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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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精霊の主

一日早く投稿。次話も明日の正午に投稿します。


今回の話で第十章「海を越えた先での死との邂逅」は終幕です。

 現世に戻った俺は、青空が眩しい世界へと戻って来た。大地は荒寥こうりょうとした黒い不毛の地だが、この島の火山が噴火する事はおそらくないはず。

 これからゆっくりと、気脈の力を取り戻したこの島は、自然の力によって再生していくのだ。

 この黒く塗り潰された大地。

 心なしか足下から伝わる地熱も、ほんの少し弱まった気もする。

 灰色の岩石が砕け、ゴロゴロと転がった歩きづらい場所を避け、できる限り高くなった場所を歩く。

 周囲を見渡すが、火魔精霊の姿はない。

 精霊が「巨悪」と呼んでいた化け物、魔精偽神を倒したからといって、急に魔精霊まで消え去るとは考えにくいが……


 森が見える場所まで来ると、遠くの空が少し赤く色づき始めた。ひゅうっと冷たい風が吹きつける。

「秋の深まりを感じる風だ」

 もうそんな季節になったのか? 北から南へ大陸を縦断し、季節を感じる感覚が若干じゃっかん狂ってしまったのかもしれない。

 森を抜けて集落に向かうより、森の近くを移動して、多少回り道をしてみようという気持ちになった。




 そう決めた時、それは突然に起きた。

 大地が揺れ、これから進もうとする先の地面、黒い溶岩から白い光が噴き上がったのだ。

「なんだっ⁉」

 眩しい光、その発光に驚き──俺は二、三歩さがった。

 光の中に現れたのは、一人の女性。

 白い薄絹の衣を身に着けた──なんとも場違いな姿の女。

 しかし俺は、その女からさらに二歩、後ろへ下がり、魔剣の柄に手をかける。


(この気配……! 上位存在──いや、高位精霊か⁉)


 殺気は感じないが、強力な力の波動を感じる。

 見ているだけで自分の平衡へいこう感覚が失われるような、そんな気にさえなる。

「あなたはいったい……」

 無意識に左目を隠すように手をかざす。

 魔眼が相手の気配に反応し、眼球の周辺にある筋肉が痙攣を始めたみたいに感じる。


「魔術師よ」

 それは先ほどの戦いの時に耳にした呼びかけだ。

 声色は違うが、風の選定者の体を使って呼びかけてきた精霊に違いない。

「お前は危険だ──忍びないが、ここで()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 その言葉は冷たく、容赦がない。

 殺気が放たれる事はないが、危険な圧力プレッシャーを感じる。

 俺はほとんど無意識に魔剣を抜き、自分の身を守る動きを選択した。──それは小さな生命体が、強力な捕食者を前にした時のような、破れかぶれの反応に似ていた。


「世界の為とは随分と大仰おおぎょうな。──それに、生命の根源をつかさどる精霊の主が命をむやみに奪い、その人間の将来を決定するなど、聞いた事もない」

 俺は武器を構えながらも、どうやればこの危険な相手から逃れられるかを思案する。

「……確かに。──しかし、お前のありようが危険な事に変わりがない。()()()()()()()()──あるいは、()()()()にすら滅びをもたらすであろう」

 その精霊は奇妙な流言を口にした。

 だらりと下げた両腕には敵意を感じないが、圧倒的な圧力は、魔神と対峙した時に感じるそれによく似ている。──危険だと、俺の直感が悲鳴を上げ続けていた。


「それは心外ですね。俺はこう見えて割とこの世界を気に入っているし、自然や精霊に対しても感謝の念を持っているはずですが」

 白いぼんやりとした光を放つ女は、まったくの無表情。髪も肌も真っ白な女は、静かに白銀に輝く瞳を閉じる。

「──確かに。お前は自然と共に生き、そこに喜びを感じる事が出来る人間であると、私は理解している。──それと同時に、お前はそれらを切り捨ててでも、自らの求めるところのものを掴もうとするであろう」

 今度は俺が心の中で「確かに」と肯定する番だった。

 例えそれが愛する者であろうと、必要ならばその命を奪う。──冷徹に自らの感情を排除し、望むべき道の先を求める。その覚悟を持たなければ、魔導師ではない。


「……とはいえ、精霊達もお前を気に入っている様子。それを無下にしては、彼等の主として相応ふさわしいとは言えぬ」

 光をまとう女性の目が俺の足下に向けられた。

 ちらりと下を見ると、精霊の主が放つ光を受けて、俺のズボンを小さな手で掴んでいる、侏儒こびとみたいな精霊の姿が見えた。

 それはぼんやりと光る白い亡霊みたいな奴で、丸い頭から黄緑色の芝生しばふを髪の毛のように生やし、大きく丸い宝石のごとく光を放つ水色の目が二つ。

 まるで粘土細工みたいな──かろうじて人型だと分かるような、赤ん坊よりも小さな精霊だった。

 小さな精霊はじっと精霊の主を見ていたが、こちらを見上げると、かすみのように消えてなくなってしまう。


「魔術師よ」

 冷たい声で精霊の主──正確な名前は誰も知らない──が語る。

「私はこの世界を、大地を守る役目がある。今回はお前の力があったからこそ、この地に精霊の息吹を取り戻す事が出来た。それもまた事実。──よってしばらくは、お前を見守るとしよう」

 白銀の光を纏う偉大なる存在はそう言うと、こちらも日の光に溶け込むみたいに姿を消した。

 俺は握り締めていた剣の柄を放すと、てのひらに柄の形がはっきりと残るほど強く、強く握り締めていた事に気がついた。




「おっそろしい体験だった」

 それからしばらく無言で歩き、島の北側に向けて歩いている途中で思わず、そう口から漏れ出たのである。


 精霊の主、精霊を纏める女王。

 自然世界の、命の根源を司る──神に等しき存在の力。

 存在そのものが魔法。

 あらゆる力の原理を持ち、まばたきだけで殺されるのではないかという、そんな危険を感じた。

 死と対峙した俺がまさか、生命の根幹を司る存在に圧倒されるとは。

 それは生命から、自然から見放されるという危機感が、そう感じさせたのかもしれない。

 人間はやはり自然の前では本性的に弱者なのだ。どんなに身体を鍛え、魔法を操り、知識を持ったとしても。母親に頭が上がらぬ子供のように、本能が恐れを感じるのだ。


「それにしても──俺が世界を滅ぼすとか、いったいどんな流言が精霊たちの間に流れているんだよ……」

 それについては精霊の主にしか分からない事柄か。彼女が未来を見通す力を持っていたとしても不思議ではない。

 死がその生命の尽きる先の事まで知り得るように、生命を司る自然秩序の代弁者が、人間の未来についての傾向を知り得る事は可能な気がする。


 しかし世界の滅びや、「別の世界にすら滅びを齎す」とはいかなる意味か。別の世界……精霊の言葉は理解不能だ。

 この世界以外の異なる世界があると想像するのは簡単だが、その世界と結びついている精霊など──いや、そもそも生命の本質すら不明なのだ。世界の事など、自分に理解できるはずもない。

 精霊に気に入られ始めているのが分かったのは良かったが、まさかその王たる存在にまで目をつけられるとは。

 魔神や邪神、天上の神に加え、精霊の主にまで接触を受けるようになってしまった。


大人気だいにんきだな」

 まったく迷惑な話だが。

 黒と灰色が埋め尽くす固い溶岩を踏み越えて、緑のしげる森を迂回し海の方へ出る頃には、空は朱色に染まり始め、白い砂浜の海岸線を美しく彩っていた。

 砂浜を歩いていると、海岸で遊ぶ子供たちの姿が見えた。

 日焼けした健康そうな少年少女。

 集落に住む──兄姉きょうだい──あるいは友人?

 俺の姿に気づいた二人の子供は砂浜で貝をっていた。足下に置いた木の皮で作った桶に貝を集めていた。


「やあ」

 初めて見る男に二人は警戒したが、逃げ出したりはしない。

 桶の中を見ると、たくさんの貝が入っていた。

 この島に住む夫婦の子供たちか。

 彼らと少し話していると、二人は別の家族の子供たちだと分かった。

 この小さな集落よりも、島の東にある町に行きたいと言う子供。

 森を抜けた先には町があったのだろうか?


「あなたはどこから来たの?」

「ん──。ルシュタールのずっと北にある国から。ピアネスっていう国なんだが」

 ぴあねす? と二人は同時に声を上げる。


(ああ、我が国は、大陸の中央にありながら、文化の華よ、人種の坩堝るつぼよと言われる事もなく。自らの生活を守るのに手一杯で、文明的な繁栄については、ほとんど子供のようなものなのだ)


 ピアネスの詩人がベグレザ辺りでそうなげいたらしい。あの詩人が生きていた時代からもうだいぶ経つはずだが、ピアネスの評判は「そんな国あるの?」といった反応が返されるくらいに無名なのだ。

 唯一の評判は、良質な硬貨に関する感想のみなのである。

 そろそろピアネスも国外の文化ばかりを取り入れるのを止め、自らの文化のありようを見つめ直すべきじゃないか。


「それよりも君らの家に泊めてもらえないか? 納屋なやでもなんでも、屋根がある場所を貸してほしいんだ」

 二人の子供はう──ん、と考えていたが「かあちゃんに聞いてみる」と言ってくれた。

 二人は貝の入った桶を重そうに持っているので、それを代わりに持ってやり、二人の家まで歩いて行く。

 二人は冒険者というものについて興味を示し、家に辿り着くまでに色々な事を尋ねてきた。


 この島は漁をする分には安全で、亜人や魔物の脅威がない土地なのだ。

 海岸沿いの小さな木造の家、そこが少女の住む家だと言う。少年は数メートル先にある家に帰って行った。

 家の前にある砂浜には、木の杭が打ち込まれた柵があり、木の舟が砂浜に引き揚げられ、縄で杭に繋がれている。

 少女は桶に入った貝を、家の前に置かれた大きめの平皿みたいな中に、ぽちゃぽちゃと沈めた。──そこで砂抜きをしているのだ。


 ドアを開け、中から少女に連れられて母親が現れた。薄暗い顔をした病的な表情の女。

「隣の納屋でよければご自由に」

 そっけなく言うと、その背後から女の旦那らしい漁師の男が現れる。

「こんな島にやって来るとは。もはやルシュタールからも打ち捨てられたような、なにもない島だぞ」

 漁師の男はそう言うと、夕食くらい食わせてやれと、妻の背中を軽く叩く。

「ありがとうございます」

 俺は遠慮せずにその申し出を受け入れた。

 このような場所では、食事にありつけるだけでも充分だ。


 家の中に招かれた俺は、漁師とその娘と会話をしながらお茶を飲む。──森の近くでは畑があり、溶岩の近くにもお茶の木が植えられているのだと話す。

「噴火でなにもかも失われたが、それでも俺の故郷だからな。ここを捨てるわけにもいかん」

 ──奥さんはそうでもなさそうだが、それについては触れないでおく。

 お茶は渋く、ちょっとした酸味があり、どこか炭のような匂いもする気がした。

 漁師の話によると、森を抜けて海岸沿いに歩けば、二時間くらいで町に着くらしい。

「小さな町だが、ルシュタールともやりとりしているため、商品の流通がある」

 そんな話を聞いていると食事が出された。


 魚や海老えびや貝を使った料理の数々。お茶はいまいちだったが、それらの料理はどれも美味だ。

「とても美味しいです」

 俺は率直な意見を口にしながら、大きな平貝の殻を手にし、その貝の貝柱をこそげ取る。

 俺の褒め言葉にまんざらでもない顔をする女。

 この辺鄙へんぴな場所に住むのは精神的にきついようだが、料理には自信があったのだろう。

 世間とは切り離された環境で、子供たちはそれなりに楽しくやっている様子だが、その母親の一人は、精神的に病み始めている気もする。


(ま、それを申告したところで、なんにもなるまい)


 集団を形成する人間という生き物も結局は、自分の問題は自分で解決しなければならないのである。

精霊の主の話は真実かどうかは判然としません。上位存在の言葉は人間には理解しがたいものですから。

ちなみにレギの足下に居た侏儒(小人ではなく、より小さい者という意味で侏儒としました。一寸法師みたいな大きさという意味です)は、溶岩に埋もれた大地に新たな自然の息吹が宿る、といった象徴的な意味があります。


後半に登場した少女の母親はじゃっかん精神を病んでいますが、物語に影響するような話ではありません。次話に出る少年の母親との対比くらいでしょうか。


次話から始まる十一章は今までの話とはかなり変わった内容になります。

少々脱線するうえ、前編と後編に分かれる予定です。

今後も楽しんでいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 精霊の女王は、「人の範疇を超えたレギの力が、世界のバランスに影響を及ぼしかねない。」と危惧しているのでしょうか?。
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