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 ドォォォォン……!


 朝食の野兎を火にかけ、血抜きの為に猪を吊るしている最中、轟音が鳴り響く。


「おろ、思ったより早かったなぁ」


 何だかんだ言って簡易腹切りみたいな自傷するまでにちょっと時間が必要かな、とか思っていたので朝餉の用意が終わる前に『砲』が出来るようになるとは思ってなかった。

 二人ともセンスは一級品なので刺してからはそう掛かるまいと思っていたけど、それにしたって中々だ。これなら午前十の内に歩法の練修行に入れるだろう。


「兎は人数分取れたけどこれとまた汁物かなぁ……僕自身米食いたいし今日はうちに帰らんとなぁ」


 一日目を超えれば案外寝ている内に窒息死みたいなことは無い。滅多には。

 ちゃんと別れる前にもう一回注意すれば大丈夫だろう。


「とすると夕餉は不要か……猪は……昼餉にしよう」


 やはり丸焼きだろうか。

 狩りと縁遠い現代の子供相手なら、ド派手に丸焼きのほうが喜ばれる気がする。

 火を通すのは結構難しいし時間も掛かるけど、修行しながら焼けば問題無いだろう。


「……ん?」


 外から足音が近づいてくる……なんか走ってる? 多分二人だけど、徒競走でもしてるみたいな速度でこっちに向かってきている。

 何事かと思っていると、ソルがスライディングで入って来た。


「シャァァァ! 俺の勝ちだオラァァァ!」


 指の隙間から血を滴らせながらガッツポーズを決める友達に僕はドン引きです。


「うん、何が?」

「待て! 私の方が先に発動させただろう!」

「何を言っているのか……分からないなッ! 秘密基地に戻るまでが、『砲』の修行だッ!」

「そんな事一言も言ってなかっただろう!」

「おーい二人共ー……?」

「その理屈は俺を追いかけて走ってる時点で、無意味だッ!」

「クソッ!」

「ねえ、何でそんなに殺伐としてるの?」


 何か知らないがちょっと目を離したら喧嘩してるんだけど。

 子供かお前ら。


「これで一勝一敗……告白の言葉を考えて置けよッ!」

「ズルしてイーブンに持ち込んでおいて何を言ってるんだ!」

「知らねぇのか? 正義は最後にゃ絶対勝つんだよぉぉ!」

「その台詞、そっくりそのまま返すぞ悪党が!」

「はいはい、二人ともそこまで。朝餉の時間だから座りなさいな」

「わーい!」

「わーい!」


 本当に子供かな。

 まあ競争相手がいるっていうのは成長に欠かせない物だし多少はいいんだけどね。


「ほら二人共、ご飯の前に治すから手を出して」

「手? あ、ヤベェ! クソ痛ェ!」


 意識するまで痛みを感じてなかったのか。どんだけ興奮してたんだ。

 僕は呪符を取り出し、二人の手に張り付ける。


「これは何? 絆創膏?」

「そんな訳なかろうが。呪符だよ」


 張ったところをちょちょいと指先の魔力でなぞる。

 剥がしてみればあら不思議、出血が止まらない程の深い傷がまるで元から無かったかのように消えているじゃあーりませんか。


「おぉ!」

「凄い……けど、なんか嫌な雰囲気のお札に見えるんだけど私の気のせいか?」

「気のせいじゃないね、厳密に言うと治癒術式じゃないし」


 紫苑は着実に術理を感覚的に理解しつつあるな、良い事だ。

 治癒術式は治る過程がもっとこう……ちゃんと治る過程なのである。

 これ見たく張って剥がしたら傷口が消えてるとかそんな手品みたいなことにはならない。


「これは痛み分けの呪符って言って、これで抜き取った傷を他者に与える……まあ陰陽術の一種だよ。これまでも護符やらなんやら使ってたから薄々分かってたかも知れないけど、基礎術理を除けば僕が使うのはほぼコレだ」


 効果は傷を負ってからこの呪符で抜き取るまでの時間だから今回のコレはほぼ猫騙し程度にもならない効果しかない塵紙だな、戦場で毒も盛られてない針の一刺しで怯む奴はいない。


「へぇ陰陽術……陰陽術? 歴史の授業で戦国時代末期には廃れたって言ってなかったか?」

「デマだよ」

「何の躊躇も無く即答したよ……」


 こんなに有用で多様性に溢れた術理が廃れる筈無いだろ何言ってんだ。


「話を戻すと、呪いを作る前段階の術理が縁起良い訳ねーってただそれだけの理由だよ」

「俺には良いも悪いも分からんッ!」

「そんな程度の事で傷が無かった事になったんだよ」

「サイコーだなッ!」

「えぇぇ……大丈夫なんだろうか……」


 紫苑は魔素を知覚したばかりだから過敏になってるだけだよ。

 人を呪わば穴二つなんて言葉があるけれど、あれって呪いを作るだけなら特に適応されたりしないし、この何にも使えない呪符はこのまま処分するから呪いも残らないし。

 

「それより朝は兎の丸焼きと山菜と茸の味噌汁だよ」

「え、私達が『砲』を覚える短い時間で採ってきたのか」

「そうだよ。というか外で猪の血抜きやってたでしょ」

「気付かなかった……てか猪?」


 あんなどでかい物を見逃したというのか。


「昼は丸焼きだよ。食後は二人とも歩く練習だからその内に家に戻ってご飯炊いてくる」

「マジかよヒャッハー! ……って、血の匂いで熊とかが寄ってくるんじゃないか?」

「寄ってきたら品数が一品増えるだけだね」

「強い……」

「まあこの辺は害獣避けしてるからよっぽど飢えてないと入ってこないよ」

「強い……」


 時期的に餌は豊富だろうし大丈夫だよ。


「取り敢えず、二人とも『砲』は出来たんだよね?」

「応とも!」

「ソルは暴発させてただろ」


 暴発……まああるあるやな。

 ただでさえ呼吸で体を巡る魔力の量が800%増加してる訳だし、加減が分からないと暴発……というか想定外の威力になるのは初心者にありがちだ。

 だけど放つのが魔力のままであるならただの衝撃波に近いし、多少範囲が広くなっても周囲への被害が軽微になる様に池の前でやらせた訳だし。


「……まあコツさえつかめば大まかな調整は結構簡単だから移動に使う分には問題ない……といいなぁ」

「『流』の時にも思ったんだけど、魔力の精密操作ってあんまり重要じゃない?」

「いやそんな訳は無いけど、事故死する可能性は間違いなく倍増するからね。でも魔力って実体が無いから素養の差で出来ない奴は本当に出来ないから……」

「え、俺って才能ねぇのか!?」

「この場合、ソルに才能が無いんじゃなくて紫苑に才能があるんだよ。皆が皆、三〇分足らずで目に見えないモノの感覚を掴めると思うなよ」


 ソルも間違いなくおかしいからね、暴発させられるだけ上等だよ。


「おぉ……? つまり?」

「まだまだこれからって事」

「おぉッ! これからだッ!」

「あ、紫苑は普通にもう一段上を目指すから。キツイぞ」

「頑張るよ」


 紫苑はさらりと流し、味噌汁を啜る。

 流石すぎる。


「それと、今日は多分家に帰らざるを得なくなるから『流』は今日で完璧にしてね」

「任せろ」

「大丈夫だよ。けどなんで?」


 凄い、二人揃って何の気負いもない即答だ。

 前世の僕なら絶対無理な即答だな、てか呼吸法を変えるってそんな緩くない筈なのにここまで適応が早いのは才能なのかね、世代を重ねてるってのも勿論あるんだろうけどそれだけじゃここまで出来ないだろう。


「秘密基地は作ったけど風呂は作ってないんだよ。僕は呪符でいつでもふろぉらるだけど二人はそうもいかんでしょ」


 服も昨日から着替えてないしね、せっかくこの時代に生まれたのに生活水準を戦国時代まで引き下げる事は無いだろう。

 いや、僕は別に良いし、それも修行って事にしても良いが、特に意味がある事ではないし軍隊じゃないんだから意味の無い所迄縛る意味は無いと思う。


「……なあ明志。私昨日寝る時に寝惚けながら汗臭いソルから離れた記憶があるんだけど」

「うん、その分こっちきてたね」

「……なあ、明志」

「まだ大丈夫」

「不覚だ……!」


 うん、まあ。

 どうせ修行を続けてれば余裕ある立ち振る舞いなんて保てないだろうし王子様の維持は早々に諦めた方が良いんじゃないかな。


「それに今日の修行の終わりには絶対風呂に入りたいって思う様な姿になってると思うから」


 言っとくけど、歩くのは息をする何倍も難しい事なんだぞ。

 なにせ赤ん坊が一年以上賭けて漸く出来るようになる事なんだから。


「……あのよ、俺はもう既に風呂入りてーんだけど」

「それは諦めて」


 既に濡れ鼠な人は思い出したように哀愁を漂わせていた。

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