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13話 ルビィ村爆誕しました(いいのかな?)

「何言ってるの? 村の名前を決めるのは領主の役目でしょ?」

「別にそう決まってるわけじゃないよ。サーラが囮になってくれたおかげでピグたちを領民にできたんだから、サーラに決めてほしい」

「ええ……。じゃあ、前の名前を踏襲したら? 位置は変わってないんだし」

「嫌だよ。新しい名前がいい」


 駄々っ子みたいなことを言い出した。それだけ名付けが苦手なのか、それとも思考を放棄したくなるほど疲れているのか。


 どれだけ抵抗してもシエルは退かなかった。そもそも私が口でシエルに敵うわけがない。万年筆を置き、腕を組んで必死に考える。しかし、思いつくのはたった一つの名前だけだった。

 

「……じゃあ、ルビィ村でどう? ナクトくんの故郷とちょっと被ってるけど」


 恐る恐る口にした私に、シエルは心底嬉しそうな顔で応えた。

 

「綺麗な名前だね。由来を聞いてもいいかな?」

「師匠の名前なの。もう死んじゃったけどね」


 ぽろりとこぼれた言葉に自分で驚く。こんなの、別に正直に話さなくてよかったのに。


 口元に手を当てた私を、シエルは黙って見つめている。続きを催促されているわけではない。ただ、私の心に寄り添おうとしてくれているのだ。


 その緑色の瞳は、不思議とルビィのものとよく似ていた。


「あっ……」


 ぽたり、と机の上に雫が落ちた。いけない。紙にシミがついてしまう。


 唇を噛み締め、込み上げる涙をこらえる。そもそも、なんで私はこんな子供の前で泣いているんだろう。私は感情のない醜い人間。これくらいで泣くわけがない。現にここ数年一度も涙を流さなかった。


 ルビィがいなくなってから、一度も……。


「っ……!」


 ぱらぱらと部屋の中に雨が降る。今更手遅れだと思いつつも、ローブの袖で顔を隠す。


 こういうとき、声を上げて泣ける人間だったら、私はもっと人の輪に入っていけたのだろうか。


 震える肩にぬくもりが触れる。遠慮がちに二の腕を撫でる手のひらは、アリステラで握ったときと同じく男らしかった。


 そして、唐突に理解する。

 

 ああ、私、師匠を……唯一の家族を亡くしたんだわ。






「おはよう、サーラさん! お目目真っ赤だよ。よく眠れなかったの?」

「……ミミ。サーラさんはあなたのお姉さんじゃないのよ。お客様の前でなければ多少は目を瞑るけど、目上の方に対する敬意を忘れないようにね」

「は、はい! アルマさん!」


 朝日が差し込む領主館別館の玄関先で静かに見下ろすアルマさんに、ミミがビシッと気をつけをする。その顔は恐怖に引き攣っている。一日で一体どれだけ礼儀作法を叩き込まれたんだろう。


「失礼しました、サーラさん。気づいたことがあれば、遠慮なく教えてあげてくださいね。それがこの子のためにもなりますから」

「あ、はい……」


 それが一番苦手なのだが、逆らえない雰囲気がある。実際にできるかどうかは別にして、とりあえず頷いておく。


「ええと、それで今日は……? シエル呼んでこようか?」


 玄関から隣の執務室を指差す。扉は固く閉ざされているが、もう仕事をしているはずだ。自室をノックしても返事がなかったから。


 着々と拡張されつつある別館は、いわゆるユニット工法に近いものだった。厨房、お風呂、トイレ、居間、個室がそれぞれ独立したパーツに分かれていて、一つずつ連結していく感じだ。


 立方体のブロックを積み木みたいに並べた形と言えばわかりやすいだろうか?


 玄関を抜けた先が居間、その左側に私やロイの個室を含めた部屋が四つ、上側に厨房と浴室、下側の少し離れたところに共同トイレがある。


 右側は丸々シエルの個室だ。執務室はシエルの個室の下側に連結しているので、シエル以外は外から入るしかない。


「いいえ、シエル様にはすでに許可をいただいています。実はこの子に入り用なものを、アマルディで一緒に用立てていただきたくて。ナクトは一日中現場に出ているものですから」

「……ああ! 護衛ってことか。確かに二人だけじゃ物騒だもんね。シエルの許可が出てるならいいよ」


 正直なところ、人見知りのコミュ障には気まずさの極みなのだが、お仕事なので我儘は言っていられない。雇用主が指示した相手を護衛するのも契約に入っている。


 手早く準備を済ませ、船でアマルディに渡る。ワーグナー商会と商談が成立したこともあり、渡し船の従業員たちはさらに友好的になった。


 ……いや、もしかしたらアルマさんやミミに見惚れているだけなのかもしれない。二人とも、同性の私から見ても整った顔つきをしていた。ミミにはさらに愛嬌までプラスされている。


 買う物は制服用の布、既製服、下着類、洗面用具、筆記具などの生活用品が中心だ。


 考えてみれば村から身一つで出てきたのだから、着替えにも事欠く状況だった。さすがアルマさん。私も一人暮らしを始めたときはそうだったのに、なんですっかり忘れていたんだろう。


「いらっしゃい、いらっしゃーい! 安いよ安いよー!」

「そこの綺麗なお嬢ちゃん、とれたての魚はどう?」


 約十日ぶりのアマルディは相変わらず賑わっていた。メイン通りの至る所に買い物客がいる。


 何気に日の高いうちに来るのは初めてだ。五月の眩い日差しを反射した白壁は、対岸から眺めるよりもさらに美しく見えた。


「まず、布を買いに行きましょう。朝一は比較的空いていますから」


 私に異論はない。逸れないよう手を繋いだアルマさんとミミの後ろについて、布屋に向かう。


 そこは元の世界の手芸屋みたいな内装だった。店の両壁には天井まで届く棚があり、棚の中には色とりどりの反物がぎっしりと詰め込まれている。


 羊の獣人のおばあちゃんが「いらっしゃいませ」と穏やかに微笑んでいるカウンターの前には、糸や針などの小物が並べられた長テーブルが二台設置されていた。


 興味深げにテーブルの上を覗き込むミミの近くで、慣れた様子のアルマさんが棚の中を検分している。私は手芸用品に興味はないので、店の隅に置かれた木製のトルソーの横にそっと佇んだ。


「ミミは白兎だから、黒よりも紺色の方がいいかしらね。尻尾があるからズボンより、ゆとりのあるスカートで……」

「あ、私、野党に襲われたときに尻尾切られちゃったんでないです。だから、ズボンでもピッタリしたスカートでも、なんでも穿けます」


 アルマさんが固まった。気持ちはわかる。言った本人に悲壮感がなく、不思議そうに首を傾げているのが幸いだった。


「……よそ行きの服も作ってあげましょうね。好きな色はある?」

「え? 本当ですか? 嬉しいです! ピンクがいいなあ。可愛い色にずっと憧れてたの」


 嬉しさのあまりに口調が乱れてもアルマさんは指摘しなかった。早速目を瞑ることにしたのだろう。慈愛を込めた眼差しで、優しくミミの頭を撫でている。


「サーラさんはいかがですか? 今後、シエル様について華やかな場に行くことも増えると思いますし」

「えっ、私?」


 嫋やかな頷きで返され、頭を掻きながらアルマさんたちに近づく。


「えー……でも、私は護衛だからなあ。着るとしたら騎士服みたいなやつじゃないかな。それに、お洒落な格好は似合わないからいいよ」

「最近はスカートを穿いて着飾る女騎士もいますよ。主人を引き立てるのも側仕えの役目ですからね。男装は女性には受けますが、男性――特に年配の方には眉を顰められます。伝統に重きを置くルクセンなら、なおのことではないですか?」


 そう……かな? そうかも? 何しろ華やかな場に出たことがないのでわからない。アルたちとパーティを組んでいたときはダンジョンばっかり潜っていたし、今なんて毎日のどかな風景しか見ていない。


 アルマさんは私が黙ったことをいいことに、あれこれ布を体に当て始めた。


「サーラさんは小柄だから……」「エキゾチックな顔立ちだし……」とかぶつぶつ言っている。私が声をかけても聞こえないみたいだ。


 ナクトくんもクリフさんも金槌を振るっているときは何も耳に入らないみたいだし、職人さんってみんなこうなのだろうか。


「よかったら、隣の服屋を呼んできてあげようか。実は私の妹がやってるのよ。実際に着てみたらイメージ湧くんじゃない? 布と色味も合わせやすいし」

「いいですね。どのみち、既製服も買うつもりでしたから」


 お、おばあちゃん! アルマさん! それダメなやつ!


 そう声を上げる前に、おばあちゃんは予想外に俊敏な動きで店を出て行ってしまった。


 そして、すぐに両手一杯に服を抱えてきたおばあちゃんズがそっくりな顔で高らかと声を上げた。


「さあ、試着の時間だよ!」

しんみりした前半とは打って変わって、楽しい女子会……になるといいですね。

この世界で言う「エキゾチックな顔」とは濃い目の顔つきではなく、日本人らしい顔つきを指します。

ここでは日本人が異国人ですので(異国どころではなく異世界人)。

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