表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/142

56 ありがとう

いよいよ本日、エリーゼさんが帰還します。

帰還用の魔方陣(魔方陣と言うけど魔法は使わない)の部屋というのが王宮にあり、それを使って帰るのだそうです。

私も同席していいというお許しを得ました。

なんか、どきどきしますわー。


「リィナごめんね。荷物持ちにして」

「いえいえ、お役に立ててよかったです」

エリーゼは私と市場に行った後も、王都内で色々買い物したらしく、荷物がすごいことになってます。

「これでも、こっちで作ったドレスとかは、ほぼ置いてきたんだけどなぁ」

「そうなんですか?」

「うん。ドレス着る機会ないしね。でもドレスもお仕着せも、一着だけは記念に持ってきた。『これ着て仕事してたんだよ』って、両親に見せようかと思って」

なるほどー。

ん?

つまり私の場合、持ち帰るのはメイド服ですか?『これ着て仕事してたんだよー』って?・・・うちの家族には大爆笑される自信があるな。特にお兄ちゃんに。


王宮内の、いままで入ったことの無い区域までやってきました。

この建物の中に、管理局があるそうです。


受付らしき所で記名して、職員の人に案内されます。

階段を下りて、地下に到着しました。

扉がいくつかあり、その内のひとつに入ると、このまえ王女様の授業でお会いした管理局の偉い人が居ました。

どうもーこんにちは、アンジェ改めリィナですー。・・・まあ!長官様でしたか!一番偉い人だったんですね。


案内してくれた職員さんが帰ると、部屋には3人だけ。

長官さんは、床のなんだかよくわからない模様に、何かしてます。何か書いてるのかな?

その模様の上の空間が、なんだかモヤモヤしてます。


そういえば・・・

「“魔方陣は地下”って決まりとかあるんですか?」

「ええ、王宮の魔方陣は固定式ですので、気温や日光など、環境要因での変質を防ぐためですね。」

長官さんはわざわざ手を止めて教えてくれました。

「そういえば、リィナはどうやって召喚されたの?王宮(ここ)じゃないわよね?」

「私はシオン様のお屋敷の地下で召喚されたんですよ」

「そーなんだー」


作業が終わるまでにまだ時間がかかるみたいので、部屋の隅にあるソファーで待ってることにしました。お茶セットもあるしね。

エリーゼとお茶をしていたら、パオロさんが来ました。そうか、管理局(ここ)にお勤めでしたっけ。

「エリーゼ、帰還おめでとう。・・・寂しくなるなぁ」

なんだか半泣きのパオロさん。

「パオロってばもう!泣く人は来ちゃダメって、昨日散々言ったでしょ」

「むちゃ言うなよぉ」

パオロさんは見た目のチャラさとは違って、涙もろいようですね。

思わずエリーゼさんと顔を見合わせて苦笑してしまいました。



「さて、準備が出来ました。今日の帰還はエリーゼさんだけですから、いつでもご自分のタイミングでどうぞ」


長官さんから声がかかりました。

私はドアをじっと見てしまいますが・・・

王女様、本当に来ないんですか?


「リィナ、もういいよ。」

「まって、私やっぱり見てきます」

「いいから。それより、これ。」

そう言って、エリーゼさんは綺麗に包装された平たい箱を取り出しました。

「姫様に渡してもらえる?」

「・・・はい、お預かりしますね」


本当は、自分で手渡したかったはずです。ううっ、せつない。


私が箱を見つめている横で、エリーゼとパオロさんがハグしてます。ヨーロッパーな挨拶ですわー。

ガチャン!

「エリーゼ!よかった、間に合ったわ!」

「セリーヌ!」

勢いよく入室してきたのは、セリーヌ。

仕事のシフトの関係で、どうしてもギリギリになるって話だったんですが、間に合ったようです。よかった。


エリーゼとセリーヌは、ちょっと泣きながら抱き合ってます。

2人で過ごした時間が、私なんかよりずっと長かったんですもの、当然ですよね。

抱き合いながら、手紙を書くねとか、遊びに来てねとか、もう何度もした約束を確認するかのように呟いている2人。

「タクトも間に合ったんだね」

「え?タクトさん?」

「リィナ、気づいてなかっただろ。セリーヌと一緒に入室してきたんだけど」

苦笑気味のタクトさん・・・ごめんなさい。

「だって、あんな感動的なお別れの姿が目の前にあるんですもの」

「タクトも抱き合ってきたら?」

「・・・パオロ、俺は日本人なんだ。握手で勘弁してくれ」

そう言って、エリーゼに近付くタクトさん。エリーゼはセリーヌから離れ、差し出されたタクトの手を・・・取らなかった。

おお!エリーゼがタクトさんに抱きついた!?

あわあわしているタクトさん。

うん、気持ちはわかる。ハグに慣れていないと、腕をどこに回したらいいかがわからないんだよね。

「タクトも元気でね」

「エリーゼも。ああ、そうだこれ、アベルから。あいつどうしても抜け出せないから、せめてこれをって」

そう言って、タクトさんは持っていた紙袋を渡します。

「あいつが作った、異世界(こちら)の料理らしいよ」

「・・・昨日、アベルと食事に行ったとき、好きな食べ物を色々聞かれたの・・・このためだったんだ」

ずっと泣かないようにこらえていたエリーゼの瞳から、一粒の雫がこぼれます。

「ああもう。泣かないつもりだったのに」

そんな風に言って苦笑するエリーゼ。



そんな中、ガチャンと扉が開く音がして、入室してきたのは・・・

「シオン殿下、どうされたんですか?」

「すまない長官、少し邪魔する」


なんで、旦那様が?と思っていると、旦那様は私に目を向けることもなく、真っ直ぐエリーゼさんの前に向かいます。

「エリーゼ嬢、すまない。どうにかダリアを連れてこようとしたんだが」

「シオン殿下・・・お心遣いありがとうございます」

「ダリアがたくさん世話になったと聞いている。身内として、君に感謝を。」

そう言って、旦那様は手に持っていた包みをエリーゼに渡します。

「これは、陛下と王太子からだ。使い方は同封されているそうだから、帰還後に開封してほしい」

「・・・陛下と王太子殿下へ、直接お礼を申し上げられない無礼をお許し下さい、と」

それ(・・)は、あの2人のせめてもの礼だ。気にすることはない」


私とパオロさんと長官さんを完全に無視してる旦那様。

ちなみに、旦那様が入室してすぐ、長官さんが“は!”と気がついたようでお辞儀をしました。

それを見たパオロさんもお辞儀。

タクトさんは騎士の礼。

なので、私も淑女の礼。

そして、3人そのまま頭下げっぱなしです。

普段ならすぐ『楽にしろ』って言ってくれるのになぁ。



「長官、帰還の準備は整っているのか?」

「はいシオン様」

「そうか。エリーゼ嬢、友人達との別れはすんだのか?」

「はい。シオン様あの、私・・・」

「なんだ」

異世界(こちら)に来て、つらいこともありましたが、良い友人に恵まれて、幸せでした」

「・・・そうか。ありがとう、君たちにこの国を否定しないで帰還して貰えることが、一番の喜びだ」

そう言って、旦那様はエリーゼの手をとって、指先に口付けます・・・王子様がやると、さまになるわー。

エリーゼは当然真っ赤です。ああ、そういえば初めて会ったとき、旦那様のこと聞きたがってましたしね、憧れてたのかしらね。うちの旦那様、見た目は麗しいですからねぇ。


「あ、あの、じゃあそろそろ」

「そうか。」

エリーゼは荷物を持って、魔法陣の中央に向かいます。荷物が多いので、2往復しました。

「じゃあ皆様、ごきげんよう」

エリーゼは澄ました顔でそう言うと、いままで見た中で一番綺麗な淑女の礼をしました。

長官さんが、魔方陣に手をかざして、言葉を唱えます。

「この者の・・・ある・・・つなげ・・・」

まるで歌うような、抑揚のある話し方です。いくつか聞き取れない単語がありますが、そういえば私も召喚されたとき、なんか聞きなれない歌が聞こえてましたっけ。異世界(こちら)の言語だったから、何語か分からない言葉だったんですね。



魔方陣の上でもやもやしてたものが、下まで降りてきてエリーゼを包みます。

ああ、本当にお別れなんだ・・・

そう思ったその時


ガチャン!バン!

「何するの!クリス!やめてったら!」


振り向かなくても声で分かりますが、王女様とクリスさんです。

振り返ると、クリスさんが王女様を逆さまに抱えてます・・・あの、クリスさん?王女様のスカートが・・・

みんなが唖然としてる中、クリスさんは王女様を降ろして「暴れられたものですから」とニッコリ笑いながら逆さまで運んできた言い訳をしました。やっぱりこの人、鬼だ。


「姫様・・・」

エリーゼが、もやの中から呟きます。

王女様がその声に顔を上げてエリーゼを見ます。

もやが濃くなって、どんどんエリーゼの姿が見えづらくなっていきます。


「姫様、ありがとうございました。」

エリーゼは、はっきりとそう言って、淑女の礼をとりました。

それでも王女様は黙ったまま、うつむいてしまいました。

「っ!・・・ダリア!」

旦那様が普段聞いたことがないような荒々しい声を出しました。

その声にビクッと反応した王女様は、顔を上げました。その目には、涙が・・・

「うそ、よ」

「姫様?」

「き、きらい、なんて・・・うそ、よ」

ぽろぽろと涙をこぼす王女様

「ひめ、さ、ま」

同じく泣いているだろうエリーゼの声が、どんどん聞き取れなくなってきています。

エリーゼは、もう声が届かないことが分かっているのでしょう。最後に口元がはっきりと「ありがとうございました」と動いて・・・

もやが濃くなり、とうとうエリーゼの姿が完全に見えなくなりました。


そして、もやが晴れたとき、エリーゼの姿は、ありませんでした。


「無事、帰還されました」


静まり返った室内に、長官さんの声が、とても大きく響きました。





















さよならがまだ続きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ