国境の町メアキブ
後半に農民に関するうんちく……
レギは選民意識があるのでもなく、かと言って階級社会で漫然と生きている人を認めている訳でもない。農民として懸命に生きる人に協力的になる事もあれば、不平不満ばかりを口にする市民を露骨に馬鹿にしたりもします。
ぼろぼろに朽ちた骸骨になにができるというのか。奇妙な動きで、のろのろと足を運ぶ白い一団。日光を浴びただけで崩れ落ちそうな、弱々しい歩みだ。
「カタカタカタッ」
まるで笑ったみたいに髑髏が音を立てる。
俺は魔剣を抜くと、軽く歩調を踏みながら骸骨戦士に迫り、次々に奴らを打ち倒す。四体の骸骨を倒した先でも、数体の骸骨が立ち上がってきた。まるで安らぎを求めて縋ってくるみたいに、次々と姿を現す骸骨たち。
中には朽ちた金属の鎧を着けている者も居た。
「面倒くさいな」
と思いつつ、雑魚を相手に反撃の練習をする気持ちで取り組んだ。
錆びた剣を振り下ろしたり、薙ぎ払ったりしてくる相手の武器を躱し、正確に相手をしとめる一撃を奮う。
そうした単純な戦闘を繰り返しながら南下を続けている時に、不審な感覚に襲われた。──精神体に伝わる不快な感覚。それを察知した黒蜘蛛の守護者が防衛行動に出たが、捕らえる事はできなかったらしい。
何者かが魔術領域に接触してきたのだ。
(だが──何故なにもせず去って行った?)
厳重に張り巡らされた防衛機構を見て逃げ出した、という訳ではない感じだった。
その相手は、俺との間接的な接点を持っていて、それを頼りに広大な無意識領域から、こちらの領域を探り当てたように感じられたのだ。
(まさか────! 警戒しておいた方がよさそうだ)
その感覚に警戒しつつ旅を再開する。
いつのまにか遠くに町の外壁が見える場所まで来ていた。あれが「メアキブの町」だろう。
戦場跡から離れた為、死霊どもは現れなくなった。
そこで気づいたが、やはり死導者の霊核に死霊が引き寄せられているのではないかと思った。死霊には俺の中に隠されている霊核の存在が分かるのだろうか。
通常は感知されるはずのない霊核が、奴らの感覚には察知されてしまうのかもしれない。
あるいは解放を求めて死導者の霊核に群がってくるのか。
どちらにしても迷惑な話だ。
いや逆に考えればそれは、魔剣に死霊を喰わせて力を増加させる事ができる上に、霊核に新たな魂の記憶を加える事ができる。そう思えば死霊の襲撃も悪くはな……──いや、やっぱり嫌だな。
「連中の腐った臭いに耐えられない」
死者は生きた死体だけではなく霊体も多いが。
死霊の中には霊的存在であっても、瘴気を纏う穢れた臭いを撒き散らすものも居る。邪悪な霊の中には、腐った体を持つ不死者などよりも、よほど危険な存在があるのだ。
「今度の町は大丈夫だろうな……」
エッジャの町での事もある、近づくまで気を抜けない。
もう昼を回った頃かもしれない、寄り道をして時間を食ってしまった。
足の疲労も少しあったが、昼は町の料理屋を利用しようと考え、早歩きで町へと近づいて行く。
途中にあった小さな池で、灰色に青色が混じった毛を持つ、山羊に似た生き物がこちらを見ているのに気づいた。
水を飲んでいたのだろう、頭から生えた立派な角が乳白色に輝いている。かなり大きな体を持ったその生き物が、ぱっと走り出す。
殺気に気づいたのだ。──もちろん俺のではない、山羊を狩ろうと目論んでいた連中が居たのだ。
山羊は北に向かって走り去る。
草むらや岩場の陰から立ち上がった男たちが、手にした弓で山羊を狙い撃つ。三人いた狩人の矢は、残念ながら当たる事はなかった。
俺はその狩人たちに近づいて行く、軽い挨拶をして町の様子を聞くだけのつもりでいた。三人の狩人は集まりながら、北側からやって来た──珍しい格好の男を訝しんでいる様子を見せる。
「やあ──狩人の方々、少しお伺いしても?」
気さくに声をかけた俺を、三人の男たちは不審者でも見るような顔をして、ひそひそと話し始める。
なにやら不穏な感じだ。
少し警戒した俺に、男の一人が進み出てこう口にした。
「あんた、シャルディムの人間か? それともアントワの人間か?」
俺は離れた場所から「そのどちらでもありません、ピアネス出身の冒険者です」と答えた。
すると男たちは再び話し合い、やっと三人は手にしていた弓を肩に担ぐ。
「ピアネスだと? あんな内陸から、こんな南方まで歩いて来たって言うのか」
「いやいや、もちろん馬車などを使って来たのですよ。色々な町を経由して、コランドァから東の広野を通過し、大きな森を抜けてここまで歩いて来たのです」
そう説明しながら森を指差す。
「なんだと!」と一人の男が声を上げる、他の二人も驚愕した様子で俺を見てきた。
「あの危険なマハラ山脈の広野を通過し、さらにアスパシャの森を抜けて来たって言うのか! なんて命知らずな! それとも無知なのか⁉」
相手の驚きようを見て俺は肩を竦めながら、マハラ山脈の麓に広がる土地が危険なのは聞いていたと答える。
「森に関してはどうやら無知だったようですね。もしよければ、そのアスパシャの森について聞かせてもらえませんか?」そう尋ねると、見るからに年長者の狩人が森を指差しながら。
「あそこの森は昔から危険な森だとされている。なんでも巨大な蛇が巣くっているんだとか。それにマハラ山脈には鷲獅子が棲み、山脈に近寄るのも危険だ。たびたび巨大な奴が空を飛ぶのが目撃されている」
アスパシャとはアントワの古い言葉で、「破滅を齎す蛇」を意味するのだと言う。神話伝承に語り継がれている名前らしい。
「ああ、鷲獅子なら確かに見ました。──それも巨大な奴で、大きな翼を広げて牛をひっつかみ、持ち去っていましたよ」
三人の狩人はまたひそひそと話し合いを始める。巨大な鷲獅子の存在について認識を新たにしているのだろう。牛を連れ去るほど大きな鷲獅子など、彼らの持つ弓矢では──まったく歯が立たない。
「森の中では大蛇に会う事はなかったですね、ただ──そう言えば森に入る前に、森から離れた場所にある池で、大蛇の姿を見ましたが、それと森に出るという大蛇が同じものかは分かりませんね」
森の中で響いた戦闘音のようなものについては黙っておく。
彼らは「ともかくお前は運がいい」と、賞賛というよりは半ば呆れた感じで言った。
この辺りに住むアントワ人は以前の戦争の敗北から、シャルディムの人間に対して強い敵愾心を持っているらしい。狩人の言葉から察すると、シャルディムが領土を奪った為に良質な狩り場を失った、という気持ちがある様子だ。
まあそうした話はどこにでも転がっている、よくある話の一つだ。
マハラ山脈の麓に広がる土地については、こちらに住むアントワ国民であっても理解しているらしい、それほど危険だと広く語り継がれているようだ。
……まあ魔法で認識が狂わされてしまう領域など、危険には違いない。運よくそこから抜け出せたとしても、迷うはずのない場所で迷うのだから──迷った者が錯乱したか、なんらかの呪いでおかしくなったとでも言われているのかもしれない。
狩人の三人はメアキブの町に住む狩人だと言った、彼らは獲物を求めて草原を探し回るつもりのようだ。俺は東や北に生命探知を掛け、北東の岩場の向こうに鹿の影を見つけると、「さっき歩いている時にあっちに鹿が見えた」と教えてやり、彼らが北東に向かって行くのを見守った。
彼らと別れた俺は町に向かって一直線に進む。
草地と石や砂礫の多い地面など、いくつもの特徴的な場所を通過し、林の近くに来た時に、灌木の下で丸まっている猫を見つけた。アントワにも猫が生息しているとは知らなかった、この国の情報にあまり感心がなかったのもあるが。
猫はこちらを見ていたが、警戒しているのは明らかだ。近づけばすぐに逃げ出すだろう。
ルシュタールの貴族の間では、猫を飼う習慣があると聞いた事がある。アントワの貴族は分からないが、少なくともマンアトゥラに住んでいた領主のウィチェフは、猫を飼ってはいなかった。
茶色い毛の猫に手を振って林の横を通り過ぎる。
しだいに町を囲む囲壁が見えてきた。
国境にある町を囲む壁は、所々が鋭角な部分を突き出す形をした造りをしている。──こうした壁は弓矢で攻撃する為にあるのだと聞いた。あまり大きな町ではなさそうだが、侵略に対する防備はそれなりに整えられているのだろう。
灰色に汚れた石灰岩を積み上げられて造られた壁、その外壁を東側に行くと──道と門があった。壁の周辺には兵士の演習場らしい場所もあり、少ないが兵士が戦闘訓練をしていた。
あまり上等とは言えない装備を身に着けた兵士たち、下手をすると冒険者の方が、優れた防具を身に着けているのではないだろうか。アントワは財政的にも苦しい状況にあるようだ。
門の前に来ると胸当てなどを着けた兵士が、三名ほど立って番をしていた。無視して通ろうとすると慌てて呼び止められ、十エナス払えと言ってきた。
どこぞの町の門番とは違い、ここの番兵はちゃんと規律を守っているらしい。俺は素直に従って銅貨を手渡すと、町の中へと入って行く。
町の中へ続く道を見ていて思ったが、南から延びてくる道も、この町の通りにも──黒い煤のような物が落ちている。
その理由は町を囲む壁を越えた時に気づいた、町の中には炭の匂いが満ちている感じだ。おそらくこの町の南側で炭作りがおこなわれているのだろう。
戦士ギルドや料理屋を探して通りを歩いていると、東門からゴロゴロと音を立て荷車が馬に引かれてやって来た。
荷車には黒い山が積まれている。大きな炭の固まりがカラカラと堅そうな音を立て、そばを通って行った荷車からは木炭の匂いがほんのりと香る。
「炭が産業の一つなのか?」
東から西に通った大通りに風が吹き込むと、炭の匂いはやや薄れ、埃っぽい匂いが町の外から流れ込んできた。
脇道を確認しながら食事の取れそうなところを探す、大通りの先には何軒か店があるのが見えるが、酒場と戦士ギルド、薬屋や床屋があるみたいだ。
酒場の近くに行った時、脇道からいい匂いが流れてきた。空腹に染み込む料理の匂い、香辛料を使っているらしい。そういえばアントワには珍しい香辛料がいくつか採れるのを思い出す。
匂いのする方に向かって歩いて行くと、二軒の料理屋があった。香ばしい匂いに誘われて一軒の店に足を運ぶ。
脂の匂いが店の外にまで溢れているとは珍しい、むしろ(アントワでは)獣臭い店の方が当たり前なくらいだが……
ドアを開けて店に入ると、かなり繁盛しているようだ。客層を見ると──それなりに裕福な連中が集まる店だというのは分かる。
「いらっしゃいませ」
給仕が声をかけてきた、白い前掛けを脂染みで汚した女給仕は忙しそうに皿を下げていた。
壁にかかった木製の黒板に今日の献立と料金が書かれており、見慣れない料理の名前と、その料理の説明が控えめに書かれてもいる。「羊肉の衣揚げ」とか「芽甘藍と塩漬け豚肉の煮込み」など──かなり変わった料理だ。
俺は二人いる給仕の一人に案内され、小さな席に座る事になった。
「ご注文が決まりましたら……」
「ああ待って、ここの料理って、もしかしてルシュタールの?」
「はい、だいたいは、ルシュタールから取り入れた調理法をしています。料理人がルシュタールの方で勉強をしてきたそうなので」
なるほど、と一応の納得をしたが──「勉強」というのはおそらく、「向こうの国の料理を真似た」といった程度の事だろう。
本場の方で食べる前に、アントワ国の模倣料理でも食べておくか、そんな皮肉な想像をしつつ、おすすめを聞いてそれを注文した。
献立を見た時にこの店が、ルシュタールの影響を受けているのは見抜いていた。率直に言って文化が違うのだ、アントワとルシュタールでは。
質素な、素朴な料理の多いアントワらしからぬ調理法や、素材を使用した献立。
それはピアネスの洒落た料理屋でも流行っていた料理に似ている。──ただしそれは、今から数年前の情報だが。
学生時代にちょっと奮発して、ルシュタールの料理を出すという店に行って食べたのだ。いくつかの料理を食べ、味には満足したのだが、胸焼けしそうになったのを覚えている。
油や牛酪を豊富に使用した料理は確かに美味しいと感じたが、油に慣れていない食生活をしてきた者には、胃がついてこない感じだった。
料理が運ばれて来ると、白磁の皿に乗った数々の料理を前にする。小麦粉の衣を付けて揚げた肉の塊、肉と野菜の汁物など。 味付けは牛酪をたっぷり使用した濃いものではなく、どちらかというとアントワ風の味がした。香辛料もアントワで使われるものだろう。
「美味しいは美味しいんだが……」
それに栄養もある。
「牛乳と牛酪か」
子供の体を作るには重要な食品だな。
自分も山羊や羊の乳や乾酪はよく口にしたものだ。
こうした栄養を確保できなければ、健康で逞しい体を持つ大人に成長させるのは難しいかもしれない。中心都市を離れたこの町に豊かな食材があるのは、ここが防衛拠点として必要であるのと、海路を使って物資を運び入れているからだろう。
アントワの国王がどんな奴かは知らないが、国外の勢力に対して強い警戒心を持った奴だというのは疑いようもない。
民の生活よりも自身の保身に走る権力者、そんなのはどこにでも居る。
だがその民を蔑ろにして、国家がいつまで安定していられると思っているのか? 農民が貧相な食生活をして、農作業に従事できるだけの体力を持ち続けられるだろうか? その農民が早々と倒れる事になれば、その仕事を引き継ぐ後継者が居たとしても、大した成果は期待できないだろう。
長年に渡って取り組んだ作業を効率化させる人材を育て、それを後代に受け継がせる事ができなければ、いつまで経っても農業は発展しない。
食糧の確保と軍事の均衡。
これは大きな枠組みの中で考えれば等価だという事だ。もちろん兵士がなにも食わずに何ヶ月も戦えるというなら、話は別だろうが。
アスパシャという言葉は、ルシュタールで別の似たものを表すものとして登場しますが──別に気にしなくてもいいです。「アスパシャ」という発音に少し近い別の言葉で、それも神話上の存在を表します。




