127 合流
ジェフさんに連れられて山を降ります。ううっ、どうせ下りるんなら最初から登りたくなかった・・・え?一番安全でしかも近道?山が?でも国境なんでしょ?見張りは居ないの?・・・え?国境だからこそ、見張っている場所まで把握済み・・・じゃあしょうがないな。ぎゃ!虫っ!ぎゃ!こっちくんな!
「リィナさんは虫がお嫌いだったんですねぇ」
「ほとんどの女性は苦手だと思いますけど!」
「そうですか?私の妻は平気そうですけどねぇ。家では見つけ次第バシバシ叩いてますよ。」
そりゃ、私だって一人暮らししてましたから、家に虫が入ってきたら慌てず騒がずとにかく必死に追い出すか殺すかしますけど、ここ森だし、殺虫スプレー持ってないし。
ブツブツ言ってたらクスクスと笑われてしまいました。
ジェフさんといえば、たしか王女様の侍女してた時に、彼女の分とお揃いでハンカチに刺繍して渡したことがあったね。そっか、当時の彼女と結婚したんだ~・・・え?違う子?へぇー。そういえば、ジェフさんともう一人、いつも一緒に護衛してくれていたジョーさんも居ましたよね。
「ジョーさんはお元気ですか?」
「それは追々、ナンシー様から聞いて下さい」
そうなの?何かあったのかな?
森を下っていくと、川にぶつかりました。水は少なく川幅は2メートル程度、手ごろな石が置いてあるので、私でも渡れそう。え!あの石ジェフさんが置いておいてくれたの?おおおっ!なんていい人!
石を伝って川を渡り切ると、また森の中・・・いや林の中?急になだらかになりました。目的地はまだ遠いのかしら。日が落ちるまでには着くよね?
しばらく進むと、朽ち果てたボロ小屋と3人の人影が。みんなバラバラな服装。ジェフさんが普通にしているから、たぶん味方。
「お待ちしていました、リィナ様」
「あ、はい。あの、その“リィナ様”っていうの、やめてください。普通がいいです」
「了解っすー。あ、中でナンシー様が待ってんで、入っちゃってください」
スチャッと敬礼して見せてくれる若者・・・軽すぎ。私“普通がいい”って言ったんだけどな。
中に入ると、椅子が2脚。ひとつにナンシーが座ってた。旅なれた一般人という感じの衣装を着ている。
「いらっしゃい、リィナ」
「お待たせ、ナンシー」
お互いに微笑んで挨拶をする。いいね、こういう言わなくてもわかっている感。親友って感じ。感じっていうか、この世界での一番の親友はナンシーだしね。
「さて行きますか。」
そう言ってナンシーが立ち上がる。そうだね、行きますか。
クリスさんを助けに。
***
ボロボロの小屋から出てまたしばし歩くと、馬車が止まっていました。
この馬車で進むらしいです。
「乗合馬車を模しているのよ。」とナンシーが教えてくれた。だからみんな服装がバラバラだったんだね。
設定としては、乗合馬車の停留所で、たまたま目的地が同じ人たちと知り合った。じゃあ、お金出し合って貸切にしちゃう?ということで、現在この馬車は私たちの貸切で、緑国の王都まで向かっています。
途中で、怪しまれないように一般人も乗せるかもしれないそうです。緊張するけど、ここは私の持てる限りの演技力で乗り切ってみせましょう!
ちなみに馬車のメンバーは、赤国の召喚者だけどあちこちの国を旅している私、旅の途中に茶国で知り合った美女役のナンシー、王都に住んでいる兄に会いに行く村人役のロイさん、王都にある本店に帰る商人役のルイさん、御者役のライさん、王都まで昇進試験を受けに行く騎士レイさん・・・ちなみに、このレイさんがジェフさんです。この見たことない騎士服は、緑国の騎士服だったんですね。
そして皆さんの偽名が「ら行」。ライ、ルイ、レイ、ロイ・・・ひょっとしなくても『リ』担当は私!?
道は比較的広くて整備されていて、そんなにガタゴトしないです。
宿泊や食事や休憩などで町に寄った時も、宿屋のおじちゃんおばちゃん、食堂のお姉さんなどにも、とても親切にしてもらいました。
人があたたかい。人情があるっていうんでしょうか・・・良い国ですよ、ねぇ。
「リィナ、どの国にも裏側というのがあるのよ?」
「わかってますよ。」
でもできるなら、この優しい人たちが傷つかなければいいなと思う。
緑国の王都を目指す道すがら、私が黄国に行っていた間にナンシーさんの一族が調べ上げたことを教えてくれました。あ、ちなみに馬車に乗っているみなさんも『バーミリオン』さん達だそうです。クリスさんと面識のあるメンバーで、ルイさんとライさんも騎士だとか。
今回変装するにあたって、実際に居る人物に成りすましているそうです。じゃあ、その元の人の素性はどこから調達したのかというと・・・
ナンシーさんによると、バーミリオンというのは古い一族なので、この世界中に散らばって情報網を構築しているのだとか。スパイみたいなもの?と聞いたら『スパイってなぁに?』と聞かれてしまいました。うーん、スパイ、スパイ・・・なんて言ったら通じるかしら?諜報員?忍者?密偵?
とにかく、今回緑国で暮らしていたバーミリオンの一族の皆様は、ナンシーさんの号令でクリスさんの情報を集め・・・なんと!もうクリスさんの居場所が分かってるんですか!
「王城にある4つの棟の内の一つ、その地下に捕らわれているらしいわ」
はぁ。
「我々の仲間がすでにクリス様を発見しているのですが・・・会話ができるほど傍には近寄れないらしく。」
ほぅ。
「そう何度も接触できないでしょうから、まずその棟の警備担当をウチの者に入れ代える方向で進めているのだけど・・・」
へぇ。
「ナンシー様とリィナ様には、とりあえず王都に到着したら王城に潜入してもらうことになるかもしれません」
ええっ!
「そんな百面相しなくても大丈夫よリィナ。とりあえず私が潜入して、リィナは緑国側の注意をひきつけてくれてれば」
どうやって?
「日本人召喚者が王都に滞在しているってだけで、接触してくる人間は多いと思うわ。うまくおねだりすれば、見学と称して合法的に王城に入れるかもしれないわよ。」
うんうん、なるほど。私があちこちで人の目をひきつけておけば、他の皆さんは動きやすくなるということですね。
「リィナはとりあえず、王都に到着するまでに緑国の事を勉強しないとね!」
・・・ですよねー。
社会科の先生は商人役のルイさんでした。ルイさんは結構えらい騎士だそうです。そこそこお年を召していらっしゃいますが「まだまだ現役ですぞ!!」と元気一杯でした。ルイさんを囲んでみんなで私の知識の補完をしてくれてます。みんな好き勝手自分の知識や考えを話すので、何がなんだか・・・でも雑談と一緒に覚えたほうが、覚えやすいといえば覚えやすい。
「緑国は議会制国家で、法律は議会で決められ、議会は国民から選挙で選ばれた議員達によって構成されています。」
ほうほう。
「議会の代表は、議員達によって選ばれますね、投票があるんすよ」
ふむふむ。
「緑国では王族は象徴として存在しており、政治に関与はしません」
「へー。それはなんか、日本と似た感じ。」
「そうですか。緑国の王族は、王族に仕える一族とだけ会話をするといわれています。政治に関与できる立場の者が王族と言葉を交わすことはできないとされておりますが、ただの建前ですね。実際には司法・行政・立法の全てにおいて、緑国では王族の発言がとても影響しています。今回のことも、王族が関与しているとみて間違いないでしょう。緑国はもともと、クリス様を婿に欲しいと何度も打診してきている国です。あきらめきれない王族の為に、他の者が暴走したというよりは、この拉致自体の首謀者が王族だと考えるほうが納得できます」
うーん
「じゃあ、クリスさんは王族の誰かに捕まっている?」
「そうですね」
「王族の誰かが、クリスさんに怪我を負わせた又は命令した」
「そう考えていいでしょう」
「何のためにだろう」
「はい?」
「だって、婿にしたいのに、ひどい怪我を負わせて牢に繋ぎますか?なんでそんなことしたんだろ」
「・・・気が弱るのを待つ、とか?」
「気の弱ったところで婿にしようってことですか?気の弱い婿とかいります?それにクリスさんがそんなことで気が弱りますかね?むしろ復讐を企てそうですよ。」
「そうね、王族なんだもの、婿入りしたら当然公務はあるでしょうし、怪我を負わせて無理やり婿にしてというのは、デメリットしかないわよね」
「でも、シオン様が捕らわれていたからでは」
「シオン様が捕らわれていると気が弱くなる?脅迫して大人しくさせるってことですかね」
「怒ることはあっても、それで気弱にはならないんじゃ?だってクリスさんですよ?」
「ですが・・・怪我もしておりますし」
「たしかに痛みが続くと辛いですよねぇ、気も弱くなるよね・・・でもそうすると痛めつける事と、シオン様が捕らわれていることとでWパンチ的な感じを狙ったんですかねぇ・・・」
シオン様を婿に欲しくて、クリスさんを人質にして言うことを聞かせることに成功したのが黄国。
だとすると、緑国としてはクリスさんを婿に欲しいなら、シオン様を人質にして言うことを聞かせるだけでいい。だって、クリスさんはシオン様を盾にされたら言うことを聞かないわけにはいかなくなるだろうし。
「拉致する時にクリス様が暴れて、やむを得ず怪我をしたってことですかね」
「いや、拉致された時はまず薬で意識を奪ったようだぞ、クリス様に同行した護衛たちは皆、睡眠薬などで意識の無い状態の所を殺害されていたらしい」
「じゃあ、目が覚めてから暴れた?ありえそうだけど」
「王族はその命と身体に価値があるのよ。クリスさんは元々王太子として教育されているわけだし、捕虜になったときに暴れるなんて、そんなことはしないわよ。」
「そうですね、シオン様が黄国に大人しく行ったのも、そういうことなんでしょうし」
「だとしたら、シオン様の行動を制限する為だけに、クリス様は怪我を負わされたんでしょうか?」
「そうすると、シオン様が救出されたことが知られたら、クリスさんは用済みに・・・」
「そもそも本当に婿に欲しいんですかね?怪我までさせられた国に婿にとか、気が弱くなっててもありえないでしょ。」
「そうですね、クリス様のプライドを考えると、シオン様が無事救出されたと知ったら自害しかねませんね」
「自害防止のために、怪我を負わせた可能性はないっすか?」
「クリスさんに関しては自害はないと思うわ、そんなの赤国の陛下が許さないでしょ。それこそ自害禁止誓約くらいさせていても不思議じゃないわ」
「あー、陛下クリスさん大好きっすもんねぇ」
「・・・へぇぇ」
「リィナさん!?決して男色的な意味ではないですよ!ドン引きしないで下さい!」
「コホン・・・それよりも、拉致してきて婿にするとか、そんなこと許されますか?王族の結婚は国同士の問題ですよ。たとえ本人が納得したって許されるものではないし、そんな前例を作ることを他のどの国も認めませんよ」
「なんか、全部ぐだぐだな感じですね。」
「本当の目的は・・・緑国の一番の目的、一番したかったことは何だろう。普通、一番の目的が最優先でしょ?」
黄国は、シオン様を婿に欲しくて、だから脅して“黄国に留まらせる”誓約をさせた。でも、ちゃんと未来の王配に対しての扱いをしていたし、それなりに高待遇だった。
じゃあ、緑国は?クリスさんに何を求めているのか・・・
なんか、へんですね。
むむむーと皆でうなっていると、ナンシーがポソッと言った。
「これじゃあまるで、婿に欲しいわけではなく、痛めつけるのが目的みたいじゃない」
嫌な予感が当たらなければいいと、誰もが切実に思った。
【一方、シオンは・・・】
ダリアの『鍵』で到着したのは、謁見の間。しかも王族と主要貴族が勢ぞろいしている、その真ん中。
ダリアはササッと王族席に行き、執事は茶国の騎士を別室に案内して・・・シオンは真ん中にポツーン。
とりあえず陛下に向かい正式な礼をする。顔を上げる許可が出たので顔を上げると・・・
陛下は、物凄い不機嫌な顔でシオンを睨んでいる。そう、睨んでいる。まるで仇を見るかのように睨んでいる。
ユーリも、物凄いつくり笑顔で、むしろ不機嫌な顔をした方がいいんじゃないかというぐらいの不機嫌さ。
冷や汗がだらだら出て来た。
陛下が一つ大きなため息を吐いてから言った。
「よく戻った。無事で何よりだ。」(訳:今すぐ働け!寝ないで働け!死ぬ気で働け!)
「ご尽力いただきありがとうございました。」(訳:も、もちろんです!働かせていただきます!)
次に、怖い笑顔のまま、ユーリが言った。
「ハヤテ殿下にもよくお礼を言っておかないとね。」(訳:茶国にものすごい借りが出来たんだけどさ、赤国を茶国の属国にでもしたい訳かよ!)
「はい。その件は後日改めて茶国へ話をいたします。」(訳:すまない、ほんっとうにすまない、ユーリが即位するまでにはなんとかハヤテさんに借りを返すつもりだから!)
「まずは、これまでの調書の作成だな。急いでとりかかるように。」(訳:クリスの拉致がお前に巻き込まれただけだったら、承知しないからな!)
シオンの受難は、実はこれからなのだった。
バーミリオンさん達は、頭脳派というよりも肉体派。普通よりもやや脳筋気味。
なので、みんなでウダウダと仮定の話をしていても、まとまらないし想像の域を出ない(笑)




