123 再会
おひさしぶりです。
“シオン様!?”
“シオン様、お嬢様をお返しください!”
“鍵!鍵をはやく!”
“お嬢様!お嬢様!”
ドアをドンドンと叩きながら黄国の者たちが呼びかけるが、シオンは全て無視して先程まで寝込んでいたソファまで移動する。
ソファに座り、腕に座らせていたリィナを膝の上に置き、“はぁ”とため息をひとつ吐き――
「何をやってるんだ、お前は」
と、疲れたようにつぶやいた。
そのつぶやきを聞き、リィナはイラッとした。
「何って、助けに来たんですよ!」
「助けにって、なんでそんな危険な事!」
「大丈夫です!茶国の皆様が、がっつり護ってくれてますから!」
「茶国?なぜリィナが茶国に――」
「マサキさんと一緒に助けに来たんですよ。あ、そうだ今のうちに」
そう言って、リィナはゴソゴソと服を脱ぎ始める。
「おいっ、何をしている」
「えっとですね、色々とアイテムを持たされているんですけど、見つかったらマズイので服の中に入れててですね。でも安心してください、肌着代わりの薄手のワンピースを二重に着ているんで、上のドレスは脱いでも大丈夫なんです・・・あーもう!今日に限って自分じゃ脱ぎづらい服とか!失敗した!」
もぞもぞしているだけで、一向に脱げないリィナを見て、シオンは手伝うことにした。
「このリボンを解くんじゃないか?」
「そのリボンはただの飾りです――――って、あーもう、言ってるそばからひっぱるし!」
「すまん。ところでリィナ」
「なんですか?」
「今回はなんか子供っぽくないな」
「そうですよ。今回はアンセム先生の指示の元、『安全な子供化』というのをしました。――なんでしょうね、安全な子供化って。なんだと思います?」
「・・・さぁな」
やっと背中の紐を全部はずす事に成功し、リィナに“バンザーイ”させて服を抜き取ろうとしたその時、合鍵を用意した黄国の使用人と騎士たちが部屋になだれ込んできた。
「「「「・・・」」」」
口をあけてポカーンとしている彼らを一瞥し、シオンは眉間に皺を寄せる。
「女性の着替え中に、勝手に入ってくるんじゃない」
「「「「失礼しました」」」」
彼らは唖然としたまま、退室する。その様子を見たシオンは『前にもこんなことがあったような?』と思いをめぐらせていたが、ちょうどその時リィナが『とれた!これこれ』と言って肌着の下に腹巻のように巻きつけていたウエストベルトから、色々取り出した。
「はいシオン様。これです。これが――」
『おーい、シオン~、シーオーンー。あれぇ、リィナちゃんまだ会えてないのかなぁ?作戦失敗?オーイ』
リィナが小石のようなものをシオンの手の平に乗せ、説明しようとしたとたんマサキの声が石から聞こえ始めた。
『シオンー、聞こえてるー?うーん、これはあれかなー、小さいリィナちゃんが可愛すぎてシオン暴走しちゃっ」
プツン
シオンが石を机に放り出すと、マサキの声は消えた。
「えっとですね、それはマサキさんとシオン様専用で話が出来る石で・・・」
「そうみたいだな」
「えっと、あの、映像が見える石をシオン様に作ってって欲しいそうなんですけど・・・意味分かります?」
「ああ、分かる」
シオンは、とりあえずマサキと話をするのが先だと思い、机の上の石を再度手に取る。
『あーやばいな、兄上に怒られる。シオンって昔から幼女好きの噂あったもんなー』
そのマサキの言葉を聞いたとたん、シオンは窓際に行き、窓を開け、大きく振りかぶった。
「だっ、ダメです旦那様!その石投げ捨てちゃダメです!」
「離せリィナ。何事にも限度はある」
「ダメですってば冷静になってください!マサキさーん!マサキさんてばー!謝ってー!」
リィナの必死のしがみつきにより、投げ捨てるのはやめたシオンだったが、マサキからの謝りの言葉は聞こえてはこなかった。変わりに聞こえてきたのは・・・
『ぶぶっ、くくくくっ、なんだー、元気そうじゃん。あー、心配して損した』
「・・・」
「ダメです!踏み潰して壊そうとかしちゃ駄目ですっー」
***
リィナの必死の説得の結果、なんとかシオンとマサキは最低限の会話をし、そして騎士たちがシオンに意見できる人物として大慌てで呼んだのであろう『シオンのお世話を王女から任されている執事長』が部屋に入ってきた時には、シオンはリィナを膝に乗せ、お菓子を食べさせていた。
「おいしいかい?」
「ふぁい!」
もごもごとお菓子を頬張りながら返事をするリィナの頭をなでで、ニコニコと機嫌のよさそうなシオン―――ニコニコと機嫌のよさそうなシオンというのを初めて見た黄国の面々は、またしても唖然とした。
「お、お嬢様―――ご無事・・・のようですね。」
「さぁ、お嬢様。戻りましょう」
「いやっ!リィナはお兄さまと遊ぶの!」
ここぞとばかりに”子供っぽく”振舞うリィナ。
「あの、シオン様、そちらのお嬢様は、他国からのお客様のお嬢様で・・・」
「お嬢様、こちらの御方にご迷惑を掛けてしまいますからね、戻りましょう?」
「お兄さま、迷惑?」
「ちっとも迷惑じゃないよ。」
見詰め合って微笑みあっている幼女と青年に、嫌な予感しかしない黄国の面々。
「シ、シオン様、あの、そちらのお嬢様のお父上も心配されてますから・・・」
「そうか、そうだな。確かに保護者に心配をかけてはいけないな。リィナちゃん、今日はもう戻りなさい?」
「えー」
「また明日、遊びにおいで。美味しいお菓子を用意しておくからね」
「明日も来ていいの?」
「もちろんだよ。今度はちゃんとお父様に許可をとっておいで」
「うんわかった!じゃあ明日ねお兄さま」
「シオンだよ。シオンって呼んでくれるかい?」
「はい、シオンさま」
そうして翌日の予定を取り付けた二人。リィナは騎士と侍女に『何もされてませんよね!?』と何度も確認を取られながらマサキの居る部屋に戻り、シオンは『疲れたから寝る』と言って寝室に引きこもった。
そして、数分後。
『おーい、シオンー、見えてるー?』
リィナに持たせた“姿が見える石”を受け取ったマサキが、その石を顔に近づけたり遠ざけたりしている。
ちなみに、その石で姿を見ることが出来るのはシオンだけなので、マサキにシオンの姿は見えていない。
「石に顔を近づけるな!男のアップなど見たくはない。それに・・・お前こそ、見事な変身だな。その姿は茶国の宰相補佐だろう?」
『そうだよ。よく覚えてたね!』
「・・・散々怒られた記憶があるからな。」
『区別はつくでしょ?』
「もちろん。お前のほうが表情が豊かだ。彼の表情筋は動かないからな」
『ははは、確かに』
「リィナは?」
『シオンが見つかって気が抜けたのかな、寝てるよ。起こそうか?話す?』
「いや、それより先に話すことがあるだろう?なぜ変身してまで――それにリィナを連れてまで黄国に来た?」
マサキは経緯を説明した。もちろん、リィナの素性はわざと言わなかった。だって、そのほうが面白そうだから。
「そうか。クリスの方は魔女が動いてくれたのか」
『だから先にシオンがここから出てくれないと、困るんだ。わかる?』
「わかる・・・だが、誓約が・・・」
『あ、それは大丈夫!対処済だから』
「なに?」
『うん、詳しくは言えないけど、ある種の裏技でね。シオンは知らなくていいよ。とにかく、これからシオンにやってもらいたいのは――』
“声を送る石”と“映像を送る石”を使い、脱出計画をたてていくマサキとシオン。
ちなみに映像を送る石はハヤテの息子のシュウ、声を送る石はハヤテの妻の『鍵』である。
しばらく話し合い、とにかく明日からリィナがシオンのところに遊びに行き“仲良く”なるのが大前提で、マサキが“娘が世話になっている人にお礼を言いに会いに行く”ことで入れ代わるという、やや無謀な作戦になった。そんな無謀な作戦しかとれないほど、黄国側のガードが固く、マサキもシオンもほんの数分で入れ代わることになるだろう為に、念入りに打ち合わせをする。
上着を変えるくらいで入れ代われる服装をお互い用意すること、そしてシオンが今のマサキの姿を正確に写せるように。
『・・・さて、今日はこの辺にしておこうよ。とにかく明日またリィナちゃんにそっちに行って貰うから』
「ああ。じゃあまたその時に・・・おい」
『なに?』
「視界の隅に、リィナが見えるんだが」
『ああ、うん。ここ僕のベッドだし。リィナちゃん、ほら、シオンだよ、話す?』
『ぅ・・・ん・・・(スヤスヤ)』
『ごめんシオン、リィナちゃん起きないや』
「なぜお前のベッドでリィナが寝てる!!」
『え、だって僕たち親子だし』
「お前っ・・・あとで殴らせろ」
『え!?』
そして、翌日。
「いらっしゃい」
「こんにちは、お兄ちゃん」
予告通り、お菓子をたくさん用意してリィナを待っていたシオンは、周りがびっくりするくらいの上機嫌でリィナを迎え入れた。
「お兄ちゃん、これお父様からのお手紙です」
「そうか、いま読ませてもらうね」
マサキとリィナは、シオンと面会するにあたって『茶国の者だと名乗らない』と約束させられている。
そしてシオンも『何処の国の者かを詮索しない』と約束させられた。
なので、マサキとシオンはお互いに『何処の誰か』を知らないというスタンスを保たなければならない。
リィナの“お父様からのお手紙”には、『娘をよろしく』という当たり障りない内容のみが書かれており、当然中身は黄国側も確認済みだ。
シオンが手紙を読んでいる間に、リィナのお守役としてついてきた黄国の侍女がお茶を入れ終わると、シオンはその侍女を部屋から出し、部屋に鍵を閉めた。
「鍵、取り外されなくてよかったですね」
「ああ、なんとか言いくるめた」
鍵が取り外されなかったのはシオンが『どうせ黄国の意に染まぬことはできないし、逃げ出すわけでもないのだから、鍵ぐらいいいだろう』と説き伏せたためである。
昨日、シオンがリィナを部屋に連れ込み鍵を掛けた事は、黄国の者たちにとって相当な驚きだったようだ。
彼らの知る王族は、そもそも自分でドアの開閉などしないからだ。シオンとて、赤国の王宮で王子としてくらしていた頃はそうであったが、ほぼ監禁状態で自分でなんでもやっていた父親とその父親に育てられたクリスに厳しく教育され、さらに騎士団付属の全寮制の学校に『何事も経験だ』と入れられ寮生活を経験し、王宮を出て公爵を名乗るにあたって“しっかり”独り立ち出来て居ないと連れ戻されるだろうと自分の事は自分でしているうちに、むしろ出来る事は自分でしたほうが早いということに気づき、ドアの開閉どころか着替えやお茶の準備まで、大変手間の掛からない王族が出来上がってしまった・・・という経緯がある。
「シオン様、マサキさんとお話します?」
シオンの隣に座り、お菓子を食べながらリィナがそう聞くと、シオンは眉間に皺を寄せ「あとでいい」と言った。
「なんか、顔色悪いですよ?」
「ああ」
「ちゃんと寝れてます?」
「・・・いや」
「また寝れてないんですかー」
「・・・」
「そういえば、昨日も思ったんですけど」
「なんだ?」
「その服、似合ってませんね」
「・・・言うな。連中が勝手に作ってきたんだ、断じて私の趣味では無い」
「そうですか」
「服もだが、黄国の暮らしは、我慢できない程ではないが、少しずつ不満が溜まっていく。」
「そうなんですか?見た限りそれほど悪い待遇ではなさそうですけど?」
「お前・・・」
シオンはここぞとばかりに、自分の待遇の悪さを説明した。
「そもそも馬車に乗せられ、いきなりこの国に連れてこられたんだぞ」
「常に騎士に見張られ、行動範囲は決められているし」
「こちらの意見も聞かず勝手に服は作ってくるし」
「夜中に部屋に侵入されるから、眠れないし」
とりあえずリィナは、うさぎはぬいぐるみをムニムニしながら黙って聞いていた。が、何事にも限界はある・・・ので、言い返してみた。
「私、いきなり異世界に連れてこられたんですけど」
「最初の頃、危険だからとかなんとか言って、見張りつきで王宮にゆる監禁されましたよね」
「服?色々ドレスとか作りましたけど、私の意見聞いてくれた事なんてありましたっけ?」
「あと・・・二度と私のベッドに勝手に入ってこないでくださいね」
ただでさえ悪い顔色が、もっと悪くなるシオンを眺めながら、リィナは最後に笑顔で言った。
「ユーリ殿下の話では、私は2度は死んでてもおかしくなかったそうですよ?」
「す、すまなかった」
この上なく丁寧に頭を下げたシオンの旋毛を見ながら、リィナは“勝った”と思った。まぁ、『不遇な待遇勝負』に勝ったからと言って、どうという事ではないのだが。
のちにシオンはこの時のリィナを「シズクに匹敵する怖さだった」と語り・・・リィナにしばらく口をきいてもらえなかった。
閑話休題
「ともかく、顔色が悪すぎです!寝不足じゃ頭も働きませんから、すぐに寝てください!」
「え・・・」
「寝室はあっちですか?ほら、移動移動!」
「あ・・・」
リィナに寝室までぐいぐい引っ張られていくシオン。
「ほらほら、ベッドに入ってください。大丈夫です、誰も来ないように見張ってますから」
「う・・・」
「なんですか?サービスで添い寝しましょうか?別料金ですよ?」
「ふっ・・・なんだそれは」
小さくなったリィナがまるで風俗嬢かのような表現をしたことが面白くて、シオンはつい笑った。そして、つい笑ったことにより、自分が黄国に来てからずっと気を張っていたことを改めて感じた。
せっかくの申し出なので、添い寝をしてもらうことにして、一緒にベッドに入った。
いままでの経験なら、リィナと一緒に居るとなぜだか普段は眠れない王宮の自分の部屋でも眠れていたはずなのだが・・・
眠れない
むしろ、眠れない
隣にリィナが居ると思うと・・・眠れるわけがない
「どうしたんですか?はやく寝てください。目をつむってるだけでも身体が休まるっていいますし」
「うん、そうなんだが」
目をつむる?いや、むりだろ、これ。
だだっ広いベッドの、大人一人分のスペースを空けた先に、うさぎのぬいぐるみを抱いたリィナが居る。
手を、伸ばしてみる
「なにしてるんですか?」
パシっとその手を払って、リィナが眉をひそめてこちらを見てる。
「なにって・・・」
懲りずに再度手を伸ばしてくるシオンの目をみて、リィナは嫌な予感がした。むしろ予感というよりは女の勘だ。
「・・・何のつもりですか」
「ああ」
「なんでにじり寄ってくるんですか」
「・・・眠れなくて。むしろ、なんで今までお前が隣に居て眠れていたのかが不思議でならないんだが」
じりじりと寄ってくるシオンから、寄ってこられた分だけ逃げるリィナ。
シオンの熱を孕んだ視線に、嫌な予感しかしない。
「なななな何する気ですか」
「何って、そりゃあ」
「わわわわたしっ、いまっ、こどもですから!」
「そうだな、でもなんかもう、年齢とかどうでも良くなってきて――」
「よくない!よくないですよ!落ち着いて!犯罪ですよ!」
じりじり、じりじりと近寄ってくるシオン。すでにベッドの端まで逃げて、ベッドから抜け出しているリィナ・・・
「なるほど。逃げられると追いたくなるというのは、こういうことか。」
「ひぅっ!う、うさちゃんっ、うさちゃん貸してあげるから!ひとりで寝てください!」
リィナはうさぎのぬいぐるみをシオンに押し付け、となりの部屋まで逃げ出した。
シオンは、しばらくリィナの逃げた扉をみていたが、うさぎを抱えて、寝る事にした。確かにひどい睡眠不足なのだ。
しばらくたってからリィナが寝室を覗くと、シオンはうさぎのぬいぐるみに顔を埋めて、すやすやと寝ていた。
――子供の姿にされてから、ずっと抱えていたぬいぐるみを抱っこして寝ているシオンを見て、なんだか微妙な気分になったのは言うまでもない。




