世俗の価値を超える魔導
またしても魔導に関するうんちくが……斜め読みでも構いませんが、人間形成に関わる問題でもあるので、いくつかの言葉は大切にしてほしい。
朝になり起き上がると、隣では毛布にくるまったアゼルの姿があった。魔剣を手にして天幕の外に出る。──日が昇ったばかりの天幕の間で、これから朝食の支度をしようとする者たちが忙しなく動き回っている。
俺は朝の挨拶をして人の居ない場所で剣を振り、早朝の訓練を始めた。──昨日の手応えを思い出しながら心象の中で人型の魔物と戦う。伸ばしてきた腕を斬り落とし、踏み込みながら喉を狙う。
腹部を薙ぎ払いながら横に回り込み、回転しながら剣を振り下ろす。
囲まれた時にどのように相手に攻撃させる機会を減らし、こちらの手数を増やすか。その確認をしながら剣の扱いを体に覚え込ませる。
魔術の領域でも訓練はおこなえるが、実体でも再確認をする習慣がついているのだ。
訓練の最後に踏み込みながら鋭い連続攻撃を打つ。一瞬で五回の攻撃を二連続で、左右の足を使った二度の踏み込みから繰り出す速攻。
攻撃後間合いを取るのも忘れない。
──おそらくだが、この連撃を受けきる戦士など数えるほどしか居ないだろうが。万が一、回避された場合も想定する。
(シグンのような奴が相手だと、深手を負わせられなければ反撃してくる危険がある)
下手をすれば片腕を斬り落とされたとしても、あの傭兵剣士ならば──残された腕だけで反撃してくるだろう。
一戦一戦に全力を投じる覚悟を持つ本物の戦士とは、己が死ぬまでは決して戦いを止めようとはしないものだ。
戦士の誇りをかけた一騎打ちなら大人しく敗北を認め、首を差し出すかもしれないが。
「すごいな」
その声はアゼルだった。
離れた場所から見ていた級友の私兵も、驚いた表情をしてこちらを見ている。
「ああ、起きていたのか」
「いつの間にそんな剣技を身につけたのか。これは一度、手合わせをお願いしないとな」
「領主になっても剣の稽古を続けているようだな」
俺はそう言いながら剣を鞘に納める。
「それにその剣は……魔法の掛かった剣か」
見せてみろという感じで手を出すアゼルに魔剣を手渡す。
「これは……業物だな。かなり古い時代の武器のようだが」
鍔や柄頭を見て、青い光を反射する刃を見る。
「これほどの武器を持った冒険者なら、一流の冒険者と言ってもいいのではないか?」
などと言いながら魔剣を返す。
「仮に俺が一流の冒険者だったとしても、それを誇らしげに語ると思っているのか?」
確かにな、そう言うと「王都にある別邸で相手をしてもらおうか」と口にするアゼル。
かつての学友の成長ぶりに触発される想いがあったのか、俺と闘う事に前向きな様子を見せる。
「やめておけ、痣を作って泣きを見るのが落ちだ」
そう言うと「こいつ……」と俺を肘で打つ。
そうこうしているうちに食欲をそそるパンの焼ける匂いがしてきた。
見かけは冒険者の一団だが、中身は貴族とその護衛。
用意された朝食もなかなかに凝ったものが出された。
馬鈴薯を蒸して潰したものに乾酪を溶かし混ぜ合わせ、焼いたパンや腸詰めを小さなお椀型の器に盛りつけている。
「コッテーロか。貴族でも朝食に食べるんだな」
「もちろんだ。故郷の味とでも言うべきか。……とは言え確かに貴族連中は、こうした料理を食べなくなりつつあるらしい。作ったとしても乳脂を入れたものを作るんだ」
「へえ、それは確かに旨そうだな」
棒状に切ったパンで掻き混ぜ、とろりとした乳白色の具を付けて食べる。これは牛の乳から作った乾酪だったが、エブラハ領の方では羊や山羊の乳で作った乾酪を使用する。
学生時代の探索活動でもこれを食べた思い出がある。アゼルと共に戦士ギルドの活動をおこない、亜人や獣を討伐したりした。
その懐かしい記憶を呼び覚ましているのは目の前に居る男も同じようだ。どことなく懐かしそうに食べている。
干し葡萄を混ぜ込んだパンなども出され、それらに手を付けながら、今日の昼前には王都ベギルナに着くだろうとアゼルは言った。
俺たちは朝食を食べると支度をし、すぐに旅立つ。
荷車に乗り込みいくつかの分かれ道と、町のそばを通過する 騎馬を駆る護衛に守られた荷車は無事に街道を進み続けた。
南西から西へと向かう街道の先に大きな灰色の壁が姿を現すと、街道を歩く人々を追い越して王都ベギルナに近づいて行く。
「もうすぐだ」
幌のない前方に壁が見えてきた。
大きく高い壁。
高い壁よりもさらに高い場所に、白亜に輝く王城が見える。高い丘の上に造られた古い城。
威厳と風格を持つ城はいつからか良質な金と銀が採掘されはじめると、その姿をがらりと変えたとも言われている。──俺は目にした事はないのでなんとも言えないが。
ここ数十年で様変わりしたのは本当らしい。
戦乱の時代を終えて戦争よりも自国の農業的、興行的発展を目指すようになった国々。そんな矢先に銀鉱山が見つかり、続けて金鉱山も発見された。
いくつもの金山が見つかると、貴族たちの生活は豊かになった。民衆にその恩恵が届く事は少なく、富を独占する領主なども居たようだが。多くの財を持っているが軍事的に無防備であってはいけないなどと理由をつけて、鉱山から採掘できる貴金属のほとんどは国の中央に集められ、中央集権の支配力増強に一役買ったのだった。
もちろん国王が独占するだけではなく、各貴族や領地にも豊かさが広まるようにと一部の金は学校を建設したり、公衆浴場や演劇会場などの公共施設を建造する資金に回されたが、国の隅々までそれが分配される事はなく。最近では金銀の産出量は右肩下がりなのだとも言われている。
富や力を一ヶ所に集めれば多くの場合権力者たちの腐敗の温床と化す。ピアネスもその例に漏れず、国の中央に集められた富は一部の人間にしかその恩恵を受ける事はなかった。
だからピアネスは、国全体としては文化程度が低いままなのだ。
一部の人間にだけ知識を持たせても、結局は国として成長しなければ国力は低いまま。
本当の国力とは市民の教養が高く、自国と自国の民──つまり同胞に対し愛着を持ち、これらの維持の為に力を尽くそう。という考えを自然と持つような人々の集団となる事ではないか。
回りまわって魔術師のような強力な力を持つ個人主義者の集まりが国家を形成したら、他の国よりも発展し、そして比較的早く凋落するだろう。
互いの目的が達成され、または昇華されれば──その集団は自然と消えていく。
あるいは互いに敵対的な関係に戻り、魔術や魔法を駆使した戦いの果てに国が消え去るか。
集団の調和とは難しいものだな。
少なくとも俺や異端の魔導師ブレラのような、自らを支配し制御する魔導師は己自身が「王国」となり、それを維持管理するのであり。他人と共存して生きるのは肉体的な部分に過ぎないのだ。
その精神は国家に属さないし、国民にもなり得ない。
ただの放浪者のような、偽装市民みたいなものだ。
──そう考えると冒険者などという連中もさして変わりはないな。国に属していると同時に、各国へ旅し自由気ままに生きている。
人民の目的が世俗のものかそうでないかというのは、国にとっては重要な問題となる。国というのは国民を支配する事で、そのありようを制御していると考えるものだから。
世俗の事柄に興味を持たぬ魔導師は、国の中枢に居る者にとって都合のよい道具か、危険な異分子のどちらかでしかない。
互いに利用価値がある間は協力関係にあるが、情勢が変われば魔導師は結局ひとりの個人でしかないのだ。──国を追われるのが関の山。
宮廷魔導師などと呼ばれる連中の何人が、本来の「魔導師」としての活動をおこなえているか、はなはだ疑問になる。
魔導師という曖昧な肩書は、宮廷という言葉を付け足しても、その曖昧さを払拭できるものではない。
「世俗」で言われている「魔導師」というのが本当に魔導師なのか、それは釈然としない。魔導師という言葉自体が曖昧な所為もあるが、そもそも魔導の探求者たる魔導師は、世俗との関わりをもたない場合の方が多いはずなのだ。
彼らの倫理観や活動は、世俗のそれとは決定的に異なるものだから。
異端の魔導師ブレラもその書物の中で、「国に雇われている魔導師が真に魔導師と呼べるかどうか、甚だ疑問である」と苦言を呈している。
魔導の目的は国家や個人の目的とは言えない。
根源的なものへの観想や回帰。それは個人の我欲を越えた──人類の、神への接近。
それはどうしようもなく個人的であり、同時に個人としての裁量を越えた叡智の門を潜るという、人類史の影の領域で刻まれた精神の限界の超克。
個人の生命や魂すらも犠牲にしておこなわれる、個人的でありながらすべての人間に対しておこなわれる自己犠牲的な、奉仕とも言える活動なのだ。──多くの俗人にはまったく理解できない戯れ言に聞こえるだろうが。
無学な魔術師ですらその事に気づいている者も居る。
最近は世俗の欲望に取り憑かれ、世俗的な名誉にばかり執着するような本来の魔術的な意思とは違う、愚かしい魔術師ばかりになったものだ。
──そうした考えはブレラもかなり若い頃に表明している。
その後かれは、いくつかの魔術系の学校に講師として在任しながら──いくつもの研究を経て、王宮に仕える魔導師として奉公する事を選んだ。
それは金銭的な自由を得て研究に専念する為だったのか、王宮の保管する秘匿蔵書を閲覧する権利を得たかったからなのか。──それについては書かれていなかったが、その後に書かれた書物の所為で彼は教会に目を付けられ、王宮を追放されたのである。
異端の魔導師はその後ピアネスの森に自分の館を用意し、ひっそりと魔導の研究をしていたのだ。魔神などとの関わりも持ち、己の意識を永続する方法を探りながら。
魔術師とは本音と建て前を使いこなし、なおかつ自らの肉を喰らってでも己の目的を果たそうとするものだ。
時には人の命を使い、そして時には己の命すら消費する。自己の意識を優先しながら、自我を切り捨てる事ができる。矛盾を許容できない精神では己の殻を破り、真に自由な意識を獲得する事はできない。
こうした魔術的意識を明確にしたのは、古くからある魔術書の多くを読み、それらに共通する意識の有り様を会得した──本当の魔術師たち。
中でもいくつもの禁書を残したレザヴィスの言葉は、今でも魔術師の間で継承され続けている。──表向きは「異端」に属するとされ、それらの考えを表立って披露する者は居ないが。
(そういえばレザヴィスの禁書を求めて、ブラウギールまで赴いた事もあったな。──見つけられなかったが)
己(自我)を捨てて本当の己(個我)を獲得する。
そう定義した古い魔術師たち。
魂の自由の獲得は神によって封印されているのではないか、そう説いた者も居る。
もしかするとそれは事実で、古代の事柄や、魔神などの上位存在に立ち入れない障壁があるのも、神々のそうした薄暗い思惑が関与している所為ではないのか。
魔導師の多くが神々よりも、魔神や邪神を頼りにするのは、そうした事情があるからだと考えられる。──神は我々の声に耳を傾ける事はない──
どの国の王侯貴族も、己の延命や生まれ変わりについて興味を持っているが、それを余人に与えられた魔導師など存在しない。
もしそれが可能になれば、いま目にしている白亜の城に居る連中がこぞって、その魔導師の下に押しかけるだろう。
権力者たちの願望と、名声を求める一部の腐った魔術師や魔導師。そうした連中によって魔神の力を扱う魔術や、不老の研究が未だに続いていると言われているが、レファルタ教のような宗教の広まりで少なくとも表立って、魔神などと関わりを持つ者は居なくなった。
魔導の技術は世俗の──世の理の中でも力を発揮するが、それが目的ではない。
魔導の神髄は世界や神々、そして人間の存在そのものを探求するところにある。
人間の精神や魂が神に接近し、それに並び得る力を獲得して、この世の摂理をも越えた存在へ近づく事。
魔神の力を獲得した俺には、その新たな道への展望が見え始めていた。
ここでは書かれてませんが金山の発見で豊かになったレギの故郷には、外部から急に入り込んできた勢力があります。それがレファルタ教です。宗教は金のあるところないところ両方に、別の形で入り込んでくる事で、その勢いが他のものよりも早いんですね。
次話は一風変わった人物も登場し、今までとは話の内容ががらりと変わった方向へ向かっている内容となります。




