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14話 青春はササラスカティーの味(それだけで終わればよかったのに)

「うう……。一生分の服着た……」


 その呟きは周囲の喧騒に掻き消された。ここはさっき居た布屋からさほど離れていない喫茶店のテラス席だ。白い猫足テーブルの上には人数分のパンケーキとササラスカティーが載っている。


 散々着せ替え人形になって力尽きたので、少し早めの昼食と洒落込んだのだ。ぐったりと項垂れる私とは対照的に、向かいに座ったミミがはしゃいだ声を上げる。


「楽しかったー。ありがとうございます、アルマさん!」

「掘り出し物があってよかったわね。シエル様に感謝してしっかり働くのよ」

「はい!」


 さすが十二歳。一番着せ替え人形になっていたのに元気だ。聞けば、今までピグさんたちが街でもらってきた古着を直して着ていたそうで、こうして新しい服を買ってもらうのは初めてなのだという。


 確かにピグさんたち男の人ばっかりだからな……。女の子のお洒落なんてわからないか。私もわからないけど。


「サーラさんも、よくお似合いですよ」


 アルマさんが私の服に目を向けて言う。


 そう。私は今、彼女一押しのミモレ丈のAラインワンピースを着ていた。


 鮮やかなレモンイエローで、丸い白襟には差し色のブルーラインが入っている。ミミもアルマさんに見立ててもらったロリータファッションみたいな可愛らしいピンク色のワンピースを着ている。


 アルマさんは人妻なので落ち着いた煉瓦色のベルテッドワンピースだが、生地はダントツで良さそうだった。経費で落とすのではなく、「へそくりで買います」と言うところがアルマさんらしい。

 

「サーラさんは柔和な顔立ちなので、凛々しい服装よりも女性的な服装の方がしっくりきますね。線が細いから礼服も映えると思います」

「そんなの初めて言われたよ……」


 オブラートを剥ぐと痩せっぽちで童顔ってことだと思うけど、アルマさんみたいに好意的に解釈されたことはない。


 営業マンからは「ガキくせぇ顔」「貧相な体」と馬鹿にされていたし、学生時代なんて「見てるだけでイラッとくる」と言われていた。


 歳を取ってマシになったのだろうか。少なくとも人を不快にさせない程度には。


「サーラさん、本当に綺麗だよ。ずっとそういう格好すればいい……と思います」

「魔物と戦ったり、ダンジョン潜ったりする商売だからなあ。汚しちゃったらもったいないでしょ」


 急に敬語を思い出したミミに笑みを漏らしながら、体を起こしてササラスカティーを飲む。さっぱりしていて飲みやすい。シエルがハリスさんに推すのもわかる。


「サーラさんは魔法紋師ですよね。服に魔法紋を縫って欲しいとたまにご依頼をいただくんですが、私、魔法には明るくなくて……。一体どういうものなんですか?」

「ええと……。魔法紋は魔法を言語化したもので……。実際に書いた方がわかりやすいかな」


 街歩き用のショルダーバッグから紙と万年筆を取り出す。そして、続けて取り出したハンカチを紙の上に(かざ)した。

  

「こんな感じでハンカチを宙に浮かせたいとします」


 説明するのは苦手だが、こくこくと頷いてくれる二人に勇気づけられて実演を続ける。


「やりたいこと……この場合は『ハンカチを風で浮かせる』と魔語で書いて、その上に風の魔力を流すと……」


 魔力を流すだけなら杖なしでもいける。左手でもう一度ハンカチを翳し、右手から魔力を流すと、両手を離してもハンカチはふわふわと同じ位置に漂っていた。


 二人から感嘆の息が漏れる。


 実際にはどれくらいの強さでどれくらいの高さに、とか記述事項があるのだが、その説明は省略した。とりあえず記述した事象が起きるとわかってもらえればいい。


「魔力がなくても、対応する属性の魔石を使えば同じことができるよ。もしくは魔物素材を使うかだね。火竜(ファイヤードラゴン)の皮とか、大露蜘蛛(ビッグスパイダー)の糸とか」


 あとは空中に漂う魔素を掻き集めて魔力に変換する方法もあるが、燃費が悪すぎるのでお勧めしない。属性を帯びた魔鉱石ならまだマシだが、どちらにせよ魔力変換の魔法紋は複雑なので魔法紋師に頼んだ方がいい。


「魔法紋は文章さえ完成すれば、どんな媒体でも使えるよ。それこそ服にも」

「じゃあ……練習すれば身を守る魔法紋を縫えるようになりますか? たとえば高所から落ちても怪我しない、とか」

「できるできる。限度はあるけどね。なんなら魔法紋書こうか? それを見て縫えばいいよ。身体強化の魔法紋は生命魔法だから魔力いらないし、そんなに複雑じゃないから、アルマさんならすぐに縫えるようになると思う」


 身体強化の魔法紋は手に染み付いている。すぐに書いて渡すと、アルマさんは目を丸くした。


「すごいですね、あっという間に……。お代はおいくらですか?」

「いらないよ。アルマさんとナクトくんにはお世話になってるし」

「ダメですよ。技術には正当な報酬をお支払いしないと。そもそも、お世話になっているのはこちらですし……」


 うーん、本当にいいんだけどなあ。でも、彼女が職人の立場として言っていることもわかる。知り合いだからとなあなあで済ませていると、揉めたときに面倒だし、他の職人にも迷惑がかかるってことだ。なら……。

 

「じゃあ、私の礼服代と相殺してくれればいいよ。正規価格はね……」


 紙の隅に金額を書いてこっそり見せる。アルマさんの肩がびくっと揺れた。だよね。私も最初「ぼったくりじゃない?」と思った。


 これは魔法紋が比較的新しい技術で、修得者がまだ少ないせいだ。魔力量の多い魔法使い――特にエルフたちの間では「魔法紋を書くのがまどろっこしい」という声も根強い。


 ただ、需要は年々増加しているし、このアマルディの魔法学校のように学べる場所も増えていくだろうから、そのうち価格競争でお安くなっていくはずだ。

 

「もしそれでも足りないなら、シエルの力になってあげてよ。雇用主が元気だと、私にも恩恵あるし」


 もし倒れられでもしたらお給料が出なくなる。そう(うそぶ)くと、アルマさんは破顔して「ありがとうございます」と魔法紋を胸に抱きしめた。


 眩しすぎて目が潰れそう。普段は冷静な大人なのに、ナクトくんのことになると、少女みたいな顔して笑うんだね……。


「ナクトさん愛されてますね。いいな。私も恋したい」

「おませだなあ。まだ十二歳でしょ?」

「もう十二歳ですよ! 数ある種族の中でも、獣人は特に結婚が早いんです!」


 耳をピンと立てて力説するミミに、頬を緩ませながらパンケーキを口にする。


 女三人で服屋に行って、お洒落なワンピースに身を包んで、女子力高そうなカフェで昼食をとっている。まるで放課後に友達と遊びに来たみたい。こんな青春みたいなこと、今まで一度も経験しなかった。


 ずっと行き場のない苦しみを抱えて、楽しそうな人たちを羨んでいるだけだったから。


「ちょっと! 何をなさるの!」


 カフェの向かいでバシンと何かを叩く音がして、女性の金切り声が上がった。


 くたびれた服を着たヒト種の男が、黒いローブを着たヒト種の女性に追い縋っている。男は中年ぐらいで、顔には漫画みたいなビンタの跡がくっきりと残っていた。


 対する女性はまだ若い。亜麻色の髪を左右で三つ編みにして、分厚い黒縁のメガネをかけているものの、その下の美貌は隠せなかった。


「うわ……。ナンパかなあ」

「ナンパって何ですか?」

「ミミにはまだ早いかなあ」

 

 嫌だなあと思っていると、女性に腕を振り払われた男が一直線にこちらに吹っ飛んできた。


「えっ、ちょ」


 咄嗟に杖を握り、風のクッションを作って男性の体を受け止める。もし他種族の血を引いているとしても、大の男をこんな距離まで吹っ飛ばせる力はないので、おそらく生命魔法で強化しているのだろう。


 ただ、本人もここまで威力があるとは思っていなかったのか、自分の右手を見下ろして呆然としている。


 その顔は青い。よく見ると額に大量の汗をかき、四肢が震えていた。体調が悪いのだろうか。人を吹っ飛ばしてショックを受けているにしては、反応が苛烈だ。


「だから! あんたそのままじゃマズいんだって! 悪いようにはしないから、俺に体を見せて……」

「や、やめて! 近寄らないでくださいませ! この変態!」


 風のクッションから立ち上がった男が、ギリギリアウトな言葉を叫んで再び女性に向かっていく。そして、すぐに打ち返される。そりゃそうだ。


 手入れされていないボサボサの黒髪。まばらに生えた無精髭。アメジストみたいな瞳は濁っていないけど、男はどう見ても浮浪者一歩手前だった。


 女性の声を聞きつけて野次馬も集まって来た。そろそろ警備隊も駆けつけてきそうな気配だ。


 正直、無視したい。知らぬふりを決め込みたい。しかし、アルマさんに抱き寄せられたミミの不安そうな顔を見ているとそうもいかない。


 腹を括ってその場に立ち上がる。

 

「あの、ごめんなさい。魔法紋師のサーラと言います。そこのおじさんを庇うわけじゃないんですけど……」

「おじさんじゃねぇ! 俺はまだ三十二だ!」


 十分おじさんだし、ややこしくなるから口を挟まないでほしい。無視して女性に近寄る。


 近寄るとますます顔色が悪いのがわかる。そして、女性がまだあどけない少女だということも。


 ローブの胸元に校章らしきものが金糸で縫い留められているので、魔法学校の生徒なのかもしれない。少女は突然現れた私を訝しげな目で見ているものの、同性だからか逃げ出そうとはしなかった。

 

「最近、身につけているものに魔法紋を入れませんでしたか?」

「そんなもの、入れた覚えは……」

「じゃあ、身の回りのものを置いて席を外したりは? 例えば……そのローブとか。最近、暖かくなってきたもんね」


 少女がチョコレート色の瞳を見開いてはっと息を飲んだ。心当たりがあるらしい。


 断りを入れて彼女のローブを検分すると、裾の辺りに黒布が貼り付けられていた。素材がローブと同じなので、パッと見ただけではわからない。


 布には黒糸で筋力増強の魔法紋が縫い留められていて、発動の対象を男だけに絞っていた。魔法紋自体は稚拙だが、明らかに知識があるものの仕業だ。まあ、なんとなく想像はつくが。


「なあ、お嬢さん。学校で習ったと思うが、筋力ってのは百パーセントの力を出せないように脳が制限をかけてる。筋力増強の魔法はそれを外す魔法だ。大抵は筋肉と骨を保護するために身体強化の魔法も同時にかけるもんだが……あんたの体にはそれがない。ましてやあんたはヒト種だ。そのまんまだと腕が壊れちまうよ。今も肩が痛いんじゃねぇか? めまいと動悸もひでぇだろ? 過度にアドレナリンが分泌されてる証拠だ」


 男は生命魔法に詳しいようだ。少女に滔々と語りかけている。周りの野次馬たちの目も、気の毒な被害者とそれを救おうとした善意の人間を見るものに変わっている。


 あとは彼らに任せれば大丈夫だろう。男とグルだと思われても困るし、これ以上の面倒ごとに巻き込まれるのもごめんだ。


 みんなが少女と男に注目している隙に、手近にいた野次馬にローブを渡して席に戻り、アルマさんとミミを連れて静かにその場を離れる。


 二人ともパンケーキを食べ終わっていたのが幸いだった。私は完食し損ねたけど。

 

「俺が信用できなきゃ、校医に診てもらえばいい。事情は一緒に説明してやるからさ」


 背後から聞こえる声に、お人好しね、と心の中で呟く。


 同じセリフを数時間後に吐くことになるとも思わず。

女子会だけで終わらないのが主人公の宿命です。

次回、また面倒ごとの予感……?

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