122 かくれんぼとその結果
黄国、王宮に滞在して早一週間――
「だめだぁ~~、ガード硬ぇ~」
「うわ~ん、見つからないよぅ~」
マサキとリィナは与えられた部屋で嘆いていた。
この一週間、シオンを見つけられない二人。
お客人であるリィナとマサキに『ちらっ』と目を離すことも、『うっかり』情報をもらす事もないこの国の使用人たちに、ある意味脱帽だ。
「そもそも。シオンがこの城の中を出歩くことはあるのかな?」
「あー、旦那様ってば基本、引きこもり平気な人だからなー」
「ああ、確かにずっと書類に囲まれてても平気な顔してるよねー」
つまり、出歩く事の無い、おそらく部屋に引きこもっている(引きこもらされている)シオンを見つけることは、かなり至難の業なのである。挫折しそうなのである。
「明日、探索の『鍵』持ちが来るからさ、それで大体の場所を特定して・・・なんとかしよう」
「はぁーいぃぃ」
「・・・リィナちゃん、そんなにうさぎを引っ張ったら、パイル地なんだから伸びちゃうよ?」
「気にしないで下さい。ストレス発散ですから。うさちゃんも許してくれますっ」
マサキはうさぎの人形(抱き枕)をぐりぐりといじってストレス発散しているリィナを見て、ちょっとだけ羨ましかった。
翌日、王都内で待機していた茶国の護衛の一人で、『探索』の鍵持ちの者が来た。
「どうやら、この上にいるようですね。」
「「上?」」
探索した結果、シオンはどうやら現在リィナとマサキが滞在している部屋の上のフロアに居るらしい。
「そんなそばに居たとは。でも確かに上のフロアに行く人間は、騎士がチェックしてたね。てっきりこの階から上は王族専用フロアなんだと思ってたよ。上って、この真上?」
「かなり広い範囲を移動されてます。この部屋の2~3倍の広さの部屋をお使いなのかもしれません」
「えー、なんでそんな優遇されてんの?シオンばっかりー」
「マサキ様・・・」
茶国の護衛と使用人がみんな一斉に可哀想な子を見る目でマサキを見た。
一方、リィナは『どうやって上に行くか』を模索していた。
「どしたのリィナちゃん?」
「マサキさん、ここはひとつ『かくれんぼ作戦』を決行しようと思います!」
拳をグーにして力強く言ったリィナ。
そして、その日からその作戦がはじまった。
作戦その1。
「ねーねー、あそぼ?」
リィナは自分に割り当てられている(つまり監視されているともいう)、侍女たち全員と、遊ぶことにした。かくれんぼで。
「もーいーかい?」
「「「まだですよー」」」
うさぎを抱え、可愛くかくれんぼに興ずるリィナに、優秀な侍女たちみんな一生懸命付き合ってくれる。毎回終わりの時刻には「明日も遊んでくれる?」とうさぎを抱えてちょっと不安そうに尋ねてくる小さな子供と化けたリィナに、黄国の侍女も快く付き合ってくれている。
「リィナちゃん、隠れ方があざといよね。身体が隠れてても、うさぎが見えてるとかさ。『まだ上手に隠れられない小さな女の子』なんて、どう考えても可愛いよね。気づいててもわざと『どこかなー』とか言いたくなるよね」
「ふふん、大人女子をなめるなよって事ですよ。まずは私の魅力でみんなをメロメロにする作戦なんだから!」
「メロメロって、しかも大人女子って・・・いや君いま子供だからさ。ギャップがさ。」
作戦その2
「みーつけた!もう!どうしてみんなもっとちゃんと隠れてくれないの!かくれんぼ嫌いなの?」
侍女たちは最初、わざと子供でも見つけやすいように隠れていたが、かくれんぼも3日も続くと、隠れるところに限界が出てくる。つまり、みんないつも同じような場所に隠れるしかなく、すぐにリィナに見つかってしまい、あっという間に終了してしまうのだ。リィナが『いなくなった母親を探しにきた、かわいそうなお嬢様』だと思っている侍女たちは、このお嬢様に悲しい顔をさせてはいけないと相談し・・・なぜか彼女たちは率先してかくれんぼの範囲を広げる許可を取ってきた。
「お嬢様、今日からはこのフロアーのお部屋全部を使ってかくれんぼしましょう!廊下に出なくても隣のお部屋に行けるようにしますからね。」
「わぁい」
ということで、4日目にはかくれんぼの範囲が広がった。
作戦その3
「じゃあ、広くなったから廊下のお兄さんたちも一緒にあそぼっ!」
「いえ、我々は仕事中ですので」
「だめ?(うるっ)」
「いいではありませんの。フロア全体を使うのですから、他のフロアーへ行く階段のみ警備すれば」
「・・・それもそうか」
5日目には廊下で警備する騎士を1名だけ残して参加することになった。
そして6日目
作戦その4
「マサキさん、今日こそ決行しますよ!」
「うん、がんばれ」
「マサキさんも今日は『お父様』としてちゃんと参加してくださいね」
「おう!かくれんぼなら任せといて!」
「・・・誰かに変身してやり過ごすとか、ダメですよ?」
「やだなー、わかってるよー」
そして・・・
「じゃあ次はリィナが鬼ね。100数えるからね!ちゃんと隠れてなきゃ、やり直しなんだからね!じゃあいくよー。いーち、にぃーーーい、さーーーーーん・・・」
わざとゆっくり数え始めるリィナ。そして数え方はゆっくりなっていくが、声はどんどん小さくなっていく。
「よーーーーーーん、ご・・・・・・めんなさいねー」
最後はささやき声になりつつ・・・リィナはうさぎを持って廊下に出た。
そして、一人で廊下中央付近にある階段を警備をしている騎士に近づく。
「おやお嬢様、かくれんぼの途中では?」
「しぃーーーっ。しずかにしなきゃだめなのっ」
「おやおや、失礼しました」
この騎士はまだ若いが子供好きなようで、にこにことリィナと会話を交わす。
「ねぇ、おにいさんは、どうしてここにいるの?」
「ん?お仕事しているんだよ」
「お仕事?」
「そう。悪い人が来たら大変だからね、ここで見張っているんだ」
「悪い人が来るの?」
「いやいや、そういうわけではないんだけどね?」
「リィナのお国にあるお城はね、悪い人はお城の入口には入れないのよ?」
「うん、この城もそうなんだけどね?」
「けどなぁに?」
いかにも不思議そうに、騎士の言ってることが理解出来ないというように、小首を傾げてじっと騎士を見るリィナ。
「お、お仕事なんだ。ここに居るのが。」
子供相手につき離した言い方も出来ず、どもる騎士。
「入口を見に行かなくていいの?」
そう言って、更にじぃーっと騎士を見るリィナ。
「そ、それはね、えっとね、入り口は、別の担当が居るんだよ」
「そうなの。じゃあ、リィナと一緒にあそぶ?」
傾げていた首を、今度は反対側に“こてん”と倒し、そう聞くリィナだったが、さすがに騎士は自らの仕事を忘れなかった。
「ごめんね、また今度ね」
リィナが内心舌打ちしているとは露知らず、そう言ってリィナの頭をなでる騎士。
騎士を懐柔する作戦は失敗、じゃあ、作戦その5
「んー。わかった。じゃあ、ちょっとこの子持って」
今度はそう言って、抱えていたうさぎを騎士に差し出すリィナ。
小さい女の子(しかも他国の貴族)が、いつも大事そうに抱えているうさぎのぬいぐるみを、片手で掴むわけにもいかず、騎士は両手でうさぎを大事そうに預かり、それを確認したリィナは満足そうに頷いたあと――
「うわぁぁぁぁん、えーん、えーん、おとーさまぁー」
と、大声で泣き出した。
「リィナ、どうしたんだ!」
わざとらしくならないよう、でも大げさにマサキが飛び出してくる。
「おとーさまー、おとーさまぁ」
「どうした。、何があったリィナ」
「どうなさいましたか!?」
近くの部屋に隠れていて、リィナの泣き声が聞こえた使用人たちも、何事かと集まってくる。
「このお兄ちゃんがぁ、リィナのうさぎさん取ったー」
「は?はぁ!ええ!?」
うさぎを持たされた騎士はうろたえた。
「君!どういうことだ!」
マサキは騎士に詰めよりつつ、さりげなく上り階段に背を向ける位置に立ち、まるでリィナを庇うかのように自分の背面にリィナの身体を寄せる。リィナの泣き声で集まって来ていた茶国人の使用人や護衛たちも、まるで黄国人たちからリィナを守るかのように、上り階段をふさぐ位置をとる。
「わ、私は取ってなど!も、持ってって言われて!」
黄国の使用人たちも訳がわからずおろおろとしている中、
リィナは音も立てずに軽やかに駆け出した。
階段を。
上に向かって。
「あ!お嬢様が!」
リィナの動きに最初に気づいたのは黄国の侍女。その時には既にリィナは階段の踊り場を曲がっていた。
侍女はリィナを追う。うさぎを持たされた騎士も、あわててうさぎを持ったままリィナを追った。
“うまくシオンをみつけてくれよ、リィナちゃん”
マサキはとりあえず、父親らしく娘の暴走を謝罪することを始めた。
階段を一つ飛ばしに駆け上がっていくリィナ。お嬢様にはあるまじき姿である。上の階に出で、リィナは戸惑った。
右と左、どっち!?
だが迷ったのは、ほんの一瞬だけ。だって、左の通路に、騎士が2名で守っている扉がある。
後ろから追いかけてくる気配を感じて、リィナはその扉に(つまり、騎士2名に)向かってダッシュする。
だが、リィナは忘れていた。いや、忘れていたというより、甘く見ていた。
子供の身体のリーチの短さを。
騎士や侍女の、身体能力の高さを。
あっさり捕まり、リィナは騒いだ。
力一杯、騒いだ。
正直、子供の頃にでさえこんなに騒いだことは無い。
そして、暴れている最中に、うさぎも取り返した・・・いや、これは自分で手渡したのだから、取り返すというのはちょっとちがうのだが。
そして、いつの間にか扉の前に居た騎士も一人こちらにやってきて、大人3人に囲まれてしまう。
いま、リィナの頭を占めるのはただひとつ。
“旦那様、旦那様・・・シオン様!気づいて!”
その時、扉が開いた。
中から現れたシオンを見て、リィナは何だかうるっときた。
居た。
見つけた。
大人3人の隙を付き、シオンに向かって走るリィナ。
そのままシオンに体当たりする。うさぎをクッションにしたので、痛くない。
・・・しがみつき、シオンの顔を見る。
目が合う。
いつもの不機嫌そうな顔。でも目を見れば驚いているのがわかる――だって、ずっと一緒にいたんだから、表情の微妙な変化くらいわかる。
「リィ」
「おにいちゃん!助けて!みんながリィナに意地悪するの!」
リィナは、名前を呼ばれそうになったので言わせる前に『知らない子供の設定』なのだと主張する。
リィナの言葉に、シオンは口をつぐむが・・・とりあえず足にしがみついているリィナを抱きかかえて腕に座らせ、距離が近くなった顔をさらにマジマジと見る。
「シオン様、申し訳ございませんでした。さ、お嬢様、お父上様の所に戻りますよ?」
追いかけてきた騎士がリィナを受け取ろうと手を差し出す。
シオンはその騎士とリィナを交互に見る。
そのシオンを見て、リィナは嫌な汗をかいた。
“まさかシオン様、私だって気づいてないってことは無いよね!?”
リィナの戸惑いをよそに、シオンはリィナをしっかり抱えなおすと、廊下に居る黄国の面々を全て無視して、部屋に入り扉に鍵をかけた。




