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132 逃亡者






無事に通用口を通り抜けた一同は、用意してあった荷馬車に乗り込んだ。

ルイが御者台、クリス、リィナ、ナンシー、ジェフは荷台、兵士2名は騎馬、先ほどから『護衛&見張り』として振舞っていた兵士は、城に戻っていった。


「彼は戻っちゃうんですか?」

「そうよ、元々リィナを宿まで送る役目だったでしょ?ちゃんと送ったっていう報告をしないとならないしね。」

「でも、顔を見られてしまってるんじゃ?」

「大丈夫よ、彼は拘束が終わってから、私たちの後から塔に入ってきたでしょ?」


と、説明を受けてもリィナはよく覚えていない。”あれ?とうだったっけ?”と首を傾げてしまったら、ナンシーが苦笑しながら教えてくれた。

「元々、もし誰か訪ねて来た時に、見張りが2人しか居ないと怪しまれるから、人数あわせで居てもらっていたからね。彼はまだこの国に残って、存分に働いてもらわないとね」


ナンシーは、普段は見せないような『上に立つもの』の顔で、そう言った。リィナはそんなナンシーを見て『やっぱり女王様だ』とコッソリ思った。



荷馬車が走り出すと、リィナとナンシーは下働きの服を着替えた。もうここからは“王宮から持ち出した荷物”という設定がとても危険だからである。兵士たちも既に私服に着替えていた。

王都内のいくつかの協力者(バーミリオン)の店に立ち寄り、荷馬車に品物を詰めていく。

王城で荷馬車の一番奥に布団ごと納められたクリスを隠すかのように、馬車に積み込まれていく荷物。そして、行く先々で少しずつ馬車の装飾も質素なものに変えられていき、すでに王城前に止めてあった馬車とは一見気づかない。そして、最後に立ち寄った先では馬の交換も行い、一行は『王都の品物を仕入れに来た地方商人の家族』という設定で、無事に王都を脱出した。



王都を出ると、それまでの緊張感が少し薄れ、リィナとナンシーはホッとした。

入るときよりも出るときの方が検問は緩いとは聞いていても、『本来居てはいけない人間』を連れての脱出なのだ。緊張するなという方が無理だろう。


「クリスさん!大丈夫ですか!」


ふとんを被せたままだったクリスがずっと身動きすらしない為、ナンシーはさっきから気が気ではなかったのだ。

あれだけ痛めつけられている身体には、ほんの僅かな衝撃でも負担だろうと、ゆっくりと、かつ迅速にふとんを取り除くと――


「・・・寝てるわね」

「寝てるね」


おそらく、あの牢では痛みのせいであまり眠れていなかったのだろう。痛み止めも効いて、布団の暖かさもあり眠ってしまったと推測するナンシー。


「まぁ、とりあえず眠っているうちに距離を稼ぎましょう。今日中に治療師のいる村まで行きたいわね。リィナも疲れたでしょ?寝てていいわよ。布団ならいっぱいあるし」

「そう?じゃあ寝てるね。」


適当な布団に包まり目を瞑る。最初は眠れるとは思えなかったリィナだったが、馬車の揺れと程よい暖かさにいつしか寝てしまっていた。



***********



リィナが眠ってから2時間ほど経った頃、馬車は中規模な村に到着した。

「お待ちしておりました」

出発の準備万端で待っていたのは、馬車が2台。一つは乗ってきた馬車と同じ位の荷馬車で、もう一つはもっと小さな馬車だった。

ここで、馬車を乗り換え、2台を囮にし、別方向へ走らせる。


そして、この村で小さな馬車用の御者と治療師が合流した。

馬車に治療師とクリスが乗り、ナンシー、ジェフ、兵士2人は馬に乗った。リィナはジェフの後ろに相乗りになった。


「ではナンシー様、ご武運を」

「ええ、あなたも気をつけて」

ルイは、王都から乗ってきた馬車にそのまま残り、王都方面へ引き返していく。

「ルイさん、引き返して大丈夫でしょうか」

「途中の道まで戻って、違う方向に向かう街道を行くから大丈夫よ。さ、私たちも出発しましょ」




今回の旅は、リィナが今まで経験したことのない、強行軍だった。

そもそもリィナは馬になど乗りなれていない。揺れに慣れることもなく、とにかく落ちないようにジェフにしがみつくのが精一杯。


あまり馬車を飛ばすとクリスの体に負担がかかるだろうという判断で、ギリギリ急げるスピードで一行は進むが、そろそろリィナに限界が見えてきた3日目の午後、ようやく『隠れ家』へ到着した。




********




「足元、気をつけてね」


ナンシーに気遣われながら、リィナが地下へと続く階段を下りると、そこは外見からは想像つかない程、普通の部屋だった。

というのも、この『隠れ家』の外見は、ただのうち捨てられた山小屋なのである。壁は既に落ち、屋根も半壊、腐った床から木が生えてきていて、柱もコケだらけ・・・という、どう見ても『風が吹いたら壊れそう』だとか『ここなら中に死体があっても驚かないわ』というような外見の小屋の腐っている床板の下に、まさかこんな地下室があるとは、想像がつかなかった。

同行してきた兵士2人は隠れ家には入らずそのまま出発した。ここに来るまでの道を途中まで引き返し、ここに立ち寄った形跡が残っていないかを確認しながら別のルートで国を出るのだという。


地下室にはクリスが運び込まれ、治療師が本格的に治療を始める。

移動中に骨折した手足を固定していた器具を外し、改めて治療を施す。

昨日から発熱が続いているクリスは、呼吸も浅く、苦しそうだ。

「全く治療がされなかった訳ではないようですので、熱が引いたら少しずつ身体を動かして体力を回復させるといいでしょう」

「そう。またすぐに移動というのは、難しいかしら」

「そうですね。この3日の移動での疲労が、思ったよりも大きかったようです」


当面の薬と手当て方法の指導と終えると、治療師と御者は馬車で戻って行った。彼らは『遠方に患者を送っていく』という建前で同行していたため、村に戻らなければならない。


リィナ、ナンシー、ジェフの3人は、クリスの体調が回復次第、移動することにしたのだが――思っていた以上に、状況は悪化していた。




「この付近まで捜索の手が伸びるのも、時間の問題です。」

食料を運んできた、この森から程近い場所にある村の協力者(バーミリオン)が、『これが最後の物資運搬です。これ以上ここに出入りするのは、敵に見つかりかねません』と言ってきたのは、この隠れ家に到着してから3日目のこと。


追手が来ることを見越して囮の馬車まで用意していたというのに、捜索が思った以上に早かった。

クリスは順調に回復してきているが、自力歩行が困難な上に体力にも不安がある状態では、明らかに人手が足りない。


ナンシーは決断する。

「応援を呼びましょう」

「どうやって」

「私が、馬で国境まで走るわ。」


リィナは知らなかったが、実はこの森を抜けた先に、虹国(オパール)の国境がある。

虹国は建国以来『戦争放棄』を掲げている国であり、不可侵を貫いているが、シオンの帰還と同時に国際機関に『クリスの保護』を申し出ているはずであり、その国際機関の主催国が虹国であった。

シオンの交渉が上手く行っていれば、虹国の手を借りられるかもしれないし、もしかしたら国境を越えた先に、赤国から“迎え”が来ているかもしれない。そしてどちらの国も『朱色の魔女』が自ら出向いた方が真偽の確認が早いし、結果として早く助けに戻れるだろうというのがナンシーの考えだった。

クリスの熱も下がり、上体を起こせるまでに回復してきた。だから行くなら今だ。だがジェフから反対の声が上がる。

「危険です。どうしてもというなら、私も一緒に――」

「クリスさんとリィナだけ残して行く訳にはいかないでしょ、ジェフにはここで、2人を護ってもらわないと――」

「ですが!すぐそこまで緑国の追っ手が迫って来ているのですよ!」

「だからこそ、ここで2人を護っていて。」

「2人とも、ちょっといいか」

ナンシーとジェフの言い合いに口を挟んだのはクリスだった。


「ジェフの言うとおり、2人で国境に向かうべきだ。本当ならリィナも連れてってもらいたいところだが――」

「クリスさん、それは無理です。危険すぎます。」

「分かってる。だからこそ、ナンシーとジェフで向かってくれ。お前達なら乗馬の腕は確かだし、最悪の場合でも『どちらか一人だけでも』逃げ切れれば助けを呼べるだろう?」


クリスの言う“どちらか一人だけでも”という意味を想像して、リィナが顔を顰める。


「上の建物は、破壊していって構わない。どうせ自然に朽ち果てたんだと思われるだろうから、地下への入口を隠すことができる。ここの食料はあとどのくらい――」


クリスとジェフが食料や薬の備蓄について話をし始めると、ナンシーは黙ったままリィナに近寄った。

「大丈夫よ、さっきから言ってるのは“最悪の事態”なだけで、夜通し馬を走らせれば、追いつかれることはないと思うから」

「夜通しって・・・」

「私の乗馬の腕前は知ってるでしょ?」

「でも、森の中じゃ早く走るなんて無理じゃない?」

「平気だって。相手もそうなんだから」

「・・・」

「そんな顔しないでリィナ。それよりクリスさんの事、お願いね。最初見たときと比べたらだいぶ良くなったけど、まだ動くにはリハビリも必要だし、これから行く道は馬車に乗って行く訳にもいかないから、少なくとも馬に跨っていられるくらいか、支えがあれば歩けるくらいには回復してもらわないと――リィナどうしたの?きょとんとして。」

「え、だって、骨折してるんですよ?」

「そうよ?」

「歩くとか、馬に乗るとか・・・無理でしょ」

「そんなことないわよ。骨折の話は聞いていたから、そこそこ良い治療器具を持ってきているのよ。」

「はぁ」

「まぁ、国に帰ったら陛下があっという間に治してくださるだろうから、とりあえず今は動ければいいから」

「・・・」

「とにかく、見つからないように静かに、クリスさんがリハビリをサボらないように見張っててくれればいいわ」

「うん・・・本当に大丈夫なんだよね?」

「ええ。行きは追いつかれなければいいだけだし。問題はここに戻ってくる方が時間がかかるかもしれないわ。食料は2週間分はあると思うけど、とりあえず1週間後を目処に帰ってこれるように頑張るわ」


ナンシーとジェフは明朝、夜が明けきらぬ内に、地下室から出た。

ナンシーは、出発前に『山小屋』の柱を動かし、建物そのものを破壊した。

もともと崩れかけていた建物だったため、埃や土を巻き上げながらいともたやすく建物が崩れる。

「これでいいわ。まさかここの地下に隠れているとは思われないでしょう」

「はい。そして、入口がふさがっているということは、お二人が外に出ることも出来ないんですよね」

「急ぎましょう。少しでも急いで、ここに戻ってくるわよ」

「はい。まずは村に行って馬の調達ですね」


のんびりしている余裕は無い。2人は振り返ることもなく、山小屋を後にした。





********




リィナは、ナンシーとジェフが出て行った後、しばらく階段の下から地下室の出口を眺めいてた。


ズシンとかドシンというような音のあと、ガラガラだかバタバタだとかいう音が聞こえてきて、地上に建っていた山小屋が壊されたのだと気づく。

“あの出口、開けてみたら・・・開くのかしら”

ふと気づいた疑問に、不安になる。外から気づかれない状態にする為に建物を壊した。だけど、もし中からも開かなかったら、つまり閉じ込められているということで――


「リィナ。こっちにおいで」


不安な気持ちで一杯になりそうになった時、クリスに呼ばれた。

ベッドに腰掛けているクリスのすぐ傍の椅子に座ると、頭をなでられた。

“クリスさんは、閉じ込められたことに気づいているのだろうか・・・気づいているんだろうな、きっと。”


そして、ただ信じて待つだけの時間が始まった。













タイトルを「逃亡中」にしたとたん、なんかゲーム感が出てしまったのでやめました。

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