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70話 新しいエルネア教会(信仰の形は人それぞれ)

「いやあ、すごいなあ。いいなあ。こんなに魔機が揃っているなんて、帝都でも滅多に見られませんよ」


 司教と同じことを言い、ハイノさんがはしゃぐ。彼は戸惑いを隠せない私たちを尻目にソファに座り、ミミが淹れたササラスカティーをとても美味しそうに啜った。


 執務室にはハイノさん、私、シエル、コリンナ、そして、ロイの代わりにネーベルがいる。シエルの後ろに立っている私とは違い、彼はコリンナの向かいの事務机でふん反り返っていた。


「それはどうも。ですが、全て安く譲ってもらった中古品ですよ」

「はは、ご謙遜を。魔機はそうでも魔石は違うでしょう。まるで、無尽蔵に魔石が湧き出る魔物を抱えているみたいですね」


 背筋がひやりとした。思わず固まるシエルと私に、ハイノさんがにっこりと笑う。


「心配しないでください。僕は休暇のつもりで来ましたから、ここで何を聞いても漏らすつもりはありませんよ。妻と娘が一度ラスタに旅行してみたいと言うので、ちょうどいいかと思いましてね」

「……ご配慮痛み入ります。帝都からお土産話をお持ちだとネーベルから伺いましたが、セプテンバー家の方にお願いするとは贅沢な郵便ですね」


 シエルの嫌味も意に介さず、ハイノさんは快活に笑った。

 

「うちはアーデルベルト家には逆らえませんからねえ。なんだかお爺ちゃんが若い頃にノア様にとてもお世話になったからって」


 ノア様とは現聖女様の旦那様だ。彼は元々アーデルベルト家の出身だという。だから、アーデルべルト家は教団と関わりが深いし、地位も高いのだ。


 ハイノさんは使い古したショルダーバッグをごそごそと探ると、中から書類の束を取り出した。


「さて、お待ちかねの報告書です。……の前に、一つだけ先に申し上げておきましょう。あなた方が返り討ちにした北の伯爵。獄死しましたよ」


 突然放り込まれた爆弾に、ネーベル以外の人間が凍りついた。何が楽しいのか、目を細めたハイノさんが「驚きますよねえ」とうんうん頷いている。


「……原因は?」

「自殺とされていますけどねえ。正直わかりません。ほら、僕はただの教団員ですから」


 そんなの聞いていない。ネーベルを振り返って睨むと、彼はローブの袖を指差して飲み込む真似をした。窒息死と言いたいのだろう。


 この話が報告書に含まれていないということは、世を儚んで自ら飲み込んだのか、それとも誰かが無理やり飲ませたのか、証拠が見つからない限り真相は闇の中ということだ。

 

「それを踏まえて、どうぞ」


 シエルは黙って報告書に目を走らせたが、すぐにため息をついて私に回した。そうしたくなるほど簡素な報告書だった。


 司教に献金を脅し取られた教徒には、ネーベルの証拠をもとに返金を。司教の所業が原因で辞めた教団員には希望するなら再雇用を。


 司教の上司は更迭。司教は降格して、助祭スタートになったらしい。さらに医療団に組み込まれ、紛争の最前線に送られるとか。


 ……ひょっとしたら、そのまま行方不明になるかもしれない。多くの人を苦しめた人間だけど、彼の末路を思うと少しだけ胸が痛んだ。


「被害者への救済措置がきちんと盛り込まれているのは救いですが、教皇にはどう切り込むおつもりですか。彼が野放しな以上、同じことが起きると思いますよ」

「辺境伯はまだお若いですね。もちろん、そこはお爺ちゃんたちが裏で処理しますよ。今回の一件ではガチギレしていましたから。最近、ようやく聖女様の憂いも晴れたみたいですし」


 そう言って、ハイノさんはちらりと私を見た。


 もしかしてスマホ? スマホが見つかったから、教団に強気に出られるようになったってこと? でも、ネーベルが言っていた『時期じゃない』ってどういうことなんだろう?


 頭の中を疑問符だらけにする私に気づいたのか、ネーベルが小さく笑う。ムカつく。


「それでですね。今回の一件ではグランディールに大変お世話になりましたので、お爺ちゃんやアーデルべルト家から是非にとご提案がありまして」

「提案?」

「はい。御領にエルネア教会を建てるというものです。管理者は僕、ハイノ・セプテンバーが受け持ちます。こう見えても司祭なのでね。あっ、建設費用はご心配なく。全てこちらで負担いたしますから」


 ドヤ顔するハイノさんに、シエルが息を飲む。なんでそうなるのかわからないのだろう。もちろん、私もわからない。


「……仰っている意味がよくわかりません。ご存知だと思いますが、僕の母はそちらのカミサマに追い詰められて命を断ちました。何をどう考えれば建てる気になると思うのですか」

「またまたあ。辺境伯もお人が悪い。本当はわかってるくせに」


 太ももの上で両手を組んだハイノさんが、これから狩りをするぞと言わんばかりにソファから身を乗り出す。どことなく軽薄さを感じるのはわざとだろうか?


 さっきからこの人、印象がカメレオンみたいに変わって目まぐるしい。正直、苦手なタイプだ。シエルもそう思っているのか、黙って彼の顔を見つめている。

 

「今回の一件で、グランディールの名はさらに上がりました。表でも裏でも有名になった以上、教団の干渉は続くでしょう。なら、いっそあなたの意向に反しないものを置いて管理した方がいい。そう思いませんか?」


 私たちは顔を見合わせた。事情を知っているはずのネーベルはしれっとしている。話していないってことは、ハイノさんのこと嫌いなんだな。


「そのことなんですが……」


 頭を掻きつつ続いたシエルの言葉に、ハイノさんは黙って目を見開いた。






「あー……。なるほど、なるほど……。こう来ましたか……。あー……完全に予想外だったなあ……」


 ハイノさんの視線の先にあるのは、先日完成したばかりの集会場兼、学校兼、塾兼、図書館だった。


 グランディール市内の南側の広範囲を貫く建築群は全て頑丈な石造りで、もしもの時の避難所としての機能も有している。


 形態としては、元の世界でいうコミュニティセンターに近いかもしれない。

 

 中央玄関には『市内総合集会場・領立初等学校』と書かれた看板が掲げられている。今日は学校が休みなので、いつもより静かだ。


「よろしければ、見学して行かれますか」

「……是非」


 呆気に取られた様子のハイノさんを連れて建物内を回る。


 まず最初に総合受付所。ここで出生証明書を見せて許可書を受け取る。生徒は学生証があれば自由に出入りできる。


 奥に行けば集会場、右に行けば学校、左に行けば塾と図書館だ。建物同士は個々に独立しているとはいえ、屋根付きの渡り廊下で行き来できるようになっている。


 特に集会場は領民であれば誰でも利用可能で、併設した会議室や中庭で趣味の活動をすることもできる。家事や仕事の合間のいい気晴らしになると奥様方からもっぱらの評判だ。


「はー……。なるほど。塾を希望する子供には、将来の返済を条件に奨学金という名の補助金が出る。初等学校では物足りないが、都会に進学できる財力のない子供は塾で専門分野を学ぶわけですね。親御さんたちも仕事が忙しいときはここに預けておけば、誰かが面倒を見てくれるから安心……と。まるで、聖書に登場する『地域住民の交流の場』そのものですねえ」


 そんなの聖書に書いているの? そう思ったが、黙って聞いておく。


 建物を回る間、ハイノさんは感心しきりだった。この世界では義務教育は初等学校までだ。中等学校以上は都会にしかない上に、元の世界とは比べものにならないくらいお金がかかる。


 これは国の仕組みが違う以上、仕方のないことなのだろう。さすがの聖女様だって、力の及ばないことはある。


「さて、一周しましたね。この総合受付所の奥が最後にお見せする集会場です。おそらく、あなたも見覚えのある光景だと思いますよ」


 シエルが開けた両開きのドアの先に進んだハイノさんが息を飲む。


 真正面の壁には、私に似た聖女様が様々な種族の姿をした精霊様たちと楽しそうに食事をしている絵がかかっている。


 その手前には説教台というよりも、司会台に近いものがあった。部屋の左右には司会台を向いていくつも長椅子が置かれている。


 真ん中の通路に敷かれた赤い絨毯といい、あちこちで穏やかな光を放つ銀色の燭台といい、女神像こそないものの、集会場はエルネア教会の内装を模していた。


 つまり、これは『教会と呼べなくもないもの』なのだ。建てたはいいが司祭役をどうするかと考えていたところだったので、ハイノさんがやって来たのは好都合というか、何というか。


 ……女神様のお導きだろうか?


「あなたの仰ることは当然、僕たちも考えましたよ。ただ、教会として建てるつもりはなかったということです」


 呆然と中を見つめるハイノさんの隣に並び、「見てください」とシエルが集会場の隅を指し示す。椅子に座って熱心に祈りを捧げる獣人がいる傍ら、世間話で盛り上がるヒト種のおばさまたちがいた。


「エルネア教徒もそうでないものも、入り乱れてここを訪れる。喜び、怒り、哀しみ、楽しみ……様々な感情を抱える彼らが求めるのは日々を乗り越える力です。僕が提供する新しい信仰の形ですよ」

「本職に宗教談義をふっかけるとは、勇気がありますねえ」


 皮肉めいた笑みを浮かべたハイノさんが、ふっと肩の力を抜く。

 

「……ま、初代聖女様も、人の数だけ違う信仰があっていい。なんなら推しは人でも物でも構わない。故郷では精霊信仰のような……何でしたか、アニミズムでしたか……信仰もあったと仰っていたようですから、これもアリでしょう。お互い支え合い、身を尽くすこと。それさえ忘れなければ、神は心に宿るのです」


 つらつらと聖職者らしいことを言ったハイノさんが、背筋を伸ばしてシエルに頭を下げた。まさかそうくるとは思わず、ちょっと驚く。


「先ほどは失礼いたしました。是非、僕をここの司祭にさせてください。この領地の今後に、俄然、興味が湧きましたので」

「構いませんよ。ですが、あなたには魔法紋の塾講師も兼任していただきます。サーラの覚悟が決まるまでの間でいいですから。……かのセプテンバー家の方なら当然書けるんでしょう? 魔法紋」


 挑戦的なシエルの言葉に、ハイノさんは頭を上げるとニヤリと口の端を上げた。

 

「腕が鳴りますね。その代わりと言ってはなんですが、僕の妻と娘のための家もください!」

「近くに空き家がありますからどうぞ。お家賃は格安にしておきましょう」


 どうも、と笑うハイノさんは初めて顔を合わせたときと同じハイノさんだった。


 そのまま奥に進んで、絵の前に立つ。彼は憧れの人に見惚れる少年のように頬を染め、幸せそうに目を細めていた。


「見事な絵ですねえ。この聖女様なんて、まるで生きているようだ。……もしかして、これからグランディールの聖女様として活動されるおつもりですか? なら、まずエルネア教団に入団を……」 

「聖女様に見た目が似ているからってモデルにされただけです! 聖女と名乗る意図は全くありませんから!」


 必死に否定する私に、隣に並んだシエルが笑みを漏らす。

 

「エルネア教徒がいる前で派手に活躍した以上、サーラの噂が広まるのは避けられないでしょう。なら、下手に担がれる前に、絵のモデルになったから聖女様と呼ばれているんだと誤認させた方がいいかと思いまして」

「あなたもなかなか悪ですねえ。諜報員に向いていますよ。領主なんかやめて、入団しませんか?」

「結構です。僕は死ぬまでグランディールの領主でいます。……ここには、僕の夢がたくさん詰まっているんだ」


 それはシエルの心からの言葉に違いなかった。


「こんにちは」

「あら、いらっしゃいマゼンダさん。マルクくんはどうしたんだい?」

「ミミさんとデートです。最近、勉強もせずに遊んでばかりで困っちゃうわ」

「男の子なんてそんなもんだよ。アタシの息子なんてねぇ!」


 集会所の片隅でおばさまたちの話に花が咲く。それを聞きつけた周囲の親たちが、俺も私もと集まって来た。


 ヒト種、エルフ、ドワーフ、デュラハン、ドラゴニュート、マーピープル、シャドーピープル、獣人、竜人、鳥人……。


 様々な種族の、様々な年代の男女が大口を開けて楽しそうに笑っている。初めてアマルディに上陸したときと同じ光景だ。


 今までのルクセンにない場所。そうだ。ここがグランディールなのだ。

シエルの夢。それは種族も性別も関係なく、みんなが笑い合える場所を作ることでした。長年、因子の悲劇に苦しめられてきた彼にとって、多種多様なラスタは憧れだったのです。


さて、次回。長らくもだもだしてきた恋模様に進展の兆しがあります。温泉回再びです!

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