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37話 熊はいないと信じたい(三人なのは久しぶり)

「ロイ! そっちに行ったわよ!」

「わかった!」


 私の呼びかけに応じ、ロイが急降下してきた鳥の魔物を切り伏せる。

 

 鬱蒼と茂る森の中では火の魔法は使えない。初めて会ったときみたいに体内で爆発させて瞬時に火を消せば可能だけど……それは奥の手にしてくれと言ったのだ。すぐに汚れを落とせない状況で血飛沫と肉片を浴びたくはない。

 

 群れのボスがやられて怯んだのか、魔物たちが口々に鳴き叫びながらこの場を離れていく。残ったものは累々と横たわる死体と散らばった羽のみだ。


「……全部いなくなった?」

「みたいだな」


 ロイと慎重に周囲を確認してから聖属性の結界を解き、ふうとため息をつく。背後でのんびりと戦いの行方を見守っていたシエルが「お疲れ様」と労ってくれた。


「今更だけど、ポチも連れて来た方がよかったんじゃないの? ポチがいれば雑魚は近寄って来ないでしょ」

「普段の生態系を知りたいからね。ポチにビビって逃げられると困るんだ。森の入り口に待機させてるし、何かあったらすぐに来てくれるでしょ」


 周りを野生動物やら魔物やらの気配に囲まれているのに、いつも通りのシエルに肩をすくめる。


 ここはグランディール市街の北に位置する森だ。昔は『聖女の森』というエルネア教団が泣いて喜びそうな名前がついていたらしい。


 小さな領地にしてはそこそこ広い面積を誇り、見る限り植生も豊かだった。赤や黄色に色づき始めた木々が空を覆い尽くす様は圧巻である。


 調査の予定期間は長くとも三日。森の中には私とロイとシエル以外は誰もいない。久しぶりの三人パーティーだ。

 

 ちなみにパールはレーゲンさんの元でお留守番している。たぶん今頃は氷嚢代わりに働いているだろう。仲間外れにされてむくれていたけど、さすがに危険すぎるから。

 

「数は多いけど、赤目化した魔物はいないみたいだね。サーラのおかげかな?」

「どうかなあ? ここまで力が届くとは思わないけど」


 ネーベルみたいに気にしない奴もいるが、基本的に魔属性は聖属性を避ける。今まで一つ所に長く留まったことがないので、自分の力がどこまで影響を及ぼすのかよくわからない。


 ルビィと暮らしていたときは、最初から聖属性の結界が張られていたし、ルビィ村の土質向上に貢献したのは、ちょくちょく通っていたからだと思う。


 ……そういえば、ルビィは聖属性じゃないのに、どうやって聖属性の結界を張っていたんだろう。誰かに魔力を提供してもらっていたのかな? 聖属性の魔鉱石はまだ発見されていないし。


「どうしたの、サーラ。先に進むよ」

「あ、うん。ごめん」


 ロイ、シエル、私の順で縦並びになり、そのまま道なき道を進んでいく。何度か魔物と戦闘になったものの、私とロイであっさり撃退した。


 自警団の訓練に真面目に参加しているからか、ロイは以前より遥かに強くなったと思う。本人はネーベルの指導の成果だと認めたくないみたいだけど。


 それから、どれくらい歩いていただろうか。微かに見える空がオレンジと紫のグラデーションを帯び始めた頃、少し開けた場所に出た。近くに湧水もあるらしく、ちょろちょろと水が流れる音が聞こえてくる。


「少し早いけど、今日はここで野営しようか。ロイはテントを張って、サーラは周りに結界を張ってくれる? 僕は食べられるものを探すよ」

「目の届く範囲にいてね。遠くに行っちゃダメよ」

「子供じゃないんだから大丈夫だよ」

「成人してないんだから子供でしょ。いいから気をつけてよね」

 

 何故か嬉しそうに笑いながら、シエルが近くの木のそばにしゃがみ込む。キノコか何か探しているのだろう。エルフの血を引くものは食用キノコと毒キノコの区別がつくらしいから。


 ロイが闇魔法から取り出したテントを黙々と張るのを横目で見つつ、風魔法で周囲の地面に魔法紋を刻んでいく。


 フードイベントの日に一時間ぶっ通しで魔法紋を書いた成果か、多少複雑な記述も魔法で書けるようになっていた。私も少しは成長したみたいだ。


「よし、できた。これで雑魚一匹入ってこられないわよ」

「もう書けたのか? すごいな」

「ありがと。雨除けのタープも張るんでしょ? 反対側持つわ」


 素直に褒めてくれるロイを手伝う。初めて一緒に野営したときは上手く連携が取れずにギクシャクしたものだけど、今は自然と体が動いた。


 阿吽の呼吸とはこのことかもしれない。ロイも同じことを考えていたのか、目が合うと口元に小さく笑みを浮かべた。


 用意したテントは二人分の大きさしかないが、一人は見張りにつくので問題ない。闇猟犬の血を引くロイは通常の闇属性持ちに比べて闇魔法に収納できる容量が多いとはいえ、無限ではないのだ。


「早っ。もう結界もテントも張り終わったの?」


 ロイと似たようなことを言い、両手いっぱいに食材を抱えたシエルが戻ってきた。大きなキノコに百合根に栗……なんと柿やアケビまである。栄養が行き届いているのか、どれも立派で美味しそうだ。


「すごいわね。ちょっと探しただけでこれなら、相当肥えた森よ。何十年も整備してないのに」

「だから魔物も多いのかもしれないね。今日は何作ってくれるの?」

「うーん……。栗ご飯はどう? さっき仕留めた鳥とキノコでソテーにして、百合根は茶碗蒸しにしようか。柿とアケビはそのままデザートで食べよう」

「賛成!」


 シエルとロイが同時に声を上げて目を輝かせた。食いしん坊たちめ。


 でも、そういう私もお腹が減った。ローブの袖を捲って早速料理に取り掛かる。


「森の中で直火は怖いから、魔法紋を刻んだ銅板を使うわね。ロイ、火の魔力を貸して。シエルは水魔法で鍋に水を入れて」


 私の指示に従って二人がテキパキ動いてくれる。アルたちとパーティと組んでいたときは、ノワルさんが全て采配していたから、こうして協力して料理をするのは未だに新鮮な気持ちだった。まるで兄弟みたいな……というのは二人に失礼かもしれないが。


 早くも沸騰してきた鍋に栗を放り込み、数分茹でてザルにあける。栗の皮はそのままだと固いが、茹でると柔らかくなるのだ。本当は三十分ほど漬けた方がいいらしいけど……時間がないので省略する。


 更に包丁で鬼皮と薄皮を剥くところを風魔法で全て剥いてしまう。ものすごい楽だ。風魔法使いでよかった。


 あとは水に漬けて、ご飯と一緒に炊くだけ。ちゃんとあく抜きをしておかないと美味しくないし、ご飯が黒くなっちゃって見た目にもよろしくないからね。


 その合間に手早くキノコを切り、メインと茶碗蒸しの準備をする。我ながら流れるような仕事ぶり。一人暮らしの経験がここで生きるとは。


 鳥は解体に躊躇う私を見かねてロイが捌いてくれた。持つべきものはサバイバル経験豊かな仲間だ。


「見てるだけで美味しそう……。サーラって色んな料理を知ってるよね。お師匠様に教えてもらったの? それとも家庭料理ってやつ?」

「ううん。これは独学で身につけたものよ。一人で暮らしている時間が長かったからね。私、家庭料理の味ってあまり知らないの」


 シエルが息を飲んだ音が聞こえて、はっと我に返った。私、今、何を言っちゃったんだろう?


「ごめん、変なこと言って。ほら、私は移民だからさ」


 慌てて誤魔化したが、シエルは神妙な表情を崩さなかった。


「……早くライス炊こうぜ。日が完全に暮れる前に仕上げた方がいいだろ」

 

 珍しく空気を読んだロイが促してくれたものの、二人の間の気まずさはしばらく消えなかった。






「コーヒー飲む?」

「ああ、ありがとう」


 魔石カンテラの明かりの前に座るロイにカップを手渡す。完全に日が落ちた森の中は月の光さえ届かないほど暗い。


 結界には空気を暖める魔法紋も組み込んでいるので寒くはないが、周囲からは得体のしれない鳴き声が聞こえてくる。単なる獣なのか魔物なのかはわからない。濃い闇の魔素はあらゆる気配を覆い隠してしまうから。


 今まで安寧な日本にいた身としては、何年経っても野営は怖い。熊とか熊とか熊とかが襲ってくるかもしれないし。内心の恐怖を隠して向かいに座る私に、ロイが微笑む。


「昼間の感じだと熊はいないと思うぞ。もしいたとしてもサーラの結界があるし、夜は闇猟犬の方が強いから、俺がいれば襲ってこない。たとえ無謀なやつが突っ込んできても、ここまで餌が豊富だと人間は食ってないだろうし」

「サラッと怖いこと言わないでよ。……そうだと信じたいわ」


 湯気を立てるコーヒーを啜り、ほっと息をつく。ロイと二人のときは無理に喋らなくていいから楽だ。しばし穏やかな沈黙が続く。

 

「交代で見張るんだから、寝ててもいいんだぞ」

「なんだか眠れなくて」


 肩越しにテントをちらりと見る。中ではシエルが安らかな寝息を立てているはずだ。


「昼間はごめんね。シエルに気を遣わせたわよね」

「サーラが気にすることじゃない。シエルが臆病なだけだ。……シエルは怖いんだよ。自分の言葉で誰かを傷つけるのが」


 私と同じだ。そう思うに至る何かがあったのか――とは聞かなかったし、ロイもそれ以上は何も言わなかった。


 ちらちらと揺れる魔石灯の明かりに照らされて、ロイの金色の瞳が満月のように光っている。


 元の世界では決して見ることのない縦長の瞳孔。獣人の血を引く証明。けれど、初めて会ったときから不思議と怖くはなかった。


 私がしげしげと見つめていることに気づいたのだろう、ロイがふっと口元を緩ませる。


「初めて会ったときから、サーラは俺の目をまっすぐ見てくれるな。母親でさえも見るのを嫌がったのに」


 急に放り込まれたロイの過去。いつもならそのまま流してしまう言葉だが、気づけば続きを促していた。この場の雰囲気がそうさせたのかもしれない。


 ロイはコーヒーを口に含むと、しばし黙って小さく頷いた。「サーラなら構わない」と、優しい言葉を付け加えて。


「二十五年前、俺はブリュンヒルデ領のすぐ北側にあるヴェヒター領で生まれた。父親はシエルの母親の弟で、黒髪黒目のヒト種。母親は黒髪に金色の目で……俺と同じ闇猟犬の血を引くヒト種だった」


 低く、静かなロイの声が、闇だけが支配する森の中に響き始めた。

魔石カンテラはコリンナから中古品を譲り受けたものです。魔石はちゃんと買いました。格安で。持つべきものはコネですね。


突然明かされるロイの過去。サーラはどう感じるのでしょうか。

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