23、これでひとまず
23、
十年がたった。
現在は月が完全に開発され、あちこちに都市が建設されている。
ただし、まともに人が暮らせるのはクラツクニの都市だけだ。
他国のそれは莫大な予算をかけてはいるが、あくまで前線基地。
クラツクニのそれはまるで別物。
ドーム状の都市の中は、地球と変わらぬ重力や環境が整い、多くの人が出入りしている。
毎日のように月と地球を行き来するシャトルが飛び交っていた。
現在は火星の開発、宇宙コロニーの建設が進んでいる。
日本には毎日大勢本土からの観光客やビジネスでやってくるモノたちであふれていた。
妖怪や魔物、悪魔と呼ばれる人外の存在たちだ。
彼女らも宇宙への進出ためにその魔力や能力を生かして大いに奮闘している。
それらはほとんど魔法という奇跡を起こす技によって成されたものだが――
しかし、科学が廃れたわけではなかった。
むしろ逆で。
魔女はその魔力と魔法で難なく宇宙にも行けるが、宇宙空間などに対する知識はない。
そこで、人間の科学者、研究者は重宝されたわけである。
彼らの知識と魔法が融合することによって、より自由にスムーズに事は進んだ。
魔法の手が加わったスペースシャトルは道路を走る自動車のように宇宙を自在に駆け回り、人間たちを月に運んだ。
宇宙コロニーも地球と同等以上の快適さを誇るものが完成しつつある。
魔法そのものも科学の知識をプラスすることでより高度に進化していった。
多くの魔法使いが大学で専門知識を学ぶ姿は当たり前のものとなっている。
また魔法使いによってもたらされた魔力や霊魂の情報も、科学者を魅了してやまない。
異なる技術と技術はお互いを否定することなく、絡み合い、成長するのだった。
しかし、全ての国が同じというわけでもない。
いまだに魔法を否定する宗教が声を大にする国々も多かった。
それらは年月と共にむしろ硬直化し、狂気に走っていく。
ある国の地方に行くと、外国人や他宗教の人間がリンチされるという事件が頻発する。
また日本人や日系人、さらにはアジア人を狙ったテロも横行した。
さすがに日本に直接攻撃をすることはできなかったが、摘発された団体の計画書には国家の管理している核ミサイル基地に潜入して、日本を核攻撃するというものも。
国は当然ながら、真っ青になってこれを隠蔽した。
もっとも魔女の探査魔法には歯が立たず、あっさりと情報を奪われたが。
「今後、この世界はどうなるんでしょうねえ……」
その日山田氏は魔女のそばでつぶやいた。
いつもの玉座の間ではなく、城内の外が良く見える窓の部屋。
高層ビルの合間を幻獣や箒に乗った魔法使いたちが飛び交っている。
道路にはエルフやドワーフ、天狗、河童などなど、様々な魔物が普通に歩いていた。
「さてなあ」
魔女は背伸びをしながら、銀髪を揺らす。
今現在直接干渉しない限り、クラツクニが他国に何かすることはない。
民間での交流はたくさんあるが、国を挙げて支援をするようなことは皆無だ。
先だっても国連からクラツクニへの要請があったが、魔女は内容を見てもいない。
どうせ大国らしく他国を援助しろ、国連に入れというものであろう。
「今のところ、日本がゴタゴタがないようだなあ」
「そうですかね――」
魔女の能天気な言葉に、山田氏はうなずけない。
「昨日女性団体のデモがあったじゃないですか」
山田氏の声に、魔女はそうだったな、と笑う。
それはクラツクニ本土人……すなわち魔法使いや魔物と、日本人男性の婚姻を制限するよう求めるものだった。
現在日本は多くの男性がクラツクニ本土に移住する例が多く、男性の数が減っているのだ。
労働力は魔法や、それに操られるゴーレムなどで十二分に補われている。
しかし、それでも補えないのが男女関係なのだった。
純粋な日本人女性の夫や恋人となる男性が足りなかったのである。
移民を求める声も高いが、クラツクニは移民は原則認めていないし、帰化にも厳しい審査が必要となっていた。
クラツクニに来たがる外国人は多いが、あまりまともな目的のものは少ない。
たいていが入国審査ではねられ、送り返される運命にあった。
それを差別であるとして騒ぐ者もいたが、すべからく無視されている。
強引な手段に出ようとしたものは全て捕まり、斬首された。
だから逆に他国に行こうという女性も多いのだが、文化の差や言語の壁は厚く、なかなかに上手くはいかないようである。
日本であれば色々受けられた様々な援助が、一切なくなるからだ。
そのうちの一つとして、出産費用の全額援助がある。
日本にいる限りは出産に関わる必要経費が全て国から出してもらえる。
また母子家庭には毎月かなりの資金援助がなされた。
仕事に関しても子供のいる女性は様々な点で優遇してもらえる。
こうなると下手に結婚相手を探すよりも、一人で子供を産んで育てたほうが何かと得であると考えるのも無理ない話で。
山田氏の『生前』の知り合いにも、そうした女性が多いようだった。
しかし、それでも男性が少ないことに不満を持つ女性は一定数いるようだ。
デモが度々起こるのが、その証拠である。
制度の面だけを見るなら、女性優遇がかなり多い。
だが、男性のほうは日本に見切りをつけて本土に行くことを選択するばかり。
対比となる相手がいないのでは、優遇も意味をなさないのだろうか。
まあ、それでも本土の女性たちと日本人女性の間に争いはない。
というよりも、力の差がありすぎて戦いにもならないのだ。
ただし、本土から日本に来るのには大きな制限があって、向こうから来れる数はごくわずかである。
それでもこういう状況下になってしまうのだから、まあお察しというべきだ。
(騒ぐ気持ちもわからないでもないが……)
抗議する団体の中には、本土人女性の人権を守るため、と称して騒ぐ派閥もあるらしい。
「ご主人、少しお願いがあるのですが……」
色んな騒ぎを尻目に、山田氏は主である魔女にある頼みごとをしてみた。
「しばらく、休暇をいだたきたいのです」
山田氏は使い魔たるコウモリネズミの姿をやめ、生前の山田氏の姿に戻った。
そして、魔女の居城を離れて一人の人間として変わってしまった日本に出ていく。
結局、これまでの騒ぎと変化の中で山田氏は何もできなかった。
これからも何もできないのかもしれない。
ならば、せめて使い魔ではなく人間としてこれからの変化を見ていきたい。
それには何の意味もないかもしれないけれど――
(だけど、それでもいいや)
懐かしい背広姿で、山田氏は――かつて死んだ山田という男によく似た人間として一人街へ出ていく。
今後の魔女たちの反則技は世をどのように弄るのか。人々はどうするのか。
山田氏は考えるともなく考えながら、一人で歩き続ける。
<ひとまず 了>




