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74話 欲しいのはたった一つ(あなたの望みは何?)

 一夜明け、私とロイはイスカたちに対峙していた。とはいえ、だいぶ距離は離れている。聖属性の私を警戒しているのかもしれない。


 背後の大門では相変わらずミミたちが睨みを利かせている。徹夜の割に士気が衰えていないのは、それだけグランディールを守るという意思が固いからだ。


「予定では今頃、年越しイベントの最終確認をしているところだったのにね……」

「シエルが戻ってくるまでお預けだな」


 市内は不気味なほど静まり返っている。みんな固唾を飲んで見守っているのだろう。


 魔法紋師たち総出で魔属性避けの結界を張ったものの、突破されない保証はない。私も、他の聖属性の魔法使いたちも、闇猟犬(ダークハウンド)魔竜(カースドラゴン)戦で失った魔力がまだ補填しきれていないのだ。


 一人一人になら打ち勝てるだろうが、全員を相手にするとどうなるのかわからない。


 念の為、スマホは持って来たものの――私の魔素摂取効率はそんなに高くない。最悪、聖女とバレるリスクを犯してでも直接使うしかない。


 長杖を握りしめ、自分を鼓舞するように背筋を伸ばす。昨夜、交わした約束を思い浮かべながら。





 

「早速だけど、僕はシェーラと共にリッカに行く。公爵に事情を話して結婚の許しをもらわなきゃ」


 突然明かされた秘密たちを消化しきれずに怒る私を宥めたあと、シエルはそう切り出した。さりげなくシェーラの肩を抱いているところに彼の覚悟と想いが見える。


「包囲されているといえども、大河を封鎖することはできない。夜の闇に紛れて小舟で渡るよ。業者には魔鳥の魔物使いを通じてすでに頼んである」

「待って。シエルがここを離れたらすぐに攻め込まれない? 話し合いに何日かかるかもわからないし、不在を隠すのも限界があるわよ」

「大丈夫だよ。ここには僕が()()()()いるから」


 ニヤリと不敵に笑い、シエルが腰に下げた剣を手に取った。クリフさんが打った剣だ。


 何をするつもりなのかと目を見張る私の前で、シエルは鞘を払うと、不意に自分の髪を掴んで刃を滑らせた。


 ざくり、と鈍い音がして、金糸のような髪がはらはらと床に落ちる。「何やってるの!」と叫ぶ私を尻目に、シエルは左手を差し出した。


 そこには、完全に断たれた髪の束があった。


「これをパールに。美味しくないかもしれないけど」

「シエル、あなた……」

「いいんだ。僕はもうカミサマとお別れした。そろそろイメチェンしなきゃね」


 片目を瞑って戯けるシエルに泣きそうになりながら髪を受け取る。シエルの欠片は、持ち主から離れてもとても綺麗だった。


「イスカとの交渉はどうするんだ。俺たちはシエルみたいに話せないぞ」

「それはハイノさんに頼むよ。引き受けてくださいますよね?」

「お任せください。僕、ものまね得意なんです!」


 満面の笑みを浮かべたハイノさんが胸をドンと叩く。頼もしい。頼もしいが、少し怖い。本物よりもベラベラ喋り倒しそうだ。


「レーゲン先生はネーベルと一緒に帝都に行って、特許を通してきてください。向こうではスミスさんたちも力になってくれるはずです。これはアーデルベルト家にとっても他人事じゃありませんからね」

「わかった。そっちは任しとけ。あんたが結婚する前提で話すからな。死ぬ気で公爵を口説き落とせよ」


 シエルが頷くのを横目に、黙って腕を組んでいるネーベルに恐る恐る話しかける。

 

「……ねぇ、もしかして帝都まで転送魔法を繋げられるの?」


 ネーベルは答えなかったが、チェシャ猫のような笑みが全てを物語っていた。帝都までは数百キロもある。強いとは思っていたが、どんな魔力量の持ち主だ。


「サーラ、ロイ」


 手招きされてシエルのそばに寄る。途端に肩を強く抱かれて、思わず目を白黒させた。ロイもだ。


 図らずとも、三人で肩を抱き合う形になる。それは、新年パーティでお互いの無事を確かめ合ったときと全く同じだった。


「厄介ごとに巻き込んで本当にごめん。どうか気をつけて。もしかしたら、北の伯爵を殺したのは……」


 その先は言わせたくない。震える額に己の額を当てる。涙で滲んだエメラルド色の瞳には、微笑む私が映っていた。


「大丈夫よ、シエル。私たちはあなたの護衛だもの。あなたの宝物は私たちが守るわ」






「いつまで引き篭っているつもりだ、シエル。兄弟が訪ねて来たのに顔も見せないつもりか?」


 冷たい風が吹く中、イスカが皮肉めいた声を上げる。突然、武力を振り翳してきたくせになんて言い草だ。ネーベルより先にぶん殴ってやりたい。


 その隣ではアルが虚な顔をして私を見つめていた。別れたときと比べて、少し痩せただろうか。それが私のせいだとしたら、胸が苦しくてたまらない。


 彼が何故、イスカと手を組んでいるのかはわからないままだ。


 でも、もしかしたら……アルとの日々を忘れたかのように、グランディールでの生活を満喫している私に憎しみを募らせたのかもしれない。いつも希望にあふれていた夕焼け色の瞳は、血のような赤い色に染まっていた。

 

「頼んだわよ、パール」


 大門から歩み出てきたパールがこくりと頷く。シエルが髪の毛を大盤振る舞いしてくれたおかげで、気配も姿もシエルそのものだ。お友達との連携もますます上手になったようで、スライムとは思えないほどスムーズな動きだった。


 喉元までボタンを留めたシャツの下にはネックレス型のスピーカーが下がっている。耳につけたイヤリング型の集音器から音声を拾い、大門の上に登ったハイノさんが、状況を確認しながらアドリブで話す段取りだ。


 私とロイの間で立ち止まったパールが、すう、と深呼吸する真似をする。


「人の領地にずかずか押し入ってきて偉そうだね。話を聞いてほしければ兄さんがこっちにおいでよ。お友達に守られてないでさ」


 反応しそうになるのをぐっとこらえる。ハイノさんすっご……。シエルそのものじゃん。


 片眉を跳ね上げたイスカが、背後に散らばる協力者たちに何事かを話している。お前らはついてくるな、とでも言っているのかもしれない。


 イスカの協力者たちは合計で百人足らず。アルを除いて全員が見窄らしい姿をしていた。中にはどう見ても子供にしか見えないものもいる。


 彼らに共通するのは、虚な赤い瞳とロボットのような生気のなさだ。武器の持ち方もどこかぎこちなく、ロイみたいな筋肉にも恵まれていなかった。


 きっとスラムの人間を雇ったんでショウネ、とネーベルは言っていた。イスカは傲慢で人望がないからと。


 ……ひょっとしたら、シエルのお姉さんが裏から手を回して阻止してくれたのかもしれない。さすがのミミたちも、実戦経験豊富な相手には敵わないから。


「……今のうちに、あいつらを浄化できないのか?」

「さすがに広範囲すぎて無理よ。魔属性は他人を操れる。一人逃したら、すぐにまた取り憑かれちゃうわ。浄化するなら一気にしないと」

「落とし穴でも掘っておけばよかったな」


 冗談なのか判別できずに黙っていると、仲間に話をつけたイスカがアルだけを伴って近づいてきた。そして、こちらの攻撃が届かないギリギリの位置で立ち止まり、大仰な仕草で両腕を広げた。

 

「ほら、これで満足か? この通り、武器も何も持っていないぞ」

「杖なしで魔法を使えるくせによく言うよ。要件は何? 先に言っとくけど、グランディールは渡さないよ。ここは僕が母さんから受け継いだ場所だ」

()()()じゃない。お前はまだ子供だろう? ブリュンヒルデの意向には逆らえないはずだ」


 パールが、くくっ、と肩を揺らす。いつの間にこんなに演技派になったんだろう。無事に修羅場を乗り越えたらスライム演劇を始めてもいいかもしれない。


「何がブリュンヒルデだよ。兄さんはただの代理でしょ。父さんとエイミール兄さんが回復したら、こんな無茶な要求はすぐに覆されるよ」


 今度はイスカが笑った。赤く染まった目が、より一層鮮やかになる。少し扱いを間違えればすぐに爆発しそうな、嫌な笑い方だった。

 

「回復するものか。聖女でも呼ばない限りな」


 ロイの肩がぴくりと揺れる。これで確定した。シエルのお父さんとお兄さんが倒れた原因はイスカの魔力に当てられたからだと。


 ――しかし、解せない。シエルのお父さんが倒れてから、お兄さんが倒れるまでだいぶ時間があった。並の聖属性持ちでは敵わないほどの魔力なら、周りの人間が気づかないのはおかしい。ネーベルみたいに完全に制御していたならともかく、赤目化しているのに?


「俺たちの要求はこれだ。形式上、書面にまとめたから取りに来い。拒否は裁判で不利になるぞ。それが嫌なら、素直に受け取るんだな」

「大事な主人を危険人物の至近距離に近づかせるわけないでしょ。私が行くわ」

「サーラ」


 ロイが制止するのを微笑みで返す。イスカが何をするのかわからない以上、聖属性持ちの私が行くのが適任だ。魔力の補填が完全ではないとはいえ、私の方が多いだろう。いざとなればスマホもあるし。

 

「大丈夫。受け取ったらすぐに戻るから」


 イスカたちに向かって足を踏み出す。一メートル、二メートル……。もうすぐ書類に手が届くと思った瞬間、背後からミミがはっと息を飲む音が聞こえた。


「ダメです、サーラさん!」


 身構える余裕はなかった。イスカが魔法で生んだ木の根で私の腕と杖を捉えて一気に引き寄せ、アルがすかさず私の首に腕を回す。


 自警団が発足した日、ネーベルがしたのと同じだ。みすみす捕まった自分に嫌気が差す。


「サーラ!」


 顔色を変えたロイが駆け寄ろうとするものの、私の胸に突きつけられた剣を見て、それ以上動けないようだった。


「思った通り、対人戦はど素人だな。どれだけ警戒していても、目的に集中すると隙ができる」


 私の前に立ったイスカの瞳が赤からエメラルド色に変化する。まるでアレキサンドライトみたいに。


「俺たちが欲しいのはたった一つ」


 勝ち誇るように笑い、イスカは私の両目に手を翳した。


「お前だよ、グランディールの聖女様」

魔属性の魔法ばかりを警戒していたので、木の魔法には咄嗟に反応できませんでした。エルフの木の魔法は全種族一です。イスカはサーラが出てくると最初から読んでいたんですね。


さて、次回。イスカの事情が少し垣間見えます。サーラとグランディールの運命やいかに。

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