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番外編⑩ その柔らかい手に触れて(パール)

「パール」


 僕を呼ぶやさしい声が好き。僕をなでるやわらかい手が好き。僕のママ……サーラはいつも僕のことを愛してくれる。


 僕はスライム。本当なら、こうしてそばにいることもなかったよね。きっと、ロイのいちげきで死んでたはずさ。僕たちを見た探索者のおじさんたちは、みんな揃ってざこだって呼ぶから。


 僕たちは元をただせばみんな同じ。たった一匹のスライムから生まれた。だから、たとえ離れていても、どこかでつながってるんだよね。にんげんには知られていないけど。


 僕にも、うっすら自分じゃないきおくがある。でも、サーラと過ごすようになって、少しずつ薄れてきた。ポチが言うには、じがが芽生えてきたんじゃないかってことだけど、じがってなに?


 むずかしいことを言うよね。普段はロイにお腹を見せてばっかりのくせに。こういうの知ってるよ。あざといって言うんでしょ。


 そう返したら、それはお前だよって返された。えっ、僕、あざといの?


「ごめんね、パール。そろそろお仕事に行くわね。みんなと仲良く遊んでいるのよ」


 僕たちにごはん……魔力を与え終わったサーラが市内に戻っていく。僕はいつもそれを見送る。サーラはシエルってにんげんのごえいをしてる。だから、ずうっと一緒にはいられないんだ。


 さみしい。さみしいよ。ここには僕の仲間はいるけど、サーラはいない。


 なんで僕、にんげんじゃないんだろう。生まれたばかりのときは、大人になったらサーラみたいになれると思ってた。笑わないでね。僕、自分のことをにんげんだって思ってたんだよ。


 僕のからだはサーラとは似ても似つかないゼリーのからだ。サーラは触るとぷよぷよして気持ちいいって言ってくれるけど、僕はサーラと同じ強いからだに生まれたかった。


 ロイやレーゲンみたいに、もっとサーラの役に立てたら、ずっとそばにいさせてくれるかな。朝も昼も晩も、一緒にすごせるかな。そんなことばかり考えていたとき、ふと気づいたんだ。


 僕、そーさらースライムってやつになれるかも。


 生まれたばかりのころ、サーラがよく言ってたんだ。もし属性を帯びたら、世界初のそーさらースライムよねって。そーさらーがなんなのかはわからないけど、魔法を使えるスライムっぽいってことはわかった。


 属性。魔法。僕はまものだから、くわしく教えられなくても、本能でわかる。サーラのおかげで、僕のからだは属性たいせいが十分ついていた。


 サーラ、僕のママ。僕はもっと、サーラにほめてもらいたい。いいこいいこって、頭をなでてもらいたいんだ。


 その一心で、夏のあつさに負けないよう被せてくれた帽子から、少しずつ氷属性の魔力を取り込みはじめた。


 さいしょは怖かったよね。やりすぎると死んじゃうからさ。ブラウ村ってところで、サーラの魔法の前に飛び出したときも、しょうじきに言うと死ぬかと思った。


 でも、僕のもくろみは上手くいって、みごとアイススライムになれた。その上、シエルと同じごえい対象になったから、サーラのそばにいられる時間が増えたんだ。


 嬉しかったよ。僕は幸せだった。僕たち、たくさんの思い出を作ったよね。森のちょうさに置いて行かれたときは悔しかったけど、その分たくさん遊んでもらったし、真っ黒なへんたいからサーラを守るために、擬態できるようにもなった。


 初めてにんげんと同じ姿になれたときは感動したなあ。協力してくれたお友だちも、サーラの役に立てて嬉しそうだった。


 あついのが一周して、すっかり寒くなって、もう少しで新しい年がくるねってときに、悪い人たちにおそわれたのはびっくりしたよ。


 代わりに魔法を使えるようになったのは、ぎょうこうってやつなのかな。


 僕、ついにそーさらースライムになれたんだ。サーラはすごくびっくりしてたけど、すごく喜んでくれて、えらいえらいって抱きしめてくれた。


 もし僕に鼻があったら、高くなってたと思うよ。でも、すぐにそんなこと言ってられなくなった。


 シエルのおにいさんが怒ってるから、ぐらんでぃーるが取られちゃうんだって。もし取られちゃったら、みんなバラバラになっちゃうって。


 そんなの嫌だよ。僕、サーラと離れたくない。


 みんなも同じきもちだったみたいで、ぐらんでぃーるを守るために動きはじめた。僕もシエルのまねをして協力したよ。だけど、相手の方がいちまい上手で、サーラが捕まっちゃった。


 からだ中の水がふっとうするかと思ったよ。僕は……僕たちスライムはサーラに育ててもらったんだ。サーラがそばにいないなんて考えられない。


 だから、反対するロイを無視してみんなについて行ったんだ。サーラを助けたい一心で。


 ようやく見つけたサーラは、顔を真っ赤にして泣いてた。その上、アルってやつに殺されそうになってたんだ。


 そんなの、許すわけない。


 僕、サーラを守るよ。


 たとえ、僕の命にかえても。


「ああ……。あああああ! パール! 嘘よ! パール!」


 サーラに向けられた剣に刺されて、僕は水たまりになった。少しずついしきがぼんやりしてくる中、今まで聞いたこともない声でサーラが叫ぶ。


 ああ、泣かないで。


 泣かないでよ、僕のママ。


 僕はサーラがママで本当に幸せだった。さいごに、自分の言葉で大好きって伝えられてよかったよ。


 ……。


 ……。


 ……あれ?


 ふと気づくと、僕はしらない場所にいた。銀色のノブがついたドアと、草みたいな香りがする床……もしかして、たたみかな? 最後に連れて行ってもらった温泉りょかんみたいな床があったよ。


 そのまんなかに、女のひとがひとり座ってた。サーラみたいな黒髪に真っ白な髪がまじって、ひどく疲れているように見えた。


「……誰?」


 女の人が僕を振り向く。とても綺麗な、皺くちゃのおばあちゃんだ。なんでだろ。ちょっとだけサーラに似てる気がした。


「紗夜? もしかして、紗夜なの?」


 紗夜って誰だろ。わかんないけど、なんだかいい響き。


 おばあちゃんには僕が見えないみたいだ。きょろきょろと首を振って、がっかりしたように肩を落とす。それがとても寂しそうに見えて、僕はおばあちゃんにそっと寄り添った。


「……あたたかい」


 スライムみたいな水っぽい声で、おばあちゃんが囁く。


 ふしぎだね。僕はアイススライムだから冷たいはずだし、頭の位置ももっと低いはず。だけど、おばあちゃんは、まるでにんげんの子供がそこにいるように、僕の頭をなでてくれた。


 やわらかい手のひらの感触。――それは、サーラのものとそっくりだった。


「孫がいたら、こんな感じだったのかしら……」


 まご? まごって何? ぶんれつたいのぶんれつたいってこと?


 そういえば、僕、さいごまでぶんれつしなかったなあ。少しでも長くサーラといたくて我慢してたんだけど、こんなことになるんだったら、しておけばよかった。そうしたら、サーラもあんなに泣かなくて済んだかもしれないのに。


「あなたも一人なの? ママはどこにいるの?」


 わかんない。だって、気づいたらここにいたんだもん。ここって、にんげんがよく言ってる精霊界ってやつなのかな。なら、僕は死んじゃったの? サーラには二度と会えない?


 ……やだ。そんなの、やだよ。


 かくごして身を投げ出したけどさ。やっぱり僕、まだまだサーラと一緒にいたいんだ。もしカミサマが本当にいるのなら、僕の願いを叶えてください。僕を、サーラの元に帰してください。


 僕の声が聞こえたのかな。おばあちゃんはカミサマって言葉に少しだけおびえたみたいだけど、僕の手……たぶん手をとって、ドアのそばまで連れていってくれた。


「きっと、この向こうにあなたのママはいるわ」


 おばあちゃんがドアノブをにぎる。懐かしい草の匂い。大河が流れる力強い音。静かに開いたドアの向こうには、いつも通りのぐらんでぃーるの景色が広がっていた。


 おばあちゃんは行かないの?


 そう問う僕に、おばあちゃんは首を横に振った。私にはその資格がないから、って悲しそうに言う。お外に行くのに資格がいるのかな? 僕にはわかんないや。


「さあ、お行きなさい。ママが待つ場所へ」


 おばあちゃんに促されて、にんげんみたいに足を踏み出す。少し硬い土の感触。さくり、と足の下で草が鳴る。


 僕の頬をしきりになでるのは、ぐらんでぃーるに吹く風だ。まるでサーラみたいに優しくて、何もかも包み込んでくれるような風。そんな風に紛れて、少し高い声が聞こえてくる。


『パール!』


 シエルだ。なんか今にも泣きそうだね。シエルが泣いたらサーラが困っちゃうから、早く戻らなきゃなあ。


 さくさく、とさらに草を踏む。その度に目線が低くなっていって、少しずつ、シエルたちのいる大きなおうちが近づいてくる。


『紗夜によろしくね』


 ひゅうひゅうと鳴る風音に混じって、おばあちゃんの声が聞こえた気がした。



 ***



「パール!」


 シエルが僕を覗き込む。うわ、今にも涙がこぼれ落ちそう。やめてやめて。僕はサーラの涙しか飲まないんだからね。


 なんだろう、ここ。机? シエルのまねをしてたときに着ていた服もある。さっきまで見ていたのは夢だったのかな。それにしては、頭をなでられたかんしょくがまだ残っているんだけど。


「奇跡ですわ……。まさか、死の間際に分裂していたなんて。ビッグスライム化していましたから、お友達と体が混じっているかもしれませんが、この気配は間違いなくパールです」


 涙声のシェーラが、そっと僕のからだを掬い上げる。急に視線が高くなってびっくりしたけど、シエルのまねをしていたせいか、すぐに慣れた。


 ……それにしても、シェーラって、こんなに大きい手のひらだったっけ?


 不思議に思いつつ、手のひらの上を這い回る。


 くすぐったかったみたい。シェーラはひとしきり笑ったあと、僕に鏡を見せてくれた。わあ、親指の先ぐらいまでちっちゃくなってる。シェーラの言う通り、むいしきにぶんれつしたみたい。


 ふつうなら、ぶんれつした時点で僕のじがは失われるんだろう。でも、僕が間違いなく僕だってはっきりとわかるのは、カミサマのおかげなのかな。


 ただ、魔石はなくなっちゃったから、魔法は使えないみたいだった。せっかくそーさらースライムになれたのに、最初からやり直しかあ。


「よかった……。よかった、本当に……。君が生きていると知ったら、サーラは喜ぶよ」


 シエルが涙を拭って言う。


 そうだ、サーラは? サーラはどこに行ったの? 手のひらの上でぴょんぴょん跳ねると、サーラは帝都に出かけてるって教えてくれた。これから迎えに行くから、すぐに戻ってくるよって。


「だから、少しでも体を元に戻そうね。今のままじゃちょっと……潰しそうで怖いからさ」


 ちょっと。しつれいだね。でも、よかった。サーラが元気でいてくれて、また会えるなら、僕はなんだっていいんだ。


 それから何日か経って、サーラはぶじに帰ってきてくれた。いつもと変わらない黒髪で、夜みたいな目に涙をいっぱいためて。

 

「パール!」


 僕を呼ぶやさしい声。僕のからだを支えるやわらかい手。ああ、やっぱりこの手じゃないと。僕をなでてくれるのは、いつだってサーラでいて欲しいんだ。


 ねえ、サーラ。大好きな僕のママ。


 一度ぶんれつしたからわかるんだ。僕はきっと、そう遠くない日にサーラを置いてっちゃう。


 でもね、さいごのさいごのしゅんかんまで、僕はサーラのそばにいるよ。


 だって僕は、サーラの自慢のこどもだからね。

パールはサーラがだいすき。

魔物同士は魔力を介して会話できるので、パールはよくポチと話しています。ポチもロイの前では無邪気な犬を装っている様子。


さて、次回。ついに番外編も完結です。いつかのグランディールと、五十年後のグランディールをお届けします。

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