表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/100

55話 求めるものは賞賛か安寧か(選択肢は常に一つだけ)

「ようやく完成したの。スライムから採取した人工魔石よ」


 険しい顔をしたシエルがケースを取り、中を検める。そして、すぐに目を見開くと、胸ポケットから拡大鏡を取り出して食い入るように石を眺めた。


 そのまま一秒、二秒……。こちらとしては永遠にも感じる時間が過ぎ、シエルは深い深いため息をついた。


「……天然物と遜色ない。これは世界が変わるよ」

「人工といっても、魔力の蓄積に人の手を介しているだけで、魔石ができる過程は他の魔物と同じだからね。ただ……その大きさだから遜色なく見えるけど、大きくなればなるほど質に差が出てくると思うわ。それは念頭に置いといてね」


 魔石は魔力が凝縮したもの。つまり、個体によってムラというものが出てくる。スライムでは大きな魔石は作れないから、そこまで気にする必要はないと思うが、念には念を入れておかないと。


「わかってる。スライムは弱い魔物だからね。でも、魔機や魔具に使うには十分だよ。実証実験も終わってるんだっけ?」

「うん。厨房の魔機を借りて試してみたけど、問題なく動いたわ。製造方法をレポートにまとめたから読んでくれる?」


 暇を見つけてはコツコツと書き溜めておいた書類の束をシエルとコリンナに渡す。


 内容を簡単にまとめるとこうだ。


 一、スライムに属性を付与するには、まず聖属性の力を給餌時に少量ずつ与え、スライム自身の魔力と属性耐性を底上げする。

 

 二、成長期を迎えたスライムに付与したい属性の魔力を少量ずつ与える。聖属性の力を与えるときと同様に、魔力が多すぎると自壊してしまうので、個体に合わせて微調整する必要がある。

 

 三、十分に魔力を蓄積したスライムは成体となり、核(魔石)を形成する。この際、属性魔力が足りないと樹脂スライムへ進化する。


 四、分裂したスライム(子と呼称する)は核を持たないが、分裂元(親と呼称する)と同レベルの属性耐性を持つため、聖属性の力、及び魔力を与えずとも魔素の摂取が可能となる。


 五、分裂済みの親スライムに再度魔力を与えると、魔石の純度が上がる。これは分裂に不純物を濾過する役割があるためと推測される。


「つまり……。殺して採取するよりも、寿命を全うさせた方が質が良くなるってことだね」

「時間はかかるけど、結果的にメリットの方が大きいわ。子スライムは魔素を適切に摂取できるから、魔力量の調整が不要になるの。もちろん、その分相反する属性には弱くなるから、属性ごとに分けて飼育する必要は出てくるけど」

「親に属性を付与してしまえば、ねずみ算式に子スライムが増えていく……。大量生産が可能、ということですわね」


 黙って頷く。おそらくエルネア教団も同様の手段で聖属性のスライムを確保しているはずだ。ただ、その事実を彼らが公にすることはないだろう。


 ちらりと隣のパールを見下ろす。最初は聖属性化させるつもりだったけど、しなくてよかった。聖属性化したスライムに核ができれば、聖属性の力の元が魔素だと知られてしまう。


 となると、エルネア教団に目をつけられるどころか、存在が消される可能性が高まるわけで、ブラウ村でのパールはまさにファインプレーと言える。その事実に気づいたときには背筋がゾッとしたものだ。

 

「ここから先はシエルの判断に委ねるわ。製造方法を秘匿してお得意様専用に卸してもいいし、特許を取って大量生産を見据えてもいい。魔石は流出させず、魔機や魔具を作って売るのもありかもね。ただ、大量生産するなら周到に準備した方がいいわ。医者と同じで、聖属性の魔法使いは大抵エルネア教団に囲い込まれてるからね」


 シエルは静かに目を瞑った。そのまましばし無言の時が過ぎ、ゆっくりと瞼を上げる。その緑色の瞳には強い決意の色があった。


「特許を取ろう。僕は世界が変わる様をこの目で見たい」

「わかった。じゃあ、特許申請の準備をするわね。最初に話した通り、私、シエル、コリンナの共同名義でいいわよね?」

「うん。ただ、申請のタイミングは僕とコリンナが成人してからだ。未成年だと何かと面倒だからね。――まあ、保険だよ」


 ことがことなので慎重になるのは当然だ。スライムを用いた人工魔石の製造は私の他に研究している人間はいないだろうから、焦る必要もない。


 それは何故か? さっきシエルに話した通り、聖属性の魔法使いはことごとく教団に囲い込まれている上に、うっかり情報が漏れたらもれなくネーベルクラスのお客様がいらっしゃるからだ。


 コリンナはラスタ国民なので、今年の夏で成人。シエルは来年の元旦に成人だ。時間をかければ、その分研究の精度も高められるし、ちょうどいいかもしれない。


「早速、今日から論文作りに取り掛かるわ。秋までには仕上がると思う」

「まだ時間はあるんだから無茶しないでね」

「その言葉、そっくりそのまま返すわよ」

 

 無事に報告が終わったので、防音魔法を解いて執務室を出ようとしたとき、コリンナが「あの……」と私を引き留めた。


「お忙しいところごめんなさい。サーラ様に相談に乗っていただきたいことがありまして……」


 珍しく歯切れが悪い。ロイと護衛を交代するまでまだ時間はある。いいわよ、と答えるよりも早く、シエルがロイを連れて立ち上がった。


「僕たちお昼を食べてくるから、ここ使いなよ。ドアに外出中の札を掛けておくね」


 あら優しい。感心しつつ背中を見送る。そのままシエルはドアを潜ろうとしたが、不意に立ち止まると、こちらを肩越しに振り返った。

 

「サーラ」

「何?」

「本当にありがとう。君のおかげでグランディールを守れる」

「大袈裟ね。その筋道を立てたのはシエルでしょ。私は仕事半分、趣味半分でスライムを研究しただけよ」


 シエルは微笑むと、それ以上何も言わずに執務室を出て行った。


 コリンナに向き合い、「相談って何?」と促す。コリンナはしばらくもじもじしていたが、意を決した様子で事務机から書類の束を取り出して私に手渡した。


 表紙には『聖属性、及び魔法紋を組み合わせた効率的な魔石運用について』とある。


「かねてからお手伝いいただいていた卒業論文がようやく完成しましたの。シエル様にはすでに読んでもらいましたわ。サーラ様にも目を通していただきたくて」

「え? 私、学校に行ってないから参考になるかは……」

「いいんですの。魔法紋師として率直な感想をお聞かせくださいませ」


 そうまで言われると突っぱねられない。ページを捲り、順番に文章を読んでいく。


 内容を掻い摘んで言うと、聖属性で効果を底上げし、魔法紋で指向性を強めることで魔石の消耗を抑えて、魔機や魔具の使用年数を伸ばすというものだ。これは人工魔石の普及を見据えてのことだろう。


 草案は何度か見たが、こうして完成した論文を目の当たりにすると感動する。ルビィもこんな気持ちで生徒に接していたのかもしれない。


「魔法紋の作例はもう少し身近なものにした方がいいかもしれないわね。魔石レンジは貴族でもなかなかお目にかかれない高級品だから、一般人にはとっつきにくいと思うわ。……それ以外は特に気になるところはないわね。論理も破綻していないし、十分合格点取れるんじゃない?」

「ありがとうございます! 早速検討いたしますわ。では……こちらもお読みいただけますか?」


 さっきよりもさらに分厚い書類が出てきた。表紙には何も書いておらず、ところどころ握りしめたようなシワがついている。


 首を傾げながらページを捲る。さっきと同じように読み進めようとして――すぐに手が止まった。


 コリンナが手渡したもの。それは聖属性と魔属性の力の元は魔素だと主張する論文だった。単なる仮定で終わらせずに、聖属性、魔属性の力の質と他属性の類似性をデータとして示してある。


 聖属性のサンプルは私や自警団の魔法紋師だろうけど……たぶん魔属性はネーベルだな。あいつ、私には塩対応なくせにコリンナには優しいじゃないの。


 けれど、これには決定的に欠けているものがある。物証だ。力の元が魔素だと証明するには、鉱物、もしくは魔石がいる。


 もしかして、私に魔石を要求しているのだろうか。ちらりと伺うと、コリンナは重々しく首を横に振った。


「サーラ様にご無理をお願いするつもりはありませんわ。ヒト種が魔石を作るのは並大抵のことではありませんもの。そもそも、その論文はこのままお蔵入りさせるつもりですから」

「……どうしてか聞いてもいい?」


 コリンナは一瞬の沈黙のあと、「怖いのです」と震える声で言った。


「この先に進んでしまったら、取り返しのつかないことになる気がして。この論文に取り掛かる前、シエル様には釘を刺されていましたの。『もし力の元が魔素だと証明されたとして、どんな結果が待ってると思う?』って」


 シエルがそんなことを。きっと最初に話に乗ってしまった責任を感じていたのだろう。魔法に造詣が深いブリュンヒルデ家なら、その危うさに気づいているはずだもの。


「コリンナはどう思ったの?」

 

 静かに尋ねると、コリンナは膝の上で両手をぎゅうっと握りしめた。

 

「モルガン戦争の再来ですわ。魔属性が魔素だと広く知れ渡れば、人為的に魔属性を得ようとするものが必ず現れるでしょう。それに……エルネア教団も黙ってはいませんわ。グリムバルドは聖女の結界に守られていますもの。もし、それが撤回されることがあれば……」

  

 そこで言葉を切り、コリンナは唇を噛んで項垂れた。ああ、やっぱりこの子は賢い子だ。自分でその結論に辿り着くなんて。


 もっと早くに教えてあげればよかったのかな? 胸に罪悪感を抱いたそのとき、ぱっと顔を上げたコリンナが涙が滲んだ目でまっすぐに私を見つめた。


「全てを教えてくださらなくて構いません。ただ、知りたいんですの。その論文は、正しいでしょうか?」


 コリンナは私が真相を知っていると確信しているようだった。長い長い沈黙のあと、私は一度だけ頷いた。きっとルビィも目を瞑ってくれるだろう。

 

 か細い吐息がコリンナから漏れる。その表情は安堵しているようにも、今にも泣き出しそうにも見えた。


「ありがとうございます。その論文は後世の魔法使いに託しますわ。きっと、世界がもっと平和になれば公表できる日が来るはずですもの」

「……そうね。その間、誰にも読まれないようにしないとね」


 紙面に深く刻まれたシワを伸ばしながら、コリンナに論文を返す。彼女はさりげなく目尻の涙を拭うと、自分を鼓舞するようにガッツポーズをした。


「大丈夫。一番安心できる場所に隠しておきますわ!」


 その笑顔は、真昼の太陽のように眩しかった。

何かを守るためには諦めなければならないこともある。コリンナはとても頑張りました。


次回、招かれざる客がやってきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ