117 それぞれの手の内
それは、クリスさんが行方不明と聞かされた時の衝撃とは、比べ物にならなかった。
「シオンが何者かに拉致された。クリスと同じく行方不明だ。シオンの召喚者である君は、しばらく王宮で保護させてもらう。異論は認めない。君の帰還までにシオンが戻らない場合も想定して、シオン不在での帰還準備も進めておくので心配はいらない。何か質問は?」
シオン様が、拉致。
行方不明。
陛下の後半の話が頭に入ってこないくらい、私は動揺していた。そう、自分でもこんなに動揺するのはおかしいと、自覚できるくらいに。
「リィナさん、大丈夫ですか?陛下、召喚者にとって召喚主の不在がどれほど影響があるかを知らないわけではないでしょう?もう少し言葉を選んで下さい!」
「いえ、大丈夫。・・・大丈夫、です」
同席してくれた管理局の長官さんが、陛下に意見してくれますが、むしろその話で納得がいった。そうか、召喚主の不在。それがこの動揺の原因か。
クリスさんが消えた翌日。
朝早くに王宮から迎えの馬車がやってきて、私は謁見の間につれてこられた。
あれから既に三日。王宮の客間を用意されて、何をするわけでもなく、ただ一日じっとして居る。
二日目にはナンシーが私の荷物を持って来てくれた。しばらく一緒に王宮に滞在してくれるらしい。
マサキさんの話では、ハヤテさんがこっちに向かっているらしい。数日中に到着するって。
マサキ殿下とダリア王女様は、ちょくちょく顔を出してくれる。食事を一緒にとか、お茶を一緒にとか。
でも、誰もがみんな、無理している。もちろん、私も。
『あなたの旅の安全を祈ってますよ。いってらっしゃい、リィナ』
そう言って、手を振って見送ってくれたクリスさん。
『なるべく早く帰るから、待っていてほしい』
そう言って、視察に向かったシオン様。
あれが、最後。
そして、王宮に来て4日目に、事態は、少し動いた。
王太子殿下に呼ばれ、指定された部屋に向かう。謁見の間よりは少し狭いこの部屋は、非公式に王族と謁見するために使用されているのだとナンシーに聞いた。
部屋に着くと、正面に陛下と王妃様、ユーリ殿下、ダリア王女、それにマサキ殿下も居た。
ウィルさんは騎士団代表で来ているのだろうか、壁際で他の護衛さんたちと一緒に立っている。それに管理局の長官さん、あとは知らないおじ様たちが数人。
扉が閉まると、陛下が話し始めた。
「昨日、黄国の使者が来た。・・・シオンからの手紙を携えて。」
「シオン様の居場所、わかったんですか?」
「ああ。そして、非常に困った事になった」
「リィナちゃん、手紙読んでみる?」
そう言ってユーリ殿下が後ろに控えていた護衛さんに手紙を渡し、護衛さんはそれを私に届けてくれました。
私、話すのはともかく、読むのはあまり得意では無いんですけど、易しい文章だといいんですけど。
えーっと、何々。
父上、母上。
ご心配をおかけして、申し訳ございません。
また、突然の事で大変驚かれていることでしょう。
使者より話があったと思いますが、私は現在黄国に身を寄せててます。
長男として緑鳥の祭事に参加出来なくなった事をお詫び申し上げます。
黄国では、客分として大変優遇されております。
現時点で帰国の日程は申し上げられませんが、取り急ぎ、私の意思で黄国に滞在している旨をお伝えしておきます。
また、ご連絡させていただきます。
お元気で。
ローエンライド公爵ハリーシオン
「えっと?」
ごめんなさい、私の語学力では読解力が足りないようで、なんか、よくわかりません。
つまりシオン様は自分の意思で黄国へ行ったと?
そして、大変居心地がいいので帰るつもりは無いということですかね?
つまり・・・亡命じゃん。
むむー、と手紙をにらみつけていると、ユーリ殿下が「説明してあげるよ」との事。
「あのね、まずこの手紙でわかる事は、『シオンは黄国にいる』事。それと、『ひどい扱いは受けていない』事。」
そうですね。
「それと、『クリスが緑国にいる』事。『クリスは囚われている』事」
「え!?そんな事どこに書いてあるんですか!?」
「うん、まぁ、あちこちに。まず使者に持たせる手紙に『父上、母上』っていうのがそもそもおかしいし。普通は『国王陛下、王妃様』宛てになるはずだ。なので、そもそもこれを家族に当てた手紙として読むなら『長男として』から始まる一文がおかしい。シオンは長男じゃないよ。少なくとも僕らの認識では長男はクリスだし。それに『緑鳥の祭事』なんてものはこの国には無い。鳥は『籠の鳥』を連想させるだろ?つまり、クリスは緑に囚われているってこと。」
「はぁ」
「そして『帰国の日程は申し上げられない』、『私の意思で滞在』とかはまぁ、わざわざ書くってことは、全く逆のことだろうね。自分の意思ではどうにも出来ない状況なんだろうね」
「はぁ」
「そして、最後の署名。これ、そもそもシオンの名前じゃないよ」
「え」
「『ローエンライド公爵』は、クリスの父上の称号だよ、彼は暗殺されたんだ。『ハリー』というのはシオンの父親が身近な人間にだけ呼ばせていた通称だよ、彼は人質だった。つまり――」
「クリスさんを人質にされている・・・?」
「相手はシオンを脅迫しているんだろうね。おそらくシオンが逃げ出そうとでもしたら、クリスの命は無いんだろうね。そしておそらくクリスの方もシオンを人質に脅されている可能性はあるよね・・・大丈夫リィナちゃん?座る?」
王宮勤めの執事さんが椅子を持ってきてくれました。
ああ、すみません。ちょっと色々いっぱいいっぱいで。ええ、座らせていただけるなら喜んで。
「さて、手紙の内容がわかったところで、シオンとクリスのどちらを助けるかっていう話になるんだけどね?是非リィナちゃんの意見も聞きたいと思って。」
ユーリ殿下は、薄笑いを浮かべながら、残酷なことを言いました。
どちらを助ける。
どちらかを助ける。
つまり、どちらかは助からないってこと?
「だってね、お互いを人質にされているのなら、どちらかを助けた時点で、どちらかはあきらめることになると思うんだよ。そりゃ、二人を同時に助けられたらベストだとは思うけどさ、他国の、どこに居るかもわからない状態じゃ、はっきり言って無謀だよ。」
さらっとそんなことを言うユーリ殿下。
そしてなぜ陛下も王妃様も何も言わないのでしょうか。
「リィナちゃんはどっちがいいと思う?」
何を、言ってるの?
「現状、シオンはひどい扱いは受けて居ないようだから、心配なのはクリスの方なんだよね。ただ、クリスを助ければ、シオンはもうこの国には戻ってこない。それは、この国だけの問題では済まなくなるんだよね、シオンはあちこちの王位継承権があるからさ。じゃあ、シオンを助けるとすると、今度はクリスが戻ってこない。クリスに関しては利用価値が低いから、殺される確立の方が高い。」
「そんな・・・」
「はっきり言って、一人を助けるのだって無理があるんだよ。だって騎士団は動かせないからね。理由はわかるでしょ?騎士団を他国に入れたら、それは侵略になってしまうからね。少人数で秘密裏に二人を同時に助ける?そんな現実味の無い話をしたい訳じゃないんだよね。ちなみに僕のおすすめとしては、リィナちゃんはどちらも見捨てて日本に帰るのがいいと思うよ。」
帰る。日本に。――――この状態を無視して?そんなことしたって・・・
「このまま帰っても、気になって仕方ないです。こんな、後味悪い帰還したくないです」
「でも、君に出来る事は何もない」
それまで黙っていた陛下が、そういいました。
そりゃ、そうかもしれないけど・・・
「それとも、シオンとクリスを助けに行くとでも言うのか?」
「そんなこと・・・」
メイドごときに、何が出来るというんでしょうか。
なんか、嫌な雰囲気。
人質とか脅されて居るとか、あきらめるとか見捨てるとか。
自分の息子がさらわれたのに、表情ひとつ変えずに黙ったままの王妃様。
壁際に立っている人達も、王女様も、マサキさんも、みんな一言も話さない。
沈黙が続く。
実際は、そんなに長い時間ではなかったのだとは思う。でもその沈黙に耐えられなくなった時。
扉が、開いた。入ってきたのは――
「兄上」
「ハヤテさん」
私とマサキさんが同時につぶやく。
部屋に入ってきたのはハヤテさんと・・・
「ナンシー?」
「ごめんねリィナ、待たせちゃって」
ハヤテさんの後ろから入ってきたナンシーは、ドレスを着ていた。
ナンシーのドレス姿はいままで何度か見たことあるけど、そのどれとも違うドレス。
それは鮮やかな、赤色。
堂々とした態度で、凛と佇たたずむナンシーに向かって、壁際の人達が一斉に頭を下げた。
その様子をポカンと眺めていたら、気づいたらハヤテさんが傍にいた。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
思わず“はい”って言ったけど、本当はあまり大丈夫じゃないんだけど。
どうやらハヤテさんは大丈夫じゃないことをお見通しだったらしく、なんだか哀しそうな顔をされた。なぜだ?
ハヤテさんに、座っていた椅子から立たされ、なぜか肩を抱かれた。だからなぜだ?
「シオンが居ない間は、私が彼女の保護をする」
「・・・思ったより到着が早かったですね、ハヤテ殿下」
ユーリ殿下がなんだかニヤニヤ笑いながらそう言うと、ハヤテ殿下の手に力が入った・・・痛いですよ?
「ユーリ君、彼女を利用するのはやめてもらおうか」
「利用だなんて、人聞きの悪い」
利用?利用って?
何を言われてるのかわからずにキョトンと見上げたハヤテさんは、そんな私に気づくとニッコリ笑って私の頭を撫でた。だからね、なんで・・・もういいです。
「リィナちゃん、彼らはね、自分たちが動けないから、代わりに君が動いてくれないかなって、そんなずるいことを考えているんだよ、わざと『君には何も出来ない』などと言って。君が反発して『そんなことない助ける』って言ってくるのを待ってるんだ」
ハヤテさんは、そう言ってから皆様をひと睨み・・・あ、マサキさんが震えてる。いや怯えてる?
「確かにリィナちゃんならシオンの召喚者だからね、シオンに会いに堂々と黄国へ入れるだろう。だが、シオンを助ける為に召喚者を危険にさらすというのは、明らかな召喚法違反だな」
「リィナちゃんは危険な目になんか、あいませんよ」
「ユーリ君、君の『未来視』が不確定なものだと、私は知っている」
しばし見詰め合うハヤテさんとユーリ様でしたが、ユーリ様はまたニヤリと笑って話し始めました。
「ねぇ、ハヤテ殿下。僕はね、不思議だったんですよ。昨年、あなたたちがこの国に来た事が」
「・・・」
「あなたたち・・・いや、あなたは、シオンの心配をしているようで、実は違った。本当はリィナちゃんが心配で、リィナちゃんを保護する目的でこの国に来たんでしょう?」
「・・・何を」
「彼女は何者です?」
へ?私?
「どう考えてもおかしいんですよ。彼女が絡むと『未来視』が歪む。そして、いつの間にか『彼女にとって最悪の事態』は避けられている。なんなんですか?これ?。僕の未来視ではね、2回くらいは死んでてもおかしくないんですよ、彼女。」
「死んでいないだけで、ずいぶん危険な目にあわせているようだがな」
ハヤテさんがユーリ様を睨んでます。
2回・・・死んでるんですか、私。まぁ結構ひどい目に合ってきましたけど、そうですか、2回も死んでんですかぁ。そう思ったら、なんか、もやもやしてきました。
「あのー、すみません。ハヤテさん」
「なにかな?」
「たとえばですよ、たとえばですけど。たとえば・・・私が彼らの思惑に乗って、クリスさんやシオン様を助けに行くと『死ぬような』目に合うんですかね?」
「何を・・・」
「死なないよリィナちゃん、君は死なない。そうでしょうハヤテさん。茶国は、リィナちゃんを死なせるような目に合わせない、違います?」
ユーリ様を睨んでいたハヤテさんは、ゆっくり視線をおとすと、ハァーーと深いため息を吐いた。
「ユーリ君、君は何もわかっていない。・・・だがその通りだよ、彼女を異世界の都合で死なせるわけにはいかない」
「それはよかった。さて、じゃあリィナちゃん。シオンを――」
「なんかよくわかりませんが、何かを期待されているようだし、このまま帰っても後味悪いだけですので、危険が無いようなら出来る限りでお手伝いしようとは思いますが――どちらかというとシオン様は大変優遇された生活をしているようなので、クリスさんを助けるのが先かと・・・」
そう言ったとたん、ナンシーが『ププッ』っと噴出した。だって、ねぇ。
他の皆様はポカンとしています。召喚主を優先しないのがそんなにおかしいですかね?
ユーリ様は目を瞑って両方の米神をもみながら“想定外だった”と呟いてます。
マサキさんはあんぐりと口を空けたまま固まっていて。
ハヤテさんは苦笑しながら「リィナちゃんはいい子だね」と頭を撫でてくれました。
「でもリィナちゃん、助けるとしても順番があるんだよ。あの二人がお互いを人質とされているのなら、先に助けるべきはシオンだ。なぜならクリス君は、シオンの無事が確認出来ない限り、自分が先に助かろうとは思わないだろうからね。」
あー、確かに。クリスさんはそういう人かも。ちょっとシオン様至上主義みたいなところありますもんね。
「じゃあまず、シオンを助けるための相談をしようか」
そう言って、ハヤテさんは一同を見渡した。
もう一話更新予定です。たぶん今週中に。




