115 嵐の前には…
おはようございますリィナです。
どうやら、一週間以上眠っていたようです。
腕には点滴の痕が・・・ううっ、ご迷惑をおかけいたしました。
そして、1週間も眠っていたためか、まだ寝たきりが続いています。だって起き上がるとクラッてするんですもの。
リハビリのように少しずつ起き上がる時間を増やして、あとは少しずつ歩いたり、歩いたり・・・転んだり。
「リィナ!だから一人でふらふらするなと」
「うぅぅ、マイクさん、痛いです。くらくらします、気持ち悪いです」
「まったく。今度はどこに行こうとしたんだ?」
「・・・お風呂に入りたいです」
「ハァ・・・誰か呼ぶから待ってろ」
はぅぅ、一人でお風呂にも入れない、辛い。
そんなこんなで、皆様にご迷惑をおかけしながら、目が覚めてから1週間。やっと普通に生活出来るようになりました。
そんなわけで本日は、ご迷惑をおかけした関係各所にご挨拶に伺っています。菓子折りがないのでお礼を言ってまわるだけですが。
不思議な事にお礼を言ってまわると、なぜかみんなお菓子をくれます。・・・もしやハロウィン?いたずらはしませんよ?
「結局、寄り道して帰るのは無理そうですね」
「寄り道どころか馬車で王都まで移動なんて無謀すぎますよ」
「ぅぅ、すみません」
普通に生活はしていますが、まだまだ本調子ではありません。ガタガタゴトゴトと移動するのは・・・辛い。
「リィナさんの所為ではありませんよ」
「シズクさん・・・」
シズクさんが優しいです。目が覚めてから特に優しいです。
「私、生まれ変わったらシズクさんの家の子になりたいかも」
「あ゛?何バカなこと言ってんだ?」
マイクさんにすごい目で睨まれました。コワイって。
シズクさんはフフッと笑ってから「生まれ変わらなくても、養子縁組とかいかがです?」と言いました。
いえ、あの、養子縁組は・・・ウチのお兄ちゃんが許してくれなさそう、ですので。
「それより、王都までどうやって帰るんですか?」
「大丈夫、移動手段はちゃんと考えてますから。出発は5日後で準備しますからね」
馬車以外の移動?
車、電車、飛行機・・・全部あるわけないか。
一体、どうやって帰るんだろう。
出発までの5日間、私は身体を休めたり、シズクさんとお茶したり、料理人さんたちにシオン様の好きなハンバークとオムライスの作り方を教えたり、シズクさんとお仕事したり、また身体を休めたり・・・お客様待遇で過ごしました。
王都に戻ったらメイド仕事が待っているというのに、このダラケ具合。まずい、社会復帰できなくなりそう。
「社会復帰できなかったらシオン様に養ってもらえば?」
「一回寝ちゃったくらいで養って貰おうだなんて考えるほど、私はイタイ女じゃありませんから~」
「・・・めんどくせぇ女だな」
ひどいです、マイクさん。
そして、帰る前日。
シズクさんと、まったりとお茶をしていたその時――バタンッと大きな音をたてて、いきなりドアが開きました。
「リィナ!もう大丈夫よ!助けにきたわ!」
「・・・王女さま?」
現れたのは、ダリア王女様。えーっと、助けに?誰を?・・・あ、お久しぶりです。
「ダリア様お忘れですか。ドアはノックしてから従者が開けるものです。」
「っっ!シズク・・・ハイ、スミマセンデシタ」
静かにお怒りのシズクさんに、素直に謝るダリア様。うん、逆らえない何かがあるんだね、わかります。
とりあえずシズクさんに促され、しずしずとソファーに座る王女様。しばらく見ない間に、立派な淑女になりましたねぇ。背伸び感が全くなくなってます、美しい。
「それで王女様、何を助けにきたんでしょう?」
「な!・・・リィナが大変だって聞いて、駆けつけたのよ!?・・・でも元気そうね?」
「元気では無いですが、平気ではあります。」
王女様と顔を見合わせてから、二人でシズクさんに顔を向けると・・・
「馬車移動ができる体調ではないでしょう?本当ならもう1週間は安静にしていてもらいたいのですが、領地に居るよりも医療棟の医師に診察してもらって、王都の屋敷でゆっくりしたほうが色々安心できるでしょう。・・・そういうわけでダリア様、ご足労いただきありがとうございます。」
「いいわよ。こんな機会でもなければ、私は『鍵』を使わせてもらえることもないしね。」
シズクさんと王女様は、そんな話をしていますが・・・あの、私は結局どんな方法で王都に帰ることになるんですかね?『鍵』を使うんですか?『鍵』って良い思い出が無いのですけどね。
そして翌日。
「荷物は後日馬車で届きますからね」
実は、10日前に『私が王都に帰る』という体で、馬車が出発しているそうです。王女様の『鍵』は対外的には秘密だそうで、私は馬車で帰ったことになるそうです。まぁ、お屋敷に着いたら使用人の皆には話してもいいらしいんですけど。あそこは守秘義務がしっかりしてますからね。王族の情報を漏らすような使用人は居ませんから。
「はい。お世話になりましたシズクさん」
「どうぞお元気で、リィナさん」
シズクさんと握手してお別れです。もう会うことはないだろうなぁ、私、あと半年程で日本に帰りますからね。帰還後もお手紙で近況報告するような付き合いでもないので・・・きっとここでお別れです。
「機会があったら、またお会いしましょう」
「はい。さようなら、シズクさん」
挨拶を終えて、後ろで待っていてくれた王女様の元に行くと、なにやら微妙なお顔をしていました。
「どうしました?姫様」
「・・・リィナは、あれでシズクとお別れなのよね」
「そうですね。もう領地に来る事はないと思いますし、シズクさんが王都に来る事が無い限りは・・・なぜですか?」
「ううん。お別れって、あんなに簡単に済むものなのね。・・・私は、それすら出来なかったから」
王女様はおそらく、エリーゼの時の事を思い出しているのでしょう。
「この年になると、色々な人と出会って、同じ位お別れもしていますから。縁が深かった人とのお別れは、私だってつらいですよ?でも、私は最初からこの世界では『異世界人』で、いつかはこの世界の全てと『お別れ』することが、最初から決まってますから。」
“この世界の全てとお別れ”と言ったところで、王女様は目を見開いていました。ああ、そういう考えは持ってなかったのか。
「・・・異世界人は、みんな、そう、思って?」
「うーん、個人差はあると思いますけど。私なんかは個別召喚でしたから、あちらの世界で普通に生活していていきなりこちらに来ましたからね。『挨拶も無しにいきなりお別れして来た』分、こちらでは挨拶してお別れできるだけ、まだましかな?とは思ってますけど。」
仲良くはなるけど、深入りはしない。
召喚者仲間も、みんなそんな感じですね。
・・・ちょっとシオン様に対しては失敗してしまった感がハンパないですけど。
「・・・私、心理学も勉強してみたくなったわ」
王女様がポツリと言いました。ただでさえ最近は沢山勉強しているのでしょうに、向上心があるというか、知識欲が旺盛というか。無理せずがんばってくださいね。
「さあ、帰りましょうか」
気を取り直してそう言った王女様は、床にしゃがんで指で丸い円を書きます。
指で書いているのに、書いた部分が光ってるんですけどっ!何これ!
「さ、この中に入って。」
「なななんですか、これ。あの、一体どうやって帰るんですか!」
私がそう言って初めて誰も王女様の『鍵』の説明をしていないことに気づいたようです。
「私の『鍵』は転移。異世界風に言うならテレポーテーション?今範囲指定した中のものなら、別の場所に運べるのよ」
ただし、自分の行った事のある場所で、向こうの安全が確認できる場所に限る、そうです。
まぁ、たしかに転移した先に机とかあったら一大事ですもんね。
とりあえず、しずしずと円に入ります。円の中には王女様、私、マイクさん、王女様の護衛さん、侍従さんの5人。
「じゃあ行くわよ。またね、シズク」
王女様がそう言ったので、シズクさんに手を振ったら、ニッコリ笑って手を振りかえしてくれて――――次の瞬間には、知らない部屋の中に居ました。
「ここは――王宮、ですか」
「そう。あっという間でしょ」
「・・・便利ですね」
「そうなのよ。でもたまに失敗するの。だから許可が無いと使っちゃいけないことになってるのよ。今回は失敗しなくてよかったわ」
ということは、私のこの移動は陛下が許可を出したということなんでしょうね。ああ、迷惑をかけてしまった。ん?でも陛下には今まで迷惑掛けられっぱなしな気もするから・・・いいのか?そして、失敗していたら、どうなってたんでしょうかね?失敗する可能性があったなら、先に言っておいて欲しかったですよ?
「荷物を積んだ馬車がじきに到着するだろうから、それまでこの部屋を使うといいわ。医療棟の医師には連絡しておくから診察してもらいなさい。馬車が到着したら私の侍女に呼びに来させるから。じゃあねリィナ、落ち着いたらまた私の部屋にも遊びに来てね」
王女様はそう言って、部屋を出て行きました。
「女の子は成長がはやいですね」
以前の王女様なら、これから一緒にお茶しようとか、お話しようとか誘われていたと思います。それこそ予定があっても我侭言ってたよね。
「いつまでも子供のままでは居られないのが王族ってもんだよ。さて、お茶でも入れるか。リィナは医者が来るまで座ってるか寝てるかしててくれ。じゃないと俺が怒られる」
マイクさんはそう言って、お茶を入れてくれました。じゃあ私はお言葉に甘えて、長椅子に横になる事にします。
「あのさ、横になるならベッドで――」
「よく知らない男性の傍でベッドに横になるなんてこと、しません」
「・・・襲うかよ」
“シオン様に殺される”という呟きが聞こえましたが、もちろんスルーで!
診察はアンセム先生がしてくれました。お久しぶりです、すごく熱が出たみたいなんですよ、なんの病気だったんですか?そうだ、それより聞いてくださいよー、また17歳にされたんですよー、ひどいですよね、ね?――――と、アンセム先生に愚痴りながら診察を受ける事小一時間。いや、診察自体は10分もかかってないんですけどね。
「熱も下がってますし、身体も問題なさそうですね。良かった良かった。」
アンセム先生はニコニコ笑って無事を喜んでくれていますが、そんなに大変な病気だったんでしょうかね?
「人によっては重症化することもある病気ですよ。ご無事で何よりです」
診察で異常なしだったので、馬車が到着したらすぐに帰って良いとのことで、特に王宮内をうろつくことも寄り道することもなく、お屋敷へもどることになりました。
ようやく帰ってきたお屋敷!とりあえず手荷物だけ持って、マイクさんと使用人口から入ります。
「ただいま帰りましたー」
みんなお仕事中かなーと思ったら、奥からメイド長と執事長が走って来ました。
「ああ、よかった!リィナ、怪我はない?」
「怪我、ですか?」
病気にはなりましたけど、怪我はしていませんよ?
思わずマイクさんと顔を見合わせます。
「・・・リィナ、クリスさんはどちらに?」
「え?クリスさんですか?」
知りません。どちらにと言われても。
なんだろう、話がかみ合って居ない感じ。
「えっと、私いま王宮から戻ったばかりで」
「王宮?どういう事ですか?」
執事長からの質問には、マイクさんが答えてくれました。
アリッサの結婚式後、高熱を出し、しばらく寝込んでいたためシズクさんの計らいで王女様の『鍵』で王宮に送ってもらった事。
「つまりリィナは馬車に乗らなかったのですね」
「はい。でも荷物を積んだ馬車なら、いま表に――」
ありますよ、と言おうとしたのですが、執事長の言葉にさえぎられました。
「急いで王宮に連絡を取ります。キーラ、使用人を全員集めておきなさい」
「はい」
何がなんだかわからない私とマイクさんでしたが、使用人に集合するように指示を出し終えたキーラさんが、全員が集まるまでの空き時間に説明してくれました。まぁ、仕事中の人はともかく、休みの人も居ますからね、全員集合といっても、時間がかかるんですよ。
「今朝早くに、騎士が2名、屋敷にきました・・・リィナを乗せた馬車が、王都に入る前の街で接触事故にあったと。」
私が、事故?
「大きな怪我はみられないけれど、相手方の馬車も大破していますし、こちらの馬車の過失とのことですから、リィナとマイクでは対処出来ないと困るだろうと、クリスさんが向かったのです。大きな怪我が見られないとは言っても後遺症でも出たら一大事ですしね、治療が必要な場合、クリスさんなら直接王宮に連れていけますからね――それが、なんでこんなことに」
「まさかクリス様お一人で、向かわれたんですか?」
マイクさんがそう尋ねると、キーラさんは眉をしかめて否定しました。
「まさか。馬車が大破と聞いていましたからね、馬車2台、御者、騎馬の護衛3名、あとはメイドのキャリーも一緒に行きました。女性の手が必要なこともあるかもしれませんしね」
それが、今朝のこと。
実際は私たちの荷物を乗せた馬車は、何事も無く王宮へ到着し・・・クリスさんたちは、どこへ?
誰も口を開かず、3人で黙っていると、ドアがノックされてナンシーが顔を出しました。
「キーラさん、そろそろ全員集まります」
「そう。では私たちも行きましょう」
そして、私たちは大広間に向かいます。
本来ならパーティーとか開催するための部屋らしいのですが、普段使われないので入るのも掃除以来です。
大広間に入ると、使用人がずらっと整列していました。普段は3交代だし、それぞれ持ち場が違うのでこうして一同に会すると、すごい人数です。
「各リーダーは、不在者の報告をしなさい」
「キッチン、2名不在です。現在、市場からこちらに向かっています。直に到着します」
「ハウスメイド、全員そろっています」
「ランドリー、全員います」
各担当のリーダが、次々と報告していきます。
みんな寮で集団生活していますから、休みの人もすぐに連絡が付くし、仕事で外出している人は戻り時間が決まっているので、報告自体はスムーズでしたが・・・
「警備・・・3名不在、です。3名とも連絡がつきません」
「それは、クリスさんと一緒に出た3名ですか?」
「いいえ・・・別の3名です」
不在なのは、騎士団から派遣されている警備の人だそうです。普段は門とか庭とかを警備している人達との事でした。
警備担当のリーダーの方は、青ざめながらも正確に報告していきます。
そして、一通りの報告が終わった頃、執事長が大広間に入って来ました。
執事長はメイド長からの報告を受けると、全員に向かって言いました。
「今からこの屋敷は、シオン様がお戻りになるまでの間、王太子殿下の管理下に入ります」
この日を境に、クリスさんは行方がわからなくなりました。




