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48話 営業チャンスは逃さない(本当にしたたか)

「シエルどの、よく来てくださった!」


 堂々と胸を張って近づいてきたのは、金髪青目の中年男性だった。耳が尖っていないので、エルフの血を引いたヒト種だろう。豪奢な騎士服が驚くぐらい様になっている。


 何も言わなくてもあふれ出る自信は地位のあるものの証明だ。どことなく公女様やコリンナに似ているし、周りの客たちが一斉に頭を下げている。ということは……。


「お初にお目に掛かります、リッカ公爵。本日はお招きいただきまして誠にありがとうございます。コリンナ嬢には大変お世話になり、公爵の温情に感謝するばかりです」

「頭を上げたまえ! 堅苦しい挨拶はいらないと娘も言わなかったかな?」

「いえ、僕はしがない辺境伯。公爵様に失礼があってはいけませんから」


 あくまでも低姿勢を貫くシエルに、公爵はにんまりと笑った。まるで悪戯を思いついた子供みたいに。

 

「なるほど。まだリラックスしてもらえていないようだね。――お集まりの諸君!」


 公爵が仰々しい仕草で片手を振り上げる。魔法を使っていないのにものすごい声量だ。隣で公女様が困ったように微笑み、コリンナが顔を顰めて頭を抱えた。シエルはこれから起こりそうな面倒ごとの気配をいち早く察知し、さりげなく背筋を伸ばして戦闘体制になった。


「こちらにおられるのはルクセン帝国からお越しのシエルどのだ! どうだ、すごいだろう? こんなに若いのに、辺境伯だそうだ! 我々ラスタ国民のために、わざわざご挨拶に来てくださったぞ!」


 広間にいた客たちがざわめく。どうやら事前に知らされてはいなかったらしい。


 ラスタ国民にとって、ルクセンは古くからの同盟国だが、喧嘩別れした親でもある。建国から八百年近く経った今でも、首都のグリムバルドには当時の苦難の象徴であるエルネア教会は建てられていないという。


 今まで会ったラスタ国民が気のいい人たちばかりなので、すっかり忘れていた。民間レベルならともかく、ここは他国の公的機関。ルクセン国民にとってはアウェーな場所なのだ。


 初めてグランディールに来たときのハリスさんと同じ。公爵はシエルを試している。けれど、シエルは動じることなく前に進み出ると、胸に手を当ててこれ以上ないくらい優雅にお辞儀をした。


「ただいまご紹介に与りましたシエル・ローゼン・フォン・グランディールと申します。父はエルフのハウエル・ブリュンヒルデ。母は聖女の血を引くヘレン・グランディール。若輩者ながら対岸のグランディール領を治めております」


 ざわめきが大きくなる。シエルがさらに声を張る。


「栄えあるラスタ国民の皆様におかれましては、ルクセンに様々な思いを抱いておいででしょう。ですが、我がグランディールはラスタ王国のような多様性豊かな領地を目指しております。今日はその第一歩。新しい年を迎え、我が領地と貴国との更なる結びつきを祈念いたしますと共に――特別な贈り物を持参しております」


 その瞬間、どこに隠し持っていたのか、コリンナが杖を振るった。パッと照明が切り替わって、壁際のテーブルの一つをスポットライトのように照らし出しす。


 そこには、マーピープルの女将衆や他領から流れてきた研究者たちと共同開発した化粧品が置かれていた。先日ようやく瓶詰めが完了してコリンナに渡していたが、まさかここでお披露目になるとは。


「昨年の秋に収穫したライスから開発した化粧品です。ライス糠の美容成分をたっぷりと配合しておりますので、皆様の麗しいお肌を守るのに最適ですよ。もちろん、女性用だけではなく男性用もございます。種族は問いません。髭の艶が良くなったと、ドワーフの方にもお墨付きをいただいております。どうぞお持ち帰りください」


 シエルが自分の美貌を遺憾なく発揮して笑顔を振り撒いたのと同時に、あちこちから黄色い悲鳴が上がった。


 そりゃそうだ。エルフの血を引く美貌。白を基調とした騎士服。まるでロマンス小説から抜け出してきたみたいな姿なんだもの。


 女性も男性もため息をつくのを尻目に、私はこの場から逃げ出したい気持ちだった。まさかパーティーにお呼ばれして営業をかけるとは……。ルクセンだったら許されない暴挙だろう。ここがラスタで、それも商業都市のリッカ領でよかった。みんなミーハーっぽいし。


 誰からともなく起こった拍手に包まれて、シエルがこちらに戻ってくる。

 

「やるね」

「どうも」


 ニヤニヤした公爵といつも通りのシエルが言葉少なに会釈を交わす。

 

 それで終わらせていいの? 国際問題にならない? 内心おろおろする私にコリンナが再びそっと耳打ちする。


「公爵様は領主というより商人気質ですから、全てにおいて『面白そう』を優先するのですわ。今日のお客様も、大体公爵様と似たタイプをお呼びしていますのよ」


 なるほど。営業マン同士心が通じ合ったってことね……。


 まあ、パーティーのホストが満足したならいいか。ふうと息をついて肩の強張りを解いたとき、シエルと談笑していた公爵様が私の方をぐるんと向いて、一足飛びで近寄ってきた。

 

「君がサーラ・ロステム?」

「え、ええ、そうです……が」

「見事な黒髪黒目だ! まるで塔の聖女様みたいだね」


 そう言われるのは何度目だ。咄嗟に身を引こうとしたが、強引に手を取って引き寄せられた。こちらが声を上げるよりも早く、人形みたいな顔を寄せてくる。

 

「クラーケンを退治してくれてありがとう。君のおかげでアマルディは救われた。樹脂スライムも融通してくれて、本当に感謝しているよ。これからもコリンナをよろしくね」


 早口の囁き声で捲し立て、にこっと笑う。


「あの子には辛い役目を背負わせていると思う。そのせいでずっと気を張っていて、正直見ていられなかった。でも、グランディールで働くようになってから、本当に楽しそうなんだ。君のことをもう一人の姉だと思っているみたいでね。……その信頼を裏切らないでくれると嬉しいな」


 ――あ、目が笑ってない。何か返さなきゃ、と思ったとき、顔を真っ赤にしたコリンナが私と公爵様の間に割って入った。

 

「もう! やめてください公爵様! サーラ様から手を離して! そういうの、セクハラって言うんですのよ!」

「おや、今はそうなのかい。僕が若い頃は女性を見たら口説くものだったけどなあ。それで母さんもゲットしたし」

「奥様も精霊界でお怒りですわよ! 再会したときにそっぽ向かれても知りませんから!」


 それは困るなあ、と笑った公爵様が私から手を離す。とんだ釘を刺されてしまった。ちらりとシエルを見ると珍しく苦笑いしていた。さすがの彼も公爵様のテンションについていけないらしい。


 公爵様は居住まいを正すと、「じゃあ、僕はそろそろ商談があるので」と踵を返した。

 

「あとは僕の娘がお相手するよ! どうか楽しんでいってくれたまえ!」


 片手を上げて颯爽と去っていく。口には出せないが、ほんのちょっぴりシエルと似ていると思った。






 山頂にある領主館の庭は寒い。瀟洒なベンチの上で冴え冴えとした月の光を浴びながら、私はコリンナに借りたストールを羽織った。


 玄関の方からは何頭もの馬の嗎が聞こえてくる。無事にパーティーが終わり、今は少しずつ客たちが帰り始めているところだ。そのおかげか、庭にはほとんど人がおらず、人混みに疲れた身には有り難かった。


 シエルはコリンナや公爵様と共に、今後の樹脂スライムの出荷について商談に入っている。細かい話は後日仲介人のハリスさんを交えてとなるだろうが、事前打ち合わせをしておきたいとのご要望だ。


 護衛としては同席したかったのだが、機密事項だからと公爵様にやんわり断られてしまった。コリンナがいれば万が一はないだろうけど、どことなく落ち着かない。


「……ロイの具合は良くなったかな」


 夜空に輝く月とロイの瞳が被る。考えてみれば、こうして長時間離れるのは初めてだ。無意識に手を上げてプレゼントの髪留めに触れたとき、暗がりから「サーラ様」と呼ぶ声がした。


「公女様? お一人でどうなされたんですか。コリンナ……嬢は?」

「まだ話し込んでいますわ。みんな盛り上がってしまって、入る隙がないのでこっそり出てきたの」

 

 なんて無謀なことをする。父が父なら子も子なのか。


「いけませんよ、そんなことをしては。コリンナ……嬢が困ってしまいますよ」

「呼び捨てにしてくださって構いませんわよ。普段はもっと気安いのでしょう? わたくしの前だからってお気になさらないで」


 そうは言っても……。どう返せばいいのか悩んでいるうちに、公女様はさっさと私の隣に腰を下ろした。


「実はわたくし、あなたともっとお話しをしてみたくて。コリンナはグランディールでお役に立っていますか?」

「それはもう。コリンナがいなければグランディールの事務仕事は回りませんよ。他にも色々と協力してもらって感謝しかありません」


 公女様がほっと息をつく。許可は出したものの、ずっと心配していたのだろう。まあ、侍女が他国で働くってラスタでも変わってるだろうしな……。

 

「あの子のクラスメイトにもそれとなく話を聞いていたのですけど、本当でよかったわ。それでね……。辺境伯ってどんな方なのかしら。最近、コリンナの話に上がることが多くて、気になってしまって……」

「どんなって……」


 苦手な質問だ。誰かを定義づける言葉は好きじゃない。元の職場だったら当たり障りのない回答をするところだけど……公女様の瞳にはそれを許さない光があった。


「あの通りですよ。したたかで、チャンスに貪欲で、売られた喧嘩は買う少年らしさもあります。ですが……誰よりも領地を守ろうとしています。それこそ身を粉にして。そんな領主を、わた……グランディール領民は信じて命を預けています」


 私たち、と言おうとして言い直す。まだ根を下ろすか決めかねている私にその資格はないと思ったから。


 それでも私の言わんとすることを察してくれたのか、公女様は神妙な顔で大きく頷いた。


「それはよく伝わってきましたわ。父との商談中も、領地をどう盛り立てるかしか頭にないようでしたもの。でも……コリンナのことはどう思っているのかしら。雇用主としてではなく、一人の男性として」


 おおっと。知りたいのはそっちか。私みたいなコミュ障に恋愛について尋ねるのはやめてほしい。そもそも他人が口を出すことでもない。……だけど、公女様の立場としては気になっても仕方ないか。


「正直なところ、私にはシエルの気持ちはわかりません」


 言葉を選びながら思うことをそのまま口に出す。今までなら黙り込んでいたかもしれない。私も成長したものだ。


「普段の様子を見ると、仲良くしているとは思います。同年代だし、同じぐらい頭もいい。ですが、コリンナは公女様の侍女ですよね。もし好意を抱いていたとしても、シエルは自分の気持ちを誰にも言わないと思います。……グランディール領主で、何より他国民ですから」


 そこまで話したとき、ふと、森の女神様と口にしたのはコリンナだけだと思い至った。定型句なら公女様にも言ってもおかしくないのに。


 これはもしかして、もしかするのかな? 話すべきかどうか迷う私に、公女様は形のいい眉を寄せてぽつりと呟いた。


「辺境伯はコリンナの立場を慮ってくださってるのね。そして、アマルディのことも。……コリンナが望むなら、二人が結ばれる方法がないわけではないの。でも、それは……」


 何それ、気になる。もっと詳しく聞こうと身を乗り出したとき、夜のしじまをつんざく鳴き声が響き渡った。

リッカ公爵アラン。彼は成長してさらにしたたかになったシエルです。今まで口先三寸で生きてきました。ラスタ王家の親戚なので、権力もあります。ネーベルに続くタチの悪さです。


さて、大声の次は鳴き声ですね。

次回、長い夜の始まりです!

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