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68話 まるで地元の同級生に会ったような(なんか気まずい)

「ノ、ノワルさんとゴルドさん? なんでグランディールに? 領地に戻ったんじゃなかったの?」


 声が裏返っているのが自分でもわかった。それだけで二人が昔の仲間だと気づいたのだろう。視界の端でシエルが片手で両眼を覆い、ロイがムッとするのが見えた。コリンナとミミは近づいて来る美形たちに警戒しつつも、成り行きを見守っている。

 

「サーラ、久しぶりだね。元気そうでよかった」

「ちょっと痩せたんじゃねぇか? メシはちゃんと食ってるか?」


 一年半ぶりとは思えない距離の詰め方に思わずタジタジとなる。だいぶ良くなったと思ったのに、またコミュ障に逆戻りだ。そんな私を見て、シエルが怒りを露わにした表情でずいと前に出る。


「失礼なことを言わないでください。そちらにいたときはどうか知りませんけど、こちらは三食昼寝付きで雇っているんですよ。最近はおやつもしっかり食べているんですから。ねぇ、サーラ!」

「えっ……。ていうか、ノワルさんたちのことを知ってるの? ひょっとして私が昔、彼らとパーティを組んでたってことも、さっき気づいたんじゃなくて、ずっと前から知ってた?」


 切々と問うと、シエルは一瞬だけ言葉を飲み込んだあと、バツが悪そうに頷いた。ロイは知らなかったらしい。自分は無実とでも言うように必死に首を横に振っている。


「さすがに出会ったときは知らなかったよ。でも、初めてアマルディに上陸したとき、酒場でアルって子とパーティを組んでたって言ってたでしょ。それでピンときたんだよ」


 言った。確かに言った。でも、たった一言だ。シエルも深く突っ込んでこなかったのに!


 声もなくぱくぱくと口を動かす私に、シエルが「ずっと黙っててごめんね」と続ける。

 

「ブリュンヒルデとアーデルベルトは初代聖女の頃からの付き合いだから、他家よりも詳しいんだ。それに……スミスさんは僕の兄弟子なんだよ。僕だけ家庭教師が見つからずに困っていたときに、魔法学校に通っていた頃の担任を紹介してくれたんだ」

「先生もちょうどフリーだったからね。それより、昔みたいにノワルお兄ちゃんって呼んでよ。寂しいでしょ」


 渋々と言った様子で白状するシエルに、ノワルさんが快活に笑う。彼はこんなときでも腹が立つくらい美形だった。隣のゴルドさんも当時を知っているらしく、腕を組んでうんうんと頷いている。

 

「サーラが動揺するから、あなたたちには来ないでくださいってお願いしたはずですよね。代理の方はどうしたんですか?」


 それがね、と続けようとしたノワルさんを「ちょっと待ってください!」と制止する。彼は不調法をやらかす私を咎めることなく、昔と変わらぬ微笑みで許してくれた。


「ねぇ、シエル。ひょっとして、レーゲンさんが言ってた『奥の手』ってこれ? ブリュンヒルデの力でもダメだったときのために、より聖女様に近いアーデルベルトに頼ろうとしたってこと?」

「あ、なんだ。知ってたんだ。そうだよ。聖女様を恐れないってことは、バックに相当大きいのがいると思ってね。念の為の保険として呼んだんだ。まあ、間に合わなかったけどね」


 シエルがノワルさんを睨むのを横目に、私は頭を抱えた。道理で司教を追い出す手段を相談したとき、含みがあると思ったはずだ。相変わらず私の雇用主には秘密が多い。信じてついていくと決めたのはこちらなので、何も言えないけど。


「ごめんね。ちょっとこっちもトラブっててさ。……サーラ、アルがこっちに来てない?」


 突然話を振られて混乱する。そして、すぐに悟った。本題はこっちなのだと。


「……もしかして、いなくなったんですか?」


 ノワルさんが頷く。


「アルはまだ君のことが忘れられないみたいだからね。……領地に戻ってからずっと、アルは抜け殻みたいに過ごしてた。それでも、風の噂で君の活躍を聞くたび、少しずつ元気になっていたんだ」

「活躍って、別に私は何も……」

「アマルディで魔属性に取り憑かれたデュラハンを救い、暴走したクラーケンを倒し、数々のフードイベントを成功させたグランディール。その中心にいるのはミントグリーンのローブを着た、聖女様みたいな黒髪黒目の女性だって聞いたよ。こんなの、君以外にいる? 僕たちといる頃から、君は変わった知識を持っていたし、料理も美味しかったよね。仕事もきっちりしていたし」


 それはバレンスローの酒場で解雇通知書を前にしたとき、ゴルドさんが言っていたことだ。思わず黙る私に、ノワルさんが静かに続ける。

 

「アルもそう思った。あまりの逸話の多さに、『さすがサーラだな。これじゃ振られるのも仕方ない』って笑ってたよ。これなら大丈夫か、ちょうどシエルくんから手紙も届いたことだし、一度こっそり様子を見にいくかってゴルドと話してたんだ。その矢先だよ、姿が見えなくなったのは」


 ノワルさんの青い瞳が私を射抜く。口元は微笑んでいるが、アルを見失った怒りが込められている気がした。それに対抗するように、珍しく怒りを露わにしたロイが私たちの間に割って入る。

 

「サーラは何も悪くないだろ。勝手に惚れて玉砕したやつが被害者ぶるなよ」

「その通り。サーラは何も悪くない。アルが子供だっただけだ。……まあ、断るにしても、もっと言い方があったと思うけどね」


 棘のある言葉に胸が痛んだ。やっぱりノワルさんもそう思っていたのか。優しいから口に出さなかっただけで。


 ……私は今まで、この優しさに甘えてきたんだな。今になって、それがよくわかる。

 

「あのさあ、いきなり来て勝手なことを言わないでくれる? ここは僕の領地で、サーラは僕の従業員なんだよ。責めるなら筋を通してよ」

「そうですわ! 確かにご助力はお願いしましたけど、あなたたちはお呼びしていませんわよ!」


 いつもの冷静さはどこへやら。瞬間湯沸かし器みたいにシエルとコリンナがいきり立つ。シエルに至っては敬語すらもぶっ飛んでいる。ミミは立場を弁えて黙っていたが、まるで泥棒を見つけたときみたいにノワルさんを睨んでいた。

 

「やめて、みんな。庇ってくれるのは嬉しいけど、本当に私が悪いのよ。私は大人として、逃げずにアルと向き合わなきゃいけなかったの」


 そこで言葉を切り、ノワルさんに頭を下げる。こんなことで許してもらえるとは思わない。けれど、黙っていても想いは伝わらないものだから。

 

「今更だけど、本当にごめんなさい。言い方もそうだけど、パーティを離れる前にもっとアルと話すべきでした。たとえ想いには応えられなくとも、全力で向き合ってくれたあの子に、冷たく背中を向けるべきじゃなかった」


 ノワルさんは何も答えない。恐る恐る顔を上げると、今にも泣き出しそうな目とかち合った。


 三年間お世話になったが、こんな表情を見たのは初めてだ。呆然とする私に、ノワルさんが小さく鼻を啜る。


「君は成長したんだね。僕たちといた頃とは、まるで別人みたいだ。でも、その言葉はアルに直接言ってやって。もし、ここに来たらだけど」


 そこで言葉を切り、ノワルさんはシエルたちに改めて向き直った。その表情は、いつも通りの冷静な彼に戻っていた。


「さて、ご領主様。仕事を始めようか。司教の息の根を止めてあげないとね。――そうだな、魔竜の件も含めて詳しく話を聞きたいから、サーラ以外の全員一緒に来てくれる? ああ、大丈夫だよ。ゴルドは紳士だから、僕みたいな意地悪は言わないさ。それとも、久しぶりに会った仲間に積もる話もさせないつもり? 新しい仲間たちは随分と心が狭いねえ」

「まあ、なんて失礼な。わたくしたちはサーラ様を籠の鳥にしているわけじゃありませんのよ!」

「その通りだよ。そこまで言うなら、兄弟子の仕事ぶりを見せてもらおうか。サーラ、何かあったらすぐに呼んでね!」


 少年少女らしくぷりぷり怒りながら、シエルとコリンナがノワルさんを領主館に先導していく。ロイは最後まで抵抗していたが、ミミに無理やり引き摺られていった。本当に強くなったなあ……。


 周囲で成り行きを見守っていた領民たちが闇猟犬の死体の回収を再開したのを機に、ゴルドさんが私に頭を下げる。


「試すような真似をして悪かったな。いい仲間に恵まれたみたいで何よりだよ。あいつもサーラのことを心配してたんだぜ。あんな小さな子が一人で生きていけるのかなって」

「小さなって……。私、もうとっくに成人してますよ」

「エルフにとっちゃ、俺もまだまだガキなんだとよ。困っちまうよな」


 しばしの間を置いて、同時に吹き出した。そのまま声を上げて笑い転げる。パーティを組んでいたとき、こんなに笑い合ったことはあったっけ。


 ……もっと早く気づいていればと思うのは、彼らに失礼だろう。きっと、グランディールに来なければ一生わからなかった。


「あんた、本当に変わったな。昔はもっとオドオドしてて、一切自分の気持ちを話さなかったもんだけど」

「人は生きている限り変わるんですよ。今まで遠くしか見ていなかったけど、近くも見えるようになったんです」


 目を逸らさずに語る私に、ゴルドさんは「そうか」と嬉しそうに言った。


「そういや、さっきレーゲンって言ってたけど、エルネア教団にいた医者のレーゲン・ヴァルトか? 生命魔法がやたら上手い、あの?」

「そのレーゲン・ヴァルトです。やっぱりお知り合いだったんですね」

「あいつの教育係は俺だよ。懐かしいな。元気にしてんのか?」


 グランディールの領立病院で院長をやっていると告げる。さすがに予想外だったらしい。形のいい顎をさすりながら、「あの聞かん坊がねえ……」と目を丸くした。


「よかったら呼んできましょうか?」

「いや、いい。医者を続けてんならな。俺たちにとっちゃ、それが全てだ」


 沈黙が降り、どちらともなく空を見上げる。少し暮れ始めた空には、相変わらず極彩色の鳥が悠々と飛んでいた。


「いい天気だな」

「ですね」


 アルはどこに行ったのかとか、シエルのお父さんは大丈夫なのかとか、気になることは色々ある。


 けれど、今だけは目を瞑ろう。だって、せっかく昔の仲間と再会できたんだもの。


 静かに微笑み合う二人の間を、爽やかな秋の風が通り抜けて行った。

作中、1年半ぶりのノワルとゴルド登場です。ノワルがサーラを責めたのは、シエル達がどういう反応を示すのか見定めるためです。サーラを大事にしない素振りを見せたら連れ帰るつもりでした。300歳越えの意地の悪さは伊達じゃないぜ。それにしても、アルはどこに行ってしまったのでしょうか……。


次回、グランディールに新たな人間がやってきます。

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