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24話 タコパ!(あなたは醤油派? ソース派?)

「ほら、これでいいのか。お前が言ってたタコ焼き器とやらは」

「ありがとう、クリフさん。さすが仕事が早い!」

「礼なら領主の小僧に言え。俺はあいつの作った鋳型に鉄を流し込んだだけだ」


 そうは言うものの、私の拙い説明から図面を引いて、鉄板の厚みや穴の深さなどの微調整をしてくれたのはクリフさんだ。おかげで記憶の中のタコ焼き器と遜色ないものが出来上がった。


 関西人の同僚が持っていたのは丸形だったが、こちらは屋台でよく見る長方形だ。その方が大量に焼ける。


「俺が持つよ。重いだろ」

「ありがとう、ロイ。別館の前まで運んでくれる?」

「ん」


 私では絶対に持てない鉄板を軽々と持ち上げ、別館に向かって歩いていく。うーん、羨ましい。


 別館の前に置かれた長テーブルの上には、タコ焼きの材料が一式置かれていた。料理人の黒猫夫婦が頑張ってくれたおかげだ。


 彼らは新しい料理に興味津々のようで、準備を終えたあともお手伝いとして残ってくれている。


「穴の大きさも深さも均一で素晴らしい逸品ですね! かのクリフ・シュトライザー製の鉄板なんて贅沢な……」

「売りませんよ。これはグランディールだけの特別品です」


 ハリスさんが物欲しそうな目で見るのをシエルがいなす。ご招待していないのに、どこからか試食会の話を聞きつけてやって来たのだ。


 正直、商売敵になり得る相手に作り方を知られたくなかったのだが、大量の材料を格安で融通してくれたので断れなかった。


「この鉄板で焼きますの? 形が想像できませんわ……」

「最終的にまん丸になるの。これぐらいの大きさのボールみたいにね」


 しげしげと鉄板を眺めるコリンナに、親指と人差し指で丸を作る。タコ焼きの生地は黒猫夫婦が作ってくれたから、あとは焼いていくだけだ。


 邪魔にならないように髪を括り、ローブの代わりにアルマさんお手製のエプロン(戦闘服)をつける。


 いつもはつけないが、試食会なのでさすがにそういうわけにもいかない。ロイが「エプロン……」と妙な反応を示したが、そのまま作業を続行する。


「まず、熱した鉄板に満遍なく油を塗っていくの。穴の底に小指の先ぐらいの量が溜まる程度にね」

 

 同僚の蘊蓄を思い出しながら手を動かす。黒猫夫婦にも確認したけど、この世界にはまだ粉物文化は根付いていなかった。


 道理でお好み焼きとか見ないわけだ。今まで関西人の聖女はいなかったらしい。まあ、小麦粉あればパン作るよね……。


「次に生地をこの穴の中に流し込みます。大体八分目ぐらいかな。あとは具材を入れて焼くだけ! 簡単でしょ?」


 具材はタコ、ネギ、紅生姜、そして天かすだ。同僚は小さくした竹輪も入れていたので、それも投入する。放り込みすぎていくつか生地があふれたが、最終的に形になれば問題ない。


「このままでは片側しか焼けませんわよね? 蓋をして蒸し焼きにしますの?」

「これでひっくり返すのよ」


 取り出したるはアイスピック。竹串でもできるが、安全性を取った。「こんなもので?」と言いたげな視線が集まる中、一番よく焼けている生地にアイスピックを突き刺す。


「見ててね。こうやって底の方から……」


 くるっとひっくり返す。初めての割には上手くいった。見た目が良くなるよう、はみ出た生地を押し込んで形を整える。


「どう? みんなもやってみる?」

「わたくし、やってみたいですわ!」

「僕も」

「あたしらも挑戦するよ。料理人として作り方を覚えなきゃ」


 手を挙げた面々にアイスピックを渡す。ハリスさんは「粉砕しそうなのでやめておきます」と遠慮し、ロイは食べる専門なので端から除外だ。


 わいわいと楽しそうな声の中、タコ焼きがどんどん出来上がっていく。


「最初は上手くひっくり返せませんでしたけど、慣れてきたら綺麗な丸になりましたわ。面白いですわね」

「うん。イベント的な楽しさがあるね。これ、特に子供は食いつくだろうなあ。屋台で出せば十分客寄せになりそう。生地の中に入れ込むから見た目ではクラーケンだとわからないし」

「普通のタコと食べ比べてもらう手もありますわよね。味に大した違いがないとわかれば、もっと抵抗感が薄まると思いますわ」


 すっかり打ち解けたようだが、話している内容が十代じゃない。


 百歩譲ってシエルはご領主様なのでいいとして、コリンナは青春真っ盛りの十六歳なのに。公女様の侍女を務めると、こうもしっかりするものだろうか。

 

「薄いエビのお煎餅に挟んで食べても美味しいらしいわよ。おやつに丁度いいんだって」

「エビ煎餅なら我がワーグナー商会で取り扱っておりますよ! 南の海で獲れた新鮮なエビを使用しております!」


 ハリスさんがすかさず手を挙げる。さすが商売上手。シエルが「まとめて買えばお安くしてくれますか?」と商談に入ろうとするのを制止して、皿に盛ったタコ焼きを差し出す。

 

「仕事の話はあとにして、まずは食べてみてよ。鰹節と青のりをたっぷりかけてね。味付けは好みだけど、王道はソースとマヨネーズかな。刻みネギを乗せてお醤油で食べてもいいし、シンプルに塩で食べるのもありよ。生地に味がついてるからね」


 みんな会話も忘れてバクバク食べている。ロイはソース派。シエルとコリンナは醤油派。ハリスさんは渋く塩派のようだ。


 黒猫夫婦は眉を下げてタコ焼きを眺めている。熱すぎて食べられないらしい。猫だから……。

 

「冷たいお出汁に入れてみよっか。猫舌の獣人が多いなら、それ専用のを作ってもいいかもね。生地の卵の割合を増やすと、もっとフワッフワになるわよ」


 はい、と出汁を入れた器を渡す。黒猫夫婦はまだ少し躊躇していたが、意を決した様子でタコ焼きを口に入れた。


「あら、美味しいねえ」


 ネレイアさんの顔が輝き、細長い尻尾が揺れる。猫派なので誘惑に負けそうになるのをグッと堪える。

 

「これなら、あたしらでも食べられるよ。あとでフワフワの方の作り方も教えてもらえるかい?」

「もちろん。生地が残るともったいないから、じゃんじゃん焼こう。みんなも良かったらどうぞ。あとで感想聞かせてね」


 頑張って声を張り上げる。こちらをチラチラ見ていた職人たちや領民たちがわらわら寄ってきた。魔物食に忌避感のある人たちは遠巻きに見ているが、無理強いするつもりはない。


「うわ、これ美味しいですね。外はカリッとしてるのに、中はトロトロで。味を変えられるから飽きずに食べられます」

「ほっぺたにソースついてるわよ、ナクト」


 見事な食レポを発揮してくれるナクトくんの頬を、アルマさんが慈愛のこもった眼差しで拭う。その隣では、いつの間にか別館から出てきたミミやレーゲンさんもタコ焼きに舌鼓を打っていた。

 

「うめぇな、これ。ビール飲みてぇ」

「美味しいー! ピグ兄ちゃんにも食べさせてあげたいなあ」


 大人にも子供にも好評のようだ。よかった。涎を垂らしたポチや、しきりに跳ねるパールにもお裾分けをする。気分は給食のおばさんだ。

 

「最初は不思議な形の鉄板だと思いましたが、まさにタコ焼きのためのものですのね。他に流用できないのは勿体無いですけれど……」

「ううん。この鉄板、案外使い道あるのよ。生地の代わりにオリーブオイルとニンニクを入れてアヒージョも作れるし、ベビーカステラも作れるわよ。作ろうか?」


 全会一致で食べたいと回答がきたので、両方作ることにする。半分はアヒージョで半分はベビーカステラだ。ニンニクの魅惑的な匂いに釣られて、さっき遠目で眺めていた人たちもやって来る。


「アヒージョにはワインですな!」


 ハリスさんが闇魔法からお高そうなワインを取り出し、周囲から歓声が上がる。ここまで来たらもう宴会だ。普段は一匹狼を貫いているクリフさんまで寄ってきた。


 人口密度が増してきたので、本職の黒猫夫婦に任せてその場を離れる。


 やっぱり人の多いところは苦手だ。先に別館に避難していたロイの向かいに腰を下ろしてほっと息をつく。


 机の上には大量のタコ焼き。ちゃっかり確保していたらしい。こんなに食べたらあとでお腹が膨れて死にそう。


「そんなに気に入った?」

「うん。美味い。他にもあるのか? こういうの」 

「あるよ。丸くしないタコ焼きもあるし、とん平焼きとか、お好み焼きとかもある。あとでハリスさんにも教えるつもりなの。材料調達してもらって手ぶらで帰すのも悪いし、先にタコ焼き売られても困るからさ。シエルならそうするでしょ」


 別のレシピを交換条件にすれば、こちらの市場を荒らしたりはしないだろう。むしろ双方に利益の出る販売方法を考えてくれそうな気がする。


「……グランディールのために?」

「自分のためよ。上手くいけばお給料アップしてもらえるかもしれないし」

 

 ロイは少しだけ寂しそうな顔をした。開拓が終わってもここに残るかどうかの答えはまだ出ていない。けれど、焦る必要はない。少なくとも、今は。

 

「あ、そうだ。ロイに渡したいものがあるの」


 席を立ち、自室から持ち出した小箱を手渡す。


 中には黒曜石のネックレスが入っている。クリフさんに頼んで作ってもらったものだ。


 獣人の血を引くロイにチョーカーはいかにもだし、ブレスレットだと戦うときに邪魔になるかもしれないし、指輪はこの世界でも求婚の意味になるから論外だし……と、色々考えてこれにした。


 丸い黒曜石の表面には金字で身体強化と闇属性強化の魔法紋を刻んである。ヘアゴムのお返しだ。


「これを俺に……?」

「誕生日プレゼントよ。遅くなってごめんね。二十五歳おめでとう」


 クラーケンの襲撃前から用意していたのだが、私が眠りこけている間に誕生日が過ぎてしまったのだ。目覚めてからもクラーケンの解体やタコ焼きの試食会の準備にかかりきりになっていたので、まだちゃんとお祝いできていなかった。


 ロイは恐る恐るネックレスを取ると、窓から差し込む光に翳した。いつもは無表情な顔が優しく綻ぶ。


 どうやら気に入ってもらえたみたいだ。男の人にプレゼントする機会なんて、そうそうないから緊張した。


「……サーラの色だ」

「え? まあ、黒髪黒目だからそう言えなくもないけど……。どちらかといえばロイの色って感じでしょ。全身真っ黒で闇属性だし。この金文字だってロイの瞳の色をイメージしたのよ」

 

 説明するが、聞いちゃいない。にこにこと嬉しそうにネックレスに見入っている。こんなに笑顔なの見たことあったっけ?

 

「なあ、俺、不器用だからつけてくれないか?」


 手が大きいとやりづらいのかもしれない。もっと大きな留め具にすれば良かったかと反省しつつ、ロイの後ろに回る。いつもは見上げてばかりだから、なんだか新鮮だ。


「ちょっと顎あげて」

「ん」


 素直に従うロイに笑みがこぼれる。思ったよりも首が太い。鎖が足りるか不安になりながらも、なんとか留める。


「はい、できた。短めだから、革鎧を着ても違和感ないと思うけど」

「ありがとう。大切にする。アクセサリーなんてもらったの初めてだ」

「そうなの? 初めてが可愛い女の子からじゃなくてごめんね」


 席に戻ろうとして、「サーラ」と手を掴まれる。なんだろう。鎖が短すぎただろうか。


「俺……」


 ロイの金色の瞳が私を映す。その瞬間、玄関のドアが勢いよく開いた。


「サーラ様!」


 風に靡く亜麻色の三つ編みと黒いローブ。コリンナだ。その後ろでは、シエルがうんざりした表情を浮かべている。


 この短時間で一体何が起きたのか。外からアヒージョのいい匂いが漂ってくる中、コリンナが高らかと声を上げた。

 

「わたくし、今日からここで働かせていただきますわ!」

サーラはポン酢派です。ロイは人よりもよく食べます。肉とジャンクなご飯が大好きです。


次回、無茶を言うコリンナにどう返すのか?

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