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魔導の探索者レギの冒険譚  作者: 荒野ヒロ
第十章 海を越えた先での死との邂逅

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精霊の助力と魔神となった女王

「なんだ、これはっ……!」

 地面から現れた木の根が竜の足に絡みつき、女巨人の胴体を押さえ込む。

 すると風の選定者の足に、小さな木の根が絡みついた。


『このものを通して語りかける』

 複数の女の声が重なった奇妙な声色で、風の精霊はしゃべり始める。

『お前には世話になったな。火口に水晶を入れてくれたお陰で、気脈の一部を取り返す事ができた。しかもまさか──あの巨悪の翼を封じるとは』

 こいつはどうやら、森で出会った木精霊であるらしい。一見、下位精霊に見えたが、やはり中身はそうではなかったのだ。

『巨悪の力の一部が封じられ、この領域にまで我々が入り込めるようになった。──とはいえ、あれを倒すだけの力を、我々は持ち合わせていない』

 青い目の色に変わった風の精霊が軽く手を振ると、俺の足下から清廉な気が立ち上り、それが俺の中に流れ込んできて、魔力へと変換される。


 木の根に巻きつかれた魔精偽神が、なんとか振りほどこうと暴れている。

『お前にはなんらかの攻撃手段があるようだな』

 なるほど──魔力を回復してやる代わりに、止めは俺に刺せという訳か。

「……わかったよ。どのみち、試してみるつもりでいた」

 魔神ラウヴァレアシュから授けられた攻撃魔法。それを初めて行使する。

 高次元の力を行使する為、人間には本来なら使用に複雑な術式を構築する必要があるが、俺には魔神から与えられた魔眼があるので、呪文のみで魔法を行使できるのだ。


 呪文に集中しようとした俺の方に頭をぐるりと向けてくる女巨人。

「げっ」

 その瞬間、時間がゆっくりと流れるのを感じた。死を予感した死導者グジャビベムトの力が効力を発揮したのだ。

 口を開き、炎を吐き出そうとする相手に対し、即座に手をかざして「火精爆破」を放つ。


 魔精偽神の顔面が爆発したように見えた。

 口内に集めた火の力を火精爆破の力が誘爆させ、巨大な化け物は呻き声と共にその場に崩れ落ちる。──どうやら爆発の衝撃で目を回したらしい。


 俺は巨大な化け物に向き直ると、二体の精霊に守られながら、魔神から与えられた魔法の呪文を唱える。

 身体に残る火傷の苦痛を無視し、魔法に集中して。


「イェレダス、ウォアレス、アベンダル、グラト、炎を封じ、水を封じ、大気を閉じ込める、炎陽の叡智えいちを持つ獅子、闇の狭間に星界をただしめ、永遠を刻む時間を記せ、闇の光輝を発する翼──」

 呪文を詠唱しながら、自らの前にある宙空に、呪文を指先で描き出す。

「──星気をたずさえし星霊の祈りを示せ、虚空の闇を支配する暗黒の星、闇の底に眠る神影を照らし出せ──『星光気凶嵐ラーヴァードゥラケイル』‼」

 俺の足下に光る魔法陣を作り出し、さらに対象の身体を包み込むように、大きな暗い光芒こうぼうが展開する。何本もの光の輪が巨大な化け物を取り囲む。


 赤、黒、紫……濃く、暗い色の光に明滅する光芒がまとまり、巨大な繭まゆ)の様に敵を包み込んだ。

 光の中に取り込まれた巨大な存在から、悲鳴に似た絶叫が上がる。

「「ぐるルァぁあぅゥウぅぉおオォぉぁアァあ──────!」」

 様々な暗色の光芒で編まれた繭の内側に、光の乱舞と闇が生み出され、神的存在をも打ち砕く力の暴走が巻き起こった。

 衝撃音といびつな悲鳴が重なり、光の球体の中に真なる闇が発生する。それは音も物も、あらゆるものを飲み込んだ。


 暗い光が消えていくと、あとには破壊の跡が残された。

 残された物は、ぐちゃぐちゃに砕け散った黒い竜の足。

 巻き込まれた木の根もあったが、それは地面へと戻っていく。──別に本物の木の根という訳ではないのだ、破壊しても問題はない。

 地面に置かれた竜の足も、引きちぎられたみたいな傷跡から、どんどん灰色から白色に変色し、灰や煙となって上空の深淵しんえんへ飲み込まれていく。


『見事だ。ただ──危険な魔法だ。時空を超えて、()()()()()()()()を使うとは』

 風の選定者の口からそんな言葉が出る。

 星霊界とは、上位存在に近い領域の世界。魔術的な考えで語られている上位世界だ。まさか精霊からそんな単語を聞くとは……

『魔術師よ、お前の協力に感謝する。しかし────』

 その声が遠ざかる。風の精霊に絡みついた木の根が地中に戻って行った。……時間切れだ。




 上空にあった深淵の穴が閉じ、周囲にあった炎も、いつの間にか消え去っている。

 上を見上げていた俺の内臓に、なにかが重くのしかかり、吐き気が込み上げてきた。

「ぐボァあぁァッ!」

 急な吐き気を覚え、地面に向かって戻した俺。

 地面にこぼれ落ちたのは大量の血。

 どうやら強力な魔法の反動が、黒い水晶を破壊する時に負った魔術的な傷と反応し、霊体を傷つけ、それが肉体にも影響を濃くしたようだ。


「くっ、……っそったれェ……!」

 風の選定者は俺の後方から回復魔法を掛けて、呪いに似た魔法の反動を抑えようとしてくれる。

「ありがとよ……だが、お前たちはもう戻れ、俺は平気だ」

 胸に手を当てながら、内臓を修復しようと集中する。おおよその場所を狙って、治癒をおこなうが──内臓の痛みより、腕や胸を焼いた黒い水晶が付けた傷の方が痛む。

 精霊たちは影の中に戻り、俺は周囲の異界が崩れ去るのを見ながら、呼吸を整えるのに必死になった。


 * * * * *


 周囲の風景が変化したのに気づいた。

 そこは火に囲まれた場所だが、狭間の領域ではなく、魔神アウスバージスの存在する炎の領域だった。

「無事か」

 と、黒い金属と炎の身体を持つ狼の魔神が言う。

「……まあ、なんとか」

 かがみ込んでいた俺は石床から手を放し、下腹部に力を入れるつもりで立ち上がる。


「よくやった。まさか魔精偽神に──本当に勝利するとは思わなかった」

 そう言うと彼は、火の中に入り口を作り出し、白い毛に包まれた、垂れた長耳を持つうさぎに似た獣人を呼び出す。

「傷を癒してやれ」

 主のアウスバージスが言うと、金色の瞳をしたその獣人が俺に近寄って来て、胸に手を当てると──俺の身体を白い光で包む。

 驚くほど痛みが引いていき、内臓を震わす吐き気もなくなった。

 その兎っぽい存在は人間的な部分も多く持つ、法衣ほういを身にまとう女獣人であるようだ。

 ぺこりと一礼すると、彼女は火の中に開いた入り口を通って姿を消した。


「素朴な疑問なんですが」

 小首をかしげる大きな狼魔神。

「何故あなたや、ここに存在するものはみんな、獣の姿をしているのですか」

 ああ、と火の息を漏らしつつ、金属の皮膚をした狼は告げる。

「それは光体アウゴエイデスの性質にあるんだが。──霊質の影響を受けた光体が、そのものの性質から姿を形作るのだ。戦いを求めるもの、強いもの、それらの多くは猛獣の姿を取る、といった具合に」

 現世に存在しない形象であっても構わないのだが、そう説明する魔神。

 ──なるほど。精神性みたいなものが、その光体を形作る姿に影響するのか。強力な力を持つ者ほど巨大な姿になったり、いびつな、あるいは時に美しい姿で顕現けんげんするようなものか。


「しかしあの化け物……魔精偽神は、人間の想念から形作られたにしては、強大すぎる力を持っていましたが」

「だろうな。あれは長い間、狭間の領域で気脈から精気を吸収し、魔素を取り込んで強くなっていったのだ。虚空に繋がる穴があっただろう? あれを通して次元の檻に囚われた何者かに力を送り込み、そこから代わりに魔力を注ぎ入れられていたのだ」

 別次元の存在? それはなにかと尋ねたが、魔神にもわからないのだという。

「おそらく天蓋の者が、オレらをこの地に縛りつける為に創り出したのであろう。だが、もしかすると──オレたちの同胞の仕業、という線もあるがな」ふん、と鼻を鳴らす。

 残念ながら、魔精偽神の身体が崩壊して残った物は無く、すべてはあの深淵に飲み込まれて、狭間の領域ごと消滅したらしい。


 ともかく現世のトルーデン周辺の気脈は安定し、長い時間をかけてゆっくりと、自然が戻るだろうと魔神は言う。

 この魔神は見た目は怖いが、むやみに人を傷つけるような存在ではないのだ。

 この「火の居城」も、この場に縫い付けていた天上の力から解放され、幽世かくりよを移動する事が可能になったらしい。


「それにしても、ラウヴァレアシュが認めたというだけはあるな。なかなか大したものよ」

 いつそれを聞いたのかと不審に思っていると、炎の壁の中から、一匹の大きな炎の蛇が頭を出す。

『私が話したの』

 と、女の声が頭の中に響く。

「誰だ」

 どこかで聞いた気もする。

『トルーデンは、()()()()()()()()()()()懇意こんいにしていたものよ』


 統治──女王だった者……「ティエルアネスか」俺はそう口にした。

『ええ、私は魔神アウスバージスとも縁があってね。生前の話だけれど』

「ああ、強大な魔力を持つ女王がこの島に来て、俺の配下を打ち破ったのよ。古代の魔法を教えろと言う為にな」

 肩をすくめながらそう話す魔神。ティエルアネスは女王時代も、かなり自由じゆう奔放ほんぽうに振る舞っていたらしい。

 魔神の配下を倒して魔法の知識を得ようとするなんて、まるで古い魔術書に書かれたお伽話とぎばなしのようだ。


『ふふふっ……なつかしいわね、魔神アウスバージス。──私が()()()()()()にならなければ、もっと大地や火の力について教えてほしかったのだけど』

 強大な力を持つ二(はしら)の魔神。

 その片方は人間から魔神となった存在であり、高位の魔神であるアウスバージスとは比較にならないであろうが。

 ティエルアネスは今まで何度も、アウスバージスとの接触を図っていたらしい。火の居城をおおう封印が邪魔をし、こうして霊獣を通す事もできなかったと説明する。


『またこうして話ができて光栄だわ。闇の王、火と鋼の支配者』

 ふん、と狼が鼻を鳴らし──火が噴き上がる。

「魔神ベルニエゥロに召し仕える者など、こちらに用はない。とっとと失せるがいい」

 きつい事を言っているが、口調はその言葉とは裏腹に穏やかなものである。

『ふふっ……そうね。──レギもついに五柱のうち四柱の王と接点を持ったのでしょう? 気をつけなさい。力を持つ魔神との関係は、様々な危険を導くかもしれないから』

 俺が重々しく頷くと、彼女は別れの言葉を口にして、炎の壁の中に蛇を戻して消え去った。

 聞きたい事があったのだが、それはまたの機会にしよう。


「さて、お前もそろそろ現世に戻してやらねばな」

 そう言って手を振ると、炎の中から小さな──俺よりも小さな体の──羚羊かもしかの頭を持った人型の魔物が現れ、手にした短刀を差し出してきた。

「短刀を修復いたしました」

 その魔物はそう言い、受け取るよう手を高く上げる。

「ありがとう」

 短刀の刃は打ち直されて、幽世への入り口を開く力も回復していた。使用しても折れる心配はなさそうだ。

 その短刀をしまい、魔神に礼を言った時、一応ディス=タシュについての情報を聞こうと思い、尋ねてみた。


「ディス=タシュは神によって、三つの領域にそれぞれのからだ、魂、力として分けられて封印されたはずだが──」

 狼魔神は首を横に振る。

「オレが知っているのは奴の物質界に近い躯が、いくつかの部位に切断されて封印されたらしい、という事だけだ。真実かどうかは知らんが、強大な力を持つ肉体の断片が各地に封じられたとか」

 それ新しい情報を得た。──そう思っていると、やはりこの魔神からも「ディス=タシュに接触するのはやめておけ」という言葉をかけられた。


「凶暴で危険な魔神らしいですね」

 するとこの魔神は溜め息まじりにこう言った。

「凶暴などと言うものではない。もはや奴は憎しみの権化ごんげとなってしまった。奴の憎悪に触れれば人間の意識など、あっと言う間に消滅するぞ」

 そう言いながら、この狼魔神は首を傾げた。

「────いや、──待てよ。お前は……そうか、死に関わる魂を取り込んでいるのか? ()()()()……」

 などと独り言を口にする。

 死に関わる──死導者の霊核の事だろう。

 しかしそれ以上は、この魔神の口から語られる事はなさそうだ。




「いろいろ世話になりました」

「それはこちらもだ、強き人間レギよ。お前の働きに感謝しよう。またオレの居城を訪れるがよい。──ただ、この場所を移動するがな」

 火の魔神は言いながら、なにかを投げてよこした。

「それをやろう。それがあればこの居城へ入る事が許される。この火の領域に存在する魔神の眷属けんぞくと戦いたくなったら、いつでも訪れよ。ティエルアネスのようにな」

 ティエルアネスは「火と鋼の支配者」と呼んでいたが──あの言葉は、武器や戦いを意味しているのだろう。この魔神は人間の闘争にも関わりの深い魔神であるように思える。


 俺は魔神の力が込められた強力な宝珠ほうじゅを受け取り、この燃え盛る火の居城から現世へと戻る事となった。

 俺の身体が光に包まれる瞬間、周囲の情景が変化したのが見えた。

 朱色に輝く炎の勢いが弱まり、黄土色の岩壁が崩れていく。──炎の海と岩石の大地が崩れ去ったその下から、燃え上がる炎と共に、巨大な城が姿を現したのだ。


 俺の身体はゆっくりと宙に浮かんで行く。炎に包まれた黒い城も、黄土色の岩を砕きながら浮かび上がってくる。

 強大な圧力を放つ異形の城の浮上を、魔神アウスバージスの復活の狼煙のろしを見るような気持ちで眺めていた……

最後の城の浮上は、本当のアウスバージスの居城。獣じみた姿をしているのも、神の封印の影響もあるのかも……


次話でこの章も終幕となります。

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[一言] 法衣を身に纏う女兎獣人さんもティエルアネスさんもきっと美人。(だったら良いな)
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