116 王太子の憂鬱
本日2度目の更新です。前話よりお読みください。
王太子ユーリ視点です。
それは、父上と宰相と3人で会議の議題についての話し合いをしていた時の事だった。
リリリリリン、リリリリリン
急に、通信機の着信音がした。
ここは国王の執務室。直通回線があるのはシオンの屋敷だけだ。
「・・・陛下、では私はこれで」
「ああ、すまないな。この話は後日にしよう」
宰相が気をきかせて退室すると、父上は通信に出た。僕が居るからか、通話をオープンにしているので、あちらからの声が聞こえてくる。
通話の主はシオンでもクリスでも無く、執事のフレッドだった。
『申し訳ありません陛下、至急お知らせしたい事がございまして』
「なんだ?」
『今朝、クリス様が――――』
話を聞くうちに、父上の顔が険しくなっていく。
『――――陛下、至急クリス様をお探しいただけないでしょうか』
「わかった、近衛を出そう。すぐに連絡する、しばし待て」
通信を切ると、陛下は自分の護衛に命じてすぐに捜索隊を出させた。
僕は、このとき『父上は相変わらずだなぁ』と呆れていた。
この国の近衛は、みな特殊な『鍵』持ちが多い。王都付近の街までのクリスの足取りを追うくらいなら、あっという間につかめるだろうと、そう思っていた。
陛下は、近衛から随時来る報告を聞きながら、ずっと険しい顔をしている。
そんなにクリスが心配なのかよ、と自分の父親にちょっと引いてしまう。
父上とクリスの関係は、ちょっと微妙だ。父上はいまだにクリスを庇護が必要な小さな子供だとでも思っているのか、というくらいの過保護さを発揮する。
まぁ、お互い孤立無援だった時に『親子』だったから、実の息子以上に大事なだけだろう。まぁ、クリスはたまに父上のこと面倒くさそうにしているけどね。
しばらく経つと、能力を使って先行していた部隊が、クリスの足取りが王都の外で途絶えたと報告してきた。
「馬車を探せ!早く!」
通信機に怒鳴る父上を横目に見ながら、僕は執務室を出て、騎士団に向かった。
「あ、いたいた。ウィルー」
鍛錬場の片隅に腰掛け、剣を磨いていたウィルに近寄り声を掛けると、ウィルは驚いて立ち上がった。
「ユーリ殿下」
「あのさ、頼みたいことがあるんだよね」
「・・・」
“頼みたいこと”と言ったとたん、眉間に皺が寄るウィル。失礼だよね、僕は王太子なんだけど。
「大丈夫、大したお願いじゃないよ・・・クリスを探してくれない?ウィルの『鍵』で」
ウィルの『鍵』はマーク。触れた相手の位置を探すことが出来る。
そして昨日、クリスは騎士団に来ていたから・・・きっとウィルにも会っているだろう。
「マークの期限、あるだろ?」
「ええ、まぁ。ちょっと待ってくださいね」
そう言って、ウィルは左手を上げ、米神に軽く指を当て、目を閉じる。
目を閉じていたのは、ほんの5秒ほど。
「・・・王都にはいませんね。どこへ行ったんですか?」
「それがわからないんだよ。範囲を広げられるだけ広げてくれ」
ウィルがまた目を閉じる・・・そして。
「居ない・・・居ません。どうして・・・」
「どの範囲まで居ないんだ?」
「少なくとも、王都を中心に、半径は俺の領地あたりまでの範囲です・・・一体何があったんです?」
ウィルの領地は、王都から馬車で3日ほど。今朝屋敷を出発したクリスが進める距離ではない。
「探知出来ない理由は、何がある?」
「本人の意識が完全に無いか、『鍵』を妨害されているか、ですね」
完全に意識が無いとは既に死亡しているという意味だろうか、それと『鍵』の妨害。両方この上なく厄介だ。
「すまない、今から一緒に来て欲しい。もう察してるだろうがクリスが行方不明なんだ。今の探知結果を陛下に報告してほしい」
「わかりました」
執務室に戻った僕たちを待っていたのは、恐ろしい形相の父上と、そして先ほど出て行ったはずの宰相。
「ユーリ、クリスの馬車が、森の中で見つかった。護衛と御者の死体もだ」
「ユーリ殿下、とりあえず国境は封鎖しましたが・・・」
青ざめている宰相。父上の怒気にさらされていたのだろう、かわいそうに。
「ウィルのマークでクリスを探査出来なかった。ウィルによると、クリスは意識が完全に無い状態か、『鍵』の妨害を受けているために探知出来ない状態らしい」
「妨害の『鍵』ですと?・・・たしか、緑国にそのような『鍵』があったと思いますが・・・」
緑国。
象徴としての王族を有する議会制国家。
そして・・・昔から再三、クリスを婿に欲しいと打診してきている国。もちろんクリスを国外に出すなど父上が認めるはずもなく、クリスに伝えるまでも無く断っているが・・・まさか。
断られたから強硬手段に出たなど、まさか、そんな訳は。
バン!という音がして、音のした方を見ると、父上が机を叩いた音だった。
「探せ」
「陛下」
「一刻も早く!クリスを探せ!」
ウィルが、宰相が、父上の声で大急ぎで執務室を出て行く。
緑国は、友好国では無い。
もし、国外に出てしまえば・・・緑国に入ってしまったら。
調査はもちろん、最悪の場合助ける事は不可能だ。少なくとも、国としては。騎士団を他国に進軍させたら、それは戦争だから。
机の上で手を握り締めている父上に近寄る。クリスほど好かれてはいないとはいえ、僕は息子で、王太子だからね。
「陛下、今の内に少しお休みください。昨日はあまりお休みになっていないそうではないですか・・・数時間後には、報告があがります。それまで――」
「眠ってなどいられるか!」
「だからこそですよ。ここから先は、我々の判断ミスがそれこそ『命とり』なんです。薬でもなんでも使って、脳と身体を休めておいてください」
“命取り”という言葉に、クリスの命が直結したのだろう。父上はゆるゆると立ち上がると、執務室を出て行く。
「ユーリ、しばらく頼む」
「はい。おやすみなさい父上」
父上を見送って・・・さて、どうしようか。
とりあえず、シオンの屋敷に連絡する。クリスもシオンも不在のあの屋敷は、僕が管理するしかないだろうから。
そして、日も落ちた頃。
あらゆる調査が終わり、クリスが、もうこの国には居ないだろうことが確定してしまった。
そして、もうひとつ。
シオンの領地の家令、シズクからもたらされた、最悪の報告。
『2日前、国境視察に同行した騎士団員の裏切りにより、シオンが拉致された』
王都より同行していたシオンの護衛の1人が、重症を負いながらも領地まで戻り、報告されたらしい。
近くの騎士団の詰め所にでも寄ればもっと早く報告が上がっただろう、だが、騎士団から同行した騎士が裏切ったのだ、騎士団を疑うのは当然の事だし、むしろ、その裏切り者たちに捨て置かれるほどの怪我を負った身でよく2日で領地まで戻れたと褒めてやりたい。
シオンが『何者かに』拉致された。
おそらく、クリスも同様に『何者かに』拉致されたのだろう。
そして、護衛の報告によると、シオンは意識のある状態で拉致されて。
クリスの護衛たちは薬を使われた上で殺されているところを見ると、クリスは意識を奪われた状態で拉致されたのだろう。
二人とも同じ国に拉致されたのか、それとも・・・
「父上、どうします?」
「・・・とりあえず、シオンの召喚者を王宮で保護しろ。どこのどいつか知らないが、これ以上手駒を増やされてはたまらない」
「はい。ではすぐに」
リィナちゃんはシオンの召喚者だ。シオンに言う事を聞かせるための手駒にされては、日本との外交問題に発展してしまう。
しかし、保護することも大事だが、シオンとクリスが居なくなった事を、リィナちゃんになんて言ったらいいんだか。
僕はこの時はただ、憂鬱だなと思っただけだった。
だって父上も宰相も、ウィルでさえ、立て続けに起こったあまりの出来事に、すっかり忘れている事がある。
――――僕の『鍵』が、未来視だってことを。
さて、僕の知る限り最悪の未来がやってきた。
なら僕は、『最悪な王太子』を演じてみせようじゃないか――――みんなの、幸せな未来のために。




