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25話 仲間が増えました(陽キャは行動力がすごい)

 居間の中に沈黙が降りる。私もロイもその場に固まったまま、得意気に胸を張るコリンナから目が離せない。


「……え? いや、何言ってるの? あなた公女様の侍女なんでしょ?」

「公女様にもリッカ公にも許可はいただいておりますわ! クラーケンからアマルディを救ってくださったご恩をお返ししたいのです!」


 ナクトくんもそうだけど、ラスタ国民には恩を労働で返す習性でもあるのだろうか。


「さっきから、この調子で一歩も引かないんだよ……。二人ともなんとか言ってやって」


 無茶を言わないでほしい。シエルが説得できない相手を私とロイがなんとかできるわけがない。


 とはいえ、このままじゃシエルが可哀想だ。頭の中で必死に思考を巡らせながら、なんとか言葉を絞り出す。


「あのさ。お許しがあるとはいえ、コリンナはまだ学生でしょ。授業はどうするの?」

「休学いたしますわ! 一年や二年休んでも、特に支障は……」

「それはダメ。学費を出してもらっている以上、授業はきちんと受けなさい。学校に行けるってことは、それだけ恵まれてるってことなんだからね」


 いつになくピシャリという私にロイとシエルが目を丸くしている。ついムキになってしまった。私には進学の選択肢がなかったから。

 

「サーラの言う通りだよ。僕は学校に行ってないから、偉そうなことは言えないけど、勉強は一日サボったら取り返すのに三日かかるって家庭教師が言ってたよ。ましてや君は公女様の侍女なんでしょ。留年は外聞が悪いと思うけどなあ」

「わ、わかりましたわ。授業はきちんと受けます。ですが、このままではわたくしの気持ちが納まりませんの。学校がお休みの日だけで構いませんから、どうか働かせてくださいませ」


 縋り付くコリンナにシエルが眉を下げる。ここまで強情な子も珍しい。

 

「ねえ、コリンナ。気持ちは嬉しいけど、別にそこまで恩義を感じなくていいのよ? あのままクラーケンを放っとけば、グランディールにも被害が出てたんだし、お互い様じゃない?」

「いいえ、わたくしたちだけでは魔属性に太刀打ちできませんでしたもの。お願いいたします! サーラ様ほど強い聖属性の方にお会いするのは初めてですの。どうしても、聖属性の研究がしたくて……」


 はっと息を飲み、コリンナが口元を抑えた。ああ、そっちが本音なのか。研究のためだと言われると無碍にはできない。うーん、どうしよ。


 ちらりとシエルを見ると、彼は肩を落として深くため息をついた。もうこれ以上事態が好転しないと悟ったらしい。ごめんね、力不足で。

 

「働きたいって一口に言うけどさ。君に何ができるの? お手伝い程度なら間に合ってるよ」

「わたくし、雷属性だけではなく光属性もございますの。領地に安定した明かりを供給できますわよ。リッカ領には光の魔鉱石の鉱脈もございますし、光の魔石を取れる魔物も多く生息していますから、コネでお安く融通できますわ」


 シエルの耳がぴくりと動いた。電灯がないこの世界において、光属性の魔法使いは貴重な人材だ。優秀な事務員と同じで、大体が都会に取られてこんな辺境には回ってこない。


 シエルの反応に目ざとく気づいたコリンナが、畳み掛けるように言葉を続ける。


「それに、わたくしは将来公女様のお役に立てるように、領地経営の教育も受けております。事務仕事でもお役に立てますわ。もし他国民に領地の経営状況を知られたくないというなら、秘密保持契約を交わしてくださいませ。制約の魔法もかけてくださって構いませんわ」


 制約の魔法とは、簡単に言うと秘密を喋れなくする魔法だ。


 秘密を喋ろうとしたときの生理的変化により声が出なくなり、指も硬直するため、文字で伝えることもできない。ただ、良心の欠片もない人間には通用しないので、通常は特定の言葉をかき消す風魔法も併用して使う。


 当然ながら魔法をかけられる側の負担は大きい。ここまでの覚悟だと思わなかったのか、シエルが一瞬だけ黙る。

 

「……わかった。君を受け入れるよ。でも、制約魔法はかけなくていい。僕の信頼を裏切ってグランディールとアマルディの関係にヒビを入れるほど、君は愚かじゃないでしょ」

「ありがとうございます! 誠心誠意働きますわ!」

 

 顔を輝かせるコリンナにシエルが頭をガリガリと掻く。歳下に押し切られて少しご機嫌斜めらしい。

 

「あとで雇用契約と秘密保持契約を交わそう。お給料とか細かいことを決めなきゃね」

「お給料なんていりませんわ。ここで働かせていただけるだけで十分ですもの」

「そういうわけにはいかないよ。将来、領地経営に関わるのなら覚えておくんだね。タダより高いものはない。足元を掬われたくなければ、人には借りを作らないことだ。君が思うほど政治の世界は甘くないよ」


 静かだが重みのある言葉に、コリンナがごくりと喉を鳴らした。だから十代のする話じゃないって……。


「まあまあ。そういう話もあとでいいじゃない。とりあえず戻ってタコ焼き食べておいでよ。若いんだから、まだ入るでしょ」

「あっ、そうですわね。せっかくですから、堪能させていただきますわ。シエル様、またあとで」


 ぺこりと頭を下げ、コリンナは別館を出て行った。賢い子だから空気を読んだのかもしれない。ふーっと長いため息をついて椅子に座り込むシエルにササラスカティーを出して労をねぎらう。


「お疲れ様。まあ、光魔法使いを雇用できたと思えばよかったじゃない。公女様の侍女を無下にもできないし」

「そうなんだけどさ……。ごめんね。しばらく賑やかになると思う。もし嫌ならサーラには付き纏わないように言うから」

「仕事に支障のない範囲なら構わないわよ。ただ……研究のことはあまり大っぴらに言わない方がいいと思うわ。ラスタならともかく、ここはルクセンだから」


 言わんとすることを察し、シエルが肩をすくめた。

 

「釘刺しとく。クラーケン解体のときに僕が話に乗っちゃったのがいけなかったんだよなあ。反省してるよ」

「魔法の研究は魔法使いのサガだからね。仕方ないわよ」


 苦笑してシエルの対面に腰を下ろす。隣のロイは何事もなかったかのようにタコ焼きを口に運んでいる。こちらはこちらで図太い。

 

「それにしても、勉強は一日サボったら……ってくだり、私も師匠に言われたわ。教師の常套句なのかしら」

「どうだろうね。僕も一人しか知らないからなあ。厳しかったけど、とても温かい人だったよ。八百歳越えのエルフで、魔法の知識も世の中の知識も豊富だったし、必要なことは全部教えてもらった。今でも感謝してる」

「あら、私の師匠も八百歳越えのエルフだったわ。いろんな知識が豊富だったのも一緒よ。奇遇ね」


 久しぶりにルビィの話ができて嬉しくなる。シエルはそんな私の顔をじっと見つめると、「そうだね」と笑った。






「……よしよし、そのまま気づかないでね。こっちを見ちゃダメよ」


 そっと診療所の影に隠れ、コリンナを遠巻きに眺める。彼女は私の存在には気付かず、領民たちと楽しそうに話している。二日後に控えたグランディール、アマルディ合同のフードイベントのために最終調整をしているのだ。


 コリンナが働き始めて早二週間が経った。最初は週に二日だけ顔を出していたのだが、夏休みが始まると同時に毎日通ってくるようになった。


 それが嫌だと言うわけではない。コリンナのおかげで夜も快適に過ごせるようになったし、事務仕事も効率良くこなしてくれるので、とても助かっている。


 ただ、長時間明るい太陽に晒され続けるのは疲れるのだ。ロイも最近ではコリンナと話しているときは近寄ってこない。これは陽キャにはわからない悩みだろう。


「何やってんだ、あんた」


 後ろからかかった声に肩がビクッとすくむ。振り向いた先に立っていたのは、医療鞄を持ったレーゲンさんだった。領民の子供が熱を出したので診察に行っていたらしい。


 レーゲンさんは私の視線の先にいるコリンナに気づくと、呆れたような表情を浮かべた。


「お嬢ちゃんから逃げてんのか」

「逃げてるっていうか……。自主避難?」

「一緒じゃねぇか。……まあ、いいや。入れよ。さっき患者のばあちゃんからクッキーもらったんだ。お裾分けしてやるよ」 


 お言葉に甘えて診療所の椅子に座る私に、レーゲンさんがポットからコーヒーを淹れてくれる。


「難儀な性格してるなあんたも」

「ほっといて。コリンナと同じ側のレーゲンさんにはわかんないわよ」


 恨みがましい目を向けると、レーゲンさんは黙って肩をすくめた。その背後の机の上に無造作に置かれたものに目が留まる。


「それ、新聞? レーゲンさんって綺麗なお姉さんの絵にしか興味ないと思ってた」

「あんた、俺には容赦ねぇよな。医者としては世の中の動きは気になんのよ。情勢によって医療関係の法律が変わったりするからな」


 ぼやきつつも、新聞を貸してくれる。一面は皇帝陛下の即位十周年の特集で、精悍な顔をした男性の肖像画が描かれていた。この世界にはまだ写真がないものの、色も塗られていてとても写実的だ。


 あれ? この顔どっかで見たような……。


「なんだよ。変な顔をして」


 新聞の写真とレーゲンさんを見比べる。なんとなーく、レーゲンさんに似ている気がする。


 当然、今のくたびれたおじさんの姿じゃない。初めてグランディールを訪れたときの騎士様風の姿が似ているのだ。瞳の色は違うけど、同じ黒髪だし。


「……レーゲンさんって皇帝陛下に似てるって言われない?」


 レーゲンさんは一瞬の間を置いて、大きな声で笑った。

 

「そりゃ光栄だな。だが、他所で言うなよ。さすがの俺も首を切られた人間は治せねぇからな」


 それもそうだ。黙って新聞の紙面を捲る。次は西で起きた領土争いの記事だ。


 この国は帝国としてまとまっていても、連邦制のように個々の領地が独立しているので、なんだかんだ言いがかりをつけて他所の領地を取り上げようとすることはままある。


 不毛な領地争いから逃れるには、多大な功績を上げて皇帝認可の特別領になるしかないが、未だ承認が下りた例はない。


「また紛争……。同じ国なんだから、もっと仲良くすればいいのに」

「同感だな。戦場ってやつは地獄だぜ。あれを見ればカミサマなんていねぇってわかるよ」


 エルネア教団はルクセンの医療を担っている。紛争が起きれば真っ先に戦場に赴くはずだ。自分の城が欲しくて教団を飛び出したって言ってたけど、もしかして本当の理由は……。


「俺の過去が気になるか?」


 思っていたことを言い当てられ、肩が跳ねる。不快に感じたかもしれない。


 レーゲンさんは優しく目を細めると、まだ湯気が立っているコーヒーを口に含んだ。怒ってねぇから肩の力抜けよ、とでも言うように。

 

「もっと思ったことを口に出していいんだぜ。ここにゃ、あんたを咎める奴なんていやしねぇよ」


 医者ってのは人の心が読めるのだろうか。


 どう答えていいのかわからず、空になったカップを弄ぶ。そのとき、外から明るい声が響いた。

 

「サーラ様ー! どこにいらっしゃいますの?」


 コリンナだ。近くでポチが吠える声も聞こえる。いつの間に手懐けたんだ。有能な陽キャって本当に怖い。

 

「ほら、ご指名だぜ。行ってこい。このまま隠れてても匂いでバレるぞ」


 優しく促され、私はゆっくりと席を立った。


 胸の中に、やるせない思いを抱えたまま。

コリンナに押し切られるサーラたちでした。

シエルが負けるのはお初です。


次回、満を辞してフードイベントを開きますが……?

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