121 出発
2話連続更新します。次話も続けてどうぞ。
三人称のつもりですが、途中でマサキ視点が入ります。
リィナは、黄国へ向かう馬車の中に居た――――推定7歳程の姿となって。
一緒に馬車に乗っているのは、平たい顔をした茶髪天然パーマの中年男性。
「リィナちゃん、そのうさぎさん、ちょっと貸して」
「いや」
「そんなこと言わずに、ちょっとだけモフモフさせて」
「い・や!」
「うううっ、リィナちゃんが冷たい。パパ泣いちゃう」
よよよ、と泣きまねをする男性。
誰がパパだ!という思いを込めて、リィナは無言のまま、相手の足を蹴る。一応、靴は脱いで。
「痛っ。こら、女の子が蹴飛ばすんじゃありません!」
男性は『め!』と蹴飛ばしたことを嗜めてくるが・・・
「もうやだ。マサキさんがうざい」
「えー、僕はかわいいリィナちゃんと一緒で、ウキウキワクワクしてるのに☆」
「・・・ウザイ」
馬車は・・・進む。
***マサキ視点***
『リィナちゃんのお兄さん最強説』が出たままの微妙な空気の中、シオン救出の為の作戦が立てられた。そして、リィナちゃんを子供化している間、ハヤテ兄上と僕は、別室で待つことになった。
そして、さっきからずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
さっき、リィナちゃんが石版の文字を消して、女神の末裔だと分かったあの時の昔話。
ここの陛下やユーリ君は、石版の文字が消えた衝撃の方が大きかったようで、その部分については特に言及しなかったけど、桐城の家の事や、リィナちゃんが桐城だということ、それに桐城から送られてきた石版の文字を、おじいさまが消しているのを見た事もあったから、『あー、やっぱりリィナちゃんなら消せるんだ』くらいにしか思わなかった。
だけどあの昔話。
「ねぇ、兄上」
「なんだ?」
「・・・繋がってるの?」
僕の、たったそれだけの質問で、兄上には何の事だかわかったみたいだった。
「そうだよ」
そう言って、にっこり笑った。
『両方から道を維持していないと、生きられない世界』と、兄上は言っていた。つまり茶国は――――日本と繋がっているってことだ。
「国王と王太子しか入る事の出来ない扉がある。――――場所はお前も検討つくだろう?」
「うん。玉座の、後ろ」
その扉の事は小さいころから知っていた。普段は壁一面に分厚いカーテンが掛かっている玉座の後ろの壁。その壁に一箇所、あかずの扉があることを知っているのは、子供のころ玉座の回りでちょろちょろと遊んだことのある王族か、掃除を担当している使用人くらいだろう。
「兄上は、日本に行った事、あるの?」
「立太子するまでは連れてってもらえたよ。今度行くときは、王位を継いでからだね」
「そうなんだ。・・・僕、何も知らなかった」
「知らなくて当然だ。わざと、教えていなかったのだからね」
「僕、桐城の人達は、いつも召喚されて来てるのかと思ってた」
「まぁ、あの人たちは滅多にこちらには来ないからね。」
『鍵』を既に失ってしまった桐城の人達があちらで道を維持するには、必ず桐城の血縁者の誰かが地球側に居ないといけないのだと、兄上が言った。
そうなんだ。あれ?そしたら、例えば桐城さんちがみんなでこっちに来てしまったら・・・
「どうなるの?」
「道が閉じて、茶国は緩やかに終わっていくだろうね」
そんな怖い事をさらっと笑顔で言わないでよ兄上!
でも、あれ?茶国?
「なんのために、各国が地球人を召喚をしていると思う?茶国のように繋がっていないからだよ。この国だって、もともとはバーミリオンの先祖がたどって来た道があったはずだ。だが、それはもう閉じてしまっているんだろうね。」
兄上が言うには。
ほとんどの国で、王太子が王位を次ぐときに、召喚の重要性を聞かされるらしい。
だからこの世界にある国で、召喚に反対している国は、やがて滅んでいく運命なのだと兄上は言った。じゃあ、召喚に反対している黄国は放っておいても滅ぶんだ?と聞いたら、何十年も先の話だよ、と言われた。
そりゃそんな事情があるのなら、王族とはいえ王位継承権を放棄する予定の僕は、知らなくて当然だ。
召喚者を呼んだり帰したりすることで、一時的にでも道を開く。
繋がることで、そこは人が生きていける土地になる。
ついでに文化交流をし、好条件で仕事も用意して、なるべく不満を解消し。
兄上が『この世界が、酸素が薄い高地だとしたら、召喚者は酸素ボンベ』と言った。なるほど。酸素が無くなると、生きていけない。ということは繋がりっぱなしの茶国は・・・
「ずるいって、言われない?」
「だから茶国でも国王と王太子しか知らない秘密なんだよ」
「僕、聞いちゃったけど?」
「そう。だから他言無用だよ。そして・・・」
リィナちゃんを守れ
怖いくらい真剣に、兄上が言った。
「いいかマサキ。茶国が日本と繋がっているのは、桐城が向こうで維持してくれているからだ。問題は、この世界と繋がってようが繋がって居まいが、桐城は何も困らないということなんだ」
ゾクッと寒気がした。
閉じられる?向こう側から?
「これ以上、桐城を怒らせてはいけない。わかるね?リィナちゃんは必ず無事に帰す。これは父上の、茶国国王の命令だ」
兄上の目を見て、しっかりと頷く。
最悪の場合、シオンを見捨てても、リィナちゃんを帰さなければならない。僕の同行はきっとそのためで。
「でもさ、シオンを助けてリィナちゃんも無事なら一番いいんだよね?」
兄上にそう言ったら、笑って頭を撫でられた。
「そうだな。たのむぞマサキ」
「頼まれたさ!」
やってやろうじゃん。全部解決して、みんな無事なら一番良いんだから。
「でもさ兄上。リィナちゃん、クリスさんも助けに行く気満々だけど、それはどうなの?」
「そっちはそっちで、対策を立ててるよ。バーミリオンの民は、朱色の魔女のために最高の人材を用意してくるだろうからね」
なんだかよく分からないけれど、とりあえず僕は僕でがんばろう。
************
旅は順調に続き、リィナと茶国御一行様は無事に黄国への入国を果たした。
「今日はこの宿に泊まって、明日はとうとう王宮に殴りこみ・・・じゃなくて、乗り込むからねリィナちゃん」
「・・・殴りこむのはお一人でどうぞ。子供の私では戦力になれなさそうなので」
「やだなぁ、言葉のあやじゃないかぁー」
えへへと笑うマサキに、リィナはさく一抹の不安を覚えたが、特になにも言わなかった。周りに茶国の騎士さん執事さん侍女さんが居るなかで、王族を非難するのはリィナでもハードルが高い。
だが、実際には彼らはリィナにマサキを諌めて貰いたがっていたのだが、それをリィナが察することは無かった。ちなみに、宿に入ったので、マサキは元の姿に戻っている。
「さて、じゃあ作戦の最終確認をしようか」
マサキのその言葉で、今回の作戦に参加する者たちが集まってくる。
さて、ここでハヤテの考えた作戦の全容を確認することにしよう。
まず、マサキは茶国の貴族に『鍵』で変身する。
そして、その男の娘役として子供化したリィナを連れて王宮に行く。この時点では、執事と数名の護衛のみ連れて行く予定である。
黄国には事前にその貴族が娘を連れて『調べもの』をしに行く事を、茶国より正式に通達してある。なので、王宮にはすんなり入れるだろう。
そして、その男の身分からすると、王宮に滞在する事を勧められるのは間違いない。
そして、肝心の『調べもの』とは。
「この貴族さ、身分は伯爵なんだけど、お妾さんに逃げられたんだよね。」
「は?」
「いやね、元々正妻は早くに亡くなっているからさ、お妾さんと言っても正式に結婚も側室の届けもしてなかっただけで屋敷ではちゃんと奥さんとして暮らしていたらしいんだけどさ。でも、子供を妊娠してからなんか不安になっちゃったんだって。というのも、その奥さん、身分があまり高くない上に、何代か前までは黄国で暮らしていたらしいんだよね。亡命したのか移民したのかは記録が古くて探しきれなかったらしいけど」
「はぁ」
「で、不安になった奥さんは、何を思ったのか“さようなら”という一言だけの置手紙を置いて、お屋敷を飛び出してしまったらしいんだ。妊娠中だってのに」
「マタニティーブルーにしても、ずいぶんと行動力のある人ですね」
「そうなんだよ、貴族のご令嬢なら一人で馬車に乗ったり、国境を越えたりなんてどうやるのか想像もつかないと思うんだけどね、そこは元庶民、あっさり逃げられてしまったとさ。」
「それで?」
「うん。伯爵はそれはもう方々探し回って、とりあえず生まれた子供だけは見つけたんだ。施設でね」
「施設・・・」
「そう。どうやらその奥さん、出産後の肥立ちが悪くかったみたいで、自分の命が長くないと分かって、子供だけ施設に預けたらしい。施設では“いつか、父親が迎えに来ます”って伝言されてたらしいよ」
「それで、その奥さんは?」
「黄国で見つかった時には、もう亡くなっていたらしいよ。看取ってくれた料理屋の夫妻が、手紙を預かっているらしいんだ。『いつか私を探しに来た人に渡してくれ』って。だけどさ、その伯爵は茶国で結構重要な仕事に就いているからさ、黄国まで私用で来るなんて到底無理なんだよね。だけど料理屋の夫妻も頑固らしくてさぁ『本人以外には断じて渡さん!』と言ってるんだよね」
「はぁーなるほど。それで『変身』が役立っているんですね」
「そう。で、このエピソードを利用して、『奥さんが死んでることをまだ知らない』伯爵が、『黄国で奥さんの目撃情報があった』という話を聞いて、子供と一緒に探しに来た、という設定で、僕が伯爵、リィナちゃんが娘」
「なるほどなるほど。それならしばらく滞在していても、不思議に思われませんもんね」
「そう。でも、だからと言って王宮を自由に歩き回ったりは出来ないと思うんだ。特に向こうはシオンの存在を隠しているだろうし、このタイミングだからシオンを探しに来たのではと疑われるのは間違いない。だから、連れてきた騎士の大半は、城下に留まり『人探しのふり』と『シオン救出後の拠点の確保』に動いてもらって、僕らは最少の人数で城に行く。すると・・・」
「黄国の使用人さんが、滞在中のお手伝いに来るんですね」
「そう。もちろん見張りも兼ねているだろうから、下手な動きはできないけど・・・でも、子供なら」
「多少は傍若無人でも、わがまま放題言っても、言うこと聞かなくても、怪しまれない、と。」
「そういうこと」
「わかりました!任せてください!そういうことなら私が今まで出会ったお子様方の中でも最悪な行動をどーんと振舞ってご覧にいれましょう!くくくっ楽しみですね」
「うーわー。見た目は子供で中身は大人って、腹黒いこと言っても許されるんだ・・・僕も今度やろ。」
「ところで、そのマサキさんの変身って、何にでもなれるんですか?」
「うん。まぁ、基本はね。見た事あるものの方が確実だけどね。僕の能力は日本の昔話なんかにも残ってたりするんだよ。リィナちゃん『ムジナ』って知ってる?」
「狸のような動物、もしくは怪談話なら知ってます」
「そうそれ!『こういう顔だったのか~い?』って――」
「うぎゃぁぁぁぁぁ!!うきゃ、うぐっ」
いきなり『のっぺらぼう』と化したマサキの顔に、リィナは絶叫し、驚きのあまり椅子から落ち、落ちる際に机に頭をぶつけた。
慌てたのは茶国の使用人と騎士たちである。ハヤテから『リィナに何かあったら茶国滅亡の危機だと思え』と脅されているからだ。
「お嬢様!」
「大丈夫ですか!マサキ様なんてことを」
「ああ、立派なコブが・・・早く!冷やすものを!」
使用人たちが大慌てしている姿を見て、マサキは珍しく反省した。
おでこを冷やしながらジト目で見てくるリィナと、明らかに咎める視線を向けてくる使用人たちに素直に謝ることになるのだった。
リィナ「おばけきらい」
マサキ「うーん、子供ってこういうの喜ぶと思ったんだけどなー」
リィナ「子供じゃないし!のっぺらぼうキモチワルイし!」




