126 自分に出来ることを
久々のリィナ視点です。後半はシオン視点です。
ジェフさんの言葉を聞いたとたん、シオン様の雰囲気が一変した。
「どういうことだ?リィナ」
声が一段低くなり、なにやら凄みが・・・怒ってます、怒ってますよこれ!完全に怒ってます!
マサキさん!どうして伝えといてくれなかったんですか!
まぁ、私も伝えるチャンスはあったのに伝えなかった訳だから、マサキさんばかりを責められませんが!
「あ、あれ?言ってませんでしたっけ?私はシオン様を助けたあとは緑国に行って、ナンシーさんと一緒にクリスさんを助けに――」
「何を言ってるんだ!そんな危険な事させるわけがないだろう!」
ど、怒鳴った!シオン様が私に対して怒鳴った!
「危険なことかもしれませんけど、そもそもそういう予定で来てる訳でして――」
「ふざけるな!そんなこと誰が許可したんだ!」
「許可というか、陛下もハヤテさんもマサキさんも知ってますし・・・」
困った。
まさか、こんなに怒るなんて思わなかった。怒ったシオン様が本気で恐い。
「どれだけ危険か分かってるのか」
「危険だろうと、クリスさんも放っておくわけにも――」
「お前は、クリスがどんな状態なのか知っているのか?足と腕の骨を折られ、身体は打撲痕だらけで、石牢に鎖で繋がれているんだぞ」
ここに居る全員が、クリスさんの現在の状況を初めて知った。
「なんてことを・・・」
顔色をなくした茶国の騎士が、そうつぶやいた。
ジェフさんも初めて聞いたのだろう、目を見開いて愕然としている。
「リィナ、お前は私と一緒に帰るんだ。」
「でも、そうしたらクリスさんはどうするんですか!」
「ナンシーたちに任せるしかない」
「ナンシーたちだけでは警戒されるかもしれないから、召喚者の私が旅行者を装って一緒に行くって話になっていたんです!もともと緑国って日本とお近づきになりたい国らしいから、日本人旅行者大歓迎らしいって――」
「表向きの話をしているんじゃない!相手は堂々と他国へ潜入して王族を誘拐するような奴らだぞ、捕らわれている場所から救出できたとしても、追手を撒いて無事に帰って来られる保証なんかないんだぞ!」
「それでも、クリスさんを放っておけません」
「リィナ!」
「だってシオン様が、クリスさんを助けたがってるじゃないですか!」
自分で言った言葉に驚いた。シオン様も驚いて目を見開いている。
そして気がついた。
普通なら召喚者は召喚主を優先するはずらしいのに、私は最初から“シオン様は無事なようだからクリスさんが先だと思う”と主張した。
どうしてクリスさんの救出を主張したのか、それはたぶん。
“シオン様が、そう望んでいるから”
危険だ、危ない、一緒に帰るんだ、といいながらも、シオン様が本音ではクリスさんを誰よりも助けたがっているから。
「シオン様、クリスさんを助けたいんでしょ?絶対助けたいでしょ?見捨てる選択肢は無いんでしょ?」
「そんなの当たり前だ、そもそもクリスを先に助けやすいように、黄国で誓約までしたんだ」
『黄国の意に反しない』なんて、そんな危険な誓約をしてでもクリスさんを助けようとしたシオン様。
でもご自分の立場もよくわかっていて、自分で助けには行けない。マサキさんを助けてもらうためにハヤテさんと合流しなくちゃならないし、そのあとは国に戻って国際機関に自分とクリスさんの拉致を色々証言して、クリスさんを助け出すための『正当な進軍』を認めてもらわなければならない。そうしないと、いま黄国の国境に布陣している茶国も、緑国の国境に布陣している赤国も、非難されてしまうから。
だったら、私が行くしかないじゃない。
ナンシーの事をウィルさんに頼まれただとか、日本人召喚者だからもし捕まっても茶国が保護を名乗り出てくれるからとか、そんなのは結局、後付けの理由だったのかもしれない。
召喚された当初から言われ続けた、召喚主と召喚者の関係。
散々、気が合うだの、相性が良いだの色々言われてきたけれど、正直シオン様とは気が合うどころか、意見が合わない事の方が多かった気がする。でも、今なら分かる。これはとても依存に似ている。たぶん、元の世界と繋がる唯一の手段を持つ相手の意に沿うように、召喚者は感情が引きずられるんだ。召喚主に嫌われないようにと多少無茶なお願いも受け入れてしまったり、そばに居なくなったら不安になったり。シオン様が居なくても帰還出来るって聞いても不安だったのはたぶん、召喚の儀式自体になにかそういう細工がしてあるのか、もしくは、母親の姿が見えないと不安になって泣いてしまう子供の心理状態のようなものかもしれない。
だとしたら。
シオン様にとってクリスさんはかけがえの無い人だから。
出来ることなら自分が助けに行きたいくらいなのに、それを耐えているのだとしたら・・・私はその強い思いに引きずられてしまうってことで。
つまり、私が代わりに行って助けたくもなるのもしょうがないでしょう?
「シオン様が戻らないと、陛下もユーリ殿下も身動きが取れないんです。シオン様は早く陛下のところに行って、私たちが無事に脱出できるように軍を動かせるようにしておいてください」
「リィナ」
「大丈夫ですよ。クリスさんを助けて、一緒に戻ります。だからそんな・・・泣きそうな顔しないでください」
腕を引かれて、抱きしめられた。
「すまない・・・ありがとう」
ああ、まったく、なんて厄介な。この程度の感謝の言葉を嬉しく感じてしまうなんて。
がんばって、もっと喜んでもらいたくなってしまうではないですか。
「リィナ」
「行ってきますね」
私とシオン様のやり取りを黙って見ていたジェフさんは、シオン様に深々とお辞儀をし、先導してくれる。
私は一度だけ振り返ってシオン様に手を振り・・・あとは振り返らなかった。
***シオン視点***
森の中を、だんだん遠ざかっていくリィナをただ見ていることしかできなかった。
引き止めたい――引き止めてどうするんだ?
クリスを助けたい――代わりにリィナを危険な目にあわせてしまった
リィナだけでも無事に戻ってくれれば――じゃあクリスをあきらめるのか?
2人とも、大切なんだ。どちらかを切り捨てるなんて出来るはずが無い――結果、2人とも危険な目にあわせてしまった。
もしも――2人とも戻ってこなかったら
最悪の結末を予想してしまい、やっぱりリィナを引きとめようと思い、声を出そうとしたその時・・・リィナが振り返った。
ひらひらと、手を振ってくる。
馬鹿かっ、これからどれだけ危険な目にあうか分からないって言うのに、何を暢気に手なんか振って!
危険だと分かっていないはずが無い。
不安じゃないはずが無い。
それでも、私に心配を掛けまいとして、手を振ったのだろうか・・・
気遣いをされてしまう自分が腹立たしく、何も出来ない自分が情けなくて――大切なものを全て自分の力で護れるようになりたいと、切に願った。
リィナの姿が見えなくなっても、すぐにはその場を動けなかった。
しばらくしてから、茶国の騎士に声を掛けられた。
「シオン様、そろそろ参りましょう」
「ああ。行こう」
いまの自分に出来ることをしに行こう。
必ず、2人を助け出すために。
茶国の陣営は仮設の建物が整然と並んでいた。到着すると、真っ直ぐにハヤテさんの居る建物へ案内された。
「戻ったか」
「はい、ご心配をおかけいたしました」
一度頭を深く下げて、それから真っ直ぐにハヤテさんの顔を見た。笑おうとして失敗したような、苦笑。その中に苛立ちが見える。
「黄国の話を。」
「はい」
マサキを助け出すために必要であろう情報を、全て伝える。王女の独断も、王の覚悟も、全て。
一通り話し終えたところで、ハヤテさんがゆっくりと息を吐いた。それは明らかに安堵のため息だった。
「それが事実なら、進軍しなくてもなんとかなりそうだな」
ハヤテさんのその言葉に、ハヤテさんが同席させていた騎士が同意する。
ハヤテさんはその騎士にすばやく指示を与え、騎士が部屋を出て行くと、ようやく座ることを許された。
「さて、言いたいことは沢山あるんだが・・・まぁ、それは私から言う事でもないな。早く帰ってアンディ陛下に叱られるといい」
「はい」
「リィナちゃんは、行ったんだね」
「はい」
「そうか」
そこからは、マサキを迎えにいく手順でいくつか説明され、その日のうちに、シオンは茶国の離宮に連れて行かれた。
50人は居ただろう、茶国の騎士たちに連れられて到着した離宮で待っていたのは――
「・・・ダリア」
「バカ!なんてバカなの!みんな心配したんだからぁ」
大声でシオンを非難しながら、両目からはボロボロと涙をこぼすダリア。
抱き上げて、背中をトントンと叩いてやりながら「ごめんな」と伝える。
しばらくすると、泣き止んだようだが、どうやら泣きながら抱きついていたことが恥ずかしいのだろう、顔を上げ辛そうなので、少し気を利かせてしばらく一人にしてやることにした。
黄国からずっと付き添ってくれていた騎士――茶国の王族に連なる血筋の者らしい――が、そんな私たちを見て感想をもらす。
「良いご家族ですね」
「・・・そうか?」
正直、家族の情はとても薄い。王族なんてどこの国もそんなものらしいが、それでも、自分の為に泣いてくれる家族が居る、そのことを今は純粋にうれしく思った。
「こほん。・・・お見苦しいところをお見せいたしましたわ。」
落ち着いたダリアに呼ばれて応接室へ向かうと、恥ずかしさからか、少し澄ました堅苦しい挨拶をされた。
「こちらこそ。この度はご心配をおかけいたしました」
せっかくなので、堅苦しい挨拶に付き合ってやることにする・・・が、つい顔が笑ってしまう。
「なに笑ってるのよ!シオンのくせに!」
さすがに・・・その言い草はないだろう。
「リィナは行ってしまったの?」
「ああ」
「そう。シオンが止めたら、行くのをやめるんじゃないかとも思っていたんだけど、でもそうしたら・・・」
そうしたら、クリスは助からない可能性が高い。
ハヤテさんの話では、私がクリスを人質にとられたように、クリスも私を人質に強迫されている可能性が高い。
でなければ、あのプライドの高い男が、あんな惨状を自分に許すとも思えない。
今、マサキが身代わりになっていてくれている間に助け出さなければならない。
私が無事に逃げたとクリスが知ったら、クリスはきっと・・・
「とにかく、帰りましょう。荷物は特にないのよね」
ダリアはそういって、応接室内を移動し、窓際の少しスペースのある空間に移動する――『鍵』で帰るようだ。
ダリア、ダリアと同行した執事、私。そして・・・
「お前も行くのか?」
「はい。ハヤテ様より見届けるようにと命を受けておりますゆえ」
黄国の騎士も一緒に行くらしい。ダリアと執事は知っていたのか、特に驚きもしない。そしてダリアは床の上に線を書き――
「いくわよ」
ダリアがそう言った瞬間には、私たちは赤国に着いていた。
次回はリィナがナンシーと合流です。
シオンがめっちゃ怒られてボロボロになりつつリィナとクリスさん奪還に頑張るお話は・・・たぶん書いてもそれ以上の話題はないので、つまらないので脳内補完でお願いいたしますf(^^;)




