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34話 目に見える仕事だけが仕事じゃない(わかってたつもりだったけど)

「泥棒だ! そいつ捕まえてくれ!」


 声を上げたのは、最近、貴金属店を開いたばかりのドワーフだった。


 彼が指差す先には、いかにも悪そうな顔をしたヒト種の男がいた。生命魔法で筋力を底上げしているのか、尋常じゃないほど足が早い。周りにいた人間がなんとか捕まえようとするも、巧みに隙間をすり抜けていく。


「人が増えるとすぐにこれデス。帝都でも辺境でも変わりませんネエ」

「呑気なこと言ってないで追っかけなさいよ! あんた自警団長でしょ」

「ワタシが出るまでもありませんヨ。アナタもネ」


 杖を持って駆けて行こうとする私を制止し、ネーベルが黒手袋に包まれた指で空を指す。


 その瞬間、夏らしい立派な入道雲の中に一点の影が映り、みるみるうちにこちらに近づいてきた。クラーケン討伐のときに私を運んでくれた自警団の鳥人だ。背中に何か乗ってる?


「逃しませんよ!」


 空から降ってきたのは、長い棒を手にしたミミだった。勇ましい声と共に華麗に着地し、間髪入れずに男に向かっていく。


 男は突然現れたミミに戸惑うことなく、すぐさま進路を変えた。しかし、その刹那、地中から伸びてきた木の根に絡み取られ、一歩も歩けなくなった。石畳の一つに魔法紋を仕込んでいたのだろう。男の進行方向の先には、杖を地面に突き刺した魔法紋師がいた。


「午前十時十四分、犯人確保!」


 男を地面にねじ伏せたミミが高らかと声を上げる。同時に周囲からわっと歓声が沸いた。


 警察……いや、自警団二十四時じゃん……。


 呆気に取られる私に、ネーベルがふっと笑う。


「連携取れるようになったでショウ。少しずつ人数も増えてきましたシ、三人一組でシフトを回すことにしたんデスヨ。中でも彼ら兎サン組は一番優秀デス。編成されてかラ、もう何人も捕まえていまス」

「いつの間にそんな……。まだ一ヶ月も経ってないじゃない」

「アナタが年甲斐もなく水着姿を晒して海で泳いだりしてる間デスヨ。表に出ないだけデ、事件は日々起きるものですかラ」


 ミミたちの元へ歩いて行くネーベルの後を慌てて追いかける。足の長さが違うので、小走りしないと追いつけない。シエルやロイと違って、ネーベルは私の歩幅に合わせてくれるほど優しくないし。


「ご苦労様デシタ。お手柄デスヨ」

「お疲れ様です、ネーベルさん! サーラさんも、元気になって良かったです。あまり無理しちゃダメですよ」

「う、うん。心配かけてごめんね」


 泥棒の男はミミに両腕を拘束されて、観念したように項垂れている。空から降りてきた鳥人と、駆けつけてきた魔法紋師が男の体をまさぐって盗られたものを改めていた。


「ルビーのネックレス一点、エメラルドの指輪が二点、十八金のブレスレットが一点……これで全部ですか?」

「おお、そうだよ。ありがとうなあ。開店したばかりで店を畳む羽目になるかと思ったよ。噂通り、ここに移住してきてよかったなあ」

「近々、探索者組合が支店を出しますので更に治安はよくなりますよ。お手数をお掛け致しますが、調書作成のご協力をお願い致します」

 

 破顔したドワーフが魔法紋師に連れられて去っていく。知らないうちに自警団の事務所ができたらしい。彼らの向かう先には、別館に似た真四角の建物が建っていた。


 鳥人も「留置所にぶちこんでくるわ」と男を引っ立てて行く。ミミは哨戒に戻るらしく、ネーベルに敬礼して駆けて行った。


「噂……?」

「アナタの雇用主が流したんデスヨ。グランディールにハ、クラーケンを倒して首飾りの盗難事件を解決した優秀な自警団があル。だから、安心して移住してきてくれってネ」


 そんなことしてたのか。でも、自警団ができたのはクラーケンと盗難事件のあとだ。そう指摘すると、ネーベルは呆れたため息をついた。

 

「本当におバカサンデスネ。そんなノ、どうでもいいんデスヨ。他領に比べて治安が良いって事実さえあればいいんデス。人は自分に都合のいいことだけを信じるものデスからネ」

「悪かったわね、バカで。そういう駆け引きみたいなの、よくわからないんだから仕方ないじゃない……」

「ネーベルさん!」


 大門の辺りで男の子が手を振っている。ミミと同じ年頃だろうか。その後ろでは、様々な種族の子供たちが旅人らしき女性を取り囲んでいた。


「あの子たちは?」

「大門の見張りを任せている子供たちデス。スラム出身で目端が利きますかラ、怪しいと思うものがいれバ、引き留めておくよう言い含めておきましタ。騒ぎに乗じて出入りするのハ、諜報員によくある手口デスからネ。誰の差金カ、じっくり聞かせてもらいまショウ」


 口元に嫌な笑みをたたえて肩を回すネーベルを複雑な気持ちで見上げる。ただの変態だと思っていたのに、まさかこんなに仕事ぶりを見せつけられるとは。


「なんデスカ、その目ハ。言いたいことがあるならハッキリ言ってくださイ」

「……あなたがそこまでしてくれるとは思わなくて。別にグランディールが好きなわけじゃないんでしょう?」

「レーゲンの安全を守らなければいけませんからネ。他にも色々と網は張ってまス。マア、目に見える仕事だけが仕事じゃないってことデスヨ。アナタには向いてませんから真似しなくて結構デス」


 言うだけ言って、ネーベルはさっさと立ち去ろうとした……が、ぴたりと足を止めて肩越しに振り向いた。


「そういえバ、言い忘れてましタ。ご領主サマがお呼びデスヨ」






 ノックをして執務室の扉を開ける。


 真正面の領主机にはシエル。その後ろには手持ち無沙汰なロイが立っていて、窓際の事務机ではコリンナが書類仕事に精を出している。


 さっき大捕物を見たばかりだから、いつもの平和な光景に思わずほっとする。そんな私に、シエルは目を細めるとソファに座るように促した。


「朝から大変だったね。泥棒騒ぎに巻き込まれて」

「巻き込まれたっていうか、ただ見てただけなんだけどね。それより、もう報告上がってるの?」

「サーラが部屋に篭ってる間に、鳥人と鳥系の魔物使いを何人か雇ったんだ。彼らは伝達役として、とても優秀だよ。もっと人数が増えたら、配送事業に乗り出すのもいいかもね」


 そういえば市内の至る所に鳥系の魔物を見た気がする。スズメみたいに小さかったから気に留めていなかった。自衛団の事務所建設といい、ミミたちの活躍といい、フードイベント以降は書類仕事をコリンナに任せきりにしていたから、きちんと把握出来てない。


 最近、私がしたことといえば……スライムの育成ぐらいだ。あのネーベルですら領地運営に貢献しているのに、こんなことでいいのかな?


「どうしたの、サーラ。なんだか浮かない顔だね。ひょっとして、魔法紋を書いた疲れが残ってる?」


 私の顔色の変化に目ざとく気づいたシエルが眉を寄せる。その後ろのロイも心配そうだ。また気を使わせてしまったことに内心落ち込みつつ、努めて笑みを浮かべ……ようとしたが、慣れてないので頬がぴくぴくと動いただけだった。

 

「違うの。ちょっと、みんなの仕事ぶりに圧倒されてて……。どんどん人が増えて、街もちょっとずつ形になってきて嬉しいんだけど、私一人だけ何もしてない気がして。みんな自分で考えて色々動いてるのに、私はシエルに言われた仕事をこなしてるだけだし」

「何言ってんの。サーラはよくやってくれてるよ。護衛に書類仕事に夜食作りにスライム育成。その合間にクラーケン倒してフードイベントまで企画してるんだもん。こっちはいつ逃げ出されるかハラハラしてるんだから」

「そうだよ。俺も別に成長してない。相変わらずネーベルには勝ててないし」

 

 相変わらずシエルとロイは私を甘やかしてくれる。でも、素直に受け取っていいのだろうか。「そう?」と曖昧な返答をする私に、様子を伺っていたコリンナが優しく微笑む。

 

「目に見える仕事だけが仕事ではありませんわよ。サーラ様にはサーラ様にしかできない仕事がありますもの。それぞれできることをやればいいのですわ」

「……それ、ネーベルも言ってたわよ。前半だけだけど」

「まあ! あの方と同じ思考回路なんて嫌すぎますわ!」


 本気で嫌そうに顔を顰めるコリンナに、誰からともなく笑い声が上がる。みんなが楽しそうな顔を見ていると、少しだけ気持ちが軽くなった気がする。

 

「まあ、冗談はさておき、そう思ってくれるのは嬉しいな。これで遠慮なく頼みごとができるよ」

「え?」

「ネーベルから聞いてない? 九月から魔法学校の新学期が始まるから、コリンナの出勤が全日から週四になるんだ。その間の事務仕事は現状サーラに頼らざるを得ないし、ライスの収穫も控えてる。十月には領主館が完成するし、組合もいくつか開設されるから、どっと人が増えて更に忙しくなるよ。その合間を縫って、前に言ってた森の調査にも行きたいんだよね。それが終わればライス酒作りもあるし、年越しの準備もあるし、年が明ければ社交シーズンも始まるし……」

「ちょ、ちょっと待って! 何よ、その過密スケジュール!」


 咄嗟に言葉を遮った私に、シエルはキョトンとした顔を向けた。


「そう? これでも絞った方なんだけど……。ねえ、コリンナ」

「そうですわね。最初は近隣の領地への牽制も兼ねて、領主を招いた食事会も開こうと思っていましたのよ。樹脂スライムの出荷も順調ですし、これを機にスライム牧場の設備も充実させたいですわよね。学校の設立や、領立病院の設立や、フードコートの開設もそろそろ視野に入れなくてはいけませんわ。これから増える予定の領民が住む場所の選定もしなくてはいけませんし……」


 開いた口が塞がらないとはこのことか。この二人、優秀すぎて『忙しい』の基準が違うんだ。けれど、私はスライム以下の雑魚。合わせていたら過労死してしまう。


「ちょっと、ロイ。なんとか言ってよ。さすがに働きすぎだって」

「……そうか? ブリュンヒルデにいたときはもっと大変そうだったぞ」

「あなた護衛兼従者でしょ? 少しは主人を休ませなさいよ」


 ダメだ。ロイもあっち側の人間だった。考えてみれば、護衛だ鍛冶だ自警団だと人一倍体力仕事をしているのに、いつもけろっとしている。この領地には規格外の働き者しかいないのだろうか?

 

「まあまあ、落ち着いて。僕はまだまだ大丈夫だからさ。頑張ってグランディールを盛り立てていこうね」

「スローライフはどこにいったのよ!」


 滅多に出さない大声に、膝の上のパールが文字通り飛び上がった。

ネーベルは案外働き者です。レーゲン限定ですが。

開拓もそろそろ折り返し地点。次回は二度目のフードイベントと、従業員たちの日常です。

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