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129 暗中飛躍



王都に到着した日、私とナンシーはまずは宿屋で一休みすることにした。

でもその前に宿屋を選ぶ段階で、『観光案内所』のような場所へ行って、いくつか紹介してもらったうちの1件を選んだのだが、実際はこの観光案内所の職員さんは『バーミリオン』、選んだ宿屋の主人も『バーミリオン』、宿泊客も現在『バーミリオンで満室』状態・・・つまりこの宿屋はナンシー達の貸切ってことね。すごいね、怪しまれないようにここまでするんだね。


翌日から、私は王都内をぶらぶら散策。もちろん影で護衛さんたちが沢山居るそうです。

一緒に来た『ラ行』メンバーは、怪しまれないようにそれぞれの設定で行動中。レイさんことジェフさんは、さすがに騎士服で王都を歩いていたらバレるだろうからと、王都に入る前で身分変更。現在は宿屋の従業員です。じゃあなんで移動中は騎士服なんか着てたんだって聞いたら、騎士が同乗している乗合馬車に悪い人は乗ってこないだろうという作戦だったらしいです。まぁね、やましい事がある人は騎士と同乗なんて避けるだろうからね。


王都についてから3日後には、ナンシーは色々コネを使って王城の使用人として潜入できたとのことで、王城の使用人寮に入りました。

そして今日は王都5日目。私は今日も街をぶらぶらして、あちこちで日本人だと言いふらし作戦中。今日は市場をぶらぶら。お!果物発見!

「こんにちは、この果物1つくださいな」

「いらっしゃい!お嬢さん旅行者?茶国から来たの?」

「うん、私は召喚者なの。日本って知ってる?」

「おやまあ!言葉が上手だから茶国人かと思ったよ!日本はもちろん知ってるよ!」

「そうなの?この国にも日本人の召喚者は居るの?」

「聞いたことないねぇ。まぁあたしら平民にはお貴族様の詳しいことはわからないけどさ。」

そういうと果物屋のおばちゃんは、となりの串焼き屋のおじちゃんを呼びました。

「ねぇ、ちょっとあんた!この子、日本人の召喚者なんだって!」

「へぇ!日本人!」

「え、何?日本人だって?」

「緑国へようこそ、お嬢さん」


おばちゃんが大きな声で呼ぶものだから、串焼きやのおじちゃん以外にも道行く人が興味を持って寄ってきました。

「日本人っていやあ、スイメシキだろ?」

「スイメシキ?」

「茶国からスイメシキを輸入したっていう貴族様が居てね、ほら、なんていったっけ、あの髭の男爵様」

「あー、あの髭の男爵様ね」

「その男爵様は日本と、なんか関係があるんですか?」

「なんでも、その輸入したスイメシキがすごく良かったらしくて、技術者を日本から呼んで、この国で作りたいらしいってうわさだぜ」

「あんた、よく知ってるねぇ」

「へへっ、これでも非常勤だけど王宮で下働きしてるんだ。王宮は噂話の宝庫だからなぁ!」

「いやだ、王宮の噂話なんかこんなところでしないでよ。私達までお咎めがあったらどうするのさ」

「おいおい、おれがそんな機密情報を知ってると思うのかい?ただの生ゴミを埋める穴を掘る仕事だぜ?」

「なんだい、生ゴミ係かよ、そりゃ機密情報なんてしらねぇか、はははっ」


うーん、時代劇の長屋・・・いや、町人たちのような明け透けな会話。

それよりも、スイメシキ、スイメ式?スイメシ器?(スイ)()い?メシはひょっとして(メシ)?・・・・・・んんん?もしかして炊飯器?ひょっとして炊飯器があるの?この国に?

「召喚者のお嬢ちゃんよう、もし暇なんだったらその男爵の屋敷でも見学していくかい?外壁の彫刻が立派な屋敷なんだぜ!」

「是非!是非連れてって!」

そして願わくばツヤツヤの白米を食べさせてください!・・・じゅる。



「そんなわけで、なんと今日は男爵様のお屋敷に行って来ました!」

「リィナさん!なんて危ないことを!」

「え?でも護衛さんたち、ちゃんと付いて来てましたよ?」

「そう言う意味じゃない!」


現在、ジェフさんに怒られています。貴族と接触するなら、ちゃんと報告してからがよかったんですって。でもね、あの市場で雑談していた人が“連れてってやろうか?”って言ってくれたわけで、“いえ、準備があるので後日”とは言えないし。それに・・・

「私だって今日は男爵のお屋敷を見に行くだけだと思っていたんですよ?そうしたらたまたま男爵の帰宅と時間があっちゃって、馬車越しに目が会っちゃって、執事さんが何か御用ですか?って聞きにきちゃって、一緒に行った人が私のこと日本人旅行者って紹介しちゃって、お屋敷の中までご招待されちゃったんですもん」

「本当に、何事もなくてよかったです。もしその貴族がクリス様の拉致に関与していたら、下手したらそのまま拘束されていたかもしれないんですからね!今後は気をつけてくださいね!ちなみに・・・この宿のことは話してないですよね?」

「うん、大丈夫。ちゃんともう一つの宿屋を伝えてあるし、帰りもちゃんとそっちに寄ってから帰ってきましたよ」


実は、この宿と背中合わせに建っている宿がありまして、どちらも経営者はバーミリオンさんなんです。一つは従業員から宿泊者まで全員バーミリオンで揃えていますが、もう一つは普通の宿なんです。私は表向きにはもう一つの方に泊まっていることにしてあるんです。怪しまれた時の保険ですね。背中合わせに建っているので、裏口から出入りできるんです。すごいね、本当にスパイみたい。


「とりあえず、好印象はもってもらえたと思いますので、そのうちまた呼ばれるかもしれません」

「そうですか」

「旅行者が王城内を見学できるのか、軽い感じで聞いて見ますね」

「よろしくおねがいします。さて、じゃあ食事にしましょうか」

「あー、私、今日はお腹いっぱいなので、ご飯いらないです」

「・・・」

ジェフさんに生温かい目で見られてしまいました。

だって炊飯器があったんですもの!そして生卵もあったんですもの!男爵とTKG合戦したんですもの!





それから更に5日後・・・ナンシーから連絡があった。

この国のお城では、週1回の定休の他に必ず月2日、休暇を取ることになっているらしく、その休息日が明日なのだとか。

クリスさんに接触できるか試してみるとのことで・・・大丈夫かな。

「うまくタイミングが合えば、そのまま救出できるかもしれません。リィナさんも何時でも帰国できる準備をしておいてください」

「うん了解」

でもその日は結局、なんの連絡もありませんでした。






ナンシーさんと会えたのは前回の連絡から4日後の、ナンシーの週1回の定休日。レストランでランチをしながらです。ちなみにこのレストランもバーミリオンさんでお客さんも全員バーミリオン。つまり、貸切札はついていないけど、満席なので貸切状態です。いつもながらすごいわ。なんというか、この国はいまスパイだらけな感じ?2重スパイする人とか居ないんですかね?え?居ない?そっか。


とりあえず、急に一般のお客さんが店に入ってきても怪しまれないように、みんなそれぞれのテーブルで食事と会話を楽しんでいる風に装っています。あ、私とナンシーは一緒のテーブルですよ。一緒に旅してきた2人がランチをしているというという設定です。


「クリス様に会えたわ」


ナンシーさんが食事をしながらポソっと言うと、みんなひとまず安堵のため息をつきました。


「かなり、酷い状態よ。シオン様の無事を伝えて、すぐにでも助け出そうとしたのだけれど・・・」

「何か、問題がありましたか?」

ナンシーと背中合わせの席に座っているルイさんがそう尋ねると、ナンシーは険しい顔をして、苦しそうに現在のクリスさんの状態を話し始めました。


「体力を奪う為なんでしょうけど、食事も水も最低限しか与えられていなかったようで衰弱がひどいわ。シオン様からの情報の通り、右腕と左足が骨折しているようだけど、最低限の治療だけしかされていないみたいで、動かせる状態ではないわね。」

「自力での脱出は不可能ということですか」

「そうね、それに一番の問題は、シオン様の無事が分かったとたん“なら自分は見捨てておけ”と言ってきた事よ」


え・・・何?

一瞬、空気が凍りつきました。全員が唖然としています。


「どうせ自力では動けないし、私達(バーミリオン)がサポートしたとしても、赤国まで逃げ切れるかわからない、危険を冒すことはない、と言われたわ。・・・とりあえず、有無を言わさず痛み止めの注射と栄養剤の投与をしてきたけど。あと、残った栄養剤は監視の兵として潜り込んでいる子に全部渡してきたわ。少しでも摂取させられればいいんだけど」

「相当弱ってますな。身体も、心も。」

「弱っているなんてもんじゃないわ。何があったのかまでは聞けなかったけど、あんな弱気なクリス様、見ていられない。」

ナンシーはうつむいて、泣くのをこらえているようでした。

「一刻もはやく助けなくちゃダメよ。」

「そうですな。但しもう何日か、痛み止めと栄養剤で様子を見たほうがいいやもしれません。」

「体力の回復を待つ時間なんてないわよ!」

「ええ、ですが痛み、空腹、脱水症状・・・正常な思考を奪うにはどれか一つでも十分でしょう。それらの症状が回復すれば、少なからず気持ちも前に向くでしょう」

「・・・そうね、そうかもしれないわ」


ナンシーとルイさんの話が終わったあと、誰も一言も話すことはしませんでした。

クリスさん、自分は見捨てておけなんて、どんな気持ちで言ったんだろう。



食事が終わると、みんなバラバラに帰っていきます。一般のお客さんも入ってきたので、これ以上はクリスさんの話もしないまま、ナンシーは王宮の使用人寮に帰っていきました。注射と点滴と痛み止めを沢山持っていきました。



「リィナ様、少しよろしいかな?」

「はい」


宿に戻ってしばらくしてから、ルイさんが部屋を訪ねてきました。

とりあえず椅子を勧めて、お茶を入れます。

「いや、かたじけない」

「いいえ。何かお話ですか?」

早速、話を聞こうとすると、ルイさんは少し困ったように笑ってから、お願いがありますと言いました。


「リィナ様、クリス様を迎えに行ってはくれませんか?」

「私が?一人で?」

「まさか!もちろんナンシー様や他の者も一緒にですぞ。ただ、危険であることには違いありません。」

ルイさんは、そういってから、一つため息をつきました。

「歳を取ると、色々考えることがあるのですよ。残りの人生をどう生きて、家族や友人達に一体何が残せるのか、と。」

「ルイさん?」

「クリス様はまだお若いですが、きっと今、死と向き合っておられる」

「・・・」

「あの方はお優しいですからな、この地で自分が死ぬことによるメリットとデメリット、動かない身体を支えてもらいながら逃亡するメリットでデメリットを考えた上で、バーミリオンを巻き込まないようにナンシー様に自分は見捨てろと言ったのでしょうが、我々はクリス様を助けないという選択肢は無いのです。ですが、今の状態はいけません。生きる気力の無い者を助けることほど難しいことはありません。」

生きる気力が無い・・・それはひょっとして。

嫌な予感がしていたら、ルイさんが私の予想と同じことを言った。

「シオン様が助かったから、安心してしまわれたんでしょうな。自分はもういいと、あきらめてしまった」

「そんなのって!シオン様はクリスさんを助けるために!」

「そう。クリス様は昔から、自分の評価が低いんです。困ったお方です。・・・だからリィナさん、お願いがあります」

「はい」

「シオン様が無事戻られた今、クリス様のもう一つの気がかりはリィナさん、おそらく貴女でしょう。なぜならクリス様は貴女が事故に遭われたと聞き、迎えに行った最中で拉致されたのですからな」

そう言うとルイさんは立ち上がった。

「是非、顔を見せに行って、連れ戻してください。そして、こんな敵国に貴女が迎えに来たと、一緒じゃないと帰らないと、脅かしてきてください。・・・貴女の安全は、我等が一族の全てをかけて、お約束いたしましょう。」


そう言って、ルイさんは騎士の礼をしてくれました。





そして、ナンシーの次の定休日、今度は宿の食堂で、ルイさん達と立てた作戦をナンシーに伝えました。

「リィナ、いいの?本当に見つかったら危険なのよ?」

ナンシーは今にも泣きそうな顔でそう聞いてきます。おそらく、すごく葛藤しているんでしょう、ルイさんの言う通り、私が行くのが一番クリスさんのへの脅しになるでしょうからね。

「行きますよ。ルイさんがしっかり護ってくれるって約束してくれましたし」


私がそう言うとナンシーは、ありがとうと言って深く頭を下げました。中々顔を上げないのは、涙がこらえ切れなかったのかな。

大丈夫だよナンシー。一緒にクリスさんを連れ戻そうね。



決行は、5日後に決まりました。

それまでは各々、王都を引き払う用意やクリスさんを運ぶ手段や、安全なルートの確保のため、それはもう、忙しく動いています。

私もそれはもう忙しく――あ、ジェフさん、今日は男爵のところに行ってくるので、ご飯いらないですから。え?嬉しそうって?や、やだなぁ、作戦の一環ですよ?え?あ、これ?これは宿の調理場で作った自家製塩こんぶと食べるラー油ですが、何か?



私はこの時はまだどこか楽観視していた。よくわかって居なかったのだ。


クリスさんを迎えに行ってみんなで帰るということが、言葉以上に大変だということも、

悪意のある人間に害されるという事がどういうことなのかも、

シオン様が言っていた“危険”も、

ナンシーが言っていた“酷い状態”も・・・本当の意味では全然わかって居なかった。






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