56 ありがとう
いよいよ本日、エリーゼさんが帰還します。
帰還用の魔方陣(魔方陣と言うけど魔法は使わない)の部屋というのが王宮にあり、それを使って帰るのだそうです。
私も同席していいというお許しを得ました。
なんか、どきどきしますわー。
「リィナごめんね。荷物持ちにして」
「いえいえ、お役に立ててよかったです」
エリーゼは私と市場に行った後も、王都内で色々買い物したらしく、荷物がすごいことになってます。
「これでも、こっちで作ったドレスとかは、ほぼ置いてきたんだけどなぁ」
「そうなんですか?」
「うん。ドレス着る機会ないしね。でもドレスもお仕着せも、一着だけは記念に持ってきた。『これ着て仕事してたんだよ』って、両親に見せようかと思って」
なるほどー。
ん?
つまり私の場合、持ち帰るのはメイド服ですか?『これ着て仕事してたんだよー』って?・・・うちの家族には大爆笑される自信があるな。特にお兄ちゃんに。
王宮内の、いままで入ったことの無い区域までやってきました。
この建物の中に、管理局があるそうです。
受付らしき所で記名して、職員の人に案内されます。
階段を下りて、地下に到着しました。
扉がいくつかあり、その内のひとつに入ると、このまえ王女様の授業でお会いした管理局の偉い人が居ました。
どうもーこんにちは、アンジェ改めリィナですー。・・・まあ!長官様でしたか!一番偉い人だったんですね。
案内してくれた職員さんが帰ると、部屋には3人だけ。
長官さんは、床のなんだかよくわからない模様に、何かしてます。何か書いてるのかな?
その模様の上の空間が、なんだかモヤモヤしてます。
そういえば・・・
「“魔方陣は地下”って決まりとかあるんですか?」
「ええ、王宮の魔方陣は固定式ですので、気温や日光など、環境要因での変質を防ぐためですね。」
長官さんはわざわざ手を止めて教えてくれました。
「そういえば、リィナはどうやって召喚されたの?王宮じゃないわよね?」
「私はシオン様のお屋敷の地下で召喚されたんですよ」
「そーなんだー」
作業が終わるまでにまだ時間がかかるみたいので、部屋の隅にあるソファーで待ってることにしました。お茶セットもあるしね。
エリーゼとお茶をしていたら、パオロさんが来ました。そうか、管理局にお勤めでしたっけ。
「エリーゼ、帰還おめでとう。・・・寂しくなるなぁ」
なんだか半泣きのパオロさん。
「パオロってばもう!泣く人は来ちゃダメって、昨日散々言ったでしょ」
「むちゃ言うなよぉ」
パオロさんは見た目のチャラさとは違って、涙もろいようですね。
思わずエリーゼさんと顔を見合わせて苦笑してしまいました。
「さて、準備が出来ました。今日の帰還はエリーゼさんだけですから、いつでもご自分のタイミングでどうぞ」
長官さんから声がかかりました。
私はドアをじっと見てしまいますが・・・
王女様、本当に来ないんですか?
「リィナ、もういいよ。」
「まって、私やっぱり見てきます」
「いいから。それより、これ。」
そう言って、エリーゼさんは綺麗に包装された平たい箱を取り出しました。
「姫様に渡してもらえる?」
「・・・はい、お預かりしますね」
本当は、自分で手渡したかったはずです。ううっ、せつない。
私が箱を見つめている横で、エリーゼとパオロさんがハグしてます。ヨーロッパーな挨拶ですわー。
ガチャン!
「エリーゼ!よかった、間に合ったわ!」
「セリーヌ!」
勢いよく入室してきたのは、セリーヌ。
仕事のシフトの関係で、どうしてもギリギリになるって話だったんですが、間に合ったようです。よかった。
エリーゼとセリーヌは、ちょっと泣きながら抱き合ってます。
2人で過ごした時間が、私なんかよりずっと長かったんですもの、当然ですよね。
抱き合いながら、手紙を書くねとか、遊びに来てねとか、もう何度もした約束を確認するかのように呟いている2人。
「タクトも間に合ったんだね」
「え?タクトさん?」
「リィナ、気づいてなかっただろ。セリーヌと一緒に入室してきたんだけど」
苦笑気味のタクトさん・・・ごめんなさい。
「だって、あんな感動的なお別れの姿が目の前にあるんですもの」
「タクトも抱き合ってきたら?」
「・・・パオロ、俺は日本人なんだ。握手で勘弁してくれ」
そう言って、エリーゼに近付くタクトさん。エリーゼはセリーヌから離れ、差し出されたタクトの手を・・・取らなかった。
おお!エリーゼがタクトさんに抱きついた!?
あわあわしているタクトさん。
うん、気持ちはわかる。ハグに慣れていないと、腕をどこに回したらいいかがわからないんだよね。
「タクトも元気でね」
「エリーゼも。ああ、そうだこれ、アベルから。あいつどうしても抜け出せないから、せめてこれをって」
そう言って、タクトさんは持っていた紙袋を渡します。
「あいつが作った、異世界の料理らしいよ」
「・・・昨日、アベルと食事に行ったとき、好きな食べ物を色々聞かれたの・・・このためだったんだ」
ずっと泣かないようにこらえていたエリーゼの瞳から、一粒の雫がこぼれます。
「ああもう。泣かないつもりだったのに」
そんな風に言って苦笑するエリーゼ。
そんな中、ガチャンと扉が開く音がして、入室してきたのは・・・
「シオン殿下、どうされたんですか?」
「すまない長官、少し邪魔する」
なんで、旦那様が?と思っていると、旦那様は私に目を向けることもなく、真っ直ぐエリーゼさんの前に向かいます。
「エリーゼ嬢、すまない。どうにかダリアを連れてこようとしたんだが」
「シオン殿下・・・お心遣いありがとうございます」
「ダリアがたくさん世話になったと聞いている。身内として、君に感謝を。」
そう言って、旦那様は手に持っていた包みをエリーゼに渡します。
「これは、陛下と王太子からだ。使い方は同封されているそうだから、帰還後に開封してほしい」
「・・・陛下と王太子殿下へ、直接お礼を申し上げられない無礼をお許し下さい、と」
「それは、あの2人のせめてもの礼だ。気にすることはない」
私とパオロさんと長官さんを完全に無視してる旦那様。
ちなみに、旦那様が入室してすぐ、長官さんが“は!”と気がついたようでお辞儀をしました。
それを見たパオロさんもお辞儀。
タクトさんは騎士の礼。
なので、私も淑女の礼。
そして、3人そのまま頭下げっぱなしです。
普段ならすぐ『楽にしろ』って言ってくれるのになぁ。
「長官、帰還の準備は整っているのか?」
「はいシオン様」
「そうか。エリーゼ嬢、友人達との別れはすんだのか?」
「はい。シオン様あの、私・・・」
「なんだ」
「異世界に来て、つらいこともありましたが、良い友人に恵まれて、幸せでした」
「・・・そうか。ありがとう、君たちにこの国を否定しないで帰還して貰えることが、一番の喜びだ」
そう言って、旦那様はエリーゼの手をとって、指先に口付けます・・・王子様がやると、さまになるわー。
エリーゼは当然真っ赤です。ああ、そういえば初めて会ったとき、旦那様のこと聞きたがってましたしね、憧れてたのかしらね。うちの旦那様、見た目は麗しいですからねぇ。
「あ、あの、じゃあそろそろ」
「そうか。」
エリーゼは荷物を持って、魔法陣の中央に向かいます。荷物が多いので、2往復しました。
「じゃあ皆様、ごきげんよう」
エリーゼは澄ました顔でそう言うと、いままで見た中で一番綺麗な淑女の礼をしました。
長官さんが、魔方陣に手をかざして、言葉を唱えます。
「この者の・・・ある・・・つなげ・・・」
まるで歌うような、抑揚のある話し方です。いくつか聞き取れない単語がありますが、そういえば私も召喚されたとき、なんか聞きなれない歌が聞こえてましたっけ。異世界の言語だったから、何語か分からない言葉だったんですね。
魔方陣の上でもやもやしてたものが、下まで降りてきてエリーゼを包みます。
ああ、本当にお別れなんだ・・・
そう思ったその時
ガチャン!バン!
「何するの!クリス!やめてったら!」
振り向かなくても声で分かりますが、王女様とクリスさんです。
振り返ると、クリスさんが王女様を逆さまに抱えてます・・・あの、クリスさん?王女様のスカートが・・・
みんなが唖然としてる中、クリスさんは王女様を降ろして「暴れられたものですから」とニッコリ笑いながら逆さまで運んできた言い訳をしました。やっぱりこの人、鬼だ。
「姫様・・・」
エリーゼが、もやの中から呟きます。
王女様がその声に顔を上げてエリーゼを見ます。
もやが濃くなって、どんどんエリーゼの姿が見えづらくなっていきます。
「姫様、ありがとうございました。」
エリーゼは、はっきりとそう言って、淑女の礼をとりました。
それでも王女様は黙ったまま、うつむいてしまいました。
「っ!・・・ダリア!」
旦那様が普段聞いたことがないような荒々しい声を出しました。
その声にビクッと反応した王女様は、顔を上げました。その目には、涙が・・・
「うそ、よ」
「姫様?」
「き、きらい、なんて・・・うそ、よ」
ぽろぽろと涙をこぼす王女様
「ひめ、さ、ま」
同じく泣いているだろうエリーゼの声が、どんどん聞き取れなくなってきています。
エリーゼは、もう声が届かないことが分かっているのでしょう。最後に口元がはっきりと「ありがとうございました」と動いて・・・
もやが濃くなり、とうとうエリーゼの姿が完全に見えなくなりました。
そして、もやが晴れたとき、エリーゼの姿は、ありませんでした。
「無事、帰還されました」
静まり返った室内に、長官さんの声が、とても大きく響きました。
さよならがまだ続きます。




