54 さよならの始まり1
初詣もおみくじも福袋もない、異世界でのお正月。
正月休みは新年1日だけで、2日からはお仕事です。
なので今、旦那様とクリスさんに王宮まで送って貰っています、馬車で。
「セクハラしたことは覚えてるんですか?」
「・・・なんとなくは、覚えてる」
「・・・ええ、なんとなくですね」
「二人とも、どんだけ酔っ払ってたんですか」
溜息混じりにそう言うと、なんだかバツが悪そうな2人。
ちなみにクリスさんの足好きと、旦那様の胸好きについて、執事長に聞いてみたところ、
クリスさんの足好きは足を出さなければいいし、旦那様の胸好きは、私のサイズ以上がお好みらしいとか。つまり、最低ラインが私のサイズだったということですか・・・ということは、私より大きいマリーさんとかアリッ
サと一緒に居れば目立たなくて良いってことですね?と聞いたら、執事長はニッコリ笑ってました。
まあ、わたしも抱っこされて靴下脱がされたなどという恥ずかしいことはさっさと記憶から消してしまいたいので、覚えていないならむしろこのまま思い出さないでください。
王宮に到着し、お仕事のある旦那様たちと別れて部屋に戻り、侍女服を着て、王女様の部屋へ向かいます。
「リィナ様、おはよう」
「おはようございます、エリーゼ様」
侍女の控え室に入ったらエリーゼが駆け寄ってきました。
ちなみに、他の侍女さんがいるので、お互い“様”付けで呼び合います。
エリーゼさんの後ろに、最近入った侍女さんが居ます。えっと・・・
「私、そろそろ本格的に帰還の準備があるから、今日から仕事の引継ぎがあるの。」
「ああ、なるほど」
彼女はエリーゼの後任で入った人だったんですね。
エリーゼが居なくなるということは、私もそろそろ、侍女終了の準備をするってことですねー
まあ、私はほとんど刺繍とお勉強のお相手だったので、なんというか、引継ぎ事項はありません。
今日も、午前中は王女様と一緒にお勉強です。
今日は召喚に関する授業です。先生は管理局の偉い人だそうです。
「異世界召喚には様々な制約があります。まず次元をつなげる際には過去につなげてはいけないということです」
「どうして?」
王女様は首をかしげます。
「過去の有名な人物を召喚できれば、この国の為になるのではなくて?」
国益を語りますか、小さくても王族ですね。
「過去の人物を召喚することは、異世界の歴史を変えてしまうことになります」
「なら、召喚したときと同じ時間に帰還させれば……」
王女様がそう言うと、先生は苦笑しました。
「王太子様がご幼少の時も、同じ質問をされましたな……いいですか、王女様、現在は地球側からの召喚は、主に技術不足で行われていませんが、それが可能となったら、どうされます?」
「どう、とは?」
「たとえば……シオン様が異世界に召喚されてしまったら、どうします?」
旦那様が、ですか?
……同じ時間に戻ってくるなら、あまり弊害はない気もするけど?
王女様もそう考えたらしく、何が問題なのかを先生に聞いています。
「では、もう少し具体的に考えてみましょうか。たとえば本日の午前中に、シオン様が急に異世界に召喚されてしまわれました。そして向こうで10年間過ごす事になったとします」
ふむふむ10年は長いよね。
ちなみにどうして10年かというと、召喚者は永住しない限りは延長を含めても最長10年と決まってるからです。
「そして異世界で10年過ごしたシオン様は、本日の午後にご帰還されました。31歳でね」
ポカーンと口をあけてしまった王女様、と、私。
今朝会った旦那様が、午後には私と同い年、ですか。
「わっ、若返りすれば……」
王女様がヒクつきながら言います。そうか、この国の医療技術なら……
「ええ、この国の医療で見た目だけは10年前に戻るでしょうが、中身まで若返ったりしませんよ?それに、寿命もです。」
そ、そうなんだ、寿命は伸びないのね。
「それに、シオン様が“未来の異世界”から召喚されていたら、どうでしょう?異世界でこの国の未来を見聞きしたシオン様が、その記憶を持って戻ってくると……未来を見てきた人間を指導者にと望む声が、増えるとは思いませんか?」
あー、旦那様が嫌う展開になるね。
「じゃあ、召喚は出来ないとして、留学ならどう?私達が、過去の異世界に留学するのなら、影響は少ないのではなくて?」
「そうですね。ですが、過去に次元をつなげる事を許可するというリスクは、変わらないのです」
苦笑していた先生が、真面目な表情で続けます。
「異世界が召喚技術を持つには、まだまだ時間がかかるでしょう。ですが、技術を持ったときには当然、召喚に関する法律の整備を行うことになります。その時、まず基準とするのがこちらの世界の法律でしょう。出来る出来ないではなく、過去には次元をつなげる事は違法であるという法律は、そう簡単に変えない方がいいのです。」
召喚された私側からすると、3年後、若返って同じ時間と場所に戻してもらえれば、仕事を辞めることもなく、何事もなく元の生活に戻れるかなーなんて思ったりもしますが……実際は、そんな事は無理でしょうね。
だって、あの日、あの時に戻されて、そのまま仕事に復帰できる?
たぶん無理、仕事のスピードと正確さというのは、毎日の積み重ねによるものが大きい。
召喚されてもうじき1年、別に1年前まで毎日していた仕事を忘れたりはしていないけど、同じように手が動くかというと……そんな甘いものじゃない。
そうか、そう考えると帰還後のアフターケアが充実してるっていうのは、すごくありがたいことなのね。
……まあ、こっちは拉致られてるんだから、そこはちゃんとしてて貰わなきゃ本気で怒るけどね。
授業が終わり、先生は帰って行きました。
最後に私をチラッと見て微笑んで行ったのは……まあ、管理局の人には私が召喚者だとバレてるんでしょうね。
なんだか今日の勉強でショックを受けたらしい王女様に、紅茶を差し出しました。
「アンジェ」
「はい、姫様」
「……31歳のシオンは、22歳年下の私と結婚してくれるかしら」
ちょっと涙目でそう聞かれました。……えっと、無理だと思います。まあ、さっきのは例えですからね、がんばれ、王女様!
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昼休みをはさんで、午後はまた刺繍……かと思いきや、レース編みでした。
私、細かい作業が好きなので、レース編みは結構好きです。
コースターを作って、日本の家族に送ろうと思います。
そうなると、5枚は必要かな。
ちなみに王女様は、総レースのハンカチを作ってます。
わー、手を拭きづらそう。というより、レースのハンカチって、手を拭く目的の物ではないか。
「姫様、お上手ですねぇ」
「そうね。」
何か考え中なのか、おしゃべりもせず黙々と作成中の王女様。
このペースだと、あっという間に出来上がりそうです。
「あの、姫様」
「なに?」
「先ほど侍女頭様よりお話があったと思いますが、わたくし今月末で王宮を辞させていただくことになりました」
王女様は手を止めて、目を丸くして……
「聞いてないわ!!」
うん、上の空でしたよねー、王女様。
私は立ち上がって淑女の礼をとります。
「残り少ない期間ですが、精一杯つとめさせていただきます。」
そう言って、挨拶してしまえば、王女様も我侭を言いづらい……という侍女頭様の入れ知恵です。
「……そう。」
姫様は、一言だけそう言って、またレース編みをお続けになりました。
来週の更新は……ちょっと微妙です。
今週中に新作始めます。宜しくお願いいたします。




