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51話 焦燥の果てに(一件落着なのかな?)

 頭上から何度も何度も咆哮が上がる。屋根にいる飛竜の苦悶……の声?


 窓に駆け寄り、身を低くして外を覗き込む。光の魔法と火の魔法に照らし出された先に、私兵団に混じって地面を疾走する大型の魔物の姿が見えた。


 遠目でもわかるふさふさの毛並みに三つの顔。ポチとシロだ。他にも見知った面々が見える。ラスタ側と協力しながら、ポチや空を飛べる鳥人を中心に、巧みに飛竜の魔法を掻い潜り、屋根に飛び移っては攻撃して離脱するのを繰り返しているようだ。


「シエル、ポチとシロよ! グランディールの自警団も到着……」


 最後まで言い終わる前に、執務室のドアが激しい音を立てて砕けた。


 外から破壊されたと認識するよりも早く、覆面をした黒ずくめの男が部屋の中に飛び込んでくる。その右手には光魔法に反射して煌めくナイフ。窓際にいる私には目もくれず、身を寄せる三人へ一直線に向かっていく。


「させないわよ!」


 避けられないよう風魔法で宙を飛び、男に全力でぶつかる。吹っ飛ぶかと思いきや、男は私の髪を掴むとそのまま床に叩きつけた。


 容赦のない力に目が眩む。まさか獣人? それとも、生命魔法で強化しているのか。ギリギリと首を絞められ、息ができなくなる。


「サーラ様から離れなさい!」


 徐々に狭まる視界の先で、公女様が杖を男に向けたのが見えた。次の瞬間、体が宙に浮き、公女様を巻き込んで壁に衝突する。まるで野球のボールの如く、男にぶん投げられたのだ。


 咄嗟にシエルが木の根でクッションを作ってくれたので、なんとか衝撃は殺せたが、杖が手から離れてしまった。あまりの痛みに体が自由に動かない。公女様も生きてはいるものの、とても立ち上がれないみたいだった。


 邪魔者が沈んだ隙に、男が再度シエルたちに向かっていく。「公女様!」と叫ぶコリンナを背後に庇ったシエルが、男を迎え撃とうと自ら身を乗り出した。


「ダメよ、シエル! 下がって……!」


 シエルが魔法を放つよりも男の方が早い。男の振り下ろしたナイフがシエルの胸を捉えた瞬間――騎士服の胸ポケットから飛び出した闇の鎖がナイフを弾き飛ばし、男の体に巻き付いた。

 

 同時に、窓を割って飛び込んできた何かが男を床にねじ伏せる。ポチ? いや、人だ。闇に溶ける黒髪に、満月のような瞳。その瞳孔は縦に長い。


「ロイ!」


 ロイは己の闇から取り出したロープで手早く男を縛り上げると、シエルの体を念入りに確認してほっと息をついた。そして、飛びつくようにこちらへ駆け寄り、今度は私の体を確認し始めた。


「わ、私は大丈夫だから、公女様を看てあげて」

「サーラが先だ。ひどい怪我じゃないか。すぐに治すから……」

「馬鹿! ただの護衛を優先してどうすんのよ……って、あなたフールー風邪でしょうが! 自分の生命力を使おうとしないで!」


 治療魔法を使おうとするロイの腕を取る。体は熱くない。きっとレーゲンさんに無理やり治してもらったんだろう。平気そうな顔をしているが、相当体力を消耗しているはずだ。そんな状態で力を使えばどうなるかわからない。


「お願いだから無茶しないで。私は後でレーゲンさんに治してもらうから、公女様の怪我も治せる範囲で治して。あなたが来たってことは、ラスタ本土からも救援隊が来ているんでしょう? 応急処置でも十分持つわ」


 男がねじ伏せられたタイミングで飛竜の咆哮はぴたりと止んだ。予想通り、男は魔物使いだったのだ。相棒が捕まったから、飛竜も大人しくなったのだろう。少なくとも屋根の上にいる個体はロイがなんとかしたはずだ。血だらけだし。

 

「……わかった」

 

 渋々といった様子で、ロイが公女様に手を伸ばす。公女様の怪我は私に比べて軽症だったようで、すぐに目を覚ました。


 それに安堵の息をつきつつ、床に転がった男に目を向ける。気絶しているのか、男はぴくりとも動かない。さっきシエルを守ってくれた闇の鎖は、役目を終えたように消えていた。


「シエル、さっきの魔法って――」

「待って、サーラ。誰か来る」


 シエルの言葉に耳を澄ます。確かに、こちらに駆けて来る複数の足音が聞こえた。身構えるロイを制し、根性で長杖に手を伸ばしてその場に立ち上がる。


 公女様とコリンナは戦闘不能。シエルはコリンナを支えている。ロイにはこれ以上無理をさせられない。ここは私がなんとかするしかない。


 長杖を握る手に汗が滲む。しかし、壊れたドアから顔を出したのは見事な金髪と青い瞳の美形――公爵様だった。


「捕まえたかい? 当たりを引いたのはそっちだったみたいだね。こっちも大体片付いたよ!」


 早口で捲し立て、コリンナ、公女様、私の順に視線を走らせる。それだけで状況を把握したらしく、ついてきた私兵団員の一人に医者を要請すると、抜き身の剣を下げたまま部屋の中にズカズカと入ってきた。

 

「シエルくん以外、みんなひどい有様だねえ。どれどれ、ご尊顔を拝見しようかな?」


 笑いながら長い足で男を転がして覆面を剥ぎ取る。襲撃者は若い男だった。ごく普通の茶髪で、ヒト種以外の特徴は見当たらない。整った顔つきをしているが、シエルやコリンナと違ってひどく冷たい印象を受けた。


「……北の伯爵だ。首飾り事件の」


 ロイが低く唸る。彼はシエルとコリンナが伯爵に落とし前をつけに行ったときに同行していた。そういえばシエルのお姉さんが、伯爵は飛竜を多く飼っているって言っていたような……。


 つまり、これはシエルへの逆恨み? ブリュンヒルデ家に泣きついたけど、すげなく追い払われて思い詰めたってこと?


 シエルに視線を向けると、彼はひどく青い顔をして伯爵を見つめていた。それに気付いた公爵様が、シエルの肩をポンと叩く。


「人気者は辛いねえ。でも、シエルくんがパーティーに来なくてもアマルディは襲撃されていたと思うよ。現状、グランディールとアマルディは蜜月状態だからね。どちらかに被害が及べば、もう片方もダメージを負う。グランディールを直接狙わなかったのは、ブリュンヒルデの庇護下にあるからさ。シエルくんはまだ未成年だしね」


 ルクセンの貴族は十六歳以上であれば、準成人として領地も爵位も継げる。けれど、領地経営の実質的な責任者は親、もしくは後見人なのだ。シエルは父親から丸投げされているので自由に裁量を振るえるだけだ。


「あまり気に病まないでよ。断ろうとする君を強引に呼んだのはこちらだし、シエルくんが事前に伯爵について教えてくれたおかげで、十分な対策が取れたんだ。領主館は多少壊れたけど、精鋭を配置していたから入り込んだ魔物も刺客もすぐに倒せたし、市内に降りた飛竜もあらかじめ用意しておいた網で捕まえられた。今頃みんな祝杯でもあげてるんじゃないのかなあ」

「えっ……。襲われるかもしれないってわかってたってこと?」

「なのに黙ってたのか?」


 思わず声を上げる私とロイに、シエルは言いにくそうに「うん」と返した。

 

「あの姉さんがわざわざ嫌味を言うためだけに来るはずがないからね。さすがに、ここまでのことをするとは思っていなかったけど……。最悪のケースを想定して正解だったよ」

「ふ、ふざけないでよ! そんな肝心なこと、なんで黙ってるの? 私たち、あなたの護衛じゃない! どうして話してくれなかったのよ!」


 シエルに掴み掛かろうとしたが、遂に体力が尽きてその場に膝をつく。ロイとシエルが「サーラ!」と駆け寄ってきてくれたが、今はその優しさが辛いだけだった。


 ぽたり、と床に涙が落ちる。


「誕生日に言ったことを忘れたの? 頑張りすぎないでって言ったじゃない……」

「ごめん……」


 誰からともなく肩を抱き合う私たちを尻目に、シエルの代わりにコリンナを支えた公女様が叫ぶ。


「わ、わたくしも存じていませんでしたわ! どうして話してくださらなかったのです!」

「君は反対するでしょ。世の中には肉を切らせて骨を断たなきゃならないときがあるんだよ。将来ここの経営に携わるつもりなら覚えておきなさい」


 公爵からバッサリと言われ、絶句する公女様を宥めるように、コリンナが言葉を続ける。


「わかってくださいませ、公女様。この機に伯爵を捕らえておかないと、シエル様もアマルディも狙われ続けてしまいますもの」

「そういうことだね。……あっ、お目覚めかな? 麗しき伯爵様、我がアマルディへようこそ」


 微かに身じろぎして目を開いた伯爵が、周りを取り囲む私たちを見て「ひっ」と声を上げる。口の端を上げた公爵が、逃げようと後ずさる伯爵を蹴り倒し、乱れた髪を掴んで強引に引き上げた。

 

「逃げるなんてつれないじゃないか。ルクセンの足元にも及ばないこんな小島、すぐに潰せると思ったかな? 甘いねえ。実に甘い! 今、ラスタにいるのはあのモルガン戦争を乗り越えた()()()()たちなんだよ。これぐらいで屋台骨が揺らぐと思わないで欲しいねえ」


 くつくつと笑う公爵に、伯爵はただ顔を青ざめて震えている。それはまさに蛇に睨まれた蛙。これから訪れるひと噛みをただ待つしかないのだ。


「わかってるよね? これは国際問題だ。君も、君の家族もおしまいさ。ルクセンに食い込むチャンスをくれて感謝してるよ。――連れていけ」


 話が終わるまで大人しく待機していた私兵団が伯爵を引き摺っていく。入れ替わりに近づいてくる足音は医者たちだろうか。


 公爵はもう一度だけコリンナと公女様に視線を走らせると、「僕も行くか」と呟いてドアの残骸を跨いだ。


「これでクラーケンの借りは返したからね。細かいことはまた後日話そう。これから焼き鳥をふるまわなきゃならないからね!」

シエルのお姉さんはわかりにくいツンデレなので、ああいう遠回しな忠告しかできませんでした。伯爵をしばき倒すのにノリノリの公爵ですが、これが彼の素です。


次回、サーラとロイのダンス回です!

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