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125 王都出立

執事の案内でシオンとリィナがたどり着いたのは、謁見の間ではなく、もう少し規模の小さな場所だった。

入ってきた黄国王は、ずいぶん年老いてみえた。情報として50代とは知っていたが、60代、ともすれば70代にすら見える。顔色が悪く、疲労の色を隠せない。だが、何かを探るような目でシオンとリィナを見ている。


黄国王が着席すると、シオンは立ったまま、ありふれた帰国の口上を述べる。

それを聞き終えると、黄国王はこちらを見つめたまま人払いをした。護衛の騎士にいたるまで、全員人払いするという状況に、シオンは少し警戒を強めた。そしてそれと同時に、ここに居るのが茶国の貴族ではなく、シオン本人だと気づかれているのだろうと思った。


全員が退室したあと、黄国王は椅子に掛けたまま少し前のめりになり、相変わらず探るような目でこちらを見た後、

「シオン様で、いらっしゃいますね?」

と、声を潜めてつぶやいた。


「はい」

シオンが肯定するとは思わなかったので、リィナは驚く。


黄国王はゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げた。

「この度は、我が国が大変なご迷惑を」


一国の王が、赤国の王子とはいえ王太子でもないシオンに頭を下げるなど、確かに人払いしていないと出来ないことだろう。


「姫の・・・我が国の所業が許されることではないのは重々承知です。どのような非難も国際的処罰も、受け止める覚悟はございます」

「あなたは、私が黄国(ここ)に連れて来られた経緯をお知りになっているんですか?」

「ええ。(あれ)の周りには、私の手の者もおりますので。事前に止められなかったことをお詫びいたします。」


なんだか変な展開になったとシオンは思った。王女の独断だと理解していた為、黄国王は“知らなかった”と言うのだろうと思っていたのだ。むしろ“知らなかったで済むか!”と話をもっていくつもりだったのだが・・・黄国王は全面的に非を認めている。


「なぜ」

なぜ、王女の独断を許したのか。

なぜ、拉致を決行する前に止められなかったのか。

拉致を止められなかったとしても、王宮に連れて来られた後なら、国王命令でなんとか出来ただろうに、今日までシオンの前に現れることすらなかった・・・なぜ?

疑問も聞きたいことも山ほどあるにはあるが、身代わりを置いて黄国を脱出するシオンには、あまり時間が無い。少なくとも、王女に気づかれる前に黄国を出て、マサキを救出しに行ってもらわなければならないのだ。

「茶国のハヤテ殿下が“彼”を迎えに来ます。それまで、どうか彼の安全を・・・」

「お約束いたしましょう」


最後に深々と頭を下げた黄国王に見送られて、シオンとリィナは馬車に乗り込み、王城を後にした。



4人乗りの馬車には、シオンとリィナの他に、騎士が2名同乗した。

「今日中に王都で出て、次の宿場町に一泊します」

「ああ、頼む」

騎乗した茶国の騎士に守られながら、馬車は出来る限り急ぎ王都を出て、街道を行く。


リィナはクッションに埋もれながら、先程の黄国王との謁見を思い出していた。

「シオン様」

「なんだ?」

「さっきの王様、なんで変身してるって分かたんでしょうね?」

「茶国の歴代王族の『(キー)』の中に、“嘘を見抜く”という能力もあるから、おそらく似たような『(キー)』持ちだったのかも知れないな。」

「もっと早く助けてくれればいいのに」

「国王であっても、王城内で自由に動かせる人間は限られる。自分で動くにしても隣の部屋に移動するのさえも一人で自由には動けないのが国王だ。」

赤国(ウチ)の陛下は結構自由にフラフラしてるイメージですけど?」

「ウチの陛下は前国王から王位を譲られる時に、王城内の大改革を行った方だから。むしろあの城には陛下の味方しか居ないからな」


そう、あの城はシオンにとっては一時も気の休まらない城だった。王妃と血のつながっているシオンを王にと求める派閥と、陛下と血のつながっていないシオンを排除したい派閥とが居る。傀儡の王になるのも殺されるのも御免だと思い王城を出たのだ。


「あの王女は王宮内を掌握しているようだったからな。国王は“自分では動けない、動かせる人間も少ない”中で、私が自力で逃げるのを期待していたのだろうな。」

「うぇー、他力本願過ぎですよそれ。王様がもっとビシッと、王女を廃嫡するなり謹慎させるなりすればよかっただけなんじゃ?」

「あの国は今、王女の政策が支持されている。貴族からの支持も、民衆からの人気も、王より王女の方があるからな」

「王女の政策って?」

「色々だ。一番は召喚者の人権保護と言う名目の召喚禁止。あとは、諸外国との友好を深め互いに向上を目指すという目的で留学や技術提供などだな。」

「友好を深めるって・・・ひょっとしてシオン様を婿にしようってのも含まれるんですか?それって政策なんですか?」

「まぁ・・・自分で言うのもなんだが、私は利用価値だけは高いからな」

「本当に“自分で言うのも”ですね。黄国は、異世界召喚を否定して、大丈夫なんですかね」


リィナは、黄国に来るまでの間に、マサキに『召喚を辞めると国が滅ぶ』という、話を聞いていた。その時は『風が吹くと桶屋が儲かる』的な何かだと思っていたのだが・・・。


「先程の国王の様子を見る限り、覚悟をしているようだったな」

「黄国は、無くなっちゃうんですか?」

「そうだな。あとはハヤテさんにお任せしよう」

「そうですね」




宿場町に到着すると、宿が一軒まるごと茶国で借りられていた。

城下町でサポートしていた組も到着していて、主要メンバーがシオンの部屋に揃ってこれからの予定の確認をする。


「まず、『茶国へ帰国する親子』の馬車を仕立てて、明日の朝一番に出発させます。シオン様とリィナ様にはそのタイミングで元のお姿に戻っていただこうかと思うのですが」

「ここで戻ってしまって大丈夫か?もっと王都から離れてからの方がいいのではないか?」

「いえ、この後のことを考えると、リィナ様には早めに元のお姿に戻られた方がお体の負担が少ないと思われますので」

「そうですね。今は子供の身体の感覚に慣れてしまっているから、戻っておきたいです。」

「そうか?」

「はい」

どうして早めにもどった方が良いのかが分からないシオンだったが、リィナが戻っておきたいというのだから、まぁいいか、と深く追求はしなかった。

「囮の馬車を出発させたあと、我々は別ルートでミカサ山に向かいます」

「茶国と黄国の国境だな」

「はい。茶国側の山麓に、ハヤテ殿下が陣を張っておられます。」

「軍をつれてきているのか。攻め込むのか?」

「いえ。あくまでシオン様が脱出出来なかった時の為の備えです。無事にハヤテ殿下と合流できましたら、茶国を経由して赤国までお送りする手筈となっております。ハヤテ殿下はそのまま黄国に入国し、マサキ様をお迎えに行く予定です」

「わかった。」




翌朝、囮の馬車を見送り、後をつけられていないことを確認したのち、元にもどったリィナと、新たに変身したシオンは目立たない馬車に乗り込んだ。

「シオン様、今度は誰になったんですか?」

「茶国の第2王子。ハヤテ殿下の弟で、マサキの兄だ。」

「へぇー、兄弟なのにあまり似てませんね」

「母親が違うからな。彼は茶国内からはほとんど出ないと聞いたが・・・」

シオンは馬車に同乗している茶国の騎士に確認した。今日は茶国の騎士も変装して乗っている。

「はい、第2王子殿下は幼い頃からハヤテ殿下に傾倒されており、自分は将来はハヤテ殿下の役に立つ人間になるんだと申されておりました。今ではハヤテ殿下の右腕として書類仕事に励んでおられます」

「書類仕事?それってハヤテさんが書類仕事を押し付け・・・なんでもありません。」

“それ以上は言うな”というシオンからの視線を受け、リィナは黙った。

「でも、国内から出ない人が、黄国に居たらそれはそれで目立ちませんか?」

「逆だぞリィナ。国内から出ないから、黄国で顔を知られていないんだ」

「ああ、なるほどっ」

そんなやり取りをしているうちに、馬車はどんどん進んでいく。


途中、休憩で立ち寄った町で、リィナは建国祭で賑わう人々を見た。

王家を、国王や姫を讃える言葉を町のあちこちで耳にした。

そして、マサキやシオンに聞いた話を思い出す。

王女のしたことは悪いことだけれども、それでも純粋に黄国建国を祝う国民達は、黄国が召喚を辞めたら滅んでしまうということを知らないのだと思うと、なんとも言えない気持ちになった。



リィナとシオンを乗せた馬車は順調に進み、5日後、国境であるミカサ山に到着した。

「山ですね」

「ああ」

「・・・もちろん私も登るんですよね?」

「もちろん」

「登りがあれば、下りもあるってことですよね?」

「当たり前だろう。何を言っているんだ?」


正式な国境ではあるものの、断崖絶壁とはいわないが、決してなだらかでは無い山を見て、リィナは現実逃避をしたくなった。

「この山、道はあるんですか?」

「かろうじて。多少は枝を落としながら進むとしても、想定の範囲だろう」

「この山、普段登る人は居るんですか?」

「まぁ居るだろう。ここはまだ良い方だぞ。私がつれて来られた時に通った赤国側のカルナ山は、山というより壁だった。あんな所に道を作った努力だけは評価したいくらいだった。」

「はぁ、ソウデスカー」


茶国の騎士が邪魔な枝を落としながら先導する中、リィナは山に入った。しかもスカートで。ロングとはいえスカートで。

「山登るって分かってるのに、なんでスカートしか服を用意してくれていないのかなぁ!もう男物でいいからズボンかしてよ、誰か!」

「リィナ、茶国の騎士を困らせるんじゃない」

「そんなこと言っても!」

「そんなに登りたくないのだったら、背負ってやろうか?」

「・・・登ります」


ちなみに、茶国の騎士たちは、ズボンこそ用意していなかったが、リィナはロングスカートの下にスパッツとロングブーツを履いている。ただ登りたくなくて文句を言っているだけなのがシオンには分かったので、いまいち対応が冷たかったりする。


リィナとシオンを確実に逃がすため、茶国の騎士で山に入るのは3人だけだった。残りは、もし追っ手が来た時に盾となれるように山裾で待機している。

そして一行は、リィナのペースにあわせて山を登り、約2時間ほど経った頃、前方に2人の人影が見え始めた。


「お待ちしておりました。シオン様、リィナ様」

山中で出迎えた騎士は、茶国騎士とも赤国騎士とも違う服装をしていた。


「お前、クリスの部下だったな?たしか何度かリィナの護衛をしていたな?」

「はいシオン様。ジェフ=クレーマンと申します。“朱色の魔女”の命により、リィナ様をお迎えにあがりました。」


その言葉を聞いたとたん、シオンの様子が一変した。







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