブラハ領内での亜人や魔物の討伐を中心とした任務に就いてもらう」
こう言うと数名の傭兵から不満の声が漏れた。
「そうか。なら獄中で三年ほど過ごす方がいいか。この領の獄舎は粗末で、冬場は凍死する者が出るらしいが……」
俺が不満を漏らした傭兵にそう言うと、彼らはしぶしぶと俺の下した量刑を受け入れた。
もしこの刑罰から逃げようものなら、戦士ギルドに彼らを罪人として訴え、犯罪者として追われる立場へと転落する事になる。
今では彼ら傭兵たちはエブラハ領の中で、町や村の安全を守ったり、荷車の護衛をしたりする仕事に就いているのだ。
ボアキルソ村は土の壁と杭などで作った壁に囲まれていた。亜人や獣などを警戒しているのだ。
子供の頃に来た事があるはずだが、懐かしいといった気持ちは湧いてこなかった。なにしろ一度来ただけの小さな村の印象だ。子供の記憶にしっかりと残っているはずもない。
こんな閑散とした村だが、村の住人たちも村を守る為に戦うのである。中には冒険者だった者も居る。なにしろピアネスの流儀的に冒険者になる素地が備わっているのだ。
農民の家に生まれた子供は農家を継ぐものだが、子供が多く生まれた農家では冒険者などになって、ピアネスの中で活動をするよう教育されているのである。
それが国家の意思であり、その為に戦士ギルドが利用されている。──農業以外で稼ぐのにもっとも単純な方法は、戦士ギルドに登録し、害獣狩りや魔物討伐に参加する事だと教えている訳だ。
ピアネスが亜人などの脅威から比較的安全であるのは、こうした配慮がなされているからだ。
ただ──辺境のエブラハ領の、さらに最奥地である僻地までは、なかなか人が入り込む事はない。現在でも西から北側にある山岳地や、その麓に広がる荒れ地には、未だになにがあるのかはっきりとしない未踏の地が広がっているのである。
いずれは冒険者に依頼を出して探索させたり、あるいは市民との共同作業をおこなって、新たに人の住める土地へと開墾していく必要があるかもしれない。
噂ではエブラハ領の北西から西側には未知の遺跡がある、などという話も聞くが──はっきりとした物証を確認した訳ではないので、本当かどうかは分かっていないのだ。
村の入り口に来ると、村人と共に数名の作業員らしい男たちが広場に集まって、荷車から物資を降ろしたりしているのが見えた。
汚れた石の壁に泥を塗って防寒対策をした家々に倉庫。そんな建物の他に、新しく建てられた大きな石造りの建物があった。
それが将来交易路を造る際に土木作業員らに使われる居住棟となるのだ。
交易路が完成すれば、そこは宿屋として使われる予定になっている。
「領主様」
と、俺に声をかけてきた男が居た。
「領主じゃない。領主補佐だ」
男の言葉を訂正しながら俺は馬を降りた。
「厩はどこだ?」
「こちらへ」
男はそう言って新しい建物に馬を引いて行く。
男はここでの作業を指示する監督役の任を受けており、俺が来る事は伝えられていたのだ。
話を聞くと、民衆の半数近くは未だに、俺の事を新しい領主だと思い込んでいるという事だった。
「それは誤解だ。あくまで俺は領主の補佐をしているだけだ。──周知しておくように」
そう言われても男はあまる真に受けたようには見えない反応をする。……もしかすると、いずれは俺が領主になるのだろうと思っているのかもしれない。
俺は溜め息を一つ吐き、白い息が出るのを確認すると、改めて山に近づいた事と、夕暮れが近づいた事による気温の低下を感じ始めた。
作業員の居住棟の中は暖炉で暖められていた。
俺はその内の一つの小部屋を借り、荷物を置いてこの村の様子を監督者に尋ねた。
「農業──小麦を中心に、ほそぼそと畑に玉葱や甘藍などを育てている生活ですね。中には羊や鶏を飼っている者も居ますが」
「交易路の建設についてはどんな反応だ?」
「あまりぴんときていない様子でしたね。ただ、あの山間部に人が立ち入る事はないので、安全を保証しないと、村人たちが建設に協力する事はないでしょう」
「それは問題ない」
冒険者を雇い入れて山の中に居る危険な生き物などを狩り出す予定だ。
「南の山のツーム山にはこの村の猟師は近づきたがらないのですが、北側のコーグ山の麓には、猟師が使う木造の小屋が建っています。山に向かうなら、そこには馬小屋もありますので……」
そこを拠点に使えという事か。
「他に変わった事はないか?」
そう尋ねると男は「う──ん」と考える仕草をして、はっと思いついた顔をした。
「そう言えば、数ヶ月前に大雨があって、山から奇妙な物が流れて来たと話す村人が居ました。なんでも森の間を濁流が流れ、土砂などが集まってしまった場所があるとか」
興味を引かれた俺は、夕食前にその村人と話してみようと思い、その男に会いに行く事にした。
村人は広場で荷物を倉庫に運び入れる作業を終えて、木製のぼろい椅子に腰かけていた。
「へえ、領主様」
「領主ではない、領主の補佐官だ」
再び別の相手に説明する事になった俺は簡潔に言った。村人は信じていない様子でまた「へえ」と返事を返す。
「土石流に流されてきた物とはどんな物だ?」
「どせきりゅう……? ──へえ、山から流れてきたきったねえ黄土色の、泥の川でございやす」
言葉が分からなかった男に、俺は山から流れてきた物について言葉を変えて尋ねた。
「あれがなんだかって、それはあたしにもわかりやせん。……ただそれは人の手が作り出したもんだってのはわかりやした」
そう説明しながら、大きな石像らしい物がと説明する村人。
なんでも大きな獣の上半身みたいな物が黄土色の泥の中から突き出しており、見た事ない大きな頭部をした獣が、口を開いて威嚇している石像だった、と男は説明する。
俺はその場所を聞き出し、明日の朝にでも確認しようと思った。
それが遺跡があったという証拠になるかもしれない。
その物体は北にある山「コーグ山」から出た物ではないか、と村人は説明し家に帰って行った。
南側の「ツーム山」との間に交易路を造ろうとしている近くで、未確認の遺跡があるかもしれないというこの情報には魅力を感じた。
自分の過ごした故郷に未知の歴史が隠れているかもしれないのだ。
明日から数日間山の中を探索する準備をし、夕食を食べると、いつもの魔術的な研究をし、眠りについた。
* * * * *
目覚めたのはかなり早い時間だった。
あいにくとここは宿屋ではないので、朝食は当番の作業員が担当した料理が出された。──それは固いパンと塩漬け燻製肉と、簡素な汁物という素っ気ない料理であり、味付けもままならない代物が出された。
(自分で作るべきだったか)
そんな感想を抱きつつ身支度を済ませると、馬に跨がり、昨日聞いた土石流が流れ着いた場所を探す。
濃い茶色のズボンに灰色の上着。
新調した籠手と革鎧は、軽くて硬い合金製の金属板を内側に仕込んだ。──この金属板はルシュタールで最近開発された新しい金属で、なんでも亜鉛を含んだ素材らしい。
この金属に新たに獲得した錬金術を駆使し、魔法による強化を施した。
軽い防具に身を包み、馬の背から周囲の景色を眺める。
空にはゆっくりと流れる白い雲。
地面にはところどころが枯れ草色をしていた。
瑞々しい緑色が覆っている場所もあるが、一部の草は冬を前に枯れ、土に還ろうとしている。
山の麓へと近づいて行くと森が近くに見え、川や池が目につきはじめた。
森と森の間に黄土色の地面が剥き出した場所があった。黄土色の土からなるコーグ山から土石流が流れた跡だろう。
地面がえぐられ、茶色い土とまばらに生えた草の中を黄土色の溝ができていた。相当な量の雨が山の斜面を崩落させ、森を削り取るほどの勢いで流れ出た跡だ。
森から広がるようにして黄土色の泥が堆積している。
地面を削り取った流れは、丘と岩場のある場所で横に進行方向を変えたらしく、丘の手前にあった岩場に大量の土が流れ、黒い岩を飲み込んでいた。
俺はその場に馬を走らせた。
適当な場所にあった木に縄を巻いて馬を繋げると、黄土色の土が堆積している場所に歩いて行く。
村人が言っていた石像はすぐに見つかった。
黄土色の地面から突き出した灰色の石像は、なんらかの獣を象った造形をしており、あんぐりと口を開いていた。
頭には折れて短くなった角らしき突起が残っている。
顎の下に垂れ下がった山羊髭が首にまで繋がっていた。全体的な造形は魔物に似ている。獣と爬虫類がかけ合わされたような見た目をしているのだ。
(背中の部分を確認してみるか)
盛り上がった地面に上り、乾いた土を落ちていた棒切れでこそげ落としていく。
石像の背中にかかった土を取り除いていくと、そこには模様が浮き彫りにされていた。
「なんだ? この模様──いや、文字か?」
絵柄とも文字とも思える奇妙な意匠。それに近いものをどこかで見た気もするが、あまりに見慣れない複雑な模様について考えを巡らせているうちに、石像の腹部が確認できるくらいまで掘り出してしまう。
山羊髭の一部が喉から胸元まで覆っている奇怪な獣は、異質な見た目とは違ってなにやら神秘的で、神聖な印象を受ける姿をしている。
前足の先には猛獣の足を思わせる爪が生え、胸元から腹部にかけてだんだんと細くなっている様は、狼や犬に似ていた。
背中や脇腹には不思議な模様が彫り込まれ、それがこの石像に神聖な獣のような印象を持たせているのだ。
下半身まで掘り出してみたが、後ろ足は二本とも折れてしまっていた。どうやら二本足で立っていた物らしく、おそらく台座から引き剥がされるようにして土石流に飲み込まれてしまったのだろう。
かなり硬い石材を加工した石像は緻密な彫り物がされていて、高度な技術を持った彫刻師が造った物だと思われた。──いったいどのような文化の遺跡だろうか。
彫り込まれた模様について考えていると、一つ思い当たる物があった。……それは古い時代の──おそらく古代の──精霊信仰を源流とする魔術に関する図柄だった。
今までの冒険で登場した名前がまた登場するこの章。
まだ始まったばかりですが、風景描写多めですみません。
匂いまで感じられる文章でありたい。そんな想いがあるので。




