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46話 予想外のプレゼント(お誕生日おめでとう)

「今日はお疲れ様でした! イベントが成功したのはみんなのおかげだよ。協力してくれてありがとう」


 領主館の食堂で、シエルが乾杯の音頭を取る。この場にいるのは私、ロイ、レーゲンさん、パール、ナクト夫婦、クリフさん、黒猫夫婦、そしてコリンナだ。コリンナはまた外泊だけど、いいのかな……。


 ミミは子供なので、もう夢の中。ハリスさんは今頃湯治場でご家族とのんびりしているだろう。ネーベルは……一応誘ったけど、まだ来ていない。正直、来なくてもいい。


「ナクトとアルマはわかるが、なんで俺も呼ばれたんだ」


 みんなが一気に飲み物を煽る中、ちびちびとビールを飲みながらクリフさんが問う。お酒は飲めるが、そんなに好きでもないらしい。


「なんでって、忘れたの? シエルとクリフさんの合同誕生日会するって言ったじゃない」


 そう。なんの偶然か、シエルとクリフさんの誕生日は一日違いだった。シエルが一月一日。クリフさんが十二月三十一日。なんともおめでたい二人だ。


「そうだったか?」


 初めて聞いたような顔でクリフさんが首を傾げる。長命種にとって、誕生日は特別な日ではないのかもしれない。


「コリンナさんの幻影魔法、とても綺麗でしたね。初めてのフードイベントのときもすごいと思いましたけど、それ以上でした。壁に映った絵があんなに自由自在に動くなんて」

「喜んでいただけて何よりですわ。サーラさんのアイデアですのよ。手伝ってくれた魔法学校生たちも興奮していましたわ。あんな技術をどこでお知りになったの?」


 その場にいた全員の視線が集中して肩がびくりと竦んだ。お願いだから注目しないで。元の世界で見たから、なんてとても言えない。


「お師匠さんから教えてもらったんじゃないの? 八百歳越えのエルフだって言ってたでしょ」

「あ、う、うん。そうなの。前に聞いていたのを思い出して」


 シエルの言葉に全力で乗っかり、なんとかその場を切り抜ける。タイミングよく黒猫夫婦が大量のおつまみを出してくれたので、みんなの意識もそちらに向いた。


 シエルとコリンナの未成年組、妊婦のアルマさん、普段は飲まないクリフさん以外はみんな酒好きだ。イベントの進行にかかりきりで屋台の料理を食べる暇もなかったし、空の皿や空き瓶がどんどん増えていく。


 ナクトくんと飲み比べ対決をしたレーゲンさんが撃沈したり、カラッとジューシーな唐揚げをパールにお裾分けしたり、めいめい好きなことをしているうちに会話も落ち着いてきて、そろそろケーキを食べるかという空気になった。


 黒猫夫婦が年越しにゅうめんと雑煮作りの合間に用意してくれたケーキは、右半分が生クリーム、左半分がチョコクリームという手の込んだ贅沢仕様で、その場の全員の顔が輝く。


「じゃあ、いただこうか――と言いたいところだけど、先にプレゼントだね。クリフさん、誕生日おめでとうございます。これは僕たちグランディール領民からのお礼の気持ちです」

 

 領主の顔に戻ったシエルが、ロイの闇から取り出した箱をクリフさんに手渡す。


 前ならえしたぐらいの幅の長方形で、緑色の包装紙に赤いリボンを巻いてある。クリフさんはしばし黙って箱を見つめていたが、やがて乱暴に包装紙を破って蓋を開けた。


 中に入っているのは、渋い赤色の革エプロンと革手袋だ。探索者組合に協力してもらって仕留めた火竜の皮を、なめしてアルマさんに仕立ててもらったものである。


「これを俺に?」

「火竜の革製品は火に強い。職人仕事にはピッタリでしょう。グリムバルドに戻っても、素晴らしい作品を生み出してください」

「……たった半年しかいない俺に、なんでここまでする?」


 訝しげな目を向けるクリフさんに、シエルがふっと微笑む。

 

「ハーフドワーフのクリフさんにとってはほんの半年でも、僕たちにとっては十分長いんですよ。クリフさんが来てくれなかったら、ワーグナー商会と取引することも、タコ焼きパーティーをすることも、領民たちの生活道具が潤沢に行き届くこともありませんでした。僕たちは、あなたと働けて本当によかったと思っています」


 そのままクリフさんはシエルと見つめ合い、ゆっくりと片頬を吊り上げて笑った。私が知る限り、グランディールに来て初めての笑顔だった。


「そうか。なら、これはありがたくいただいておく。――お前も誕生日だったな?」


 シエルが頷くと、クリフさんは「ちょっと待ってろ」と言って領主館を出て行った。何をするつもりなんだろう。傾げた首を元に戻す前に戻ってきたクリフさんが、両腕に抱えていた何かをテーブルに置いた。


 赤に黄色に青――他にもいろんな色がある。おそらく合金のインゴットだ。頭に疑問符を浮かべる私たちを尻目に、ナクトくんだけが一人ピンときた様子で頷いている。


「好きな鋼材を選べ。剣を作ってやる。誕生日プレゼントの代わりだ」

「え? でも、僕は剣は……」

「領主たるもの、いつ何時も領民を守る心構えを持つべきじゃないのか」


 シエルがはっと息を飲む。思うところがあったらしい。いつにも増して真剣な表情で喉を鳴らすと、合金の中から銀色に輝く鋼材を手に取った。他と違って、ゴツゴツした岩みたいな見た目だ。


「ありがとうございます。ぜひ」

「任せておけ。最高の一品を作ってやる」

「よかったわね、シエル。すっごい価値あるわよ。ハリスさんが聞いたら卒倒するかも」


 私の言葉にナクトくんが笑う。

 

「そうですね。玉鋼ですから、とても素晴らしいものができますよ。たくさんの鋼材の中からそれを選ぶなんて、さすがシエル様ですね」

「えっ、玉鋼って刀打つやつじゃ……」


 思わずこぼした一言に、「お前詳しいな」と珍しくクリフさんから突っ込みが飛んでくる。


「刀は数百年も前に技術の継承が途絶えた武器だぞ。ドワーフが身近にいたのか?」

「えっと……。それは……」

「それもお師匠様からでしょ? 本か何かで読んだんじゃないの?」

「そ、そう! 魔法紋師は武器にも魔法紋を刻むからね。参考として読んだの!」


 またまたシエルに乗っかる私にクリフさんは不審げな表情を浮かべたが、それ以上は突っ込んでこなかった。


「クリフさんに剣を打ってもらえるなんて嬉しいなあ。グランディールの家宝にしよう。ロイ、あとで剣を教えてね」

「いいけど、俺の戦闘スタイルはシエルに向かないと思うぞ。俺は力とスピード頼りだし、あくまで魔法は補助だ。シエルは魔法メインで防御に特化した方がいいんじゃないか。ブリュンヒルデでも剣は苦手だっただろ」


 サーラはどう思う、とロイに水を向けられ、少し考えてから頷く。

 

「私もそう思う。シエルには敵に向かっていくんじゃなくて、もしものときに身を守るための力を身につけてほしい。もちろん、もしもがないように私たちが守るけど、実際は何が起きるかわからないから」

「ええ……。じゃあ、僕は誰に習えばいいのさ。サーラは魔法特化でしょ」

「なラ、ワタシが教えてあげましょうカ?」


 金属を擦り合わせたような特徴的な声がして、食堂の暗がりからネーベルが現れた。いつものことなので、もう誰も驚かない。長い背を丸めてレーゲンさんの隣に腰掛けると、断りもなしに残った料理を摘み始めた。


「あんたに任せるぐらいなら俺が教えるよ」


 渋面を浮かべるロイに、ビールを煽ったネーベルが肩を揺らす。

 

「そう言うと思っていましタ。人に合わせて教えるのも勉強のうちですヨ。それにしてモ、人をのけものにしてワイワイと楽しそうデスネエ。ワタシが悪い魔法使いだったラ、呪いをかけているところデスヨ」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。別にのけものにしてないでしょ。一応誘ったじゃない」

「ンーンー、『別に来なくてもいいけど』を枕詞にしておいテ、よくそんな面の皮が厚いこと言えますネ。まだ着替えを覗こうとしたのを根に持ってるんですカ」

「当たり前でしょ! この変態!」

「まあまあ、そろそろご領主様にプレゼントを渡そうぜ。妊婦をこれ以上疲れさせるのもよくねぇしな」


 いきり立つ私とネーベルの間にレーゲンさんが割って入った。


 引き下がるのは癪だが、確かに彼の言う通りなので、大人しくロイの闇からシエルの誕生日プレゼントを取り出す。クリフさんの誕生日プレゼントがすごすぎて霞んでしまったが、それでもみんなで用意したものだ。


 縦長の箱の中には、コリンナに融通してもらった光の魔石を使った魔石灯が入っている。厨房に使用している電灯みたいな形ではなく、アロマランプのような形だ。製作はロイ、魔法紋を刻んだのは私、デザインはナクトくんが描いてくれた。


 実用的なだけでは味気ないと思ったので、下部についているスイッチを切り替えればプラネタリウムにもなる仕様だ。ところどころ噛みつつ使い方の説明をすると、シエルはいたく感動した様子で魔石灯を抱きしめた。


「みんなありがとう。本当に嬉しいよ。僕は領主としてはまだ未熟だけど、これからも頑張るからどうかよろしくね」

「十九歳おめでとう、シエル。でも、あまり頑張りすぎないようにしてよね」


 一応釘を刺したが聞いちゃいない。早速プラネタリウムを見ようとロイに闇を出してもらおうとしている。魔石灯の仕組みが気になるクリフさんや黒猫夫婦たちも寄っていって、食堂がより一層賑やかになる。


「オヤオヤ、子供みたいな顔しテ。ママにプレゼントを貰ったのがそんなに嬉しいんデスかネエ」

「誰がママよ。あんたは何かないの? あんたにとってはレーゲンさんが一番かもしれないけど、一応雇用主でしょ。おめでとうの一言ぐらい言ってあげなさいよ。いい大人なんだし」

「嫌デスネエ。その説教じみた物言イ。誕生日プレゼントなラ、ちゃんと渡しましたヨ」

「えっ、いつの間に? 何を渡したの?」


 予想外の言葉に驚く私に、ネーベルは口の端を吊り上げた。

 

「サア? すぐにわかりますヨ」


 相変わらず煙に巻いたことしか言わない。隣のレーゲンさんに視線を向けたが、肩を竦められてしまった。そのうちにおつまみを根こそぎ食べ終えたネーベルが「ご馳走サマ」と去って行ったのを機に、私もシエルたちの元へと向かった。


「サーラ、すごいよこれ! 本当にありがとう!」


 頬を赤らめたシエルがはしゃぐ。


 ロイの温かな闇の中で煌めく人工の星は、夜空を見上げたときと変わらず美しかった。

珍しく子供みたいなシエルです。


次回、アマルディの新年パーティーに出かけます。

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