少女達の道筋 SIDEアルマ
これにてヒロインサイドのお話は終わりです。
次回からはクラフタ視点に戻ります。
ここはヴィクツ帝国のスラム。
今、ここでは病気が蔓延し多くの人が苦しんでいました。
「先生! 親父が急に倒れた!! 助けてくれ!!」
ドアを壊さんばかりの勢いでお爺さんを背負った中年のおじさんが飛び込んできました。
「落ち着いて、まずはお爺さんをそこのベッドに寝かせてください」
「は、はい!」
ベッドに横になったお爺さんに声を掛けます。
「どんな症状ですか? 倒れた前後に何があったのですか? お爺さんは何か病気を患っていましたか?」
お爺さんを連れてきたおじさんに詳細を確認します。
原因がわからなければ治療のしようがないからです。
「メシを食ってたら急に倒れたんだ。その後痙攣を始めて」
「皆さんも同じご飯を食べたのですか?」
「い、いや俺は仕事から帰ってきたばかりだし、嫁はガキに乳をやってたからな。食ったのは親父だけだ。病気はしてないな。健康そのものだったよ。なのに急に苦しみだしたんだ」
「お酒は飲まれましたか?」
「いや、親父は酒は夜しか飲まない」
アルコール中毒ではない。そうなると食中毒の可能性がありますね。
病気は候補が多すぎて判断できません。
「まず胃の中の物を吐かせます」
私は薬品棚から嘔吐剤だし受け皿をおじさんに渡します。
「今から無理やり吐かせますのでおじいさんの体を起こして、吐いても良い様にこの受け皿で受けてください」
「わ、わかったよ」
お爺さんの口に嘔吐剤を流し込みます。
「少し苦いけど我慢してくださいね。気持ち悪くなったらすぐに吐いてください」
嘔吐剤を飲み込んだお爺さんがすぐにえずき始めます
「おぇぇぇぇぇ」
おじさんが胃の中の物を吐き出します。
私はお爺さんに水の入ったコップを差し出します。
「コレで口をゆすいで下さい」
おじいさんは震える手でコップをうけとり、おじさんがそれを手伝います。
私はその間に薬品棚から試薬を持ってきて検査用に小分けした吐瀉物にそれぞれ振りかけて行きます。
「一体何をやってるんだい?」
おじさんが私の行動を不思議そうに見ています。
「食べ物に毒物が混ざっていないか調べています。この試薬でそれがわかるんですよ」
ヴィクツ帝国はとても広大な領土を持つ国です。
そしてその広さに見合うだけの人も住んでいます。
それゆえ食料も大量に必要になりますが、帝都付近には食料を生産する施設がありません。
畑も農場もないのです。
理由は簡単。煌びやかな帝都にふさわしくないからだそうです。
そう言う訳で帝都の食材は全て地方から運び込まれます。
ですがその食材の中には人体に悪い肥料を使った物や、運び込む間に痛んでしまった食材が紛れ込んでしまいます。
そうした劣悪な食材は帝都の魔法使いの検査魔法で一般流通から落とされるのですが、廃棄するのがもったいない商人達がこうしたスラム街に廃棄食材を安く卸すのです。
違法行為ですが、スラムの住民達も半分違法占拠している様な物なので放置されています。
試薬の一つが掛かった吐瀉物が赤く染まります。
「やっぱり」
実際私の所に運び込まれる患者の6割は食中毒でした。
水魔法でお爺さんの胃の中を洗浄し、お爺さんの中毒に対応した解毒薬を処方します。
薬を飲むと余り時間をおかずお爺さんの痙攣が治まり、呼吸が落ち着いてきました。
「あ、ありがとうございます先生!!」
「薬を出しておきますので、具合がよくなっても無くなるまで飲み続けてください」
「はい! ……それでその……薬代なんですが……」
おじさんが申し訳なさそうに声を濁らせます。
「銀貨三枚、ですがお支払いが困難な場合は一週間に銅貨二枚ずつの分割支払いでもかまいませんよ」
「っ! あ、ありがとうございます先生!!」
おじさんはポケットから銅貨二枚を支払うと何度も頭を下げた後、お爺さんを背負って帰って行きました。
◆
私の名前はアルマ、アルマ=ハツカ=ルジオスといいます。
ルジオス王国第二王女にしてクラフタ=クレイ=マエスタ侯爵の妻です。……妻です。新妻なのです。
……失礼しました。
何故私がヴィクツ帝国の、それもスラムなどにいるのかと言いますと……
それはクラフタ様のご指示だからなのです。
なんでも……
「巨大な帝国に潜入するにはスラムに身を隠しそこの住人の信頼を得ながら隠れ住むのがお約束なんだ」
との事です。
お約束の意味は分かりませんがクラフタ様が言うのですからそう言うものなのでしょう。
クラフタ様は現在ヴィクツ王国の軍人の方々をおびき寄せて捕獲し、異世界人に肉体を奪われた方々を捕縛していらっしゃいます。
その間私はこのスラムの一角で医者に扮して皆さんの治療をしている次第です。
そうする事で私はヴィクツ帝国がいかにゆがんだ国であるかを実感を以って理解できました。
衛生環境、医療技術、食の安全、そうした全てのものが出来上がって間もないマエスタ領とは比較にならない位低いのです、
勿論クラフタ様が規格外な事は私も重々承知しています。
ですが仮にも世界有数の国家がこれとは、王族としてどうかと思います。
ルジオス王国にもスラムはありますが、ここまで酷くはありません。
どうも帝国では貴族は平民やスラムの住民の事を、国民とすら認識していないと思われる振る舞いが見受けられる節があります。
だからインフラ? が整備されて居るのは貴族達の住む貴族街のみで平民達の暮らす区画は非常に適当に作られているのだとか。
下水や浄水施設などは古代魔法文明の遺跡を参考に作られているそうですが、そうした設備は完全に平民の区画とは切り離され、空気ですら風魔法の循環浄化魔法具で貴族街は隔離されているそうです。
優秀なお医者様は貴族お抱えとなっており、平民達の治療をしてくれるお医者様は貴族お抱えのお医者様よりもだいぶ腕が落ちるのだとか。
そんな訳で、突然現れた私でもスラムの皆さんは贔屓にしてくださるのです。
◆
患者さんの治療が終わった後はゴーレムさん達が医療器具の洗浄を始めます。
家具に偽装した彼等は自らの足で歩き自らの手で機材を己の中にしまって洗浄魔法と消毒魔法を発動させます。彼等はそれ自体が洗浄用の魔法具でもあるのです。
私達が暮らすスラムの家は、とある一家から破格の代金で譲ってもらった家です。
この家をクラフタ様が大改造、見た目はぼろくても帝国内のどの貴族の屋敷よりも高性能な家へと生まれ変わりました。
破城槌でも破壊できず、上級魔法でも焼き尽くせないそれは、すでに家そのものが一個の魔法具と言えます。
改築が完了したクラフタ様のやり遂げたお顔は、ああ、きっとお姉様が見たら全力で罵倒する位無駄に技術の粋を凝らしたすごい物なのだろうな、と思わずには居られないものでした。
◆
私達がこの家で暮らす様になって数週間、帝都において私達を知らない者は居ないというほど私達の名は知れ渡りました。
というのも、この間やってきた患者さんが教えてくれたからです。
身なりは平民のものでしたが、布は新しかったのでおそらく変装された貴族の方でしょう。
息子とおっしゃっていた方も、隙のない視線で周囲を警戒されていたので、おそらく護衛として付いて来た家臣だったのだと思います。
その患者さんは長年難病を患っていらして、私達の噂を聞きつけてやってこられたそうです。
患者さんの病気は肺の病で、代々の一族の何人かはこの病で苦しんでこられたそうです。
死ぬような病ではありませんが、現代の医学では直す方法の無い病として恐れられている病気ですね。
人事みたいですか? そうですね、『直す方法が無い』というのはあくまで現代医学では、です。
クラフタ様と共に先生から医学を学んだ私であればこの方の病気を治して差し上げる事ができます。
それがクラフタ様へのお詫びであり、恩返しなのですから。
今回の旅では私の浅慮の所為でクラフタ様に多大なご迷惑を掛けてしまいました。
だというのに、クラフタ様は私を攻める事無く自分のミスだとまでおっしゃってくださいました。
これ以上クラフタ様にご迷惑をおかけする事はできません。
私はクラフタ様に救われた身、クラフタ様が望むのでしたらこの帝都、いえ、帝国中の人々の病を癒しましょう!!
そして今度こそクラフタ様のお役に立つのです!
などと考えながら頑張っていたら何故か『聖女』と呼ばれていました。
……いえ、私そんな大した事はしていないんですが……
帝国を長年苦しめていた流行病から人々を救った? いえ、アレの正体は不潔な環境が原因の感染症なので、清潔な環境を維持すれば発生する可能性は大幅に減少するのです。
今度は余命少ない大神官様を救った? いえ、あの方はちょっと珍しい毒を盛られていただけですので適切な解毒を行えば治療は難しい事では……
ええっ? 今度は一度罹れば死あるのみの恐るべき病の治療に成功した? いえいえ、アレはちゃんと症状が治まった後も薬を飲み続ければ完治する病気ですよ。
……っていうか帝国の医療技術低すぎます!!
なんでルジオス王国の何倍も続いているのにここまで医療技術が低いんですか!!
どうやら長年の繁栄と政治闘争の所為でまっとうお医者様は暗殺騒動に巻き込まれるのを恐れて逃げ出したみたいです。 病死に見える毒や意図的に食事に病の元を入れられたら治療のしようがないのも当然ですものね。残ったのは実力はないけど貴族に取り入るのだけは上手い医者と積極的に暗殺に協力した方々ばかりで碌な技術を継承されていないみたいです。
真面目に修行された方達は御用医師の座を失いたくない方々から逃げ出すので、やっぱり帝都には実力のあるお医者様は残られません。
もしかして過去に帝国を揺るがしたロゾの伝染病事件も本当はたいした事のない伝染病だったのでは……
いえ、この件に関しては考えない事にしましょう。すでに終わった件ですから。
とにかく今はこの聖女騒動をなんとかしないと。
さすがに外に出る度に聖女扱いされて膝まづかれるのは困ります。神殿のほうでも私を名誉司祭になって欲しいなどといわれていますし。
でもそんな事になったら私の素性がばれてしまいます。
だからなんとしてでもお断りしないと。
そんある日です。
「そろそろ撤収しようか」
そうクラフタ様が仰り、私達は帝都のお家を引き上げるのでした。
勿論家は元のボロ屋に戻してです。
結局私は皆さんの病気の治療をしていただけなのですが、それで良かったのでしょうか?
クラフタ様はすっごい役に立ったと仰ってくださいましたが。
ちょっぴり疑問です。




