113 後の祭り
2話連続更新の2話目です。前話からお読みくださいね。
朝。
さわやかとは言いがたいが、朝です。
「おっはよーぅリィナ。朝だよー起きてるー?あ、もう元の年齢に戻ってるのね」
「・・・ありっさ?」
朝から元気なアリッサに起こされました。ええ、『起こされ』ました。
「ほらほらー、着替えて朝食にしよっ!あ、その前にシャワーかな?着替え用意するねっ」
「・・・」
なんだろう、アリッサのこのテンション。嫌な予感しかしない。
「ほらーいつまで上掛けにくるまってるのよ。・・・・・・生きてる?」
「ほぼ死んでます」
「んんー?それはつまり、昨夜は『天国みれちゃった』って理解でいい?」
「やぁーーー!ヤメテ!言わないで」
なんなのそれ!この世界流の下ネタですか!?
「うぅ・・・流された」
「うんうん、そうだねー」
「こ、こんなはずでは」
「リィナ、流されやすいもんねー」
「もう消えてしまいたい・・・」
「そりゃー物理的に無理だろうねー。それよりほら、朝食にしようよ。さっさとシャワー浴びてきてね。あ、その危険物は、こっちの袋にお願いねっ」
「・・・はい」
まさか、まさか自分で危険物袋を使用するとは、夢にも思いませんでしたよ、ホント。
シャワーを浴びて着替えをし、現在はお部屋でアリッサと朝食中。
「あのさ、アリッサ・・・その」
「シオン様なら、というか男性達は食堂で朝食会してるよー。女性は朝の支度に時間かかるからね、各自お部屋食なのよ」
「ソウデスカ」
「そうなのよ。それで?」
「・・・ソレデトハ?」
「んもぅ!何で流されたの?」
「・・・若返ったから、ですよ」
ええ、原因は間違いなく若返ったからですよ。おかしいなー、私若い頃そんなに軽かったかなーとも思いますが、若気のいたりという言葉もありますし――――あぁ、ため息が止まらない。
「でも夜会中は特に口説かれてる様子は無かったように見えたけど?」
「ハイ、ほぼ口説かれてません。むしろ口説かれる前に脱がされ――」
あ、自分で言ってて自己嫌悪に陥りそうになってしまった。なぜあそこで抵抗しなかった!昨日の私!
「・・・本当に流されたんだねー」
「・・・」
しばし無言で朝食を食べていたら、扉をノックされました。控えていた侍女さんがドアを開けるとそこにいたのは
「よ!おはようアリッサ、リィナ」
「マイクさん!?え、来てたんですか?」
「当たり前だろ執事なんだからシオン様と一緒に行動するさ。それよりシオン様、至って普通を装いつつも、すっげー機嫌よさそうだよ」
「・・・そういう報告は結構です」
「結構ですじゃなくてさ。シオン様が普通に過ごしててくれてるのは、ここに集まってる貴族たちに対して『騒ぐな』って牽制してる訳だからさ。だからリィナも『何事も無かった』様な振る舞いを頼むよってこと。シオン様もさ、わかってんだよ。若返ったリィナを上手く言いくるめて“躰だけ”手に入れても、それじゃしょうがないって事くらいはさ。」
「私はむしろ、本当に何もなかった事にしてほしいんですが」
「それは・・・」
「・・・私、日本に帰れます、よね?」
「か、かえれると思うよ?」
「う、うん。召喚者の意思が優先だから、ね?」
私の呟きに、そっと目をそらしながら答えるマイクさんとアリッサ。
ああ、昨日の私を殴りたい。
「ところで、マイクさんはどうしてこの部屋に?何か御用ですか?」
アリッサが話題を変えて、マイクさんにそう聞きます。そりゃそうですよね、私をからかいに・・・ではなく、私に釘を刺すためだけに来たりはしないですよね。
「ああ、シオン様からの伝言があるんだ。シオン様はこのまま国境の砦に向かうから、リィナと一緒に来ていた護衛や騎士たちはみんなシオン様と一緒に行く事になるから、リィナはここの伯爵が用意した護衛と一緒に、先に領地に戻るようにってさ」
「国境に行くついでに寄ったって、本当だったんですか!?」
「あのさリィナ。君、シオン様の仕事ナメてんの?リィナに会う為だけにこんな所まで来る訳ないだろ?」
「す、すみません」
そうですよね、私に会うために来たんじゃないかって、そんな馬鹿な事ないですよね、うわー、恥ずかしい発言をしてしまいましたよ、まるで自惚れてるみたいじゃないですか、反省。
「まぁ、馬の調子が悪いってのは嘘だけどな」
あっさり嘘だとバラすマイクさん。えーっと。
「・・・きっと10代の私だったら『忙しいのに馬の調子が悪いって嘘までついて会いに来てくれた!』と喜ぶのかもしれませんが、今の私には『普通、嘘ついてまで来る?まじめに仕事しなよ!』としか思えません。この気持ちの差を是非理解していただきたいのですが・・・」
「コホン。まぁ、そんな訳で、俺はリィナと一緒に行くように命じられたから、さっさと支度して帰るぞ!」
そう言って、マイクさんは逃げるように部屋を去って行きました。是非今の話をシオン様にもしてくれるといいのですが・・・無理かな。
荷物を纏めるのは侍女さんがやってくれました。私は着替えて見ていただけでした。・・・荷物くらい私が纏めますよ?え、座っててください?・・・はい、わかりました。
何もする事が無く座って侍女さんたちを見ていると、しばらくしてマイクさんが呼びに来ました。
「リィナ、そろそろシオン様がご出発されるから――」
「はい、わかりました」
気が重いけど、お見送りはきちんとしないとね。私、メイドだし。
エントランスまで行くと、伯爵家の皆様と、使用人の一部、シオン様と護衛4名が勢ぞろいしていました。騎士団の方々はもう外で出立準備してるみたいです。
シオン様はレニー君とアリッサとお話しています。二人とも、しばらくしたらまた王都に戻るので“また王都で”的な話をしているみたいです。シオン様の後ろにいる護衛のD君が私をみつけてニヤニヤしているのが本当にウザイです。あーそうですよ、色んな意味でやっちまいましたよ、だからってオバサンはそんなこと位で赤面してモジモジしたりはしないんですよ、ふふん。でも気を抜くと昨日の恥ずかしい事を言ったり言わされたりした事を思い出しそうなので、気は抜けないですけどね。
シオン様は二人との話しを終えると、自然な感じで私と視線を合わせました。
「リィナ」
「はい」
「あわただしくてすまないが、すぐに出発する」
昨日の事には全く触れず、いつも通りの表情と声・・・正直、助かります。
「はい、行ってらっしゃいませ旦那様」
「リィナは、マイクと一緒に領地に戻ってくれ。同行する護衛は伯爵が手配してくれたから。」
「はい、わかりました」
「領地に着いたあとはシズクの指示に従って、王都に戻るように」
「え・・・王都に?」
「そうだ。私もいつ頃までに領地に戻れるかわからないし、ひょっとすると直接王都に戻るかもしれないからな。リィナは先に戻っていてくれ」
「はい」
それはつまり、しばらく会えなくなるって事ですよね。
10代の私だったら、こんな時どう思うのかな。寂しがるか、もしくはやり逃げかーとか思うのかな。でも今の私には、この冷却時間はすごくありがたい。年下の男の子と勢いで寝ちゃった気まずさをなんとかするのにすごく良い時間です。
シオン様と護衛4人が屋敷の外に移動し、私たちはそれについて行きます。
馬車に乗ったシオン様が窓から顔を出し伯爵に話しかけます。
「伯爵、リィナをよろしく頼む」
「お任せください。無事にご領地までお送りいたします」
伯爵の返事にひとつ頷いたシオン様は、今度は私を呼びました。
「リィナ」
「はい、シオン様」
「マイクは、護衛としても優秀だから、何かあったら頼るように」
「はい」
「王都まで寄り道しながら帰ってもいいが、一人で街をフラフラするのは禁止だぞ」
「わかってます」
「あとは・・・そうだな、あとの事は王都で。なるべく早く帰るから、待っていてほしい」
「・・・わかりました」
待っていてほしいと言われて、咄嗟に“はい”とも“待ってます”とも言えず、わかりましたと言ったのですが・・・わかりましたって、“待ってます”と同意語だったかも。
そんなことを思っていたら、シオン様はフッと一瞬だけ微笑んで、それからすぐに元の表情になり「出発する!」と声を上げ、一行は動き出しました。
屋敷を出て行く馬車をみんなで見送っているとき、伯爵様がぽつりと言いました。
「シオン様のあのような笑顔は、はじめて見たよ」
「それはお義父様、あれはリィナ用の笑顔ですから」
「ヤメテ、アリッサ」
ともあれ、旦那様が帰ってくるまでという、気持ちの整理をする時間が稼げたようです。
「さて、リィナさんの出立準備は整ってますか?」
伯爵様に直接尋ねられました。
「はい、いつでも大丈夫です」
どうやらシオン様を見送っている間に、私の荷物を侍女さんたちが持ってきてくれたようで、向こうで馬車に積み込んでいるのが見えます。私ももう出発なんですね。本当に慌しいなぁ。
「我が領地の先鋭5名でお送りいたしますからね、安心してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「本当は、私が送りたかったんだけどねー」
「だめだよアリッサ。シオン様の領地まで往復なんて・・・6日も会えなくなるじゃないか」
「というわけで、ゴメンネ」
レニー君は、相変わらずアリッサが大好きな模様。アリッサも満更でもないわけだから、本当にいいカップルですよね。
「また王都でね、アリッサ」
「うん」
私の乗る馬車が横付けされて乗り込み、マイクさんが馬に乗り、伯爵家の皆様や執事長さんや侍女さんたちに手を振って・・・こうして、色々あった場所を後にしたのでした。
シオン側の心情を書くとキリが無いので割愛しますが、リィナが若返った事を利用している自覚はしっかりあるので、朝まで一緒に過ごしたりとか皆の前でイチャついたりとかは「嫌われるかも」と思って自粛中。王都に帰ったら本格的に口説こうと計画中、な感じ。




